傳統について 野口米次郎


 序 詩

 我等は太古の昔より存在の意義を糺明し、
 知識を性能もて統一し、凡てを祖~に捧げ來れり、
 ああ、わが祖國よ。

 祖~は我等を勵まし、指導し給ふ、
 我等は力の泉として祖~を恐れ敬ひ來れり、
 ああ、わが祖國よ。

 我等一旦緩急あらば、常の經驗と感情を越え、
 祖~の御魂と合一し、御魂われ等の酒杯を充たし給ふ、
 ああ、わが祖國よ。

 我等死を恐れざるは、生命が捨つるものの最初にして最後なればなり、
 我等貧しくして生命を捧ぐるの外他を知らざるなり、
 ああ、わが祖國よ。

 我等唯一無二の祈願は祖國愛あるのみ、玄の玄なるもの、
 山頂の風の如く峻嚴、犠牲のみぞ知る喜祝なり、
 ああ、わが祖國よ。

 我等祖國の歌を唄ひ稱へ、それに依つて我等永劫を攀り、
 迷ひなく祖~の御前に自らをへるなり、
 ああ、わが祖國よ。

 我等祖國の歌を稱へ唄ふ、山川草木われ等に和するを見、
 ここに於て天地人の妙なる管絃樂始めて全きを知る、
 ああ、わが祖國よ。


目次

序詩
興福寺の龍燈鬼・新藥師寺伐折羅大將・伊勢~宮・軍~加藤讃仰・~嘗祭・ 瑞祥降下・天下の秋・太陽の子・我が傳統の拐~……~性の體驗・物質主義 の排除・歴史は爭鬪である・弟橘姫の犧牲・われら空ゆく白知鳥・五十年前 の日本・亞細亞文化の博物館・日本人の世界的闊歩・傳統的拐~の整理・梅 花一輪の微笑・八紘爲宇の詔勅・魂の聲・國土禮讃・先驅者の悲哀・坐る 人間・銃後の守備・能樂の傳統美……能樂の靈城・高砂の一曲――自一頁 至六九頁)
自然の一現象・自然、~、天皇・皇室崇拜・農押・詩拐~・傳統的獨自性・年 と共に・我が傳統の詩歌、入麿、赤人、家持……曙光時代の文學・真の夜の蛾 一匹・偉大なる詩人は何・高市皇子殯宮の歌・想像の力・千古不變の傳統價値・古典歌人柿本人麿・人磨の短歌・山部赤人・赤人の短歌・大伴家持――(自六七頁至一五七頁)値・古典歌人柿本人麿・人磨の短歌・山部赤人・赤人の短歌・大伴家持― ―(自六七頁至一五七頁)
繪畫の傳統・亞細亞は一つ・日本古代の藝術史・中宮寺觀音・詩は春を與 へる・凡ての時代の人・詩的使命・バラセルサスの想起・私共の詩一・私 共の詩二・私共の詩三・能面孫次郎・光悦の山姥能面・鷹峰の訪問・光悦 帶の美・キモノの傳統美・謠曲白樂天・生活の恍惚境・人間的誇りを持つ生 活・單純の美コ・東京と京都の比較・草花の大運動・石を投げたい顔・米 國の民主々義・日支事變後の日本・邪ヘ徒氣質・英雄崇拜・野育の騾馬のや うな自由・自然觀・アチラの死・日本的と世界的といふこと・野に遺賢なし の立前・國家の重大問題・敵を愛せよ・笑識の涵養・天岩戸前の諧謔・福 澤先生誕生日紀念講演・跋詩――自一五七頁至二八三頁
    (表紙)新藥師寺伐折羅大將
   挿 繪 興福寺の龍燈鬼……飛行機・南方に神秘の門を開く……中宮寺觀音……能面孫次郎
   カット……人麿の歌著者書





傳統について


興福寺の龍燈鬼

寄木造玉眼嵌入胡粉塗りの鬼よ、お前が頭頂に載せてゆく六角の燈籠は 恐ろしく重いが、お前は決してそれを落すものでない。私は燈籠に不滅 の燈火が輝いて世界の闇黒を劈くであらうを知つてゐる…燈火は神の 認め給ふ真理に外ならない、万代不易の表徴だ。今わが日本は聖戦に暴戻不遜な外敵を蹴散ら し、彼等に正義を教へんとしてゐる。この燈火こそ我等の心でなくて何であらう。
 見よ、ああ誰が鬼の名前をお前に附したか。あ前の顔は確に醜だ、お前の手足は岩の如くに 凸凹して婦女子を顰め面させることは請合ひだ。然し私共はお前が首に絡まる青龍の尾を掴 み、天を仰いで拱手する巍然たる裸形に悪魔懲罰の決意を見る、これわが日本が今従事してゐる世界改造の意気を象つたものだ。お前が鬼であらうが魔であらうが、それは私共の問題とす る所でない。お前は千年の久しい間、興福寺の金堂内に整然として乱れない姿勢を持して、重い燈籠を頭に載せて來た、そしてお前は今後幾年たつても、お前の衰へない体力は依然として 燈籠を頭から捨てないであらう。私はお前の使命が、永劫に引きつづく忍耐と戦闘力であること

