倫道の女賊
国家を無視し、国家を売り、国家を害し、国家を毒する者が国賊であるが如く、又国法を無視し、国法を蹂躙し、国法を紊り、国法を曲する者が国法の賊であるが如く、倫道を無視し、倫道を脅迫し、倫道を破壊し、倫道を乱る女は、之れ在ちに倫道の女賊である。
我等は、仮令、如何なる時代に於ても、断じて国賊の存在を容さゞるが如く、又如何なる事情あるにしても、断じて国法の賊の跳梁を容さゞるが如く、仮令如何なる時代に如何なる事情の存するにしても、倫道を破壊し又破壊せんとする女賊の存在は、断じて容(ゆる)すべきでない。
今や我等は、此の、絶対に存在を容すべきでない倫道の女賊が、到る処に到らざるなく跳染せる事実によりて、我倫道の脅迫せられつゝある危険なる事実を認めざるを得ない。而して同時に我等は、斯かる女賊の存在を絶滅して、我倫道を危険界より脱せしめ、之れを擁護するの緊急事たることを思はざるを得ないのである。
彼等が言説する所行為する所は何うである。見よ、彼等の最も代表的なる一派は、公然『新しき女』『酔(さ)めたる女』を標榜し、或は男女同権を叫び、或は女尊男卑を主張し、或は恋愛の自由を説き、或は一夫一婦の制は自由を束縛する不自然制であるが故に破壊せと、而して一夫多婦、多夫一婦制を採用せよと吠へ散らし、或は恋愛によつて離合する男女の共同生活を唱道し、或は人間の動物的生活の還元を論じ、或は女子貞操不必要を説き、或は女子参政権を唱へ、或は姦通及び避姙(ひにん)の非罪悪論を主張し、或は子の親に対する孝養は、子の自由意思にあるべくして、何等義務的道徳的責任あるものにあらずと吐(ぬ)かし、且つ彼等は参政権問題を除きたる以外のものは、殆んど悉く恣(ほしいま)まに実行しつゝあるではないか。又た彼等に誤られ毒せられたる者にして、不幸にして事実に行為せるもの、滔々として、天下到る処に到らざるなく存在して居るではないか。之れ即ち、倫道破壊の女賊でなくて何である。我等の生活を動物的生活に堕せしめんとする、悪魔でなくて何である。
或一部の、西洋崇拝論者、西洋文明万能論者、西洋文明中毒者、及び、何でも已むを得ず主義の論者は、我日本が西洋文明を輸入し、西洋の文明と人とに直接交渉を有し、常に其思想思潮に接触しつゝある以上、当然の事であり必然の現象であり、また已(やむ)を得ざる現象であるとして、公然に或は暗に、其存在と跋扈跳梁とを是認しつゝあるが、我等は、到底、絶対に、彼等に同じ得ざるのみでなく、彼等に愛国心と倫理道徳を解する能力有りや否やを疑はざるを得ない。
我等は、仮令、英国が何うであり、独逸仏蘭西が何うであり、又米国が何うであるにしても、英国人の日本でなく、独逸人仏蘭西人の日本でなく、又米国人の日本でなく、日本人の日本たる日本に於ては、絶対に彼等の存在を容すべきでない。仮令日本が西洋文明を輸入し、西洋の文明と人とに直接交渉を有し、常に絶へず其思潮思想に接触しつゝあるにしても、日本人の日本たる日本に於ては、倫道の女賊の恣まなる跋扈跳梁は、断じで認容され得(う)べきでない。
無論、我等と雖も、我日本に於ても、将来適当なる時期に於て、何等かの適当なる制限の下に、女子に対して、参政権の与へらるべきを全然予想せざるものにあらずと雖も、其は到底、近き将来に於て実現を期待し得べき問題ではない。況んや、女尊男卑であり、女権の最も拡張せられたる西洋の諸国と雖も、女子参政権運動は、お転婆女の跳返り運動に過ぎずとして、識者の嘲笑(てうせう)を買へるの現状なるに於てをやである。
又我等は、我日本の現在に於ける男女間の道徳的関係が、金甌無欠であり、絶対完全のものであると信じて居るものではない。多大の欠点を認め、不完全にして改善改革を要すべき問題の尠なからざるを認むるに躊躇しないのであるが、一切の破壊は断じて容すべきでない。素より道徳は、時代の進歩発達に伴ひ、時代に伴ふべく、多少の変遷更改は免かれない。然し乍ら、一切に超越したる倫道に至りては、今日の倫道も百万年後の倫道も同一たるを要し、人類が如何に進歩し、時代が如何に推移変遷し、社会組織が如何様に変化転変衆したにしても、絶対に動揺改変すべきではない。
今や、我等が急速に処分すべき緊急問題は頗る多い。黄金あるを知つて、眼中国家なく社会なく、血なく涙なく、故意に物価を騰貴せしめて、暴利を貪りつゝある我利々々亡者の成金征伐も其の一つであり、青年の西洋文明中毒の治療も其の一つであり、不良青少年の撲滅も其の一つであり、不良老年の矯正も其の一つであり、腐敗せる政冶界の廓清も其の一つであり、堕落せる宗教界に対して覚醒的注射を施すも其の一つであり、腐爛せる商業道徳を根本的に矮正(けうせい)確立するも其の一つであり、一般国民の精神的圧搾も其の一つであり、極端なる官僚主義、及び、極端なる民主々義の絶滅を期するも其の一つであり、日本国民の世界的飛躍、世界的発展を鼓吹するも其の一つであり、其他、我等の為さゞるべからざる事は、幾十百件の多きを控へて居る。而かも我等は、此の悪むべき悪魔たる、倫道の女賊を撲滅し、斯かる乱暴無茶苦茶なる思想を日本より騒逐し、我倫道の権威を擁護すべきことも、現下に於ける緊要問題中の緊要問題たるを認ざるを得ないのである。