学生の近眼についての一私案
近来、我学生が、一般的に、西洋文明の悪思潮に中毒し、軽佻浮薄に流れ、其結果、一種の迷信と虚栄心に囚はれ、近眼となるを好欲(かうよく)し、且つ之れを一の学生的誇りとするの悪風を醸成し、其傾向の年々歳々著しくなりつゝある事実は、決して等閑に附すべからざる、国家的、国民的重大問題であるが、此の悪風の根本的撲滅は、一般学生の自発的覚醒に依るにあらずんば、到底期待し得(う)べきものでないことは分明(ぶんみやう)の事である。併し、同時に又、政府並に教育の当局者が、慎重に考慮研究したる結果に成れる最善なる一切の方法手段によりて、徹底的努力を為の必要なることも、已に言ふ迄もない分明の事である。
故に、吾等は、茲に其根本的撲滅について一私案を提出し、政府並に教育当
局者諸君の考慮を煩(わづら)はしたいと思ふ。
一、現在の教育方針たる学術本位を人格本位に更改すること。
一、学生をして、国家、社会に対する責任と義務を自覚せしむること。
一、入学の際厳密なる検眼を行ひ、先天牲の近眼を除くの外、一切入学を許可せざること。
一、先天性近眼者を除〈の外、校内校外を問はず、眼鏡の使用を厳禁する事。
一、禁犯者は退校処分其他厳重なる処罰を加ふること。
一、辞書其他近眼たらしむべき細字の書籍を繙読する際は、必ず拡大鏡(手
に持つて使用するもの)を使用せしむること。
一、近眼の原因となるべき時処に於ける読書を厳禁すること。
一、毎年数回視力検査を施行し、近眼的傾向の発見せらるゝ者へは、警告又は注意を与へ、有効なる予防法を自行(じかう)せしむること。
一、校外に於て眼鏡を密かに使用するものゝ取締りは、父兄及び父兄代理監督者に於てするは勿論、警察官憲をして厳重なる取締りを為さしむること。
一、通行其他の場合に於て、警察官憲が、眼鏡を使用せる学生を発見したる時は、一応警察署に拘引し、所属学校へ通告すること。
一、氏名其他を詐称したる場合は、法令の定むる処に拠り、警察に於て、容赦なく処分すること。
右の私案は、大体の綱要を示したものである。随つて、細目に亘る実施上の方法は、遺憾なき程度に於て定むべきは勿論である。蓋し或は、一面に於て、本案は余りに苛酷に失すると云ふ非難が有るかも知れぬが、現代学生界に於ける、滔々たる此悪風は、到底、微温的姑息手段によつて根本的掃蕩を期待し得る程度に薄弱狭域のものでない。寧ろ苛酷無慈悲に失する程度の英断を以て大鉄槌を打下すにあらすんば、其根本的矯正も、徹底的改善も、到底、望むべからずであり、絶対に不可能の事である。