対米英蘭蒋戦争終末促進に関する腹案 (昭和十六年十一月十三、五日?)
大本営政府連絡会議決定
方 針
一 速に極東における米英蘭の根拠を覆滅して自存自衛を確立すると共に、更に積極的措置に依り蒋政権の屈服を促進し、独伊と提携して先づ英の屈服を図り、米の継戦意志を喪失せしむるに勉む。
二 極力戦争対手の拡大を防止し第三国の利導に勉む。
要 領
一 帝国は迅速なる武力戦を遂行し東亜及南太平洋における米英蘭の根拠を覆滅し、戦略上優位の態勢を確立すると共に、重要資源地域並主要交通線を確保して、長期自給自足の態勢を整う。
凡有手段を尽して適時米海軍主力を誘致し之を撃破するに勉む。
二 日独伊三国協力して先づ英の屈服を図る。
(1) 帝国は左の諸方策を執る。
(イ) 濠州印度に対し攻略及通商破壊等の手段に依り、英本国との連鎖を遮断し其の離反を策す。
(ロ) 「ビルマ」の独立を促進し其の成果を利導して印度の独立を刺激す。
(2) 独伊をして左の諸方策を執らしむるに勉む。
(イ) 近東、北阿、「スエズ」作戦を実施すると共に印度に対し施策を行う。
(ロ) 対英封鎖を強化す。
(ハ) 情勢之を許すに至らば英本土上陸作戦を実施す。
(3) 三国は協力して左の諸方策を執る。
(イ) 印度洋を通ずる三国間の連絡提携に勉む。
(ロ) 海上作戦を強化す。
(ハ) 占領地資源の対英流出を禁絶す。
三 日独伊は協力し対英措置と並行して米の戦意を喪失せしむるに勉む。
(1) 帝国は左の諸方策を執る。
(イ) 比島の取扱は差当り現政権を存続せしむることとし、戦争終末促進に資する如く考慮す。
(ロ) 対米通商破壊戦を徹底す。
(ハ) 中国及び南洋資源の対米流出を禁絶す。
(ニ) 対米宣伝謀略を強化す。
其の重点を米海軍主力の極東への誘致並米極東政策の反省と日米戦意義指摘に置き、米国輿論の厭戦誘発に導く。
(ホ) 米濠関係の離隔を図る。
(2) 独伊をして左の諸方策を執らしむるに勉む。
(イ) 大西洋及印度洋方面における対米海上攻勢を強化す。
(ロ) 中南米に対する軍事、経済、政治的攻勢を強化す。
四 中国に対しては、対米英蘭戦争特に其の作戦の成果を活用して援蒋の禁絶、抗戦カの減殺を図り在華租界の把握、南洋華僑の利導、作戦の強化等政戦略の手段を積極化し以て重慶政権の屈服を促進す。
五 帝国は南方に対する作戦間、極力対「ソ」戦争の惹起を防止するに勉む。
独「ソ」両国の意向に依りては両国を講和せしめ、「ソ」を枢軸側に引き入れ、他方日「ソ」関係を調整しつつ場合によりては、「ソ」連の印度、「イラン」方面進出を助長することを考慮す。
六 仏印に対しては現施策を続行し、泰に対しては対英失地恢復を以て帝国の施策に協調する如く誘導す。
七 常時戦局の推移、国際情勢、敵国民心の動向等に対し厳密なる監視考察を加えつつ、戦争終結の為左記の如き機会を捕捉するに勉む。
(イ) 南方に対する作戦の主要段落。
(ロ) 中国に対する作戦の主要段落特に蒋政権の屈服。
(ハ) 欧州戦局の情勢変化の好機、特に英本土の没落、独「ソ」戦の終末、対印度施策の成功。
之が為速に南米諸国、瑞典(スエーデン)、葡国(ポルトガル)、法王庁等に対する外交並宣伝の施策を強化す。
日独伊三国は単独不講和を取極むると共に、英の屈服に際し之と直に講和することなく、英をして米を誘凛せしむる如く施策するに勉む。
対米和平促進の方策として南洋方面における錫、護謨(ゴム)の供給及比島の取扱に関し考慮す。
情勢の推移に伴う対重慶屈伏工作に関する件 (昭和十六年十二月二十四日)
連 絡 会 議 決 定
昭和十六年十一月十三日連絡会議決定の対米英蘭蒋戦争終末促進に関する腹案に基き、情勢の推移特に作戦の成果を活用し好機を捕捉して重慶政権の屈服を策す。
一 先づ対重慶諜報路線を設定す。
本工作は大本営陸軍部これに任じ、関係各機関これに協力す。
右工作は重慶側の動向を諜知するに止め、屈伏条件等には一切触れざるものとす。
これがため、新に獲得せる支那側要人及びその他外国人を利用する等の措置を講ずるものとす。
二 帝国の獲得せる戦果と、彼の致命部に対する強圧とに依る垂慶側の動揺に乗じ、適時諜報工作より屈伏工作に転移す。
