東京風景
 この頃の東京市中は、葺に難問の巷そのものである。電車もバスもタクシイも、すぺての交通機関は満員だ
し、街路には人間が屠をなして充ち溢れてゐる。百貨店には群集が右往左往し、我がちに買物を争つて居るし、
飲食店は座席のないほど混み合つてるし、映董館の前には、いつも入場者が列をなして址んでゐる。これが非
常時下の都市風景かと思ふと、ちょつと奇異の感じがするほどである。すぺての物資が映乏し「 ガソリンもな
く電気もなく防室演習の不断に行はれてる東京を、新聞等で風聞してゐる国外在住の邦人や外国人やが、おそ
らく想像にイメーヂしてゐる東京は、暗澹として薄暗く、董もろくに人通りがないはど、斎保とした暗愁の都
にちがひない。出征軍人の火野葦平が、戦地から辟つて驚いたといふのも常然である。
 しかしこの群集を、少しく注意して見る人には、彼等が一種特有の意志や感情やを、その表情に示してゐる
                        タんソソ トラツタア
ことがすぐ解る。アラン・ポオの小説に「都合彷後者」といふのがあるが、今の東京市中を彷捜してゐる群集
の姿が、正によくそれに似てゐる。ポオはその小説で、ある風攣りな奇妙な男を、町の一角に饅見して、終日
J4ク 随筆

彼に尾行しながらその行動を馬してゐる。一見失職者のやうな様子をした、その見すぼらしい中年の男は、尾
行者があることも知らず、終日繁華な市街を歩き廻つてゐる0彼はいつもaいいaいいして、犯罪人か何かの
やうに、落付かない足取りをして歩きながら街の飾窓を順々に覗いて見たり、飲食店の前に立つてみたり、劇
場の看板を眺めたり、或は停車場の待合室に這入つたり、勒工場の中を素通りしたりする。彼は何を買物する
のでもなく、何を見物するのでもなく、また何の目的があるのでもなく、ただ終日、かうして都合の得々を歩
き廻つてゐるのである。ポオは許澤して言つてる。かういふ風攣りな男は、大都合には幾入居るかも知れない
のである。おそらくかうした男は、人生で最も孤濁なよるぺない悲哀の魂を持つた人たちである。なぜなら彼
等は、自分で為すぺきことの意味を知らず、生活を、希望を失ひ、倦怠に迫ひ立てられ、しかも何事にも興味
がなく、寂蓼の孤濁感に耐へない為に、終日さうして居るのだからだ。
 私の観察するところによると、今の東京市中の群集も、大部分がこの 「都合彷後者」 に似てゐるやうに思は
れる。もちろん彼等の一部分は、戦時景気の小成金で、百貨店の新しい顧客階級でもあるだらうが、大部分の
者は、比較的貧しい財布を持ちながら、繁華な衝から繁華な街へと、店の飾窓を覗き込みつつ、あてもなく市
街を彷復して居るのである。活動馬眞館の前には、いつも群集が喧憲してゐるが、果して映真のどんな魅力が、
群集をひきつけて居るのだらうか。おそらくは別の原因 − 希望の失費から来る、居たたまらない峯虚の倦怠
や焦燥 − が、人々を家から迫ひ出し、待の座席に椅子を買はせるのではないだらうか。あわただしく右往左
往し、物に迫はれてるやうな彼等の歩調は、心に落付きのない生活の不安さをよく語つてゐる。さすがに時局
下の民衆は、部排店や費春窟の前は避けて通るが、街裳の居酒屋や飲食店は、どこでも満員で混み合つてる。
そして女共は、日用品の窮乏を見込むことから、狂気のやうになつて買物に熱中してゐる。かうした町の繁昌
は、しばしば火事瘍の混雑を聯想させる。いち早く人々は、生活に必要なものだけを、自分の風呂敷に包まう
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とする。そして途方にくれた人々は、術路を首もなくさまよひながら酒場を求めて飲み歩き、用もない裔次席
の群集が、彼等に混つて喧菩してゐる。
 しかしながらこの風景は、おそらく東京だけの眺望であるかも知れない。地方の他の小都合は、ずつと静粛
にしづまり返つてゐるかも知れない。大阪の詩人伊東静雄君の話によると、大阪等の関西都市は、大に東京と
風趣を異にしてるさうである。市内の混雑することは同じであるが、歩行者の足取りも強くがつちりとし群集
の表情は明るく浩々として、すぺてが強い自信と希望とに充ちてるさうである。東京が滑費者の都合であるに
反し、大阪は生産者の都市であるから、生活の経済状態がちがふ上に、時局に封する認識批判も、大に異なる
鮎があると思ふ。すくなくとも時局下に於ては、関西人の方が逢かに積極的であるやうに思はれる。