秋の心境
桐の菓も踏みわけがたくなりにけり必ず人を待つとなけれど 式子内親王
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秋の夕ぐれ。落葉の散りつむ庭の景色を眺めながら、寂しい山荘の庵に濁りこもつて、ひそかに来らぬ懸人
を待ち焦れて居たのは、古の日の満たく悲しい女性であつた。この頃の私の心境は、桐の葉の散りつむやうな
山家の中に、友だちもなく家族もなく、ひとり侍しく障れ寵つて居たいのである。私は懸人を待つのでなく、
ある別の悲しいものが、ひそかに忍び訪れて来て、柴の折戸を叩くのを待ち佗びてゐる。その悲しいものは、
優に満たけたる姿をして、私に或る美しい言葉を教へる。それは限りなく悲しい言葉で、同時に私の杢虚な心
に、赤い火を燃やしてくれるやうな言葉である。それはこのやうな世に生きて私のやうな果敢ない詩人が、い
かに生くぺきかといふ眞理である。
j∂ア 随筆