その時機方法等は大本営政府連絡会議において決定す。
註 1 本工作の実施に当りては国民政府を活用すると共に前記一及び二を国民政府に十分徹底せしめ所謂全面和平の急速なる成功に焦慮するが如き措置に出でざらしむる様留意するものとす。
2 本工作に当りてはわが方の足許を見透されざる様特に細心なる考慮を払うものとす。
情勢の進展に伴う当面の施策に関する件
昭和十七年一月十日
連 絡 会 議 決 定
情勢の進展に伴い、昭和十六年十一月十三日決定「対米英蘭蒋戦争終末促進に関する腹案」に基き差当り
左記施策を強化する。
一 米英等の敵国
米英等の敵国に対しては国内に厭戦気分を醸醸し、もって継戦意志を喪失せしむるに努む。
これがため特に作戦と呼応し各種宣伝を強化す。
二 印 度
英米との交通遮断ならぴに対英協力の拒否及び反英運動の積極化を目標とし、作戦の進展に伴い逐次施策を強化す。
本施策は大本営これに任じ関係各機関これに協力す。
三 濠州(「ニュージーランド」を含む)
南方作戦の進捗、英米との交通遮断対濠重圧の態勢を強化しつつ、濠州を英米の覇絆より離脱せしむるに努む。
本施策は大本営これに任じ関係各機関これに協力す。
四 南 米 諸 国
南米諸国に対しては此等諸国をして実質的に中立を維持せしめ、なし得れば枢軸国側に接近せしむるを目標とし、工作の重点を「アルゼンチン」、「ブラジル」及び「チリ」の三国に置く。
これがため「スペイン」、「ポルトガル」及び羅馬法王庁をも利用す。
五 ソ 連
日ソ間の静謐を保持すると共にソ連と米英との連繋の強化を阻止し、なし得ればこれを離間するに努む。
六 泰 国
日泰両国軍の共同作戦を必要とする時期に至らば米英に対し宣戦せしむ。
証 一 第一項及び第四項に関しては、特に独伊と密に提携施策するものとす。
二 本施策は現下の作戦に即応せしむるものとし、これが実施に関する大網は連絡会議の了解を経るものとす。
三 印度及び濠州に対する最後的処理に関しては別に定む。
(編者註)右決定中ソ連に関する項の原案は、左記の通り独ソ和平施策のことを含んでいた。これは、決定の際削除はされたが、当時既に対ソ工作に関し、時期を見て独ソ和平を意図していたことがわかる。
「日ソ間の静謐を保持すると共にソ連と米英との連繋の強化を阻止し、なし得ればこれを離間するに努む」
速に英を屈伏せしめ米の戦意を放棄せしむる為既定計画の遂行のみをもって充分とすべきや (三月七日提題を改め別に研究することとなる)
昭和十七年二月二十五日 連 絡 会 議 決 定 案
判 決
現情勢下においては短期間に英を屈伏せしめ米の戦争放棄を期待すること困難なり。
説 明
一 帝国は既に米英の東亜における拠点を覆滅し、二心西南太平洋の制海並びに制空権を獲得したる外、米英の戦力に大打撃を与え得たりと雖も濠州、印度その他太平洋、印度洋方面にはなお幾多の敵拠点残存しあるをもって米英は此等を基地として、
(1) 我が海上交通の破壊
(2) 帝国中枢部に対する奇襲
(3) 南方被占領戦略要地奪回
等を策し、未だなお帝国の自存自衛を脅すのみならず、彼が戦力向上せる暁においてはソ支と提携し、此等の拠点を活用して大規模攻勢に転じ来る算大なり。
二 米英は南洋方面よりする重要資源流入を阻止せられその打撃少なからざるものあるも、貯蔵代換等適宜の措置により戦争遂行能力には差当り大なる支障を来さざるべく寧ろその戦力は当分の間急速に向上するならん。
三 米英に対する海上交通の破壊は、大西洋方面において米英間直接の交通を遮断し得るに非ざれば大なる効果を期待し得ざるべく、米英と印濠相互間の海上交通遮断が軍事並びに政治上に与うる打撃の大なるべきは勿論なるも、米英印濠何れも之のみに依りて直接自滅の因となるが如き大なる打撃を受くるに至るべしとは認め得ず。
四 米英の連繋極めて緊密なるに対し、日独間の現状は互に分離しありて総合戦力の発揮上極めて不利なる立場にあり。
而して又ソ連の対独持久消耗戦及び対日牽制乃至は参戦に相当の期待を繋ぎ得る現状においては、未だなお米英側をして最後の勝利に対する希望を失わしむること困難なり。
