大衆・演劇・映董
「法界坊」を見たついでに、評判の「同志の人々」といふ新作物を見た。劇許家の間に評判の好い芝居であつ
たが僕は初めて見て一向に面白くなく、厭な気分の退屈を感ずるばかりであつた。その原因は、役者の技蓼に
関するのでなく、全く狂言の本質に関するのである。劇許家といふ人種は、常に役者の技季を主眼として批評
するので、たいていの場合、劇許家の讃める芝居は、劇そのものとして面白くないのが常であるが、この「同
志の人々」なども、僕等には詰らない芝居の典型である。なぜ詰らないかといふことの理由は一言で言へば
「常識的」であるからである。
　劇といふものは、元来「頭脳」で鑑賞すぺきものでなく、「心緒」で味覚すぺきものである。その為にこそ、
気分、色彩、音楽、採光等の舞董効果が重硯されるのである。ナマのままの思想を、文寧的印刷で演出するの
は芝居ではない。勿論「同志の人々」の演出には、この鮎の舞茎救果が相常に考へられてゐるけれども、欒化
が畢純で文学的に過ぎる上に、かうした芝居の興味そのものが、単なる「常識」にすぎず、常識的興味以上に、
何物の妙趣も魅惑も感じられないのである。そして此所で「常識的」といふことは、ナマのままの文学的とい
ふことと、或る軒で意味が共通してゐるのである。
朗2
　かういふ鮎から、特に僕が不満を感ずるのは、近頃の左圃次の芝居である・近頃の左囲次は、圭に眞山青果
氏の作品を演出してゐるが、これがまた極端に文畢的、常識的で、おそらく面白くない芝居の典型みたいなも
のである。江戸城明渡しで、西郷隆盛が三十分も一人で演説するなんてのは見物にとつて迷惑以外の何物でも
ない。しかもその演説の内容が退屈極まる文学的常識なのである0昔は二世の人気を集め、劇壇の大統領と呼
ばれた左囲次だつた。その頃の左園次は、修善寺物語などの綺堂物を演出してゐた0それが常時の畢生や大衆
に沸くやうな人気を呼んだのは、あの舞基数果を巧に扱ひ、エゴイズムの新思潮を一貫しながら、情緒豊かな
りリシズムで観衆の心を魅したからである。
　今の年齢に達した左園次一座の人々に、昔のりリシズムを求めるのは無理であらうが、とにかく今の行き方
は、劇としても邪道であるし、左園次としても賢明な方法ではないと思ふ0原則としてかういふことがいへる0
大衆の観客に、理由なしに悦ばれる者は、必ず本質において劇の正道を捉へたものであり、反対にまた、大衆
から理由なしに退屈がられるものは、多くは必ず邪道に堕したものである0そしてこの邪道に陥る誘惑の原因
は、文士や劇許家の言葉に耳を貸しすぎるといふことにある0賢明の俳優は常に必ず大衆の素朴の馨にのみ、
素直に留意すべきである。
　だがここには例外もある。築地小劇場の芝居の如きは、明かに大衆的ではないけれども香術的に十分面白く
見られるのである。もつと皇日の築地小劇場、あの西洋芝居の生硬な直謬を演出したり、マルキシズムの階級
意識にかぶれたやうなものは、青臭い文畢青年を悦ばす以外に、何の能もない愚劇であつた0ここでいふのは
「土」や「視の町」を上演してゐる最近更生の築地小劇場である0
　この劇場での演出は、全然歌舞伎とちがつてゐる0ここでは歌舞伎の生命である娯楽性やア、、、ユーズメント
を無親してゐるし、かつ情緒的であるよりも、むしろ知性的のレアリチイを重成してゐる0しかもそれでゐな
jイ∫　随筆

がら、決していはゆる「文寧的」でなく、したがつてまた「常識的」でないのである。そしてここまで考へる
と、僕のいふ「常識的」といふ言葉の眞急が、何ういふことの賓慣を指してゐるかが、ほぼ見官がついてくる
と思ふ。
▲下
「土」といふ映董は評判にたがはず面白い馬眞であつた。物が物だけに、多少の退屈を覚悟して行つたのだが
少しもそんなことがなく、前後雨欝を通じ、始終緊張して見られた。この高級の文奉映董が、意外に都合の大
衆観客に受けたのは、農村生活の忠賓な馬生が都合の人々に物珍しく、逆にエキゾチックの数果をあげた為か
も知れない。さうだとすれば、地方の田舎客には受けが悪く、一般的の興行償俺は疑問であらう。
　だがそんなことはとにかく、映董としての拳術償俺は甲級である。ストーリイを背景として、賃馬的興味を
前景に出したことも、映童として利口なやり口であるが、とかくじめじめして陰鬱になりがちの原作を、巧に
