斬奸の理由・斬奸状         (朝日平吾)

斬奸の理由

 天下事をなし傭人之を溢るとかや。
 聖天子に在すと雖も君側の奸、聖徳を覆ひ奉り、赤子を窘迫し君臣一体の国是を〔一字欠字〕する故ある哉、議会政治呪岨の声日に甚だしく幾多の政治運動社会運動に対し民衆は等しく冷笑蔑視を送るのみ、之れをしも議会政治破産の前徴ならずとするか。
 君側の奸とは誰、傭人とは誰…。曰く元老なり、政界の巨頭なり、顕官なり、軍閥の巨魁なり、而して彼等は自己の権力を張らんがため、閥を作り党を構へ之が軍資を得んがため奸富と財情を結び、奸富之に乗じて自己に都合よき法律制度を布かせ、中産者の利得を占し、無産者の血肉を食ひ、蓋し天下の富を壟断す、彼等傭人は曰はん、聖徳を覆ひ奉り、国是を蹂躙することは何を以て証するやと…。欺く勿れ、代議政治と称して有産階級のみに人間の権利を与ふるは如何、共に国家経営のためならば何をか言はん、併も全国民より納税したる一半を着服せるは如何、国家の為なりと煽て名誉の負傷なりと嘗め殺し、廃兵院の薬売をせしむるは如何、無産者の号泣せる其状を偽りて泰平無事なりと奉上し奉るは如何、更に奸富に忠にして国利民福を冒涜せし記念物として大隈、山県、松方、山本〔山本権兵衛〕其他の佞臣は巨財を有せるに非ずや、満鉄阿片の両事件は政友会の軍資調達の曝露に非ずや、加藤〔加藤高明〕は岩崎と結び、後藤〔後藤新平〕には、鈴木〔鈴木商店〕、山下〔山下亀三郎〕の魔物附添ひ、原〔原敬〕は乾分に利権を与へて軍用金所有役を仰せ付けしに非ずや。
 而してシーメンス事件、技光製鉄所事件、宝塚郵便局事件等の大疑獄は素より、各都市の醜状、鉄道省逓信省税務署等の下級官庁の頻発せる罪悪は実に汝等傭人が範を垂れしが故なり、併し汝等が積悪の犠牲となり、終生号泣する者は誰ぞ、洵に知れ、弱き正しき貧しき多数の赤子なるを。事あれば修羅の巷に鬼と消ゆる赤誠の赤子なるを。宜なる哉、綱紀粛正の声を汝等叫ぶと雖も民衆は汝等の資格なく真実なきを知れるが故に、悪魔共の遊戯すと嘯ける事よ。上流の混濁して未だ下流の清澄なるを知らず、元老範を垂れ政界の巨星習ふ末流政治家の独り廻らざるの理あらんや、見よ、代議士なる者、府県市町村議員たる者、又はこれを志す者の大多数は即ち汝等傭人のあやからんとする醜類か喧嘩好きの破戸漢のみなるぞ、而して彼等傭人に油を注ぎ糧を送る者は実に一部の富豪なる事は贅言の要なし、従つて如斯き傭人及富豪は最大多数国民の怨敵にして其積悪は九族を虐殺するも尚ほ足らざるなり。
 翻つて日本現在の国民思潮を観るに永年の間彼等傭人奸富等に迫害せられ虐遇せられて怨恨は凝りに凝つて将に階級闘争を来たさん傾向にあり、伴て其の餓へのうなりの物すごさ、血走り眼の気味悪さ、冷笑せる口元の皮肉さよ、而して之が目標は富なり、傭人なり、貴族なり、顕官ならざる可からず、然も之れ当然の運命なればなり。
 吾れ富豪に訓えん、汝等今直ちに悔悟し、濁富の大半を擲つて無産者の餓を援ひ、罪障消滅を為さずんば汝等は虐殺され最愛の妻子眷族は財を奪はれ家を焼かれ、宵闇に淫を売り、路傍に乞食となりて惨鼻の地獄に慟哭号泣すべし。
 吾れ傭人等に訓へん、汝等聊かたりとも愛国の至誠あらば奸富の強慾を掣肘し、無産者の哀を援ひ万民聖徳に浴せしめ、君臣一体、上下和合の実を挙げよ、然らずんば汝等の九族は富豪と共に極刑を蒙るの秋あるべし。
 然も汝等は成に道徳免疫質なるが故に、到底尋常の手段にては覚醒せしむるを得べん、予が先年組織せし青年党及神洲義団は実に汝等〔に〕非常手段の治療法を施さんがための方便なりし、更に亦或る社会事業を計画せしは実に汝等の不浄財を以て汝等征伐の軍資金たらしめん調金の方便なりしぞ、然も汝等は何等非議す可からざる社会事業に出資する事すら拒否せしに非らずや。
 汝等の真意は生命よりも富を愛し、国家よりも美邸を愛するを如実に吾れ知れりと雖も、如何せん軍資金なくして吾等一味団結して起つ能はざるを。
 茲に於てか予は一名一殺主義を採るべく、自ら其れが第一決死者となり、奸富中の奸富を蜂火の印とせん、予の微慮果して世に警告し奸富傭人等を改俊せしめるの動機を作さば即ち足る、若し然らざるに於ては予が残党の奮起するのみならず、予の志を継ぐ者現らはれ、暗殺随所に至るべきを信ず。
 寔に知れ予は今日まで黙々として言はず、騒がず、論ぜざりしと雖も、常に不言実行にあらずんば効果なきを知れるが故に、予の盟友配下は小賢しき当今の有識青年を排し概ね大愚にあらざれば大痴の者多く、従つて衝く事も切る事と放つ事に於ては、彼は労働運動者と称し、青年政客と称する命大事の利口者の比に非らず。
 最後に敬愛なる団員諸氏に遺す、予の没後は卿等一名たりと雖も騒ぐ勿れ、国士の間往来交通の要なし、唯一名にて一名を葬れば足る………名を求むな、利に鈍たれ………無意識の生は活きて死せるなり、意義ある死は死して活きるの道なるを忘るな、大事決行の前に飲酒すな、犠牲美に活きよ、革命の大立物たる空名に迷ふ勿れ。

    大正十年秋九月十三月書遺す

 



斬 奸 状

 政界の巨頭悉く奸富と財情を結び、奸富是に乗じて国民の血肉を喰ひ尽す。
 故ある哉、聖徳覆はれ聖清洽からず、多くの赤子は号泣し慟哭し長恨の唸と血走り、眼は将に戦慄すべき危機を爆発せんとする状態にあり、然るに奸富等尚ほ悔悟せず、国運の興隆を計るよりも自己の貪慾を満たすを以て誇りとせり、予之を憂ふる事久しく、機ある毎に熱誠吐露し、涙を奮つて彼等の頑迷を啓かんと努むと雖も竟に遂に其済度すべからざるを識る。
 大日本帝国の光輝を保たんには、君側の奸誅すべく、七千万同胞の幸福を保たんには、奸富誅す可きなり、奸富善次郎天下の富を集むと雖も、絶へて其責を尽さず、強慾非道にして民衆の怨府たるや久しく、予懇々として訓ふ所あれど反省の色なし、即ち天誅を加へて世の警めとなす。

     大正十年九月十四日
                    直切会長 源 朝平