五 之を要するに現情勢下においては帝国の国力並びに大陸方面の現状にも鑑み、早急なる英の屈伏乃至米の戦意放棄を期待し得ざるのみならず、米英はその優大な戦争遂行能力をもって飽くまで我を屈伏せしめんとすべく、妥協により事態を収めんとするが如きは全く期し得ざるところなり。
今後採るべき戦争指導の大網 昭和十七年三月七日
連 絡 会 議 決 定
一 英を屈伏し米の戦意を喪失せしむるため、引続き既得の戦果を拡充して長期不敗の攻戦態勢を整えつつ、機を見て積極的の方策を講ず。
二 占領地域及び主要交通線を確保して国防重要資源の開発利用を促進し、自給自足の態勢の確立及び国家戦力の増強に努む。
三 一層積極的なる戦争指導の具体的方途は、わが国力、作戦の推移、独ソ戦況、米ソ関係、重慶の動向等諸情勢を勘案してこれを定む。
四 対ソ方策は昭和十六年十一月十五日決定「対米英蘭蒋戦争終末促進に関する腹案」及び昭和十七年一月十日決定「情勢の進展に伴う当面の施策に関する件」に拠る。
但し現情勢においては独ソ間の和平斡旋はこれを行わず。
五 対重慶方策は昭和十六年十二月二十四日決定「情勢の推移に伴う対垂慶工作に関する件」に拠る。
六 独伊との協力は昭和十六年十一月十五日決定「対米英蘭蒋戦争終末促進に関する腹案」の要領に拠る。
世界情勢判断 昭和十七年三月七日
連 絡 会 議 決 定
イ、米英側の採るべき方策
米英は今後軍事的経済的財政的その他各方面における協力を益々緊密化し「体となりて枢軸側戦力の低下に努めつつ、他面自己戦力の急速増強を図り先づその対枢軸戦争指導の重点を欧州に置き、ソ連と相提携して該方面の戦局を有利に展開せしむると共に対日反撃進攻拠点の確保強化に努め優勢なる兵力を保有するに至らば一挙対日反攻を企図すべし。
即ち、
一 差当り英は米と相携えて先づ速に独伊戦力の撃破を図ると共に、地中海及び西亜方面を確保し日独伊の提携阻止に努むべし。
なお英は東洋方面においては対日反撃並びに英帝国結合保持のため極力印度洋の制海権及び印度並びに 濠 州 の確保に努むべし。
二 差当り米は英ソと相携えて先づ速に独伊戦力の撃破を図ると共に濠州及び印度洋方面においては対日反攻拠点の確保強化に努め且つ有力なる海上及び航空兵力を太平洋方面に集中し、その一部をもって我が海上交通の妨害、日本の中枢地区に対する奇襲その他各種ゲリラ戦の実施に努むべし。
三 米英は援ソ援蒋に力を尽すべく、他方ソの対日牽制行動乃至は参戦に多大の期待を掛け、極力これが実現に努めつつ差当り密かに東部ソ領に対日進攻拠点の獲得に努むべし。
四 米英は戦力向上の時機を見て対枢軸大規模攻勢に転ずべく、これがため日本に対してはソ支と提携して大陸方面より直接我中枢部を衝くに努めつつ主力をもって濠州及び印度洋方面より逐次戦略要点を奪回反撃し来る算大なり。
而してその大規模攻勢を企図し得べき時機は概ね昭和十八年以降なるべし。
参 考
一 濠州(新西蘭を含む) の情報
(1) 濠州は専ら米及び英の援助に頼りて戦力の増強に努め、執拗に対日抗戦継続を企図すべし。
(2) 濠州戦力増強の程度は、濠と米英間の交通路の状況に依存すべく、若し交通路の遮断長期に亘らば増強は不可能となるのみか戦力低下すべし。
(3) 濠州は漸次対英関係においては自主的となるべきも対米依存の度を増すべし。
(4) 濠州国防力の隘路は人口の少なきこと及び工業殊に重工業生産能力貧弱なることに在りて、その強味は衣食に関しては如何なる長期戦にも対処し得る点にあり。
二 印度の情勢
(1) 英米は印度の防衛を強化すると共に印蒋関係の緊密化を図り抗戦体制の保持に努むべし。
(2) 今後印蒋関係は援蒋ルートの開発計画並びに英印妥協に関する蒋の仲介等に関連し漸次緊密化すべし。
(3) 英は印ソ印蒋関係を利用し米の支援を得て凡ゆる手段を尽して印度民衆をして対枢軸戦争に全面的に協力せしむることに努むべし。
(4) 印度における反英運動は、枢軸側の戦果の拡大特に帝国のビルマ占領並びに日独の印度孤立化方策実現するにおいては枢軸側の対印内部工作と相侯ってその積極化を見るの可能性あり。
ロ、ソ連邦の採るべき方策