07

を知つてゐる。ああ、興福寺の龍燈鬼よ、お前は足が疲れ腰が痛んでも、体を横たへて休息するととが出来ない。お前の頭は燈籠の重量に堪へられない圧迫を感するであらう、然しお前はそれを落すことが出来ない。使命は重大だ、そして使命は時と共に尽きる所あるを知らない。果てしない使命を帯びる鬼よ、私はお前を礼賛していいか燐んでいいかを知らない。
 龍燈鬼よ、私はお前の顔に諧謔と宏量の閃めくを見て、お前が楽々と目的の遂行に当つてゐることを推度することは私の歓喜だ。私共日本人がお前をもつて唯一唯二の表徴となし、お前の態度に準じて前進の路に就く時、私共は叫ぶであらう、『ああ、不滅の燈火よ否な真理よ、汝は我等を導いて彼岸に至らしめるであらう。もとより我等に挫折なるものなけれど、若し目的捨離の我等を強ひる時あらば、その時こそ天地亡びて無に帰するの時だ』(ロ絵第一参照)

 新薬師寺伐折羅大将

 私は新薬師寺の本堂を飾る伐折羅大将の外十一神将がどういふ仏的存在であるかを知らない。私はただ彼等が、中央の図形須壇上に本尊をめぐ
 つて配置されてゐる以上、皆な心を−つ忙して意虎調伏に放いてゐるこ
  とを知クてゐる。点し私の重大漁師心事は、これ等の武将が肘を張り、腕む穫ばして外敵を府
 睨し、特虹伐折線大将の愈慈の相恐るしく、大口む囲いて飛附かんとする多勢にある。懲は伐
 析羅大将に雷雨む呼ぶ怒張と鼻確の表徹を見るのである。この立像は東大寺戎壁院四天王以と
  にカの表現として、天平初の彫鼓む重からしめるものだ。
  然し私はことに於て拳瀾として新築師寺の沖特を静ぜんとするものでたい。載把それ等を演
  じて、耳に外敵府懲の柴島き、大地虹轟く聖戦の曲む稗へんとするのである。我は大口を開
  いて敵を食はんとする伐折線大将に、意鹿を軌る意志の捷窄む見、愈慈の急嗣に壊せんとする
  のрる。香な私は伐折線大将む眺めて、昭和十七年十二月入日宜勒布普に際し、わが囲艮−
  億一心の盆慈を温想せんと†るものである。
   私共は箕虹伐折羅大持となつて米国を兄珠増に撃つた、また米国をフヰ,ツビンから沸っ
  た。私共ぼ伐折羅大将の大烙となつて天む蔽ひ庚く常に延びてマヲイ、ジャワを制服した。】
  網打轟に米英む屠クた==我共は正義の炎でありまた創造の憤出、カの氾箆eあつた。私共蛙
  今日私共の前進を邪魔するものなく、私共は光明となつて、眠れる東亜の紳秘む復活せんとし
  てゐる。私共は誤れる人生を是正し、希望の箕在を澄明して我等の企呵の正し寧撃郡さんとし

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  てゐる。これ皆な伐折羅大肺が愈怒の賜物でなくて伺рらう・
  伐所産大将の大口は叫んでいふ、『私慾を慈忙して天を恐れないもの、背泳こ呑みだ・執崩
 如として己を知るもの、皆な我が友だ。人若し我が愈怒だけむ知クて平和の錬笑を知らぎらば、
  本官虹我む了解しない憐れな一寸洪師だ』ハ表洗浄参照)

  伊勢紳官
西行が伊勢に詣ふでて、『官杜し允つ岩銀監と歌った時、彼は今日私
共のやう虹木曾の寮木で組みたてられ茅葺き屋根の御社を眺めたであら
ぅか。彼は私共のやう把、この純にして強く虞荘吃音つて天日を拝した
 農相材に、またこb粗紅して美しく何の虚飾を知らない茸虻、わが園属性の汚れのない純一性
 を認めたであらうか…・認めたなればこそ、西行は御前虹ひれ伏して『つゆも曇らぬ日の御影
 かな』と穫辞したのである。
 私は御敢が法曹の普初から今日に等しい御奏であつたであらうと想像して、わが組免が地上
 の環境に順癒していささかも自然む破らなかつた鮎に、私共は彼等が企まザして崇高と森厳の
 極致虹達したことを知らねばならない。若し私共が御敢の構造を粥放的であるとするたらば−
 それは籍外囲の石や銑の建築と違って、自ら制限を附して暴的城齢の虚桑む弄しないからゼあ
 る・緒外閲のそれ等は盲くなればなるほど素撲と清楚の奔を髄れてゆく。それに反して伊勢の
 御社は、いつもいっも椅木や草花のやうに純忙して潔である。人或はそれ些宇年毎虹新しく
 御法曹になるからだとbふであらうが、私はわが日本が幾千年の停統に則り、知的襲化を排し
 てどこまでも原始的純」監守り通して凍てゐる鮎む尊いと侶するのである。先に御社の構造こ
 そわれ等の固属精紳が東金率的な究極の虞濱に要約された結晶頒であつて、紳秘の表敬である
 といつても過官でたいbされば御社が『底津磐故に官桂太しき立て高天原に車木高しむて』の
 樺式に襲化なき験り、わが南開朗以衆数千年の精紳は洋々として・氷揖し、室飛ぶ金鶉のやうに
 心清く正しくまた軽く、泉と罪に無粛の繁桑が日本全土に轟きないであらう。
  私は聖戦畢」亭を迎へんとするに首つて、十一月某日、外宮の参拝む経づて内耳の聖頓に入
 つた。私は木造大政塾め棒を渡ウて、五十鈴川の清い流水む見た。時は晩秋のことであれば、
 紅葉の錦が紘掛のあいまあいまむ飾つてゐる。参溝は坦々として、眞珠を欺くやうな玉砂利が
 款待あられ、左右の大きな杉の林は障壁む作って、まことに寄留京の育たり巌たるものがある