その不快な倦怠から救ひ出し、適度の明るさと快邁さと、それから祭りの夜の物音などで、淡いりリシズムを
漂紗させたことなども、さすがに鮮かな手際である。
一寸酒買ひに出る為にも提灯をつけて行かねばならないほど、無限に荒蓼で展開の野路と、陰鬱で気味の悪
い竹薮とで、人生の貧乏と単調が囲まれてゐるやうな農村の賓況を、特にこの映董の製作者は意識してモチー
グに表出したやうに思はれるが、いはばそれがこの馬眞における無韻の「詩」となつてゐるのである。
　そしてこの「詩」があるために、かうした主題の暗い馬眞が、その賓感的倦怠や不愉快の陰鬱さから蜃衝的
‖欝音のある悦びにまで救はれてゐるのである。
∫イ4
　この映毒の主役小杉勇は、何をやらしても理鮮がよく、おそらく日本唯一のインテリ映董俳優であるけれど
も、ワキ役の老人に扮した山本嘉一は、一層感心したと同時に吃驚した。といふのは、この山本といふ役者は、
もと井上正夫一渡の新汲俳優であり、その蛮風の「臭い」ことで、井上正夫以上に鼻持ちのならない役者であ
ったからだ。それが今度の「土」では、すつかり別人のやうに見直してしまつた。片岡千志蕨といふ役者も、
低級な守ツ子役だと思つてゐたのが、例の「人生劇場」で別人のやうに見直したが。
　こんなに役者が攣るといふのもひとへに原作の良香と監督の努力によることを思へば、映董製作者と俳優と
の関係において前者がいかに後者を利用し、後者がまたいかにして前者に順應しっつ、巧に虞世すぺきかとい
ふことの機微の関係が、おのづから諒鰐できるやうに思はれる。
締明
「新日本」の合へ入つたお蔭で、僕はどうやら、世間から、日本主義者といふ折紙をつけられた様子である0
僕は最近、日本の俸統文化に対して深甚な関心をもち、国粋的なものに強い愛着を示すやうになつたから、こ
の意味で日本主義者と呼ばれるのなら異存はない。しかし、この日本主義といふ言葉は、しばしばまた一方で
は、帝国主義であると言はれてゐる。この前の意味の日本主義と、後の意味の日本主義とは、民族的といふ一
っのポイントだけでは共通するが、その他の鮎では必ずしも一致共鳴するものではない。つまり言へば、前者
は蓼術上の意味の民族主義で、後者は政治上の意味の民族主義である。ところで僕は昔から一貫して、徴底的
ブイ∫　随筆

な拳術至上主義者であるから、政治上のことには殆んど全く興味がないのである。勿論今日のやうな時局に際
し、日本人として組囲のことを憂へるのは嘗然であり、むしろ止みがたい事情であるけれども、その為に僕の
立場を捨て、昔からの香術至上主義を樽向するやうなことは絶封にない。僕は日本を愛するけれども、その愛
のょつて来る所は、日本の美しい文化以外に何物もないのである。然るに世の所謂日本主義者といふ連中には、
しばしば日本の文化を白眼親したり、甚だしきはこれを冒漬し、時に政治上の犠牲にして破壊する人々さへあ
る0かかる人々を日本主義者と呼ぶ限りに於て、僕を日本主義者と呼ばれるのは、まことに片腹痛く心外に耐
へないのである。
　僕はまた、文壇一部の人々から浪漫主義者と呼ばれてゐる。僕はかつて自ら浪漫主義者と名乗つたことは一
度もない。しかし僕の思想や情緒の中に、浪漫的の物が資存することは確かであるから、さうした名将づけら
れることにも異議はない。しかしこのロマンチストといふ言葉が、近頃どういふ凰の吹き廻しか知らないが、
政治上の日本主義者やファッショと同じやうに通解されてるので、僕の立場としては、あまり好い気持ちがし
ないのである。ロマンチストとしても、僕は徹底的に実の使徒であり、蛮術至上主義者としての浪漫汲なのだ。
すぺてのロマンチストと同じく、僕は夢とイデーを抱懐してゐる。しかしその夢やイデーは、療聯たる美の世
界に属するもので、現賓の政治や俗務に関するものではないらしい。その意味に於て、僕はやはり本質上のニ
ヒリストに外ならない。（もつともすぺての詩人と拳術家は、実の使徒である故に俗界の香定者であり、した
がつて本質上のニヒリストである。）
　詰らぬ誤鰐は靡く必要がない。だが一時的にもせょ、自分を不快にすることには忍び得ない。よつてこの一
文を革す。
朗d
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