一 ソ連邦は世界長期戦化を目途としつつ米英との提携協力を強化し対独抗戦に専念するに努むべし。
この間ソ連邦は差当り帝国に対し現状を維持せんことを努むべし。しかれども米英の強要に依りては対日参戦の虞無しとせず、特に春季独ソ戦がソ連に有利に進展したる場合には、帝国の対米英戦の推移に伴い帝国の戦力が低下し又はその弾発力を失うにおいては米英と連繋するソ連邦の対日参戦を誘昇するの算大なり。又わが対ソ武力行使必至と判断せる場合には米に軍事基地を供与するとともに彼より進んで機先を制し奇襲的攻撃を敢行するの虞少なからず。
二 東部ソ領における現兵力(狙撃師団約二〇、戦車約一、000、飛行機約一、000)は日ソ間の現状
変化なき隈り本春以降に予想せらるる独ソ戦況の推移如何にかかわらず大なる変化なかるべし。
三 ソ連邦は援蒋行為を続行するの外わが領導下の諸民族に対し主として思想戦に依り撹乱を策すべし〇
四 現情勢においては独ソ和平の可能性なかるべし。
ハ、独伊の採るべき方策
一
独軍は本冬季間概ね対ソ攻勢準備を整え得べく本年春夏の候において対ソ攻勢を再興すべし。但本年中にソ連兵力を徹底的に潰滅するは至難なるべく又これに依りスターリン政権崩壊の可能性は見込なかるベし。この間速に高架索(コーカサス)の占領を企図すべし。
二 独はその高架索作戦の進展に伴い西亜における英勢力の一掃を企図し帝国との連繋に努むべし。
右作戦の規模及び進展の態様は、一にソ軍抗戦力の恢復程度及び独軍の攻勢準備完整程度並びに土国(トルコ)の向背如何に繁るものにして今遽(にわか)に予断し難し。
三 対英本土上陸作戦準備は依然これを整えつつあるも、英の屈伏崩壊の徴到来せざる限り当分進んで之を敢行することなかるべし。
但大西洋方面においては依然対英封鎖に重点を置きつつ逐次対米海上交通破壊戦を強化すべくその効果は相当に期待し得べし。
四 仏国に対しては逐次これを枢軸陣営に抱擁するに努むべし。
五 現情勢においては独ソ和平の可能性なかるべし。
二、重慶政権の動向
一 重慶政権は逐次抗戦力を低下し且つその財政経済状態は逼迫しあるも、なお党及び軍の威力を背景として靭強なる抗日意識を堅持し、反枢軸陣営の最後の勝利を期待しあるをもって未だ抗戦意志を放棄するに至らぎるべし。しかしてこの間益々ソ連との提携強化及び印度民族との接近を計るとともに抗日陣営の統一に努力するものと認めらる。
二 米英の援蒋ルートの遮断、枢軸側戦果の拡大その他米英ソ依存の頼み難き情勢現出し且つわが国力逓増するを見るに至らば遂にその抗戦体制の崩壊を招来すべし。
ホ、中立諸国の動向
一 仏国 の動向
仏国は依然灰色的態度の持続に努め対独協力の積極化はなお躊躇すべし。
二 葡国 の動向
ポルJガル
葡萄牙(ポルトガル)は現情勢においてはその領土権が尊重せらるる限りなるべく長く中立的態度を維持するに努むべし。
三 拉米(ラテンアメリカ)の動向
アルゼンチン、チリーは差当り中立的態度を維持すべきも早晩米に追従するの虞大なり。
四 トルコの動向
依然トルコの中立を堅持するに努むべきも本春以後独軍の高架索作戦順調に進捗するに於ては枢軸側に参加するに至るの公算多し。
五 西国の動向
西班牙(スペイン)は今直ちに枢軸側に参加し得ざる状態にあり。
へ、彼我国力推移
第一 米英の戦争連行能力
一 米 国
米国は専ら生産部門の隘路是正及び国家総力戦態勢の確立に努力し、概ね一九四四年末期に至る間その軍備及び軍需生産能力は飛躍的に上昇すべし。
然れども爾後は対外依存資源、労力、輸送力等の不足により生産力の増勢漸次停滞の傾向を示す可能性あり。
二 英 国
現情勢を以て推移せば今後なお若干の戦力を増加すべし。
然れども英本国は人的資源においてほとんど限度に達しあり、物的資源また海外特に米に依存せざるべからざる状況にあるを以て、制海権並びに属領植民地の喪失に伴い逐次その戦争遂行能力は低下の傾向を示さざるを得ざるに至るべし。
三 米英戦争遂行能力の総合的観察
米英合作の総合戦争遂行能力は強大忙してわれに対し優勢なる戦力を急成し且つ長期に亘り戦争を遂行し得る能力を有す。
