弁明一件
いつかこの雑誌で、僕がダンスのことを書いてから、諸方で誤つた噂を立てられ、ヨタのゴシップを書かれ
るので甚だ困る0ひどいのになると、僕が毎夜のやうに銀座のカフェで踊つてゐるとか、家庭で細君封手にや
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づ/Jるとか言ふ喀であるが、全然事質無根のでたらめであり、苦笑を禁じ得ない次第でござる。
僕も、通りにはダンスを習ひ、→時は相嘗熱心にやつたけれども、今ではもうすづかり倦きてしまづた。こ
の鶴誌に書いた頃は、丁度稽古を始めた時であつて、周囲の人や友人たちが∵あまり顆理鮮の反感やひやかし
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をするので、一はそれが療に障り、大いにイコヂになつてやつたのだが、近頃ひやかす人が無くなつてから、
自然僕の方でも張合がぬけ、すつかり踊る気が無くなつちまつた。かういふ鮎で、僕は一種のツムジ曲りであ
るからして、他人が反封するほど乗気になり、多数者が香定するものほど、逆に肯定したくなる。然るに最近
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では、この事情が以前と反封にさへなつて来て、皆がダンスを始めるのを見、僕の方ですつかり厭やになつて
しまつたのだ。
元来言つて、僕は冥想的な人間であり、スピノーザ型の「屋根裏の哲学者」であるから、ダンスのやうなス
ポーツには通してない。ただ前にも言つた通り、僕は「社交ダンスの根本原理」を、認識上の観念として肯定
するので、経験上にも一通りを習つておいたにすぎないのだ。したがつて僕の方で、自分からダンス場へ押し
かけて行き、踊り狂ふなんて言ふことは絶対になく、またそんな興味も全く無い。僕がカフェで廟つたのは、
かつて一度、室生犀星君等と銀座の「白樺」 へ行き、酒に酵つて眞似事をしただけである。家庭に於ても同様
であり、よつぽど気紛れの日でもなければ、ダンスなどしたことはない。況んや退屈の女房などを封手にして、
稽古でもないのに踊る馬鹿があるものか。
っいでに友人の分も受持つとくが、室生犀星君がダンスホールへ行くといふ風聞も、全然事賓無根の大ウソ
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であり、僕以上にでたらめである。室生君がもしダンスをしたら、天下の一大奇観だと故芥川寵之介がょく言
つたが、僕等は今日に至るまで、かつて未だその「一大奇観」を見たことがない。思ふにかうした噂が立つ原
因は、室生のやうな男にダンスをやらせて見たいと言ふ、奇抜な天攣地異を欲する心が、想像から噂を生み、
次第にひろがつて来るのである。僕のダンスについて、意外に噂される理由も同じであつて、つまりは屋根裏
jβ∫ 文明論・社台風俗時評
の哲寧者を、モダンボーイ等の社交ホールに引き出したいといふ、奇事怪聞を望む人心の悪戯から、・邪気のな
い風聞をされるのである。もちろん一つの愛婦であり、たいして迷惑になることでもないが、事賓無根の報告
だけはしておきたい。以上。
ゴβ2
題穎