その戦意もまた一般に旺盛なるものありと雖も左の如き幾多の脆弱点を包蔵しあり。
(イ) 人的戦力は物的戦力に伴わざるべし。
(ロ) 物的戦力膨大なるも特に米の政治経済機構は今なお国家総力戦に必要なる臨戦態勢を整備しおらず、これが確立には今後幾多の摩擦紛糾を生ずべし。
(ハ) 優勢なる軍備を有するもこれが進攻拠点の喪失はその価値を大いに減殺す。
(ニ) 英の戦争遂行能力は海上輸送力に依存するところ極めて大なり。
(ホ) 米の海上輸送能力は国力に比し貧弱にて援英に徹底し得ず。
(ヘ) 米英の遮断分離がその戦争遂行能力に及ぼす影響は日独遮断分離の比にあらず。
(ト) 英国は自治領植民地等との遮断分離により遂に崩壊を来す虞あり。
(チ) 米英国民は生活程度高くこれが低下はその頗る苦痛とするところにして戦捷の希望なき戦争継続は社会不安を醸成し一般に士気の衰頽を招来すべし、殊に英の敗戦が米に及ぼす影響は極めて大なり。
(リ) 米英の結合は自然なるも米英ソの提携は不自然にしてその間幾多の矛盾を有す。
(ヌ) ルーズベルト、チャーチルの政策は動もすれば投機冒険に堕し国民必ずしもその指導に悦服しおらず。
第二 ソ連の戦争遂行能力
一 現状においては低装備の狙撃約二〇〇師団を以てする東西両正面同時作戦の遂行は可能なるべし。
(イ) 人的資源豊富なり。
(ロ) 今春頃の軍需工業能力は独ソ開戦前の約五割なり。
(ハ) 糧食は十分なり。
(ニ) スターリンに対する信望厚く軍民共に目下のところ抗戦意識旺盛なり。
二 高架索の喪失はソ連の物的抗戦力に大なる低下を来すべきも差当り本年対独戦の遂行は支障なかるべし。
三 若しソ軍にして長くレニングラード、モスクワ付近ならびに高架索を確保するにおいては、本年秋頃までにその能力を若干(今秋頃には開戦前の七割程度)向上すべきも爾後の増勢度は極めて緩慢なるべし。
第三 独伊の戦争遂行能力
一 独 国
現国力を概ね維持し得べし。
(イ) 対ソ攻勢作戦遂行には差当り支障なし。然れども本年度内にコーカサス作戦終結せざれば爾後大規模なる作戦を実施するためには石油資源不足する虞あり。
(ニ) 人的資源及軍需工業能力は十分なり。
(ホ) 糧食は勢力圏内の需要を概ね充実し得。
(ヘ) ヒットラーに対する信望厚く軍民共忙戦争意志旺盛なり。
二 伊 国
伊の戦争遂行能力は独に依存するところ少なからず。
独伊間の交通確保せらるる限り伊はその戦力維持に大なる困難なかるべし。
第四 帝国戦争連行能力
一 帝国が人的戦力において彼に比し優勢なるは贅言を要せざるところにして特に緒戦における戦捷の結果武力においても又優位を占め得たり、然りと難物的国力においては楽観を許さざるものありて特に総動員物資輸送に充当し得る船舶量により左右せらるるところ大なり。
二 軍徴傭船舶を既定計画通り実施するとせば、占領地域の開発建設の進捗並びに船腹の増強と相俟ちて南方物資の計画書を処理するの外その他の輸送量もまた逓増し昭和十九年の末期に至らば概ね所要の総動員物資輸送を処理し得べし。
第五 結 論
枢軸側と反枢軸側との戦争遂行能力を総合比較するに左の如く概言し得べし。
枢軸側は
(イ) 現有武力において優る
(ロ) 相互の交通連絡困難
反枢軸側
(イ) 経済力において優る
(ロ) 相互の交通連絡容易
而して東西共に緒戦の武力戦において敗退せる反枢軸側は、己れの経済力を恃みて専ら長期持久戦に望みを嘱し戦力向上の機を俟って総反撃に転ずるの企図の下に目下一体となりて戦力の整備拡充に全力を傾注しありて両二年後の戦力増強は蓋し見るべきものありと言うべし。
然れども帝国が既得の戦果を基礎とし不敗の戦略態勢を確立すると共に漸次国防の弾発力を強化し且つ日独伊間の交通自由となり三国が密接に協力し得るに至らば、枢軸側に執り極めて有利なる情勢を招致するに至るべし。
参 考 資 料
ソ連邦の対西亜、印度動向如何 昭和十七年三月七日
連絡会議に説明了承を得たるものなり
ソ連は固より西亜及び印度殊に前者に進出する時期の到来を窺い居るも、差当り対独抗戦に専念し且つ対英米関係の顧慮もあり西亜及び印度への進出を控うべし。
尤も独の土耳古抱込策失敗し、土の対独抗戦を見る場合にはソ連邦は失地回復等を口実に英と協同して土領に侵入するの可能性なしとせず。
説 明
一 ソ連邦の対西亜印度政策は帝政時代よりの伝統的政策たる地中海、ペルシャ湾海岸への出口を求めんとする帝国主義政策に加うるに、ソ連邦となりての欧州帝国主義諸国の後方地帯を奪取し被圧迫民族解放という革命政策を加味せるものにして現在は尚ソ連は右政策を捨てたりというを得ず。
二 ソ連邦は革命後トルコ、イラン、アフガニスタンとの間に中立条約又は通商条約を締結し此等諸国の歓心を英仏より自国に引き付けると同時に此等諸国及び印度に於て共産運動を使嗾し居りたり。而て第二次欧州戦争の勃発と共に其の伝統政策たるダーダネルス海峡及びペルシャ湾に対する帝国主義的関心は英仏の勢力の減退と共に表面化せんとするも、独ソ戦の勃発と共に独逸の西亜攻勢に共同の利害を感ずる英ソ両国は妥協し対独共同戦線を結成するに至れり。
三 客年九月英ソは共同してイランに侵入し之を占領せるがソ連の勢力範囲は一九〇七年英露協約に比し小なり。
初期作戦の実績は予定計画に対比し、軍事的政治的経済的に如何なる差異ありしや
昭和十七年三月十七日 連 絡 会 計 決 定
初期作戦の実績は予定計画に対比し軍事的政治的経済的に如何なる差異ありしや。
第一 軍 事
一 対 米 英 蘭
初期作戦において陸海軍共に予期以上の大戦果を収めたる結果、差当り米英をして守勢に堕せしめ、我国土の防衛主要交通線の確保等に関し有利なる情勢となりたる外、現戦勢を活用せば長期戦完遂のため従来は守勢的戦略態勢を採るの已むなきを予期せしめたるに反し今や攻勢的戦略態勢に転じ得るの機運となれり。(註、従来は防衛的今後は少なくとも当分攻勢的地位に在る)
説 明
(イ) 陸軍作戦は比島方面において若干遅滞を見あるの外、全般に約一カ月の作戦期間を短縮進展せしめたり、なお我が兵力の損耗においても予想外に軽微なり。
殊に南方作戦の一段落後に予想せしビルマ作戦は、南方において早期に得たる余力により既にこれを開始し得るに至りたり。
(ロ) 海軍作戦は緒戦において太平洋方面所在の米英艦隊の主力に対し大打撃を加えたる外、在東洋敵海上兵力をほとんど撃滅したるに対し、我が兵力の損耗は予期以上に僅少にして太平洋並に印度洋方面における彼我の兵力関係は当分の間攻守互にその所を変じ得るに至りたり。
(ハ) 陸海軍航空作戦も亦我が損耗比較的僅少且多大の敵航空兵力を撃破し予期以上の戦果を収めつつあるを以て、今後太平洋及び印度洋方面における敵大航空兵力の展開を封じ得るにおいては敵航空兵力の急速増勢に対処し得る情勢となれり。
(ニ) 米英は将来その戦力向上せる暁においてなお残存せる反攻拠点を利用し大規模攻勢を企図し得べし。
(ホ) 特に緒戦において敵軍に与えたる心的打撃は甚大なるべし。
二 対 重 慶
重慶側に対しては初期作戦の大戦果、就中予期以上に迅速なるビルマルートの遮断によりその抗戦力に相当の影響を与うべきを予想せしむるに至れり。
三 対 ソ 連
我が初期作戦の大戦果は北辺防衛の措置と相侯て今日迄の処日ソ関係の静謹維持を容易ならしめつつあり。
四 対 独 伊
初期作戦の大戦果が独伊に与えたる心的影響は極めて大なるものあり、我が印度洋方面作戦と相俟て枢軸側の作戦に活を入れたる効果は予期以上なり。
従来の死傷
陸軍 戦死 5、000 負傷 10、000 (香港を含むジャワを除く)
海軍 大体水上艦艇四分の一の成績 飛行機ヽヽヽ人 予想の三分の一
第二 政 治
帝国を中心とする現下の世界政治情勢を開戦前の予想と比較するに概ね当初期待せる推移と些したる相異なきも、其の大勢は予期以上帝国にとり有利に展開し居れり。
説 明
一 対 米 英
米英は初期作戦において意外なる惨敗を喫したるため相当狼狽せること疑なく、特に英政府は苦境に陥りたる模様にて与論の糾弾を蒙り改造に次ぐ改造を以てするの已むなき状態にあり。米国においても亦政府に対し予て内燃し居りたる不満の表面化するもの散見し始めたるが米英両国共猶最後の勝利を期待し戦意動揺するに至らず。
二 対 重 慶
垂慶政権の抗戦意識未だ衰退せず、垂慶側統一戦線の分裂の如きは容易ならずと認めらるるも予期以上迅速なるビルマルートの遮断は相当の痛手なるが如し。
尚蒋は印度と所謂反侵略戦線の結成に腐心し居る処其の今後の発展は注意に値すべし。
三 対 ソ 連
ソ連は西方に多事のみならず我が施策と相侯ち初期作戦の進捗極めて順調なりし為容易に米英の使嗾に乗ぜられず、反日軍事同盟締結ないし対米英軍事基地提供等も之を差控え居りて、今日迄の所日ソ関係予期以上に静謐保持を容易ならしめたり。然れども独ソ戦の推移思わしからぎりしは我にとり注意を要す。
四 対 独 伊
独伊の関係は対米宣戦、単独不講和取極及び軍事協定の締結等何れも何等の困難なく予期以上の約諾を為さしめ得たる外、日独間には目下経済提携の具体的商議進行中なる等、日独伊三国の協力一関係は逐日強化せられつつあり、特に帝国の緒戦における大戦果は独伊の士気を振起せしむるの効果大なるものありたり。
五 其 の 他
泰及び仏印に対する我方軍事的政治的経済的施策は予期以上順調に進展し、其の結果我方の南方経略を容易ならしめたり。
南米においては緒戦の大戦果と我方施策と相俟ち、米国の執拗極まる圧迫にも拘らず 亜(アルゼンチン)智(チリ)両国は依然実質的中立を維持し居り今日迄の所我方としては予期以上の成果を収めつつあり。
第三 経 済
緒戦の大戦果に依り、
一 既定計画の地域における資源の確保並びに米英に対する重要物資の供給遮断を早期に概成し得たり。
二 海上輸送力は概ね予定の状態を維持し在り。
三 物資取得特に石油取得に付ては予定に比し極めて良好なる成果を挙げ得る見込確実なり。
右に依り一般に物的戦争遂行力は予定以上の強化を予想せらるると雖も食糧確保に付てはなお考慮を要する情況に在り。
説 明
第一 船舶輸送力
船腹量算定に関する各要素に付ては多少の異動あるも全体的には概ね既定計画通りなり。
即ち拿捕船の利用減、徴傭船及び修繕船の増等は外国傭船の増、喪失大破(C船) の減等に依り相殺せられ今後の引揚船はそのまま船腹量の増加となるべし。(第十三問題資料参照)
第二 銅 材
一 既定計画(十一月五日御前会議に於ける企画院総裁説明)
(一) 十六年度鋼材生産量は計画量四七六万瓲に対し四五〇万瓲とす。
(二) 十七年度に於ては南方作戦期間は年換算三人〇万瓲程度に低下す。
二 現状に基く見込
(一) 十六年度鋼材生産量四六五万瓲にして既定計画に比し一五万瓲増なり。
(二) 十七年度に於ては船舶輸送力を既定計画通りとして屑鉄回収強化貯鉱の使用増加等により五〇〇万瓲の生産を確保し得べき見込なり。
第三 米
一 十七米穀年度の当初需給計画は、
内 地 五、九一三万石
台 湾 より 約 三一〇〃
朝 鮮 より 約 六二八〃
泰 より 約 三〇〇〃
仏 印 より 約 七〇〇〃
(泰・仏印分について・・本数量は一応概定せるも、初期作戦中の実績に徴せば船腹及び荷役能力の関係上実現困難)
計 約七、八五一〃
十六年度よりの持越 七〇七〃
十八年度への持越 六〇〇〃
と概定せる処。
二 泰仏印よりの分は十六年十一月以降十七年二月末日迄初期作戦中僅かに一〇〇万石を輸入し得たるに止りしと共に、内地米及び台湾米の生産減並びに代用食等の供給減に因り需給関係逼迫するに至り左の如く修正需給計画(第十二問題に於て決定)を確定せり。
内 地 五、五四六万右
朝 鮮 より 七〇〇〃
台 湾 より 二一五〃
泰
仏 印
ビ ル マ 九九四〃(タイ・ベトナム・ビルマ合計)
計 七、四五四〃
とし、泰仏印よりの分は現地荷役能力の限度を考慮し定めたるものにして、今後これが輸送を確保すると共に止むを得ざるときは十八米穀年度への予定の持越六〇〇万石を減少せしむることに依り緊急処置するを要するに至れり。
なお十七年十一月以降十八年三月迄の外米輸入予定数量は四四八万石とす。
第四 南方地域よりの取得可能物資(石油を除く)
既定計画(第六委員会決定に依る十七年度取得目標)を概ね達成し得べし。(第八問題参照)
第五 石 油
(一) 南方地域よりの取得見込量 (十一月五日御前会議に於ける企画院総裁説明)
第 一 年 第 二 年 第 三 年
ボ ル ネ オ 三〇万キロリットル 一〇〇万キロリットル 二五〇万キロリットル
ス マ ト ラ
南 部 − 七五 一四〇
北 部 − 二五 六〇
合 計 三〇 二〇〇 四五〇
(二) これに対し十七年度取得見込量
英領ボルネオ 七〇万キロリットル
タラカン地域 二五〃
サンガサンガ地域 三〇〃
ス マ ト ラ 五〇〃
計 一七五〃
対独回答に関する件 昭和十七年七月l一十五日
大本営連絡会議決定
独逸よりの戦争指導上の要望に関しては左記要旨に基き処理するものとす。
一 北方問題に関し
帝国は北方に対しては既定方針を堅持し万全の準備を整えつつ極力対「ソ」戦争の惹起を防止す。
二 印度洋問題に開し
帝国は為し得る限り英の屈伏作戦に努力を傾注し三国共同の戦争目的完遂に邁進す。
昭和十七年七月二十五日大本営政府連絡会議に於て諒解済。
在独大島大使宛回訓(案)
貴電第八八一号に関し
帝国当面の目標は対米英戦の完遂に在り、之が為には対米英作戦を強化し併せて南方忙おける不敗の態勢
を確立すると共に支那に於ける我地歩を囲むるを要するを以って、客年七月二日帝国政府が独側忙通告せる
か.わ
精神には漁りなく此の際は出来得る限り北方の静認を保つを必要とす。素より万一先方より事端を醸し来る
が如き場合は断乎として之を排撃すべく常に充分の用意を為し居る次第なるが、各般の情勢を勘案するに目
下の事態に於て対米英圧力を緩和し北方に兵を動かして新に戦争正面を拡大するは之を差控うるを要すと認
め居れり。
就ては右御含の上、独側に対し左記趣旨回答せられたし。
H 現下独ソ戦に於て独逸が驚異的戦果を挙げ居らるるは真に帝国の慶賀に堪えざる所なるが、今般独逸側
が独ソ戦争の進展に関連し其の見解を申入れられたるに対し、帝国政府は深甚なる関心を以て之を了承す
ると共に右に対する帝国政府の見解を披癒せんと欲す。
H 客年十二月帝国の対米英開戦以来帝国の対米英作戦が太平洋及び印度洋に於ける米英に対する圧迫を重
如し日独伊三国の共同戦争完遂上現に重大なる貢献を為しっつあることは独側に於ても了解に難からぎる
所と信ず。
8 他方帝国としては現下東亜における米英の前衛拠点たる重慶勢力の処理に関しても亦大なる努力を払わ
ざるべからず、現に最近支那大陸が直接米英側の対日反抗の拠点となる傾向漸次濃厚なるものあづ次第な
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梶@今後帝国は更に英国屈伏作戦に努力を傾注し三国共同戦争の完遂に邁進せんとするものなるが、一方今
かかわら付丁
日迄の偉大なる戦果に不拘米側の反攻は依然執拗なるものあり、従って爾後の作戦に関する努力を尚一層
強化するの必要あるのみならず、他方帝国としては南方資源の敵側利用を不可能ならしむると共忙其の獲
f 得政び利用に関し一層大なる努力を要する次第にて今や漸やく其の緒に就きたる現状なり0
求@之を要するに帝国が斯る現下の事態においてソ連に対し積極方策に出ずることは帝国の勢力を過度忙分
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もたら
散することとなり、決して大局上有利なる事態を斎さざるのみならず、之に依り東亜における帝国の対米
英圧力を軽減し米英の対欧戦力を増大するに至る処大なると共に、有利なる対日反攻の場面を与うること
ともなり是亦不利なるを免れず。
従って右虻三国の戦争指導上好んで執るべき方策に非ずと確信する次第なり、尤も帝国が北方に対し万
全の準備あるは勿論忙して之に依り従来とも能う限りソ連を東方に牽制し来り、又今後も右を期待するも
のなhソ。
戟@就ては開戦以来帝国の採り来れる方針は、日独伊三国共同の戦争完遂の為最有効なりと思料せらるる重
点に我全力を集中し来れるものなることを了解せられ、北方に関しては目下の事態に於ては静護を保持す
ると共にソの勢力を東亜忙於て牽制せんとする方針を堅持しっつ、太平洋及び印度洋における米英に対す
る作戦の強化を努め居る次第なるに付、独逸側に於ても右が大局上日独伊三国の共同の戦争完遂の為最有
利なる点を充分諒承せられんことを希望す。