第六四号(昭一三・一・五)
宮中の新年 宮 内 省
事変下の新年に際して 近衛内閣総理大臣
事変半歳の回顧 陸軍省新聞班 海軍省海軍軍事普及部
長江三千浬 海軍省海軍軍事普及部
昭和十二年の国際政局回顧(上) 外務省情報部
付録 支那事変戦闘経過要因
宮中の新年 宮内省
昭和十三年の新春を迎へるに当つて、国運いやが上にも隆盛に、国基いよいよ揺ぎなき聖代の新年を迎ふることは誠に同慶の至りに堪へないところであります。
天皇陛下に於かせられましては、本年宝算三十八を迎へさせられ、天機いよいよ麗はしく、皇后陛下・皇太后陛下に於かせられましても御機嫌ますます麗はしく、皇太子殿下にも御六歳の春を迎へさせ給ひ、義宮殿下・照宮殿下・孝宮殿下・順宮殿下御共々御健かに御生育あらせられ、竹の園生のいや栄えゆく御有様を拝して、感激の一入新たなるを覚えるのであります。
殊に昨年七月、支那事変発生以来、 天皇陛下には深く時局を御軫念あらせられ、御務に御軍務に益々御多端を加へさせられ、第七十二回帝国議会開院式に当つては優渥なる勅語を賜はり、其の後北支及び内蒙方面に於ける作戦中の陸軍将兵に対し、又上海方面陸軍将兵竝に連合艦隊司令長官、支那方面艦隊司令長官に対して。夫々勅語を賜ひ、更に時局の重大なるに鑑みさせ給ひて、宮中に大本営を設置あらせられ、宵衣_食の御精励は唯々恐懼に堪へないところであります。
皇后陛下に於かせられましては曩に出征及び応召の軍人家族の為に、畏くも内帑の資を御下賜あらせられ、有難き御歌を下し賜はりましたことは既に本誌に於て述べた通いでありますが、更に近くは戦死又は殉職等の陸海軍将兵其の他の者に対してまして、
やすらかにねむれとそおもう君のため
いのちさゝけしますらをのとも
と御詠み遊ばされ、併せて御紋菓を御菓子あらせられたのであります。
又戦場の第一線にあつて、名誉の戦傷を蒙つた傷病者の身の上に深く御同情あらせら
れまして、陸海軍病院に行啓、親しく御慈愛のこもれる御慰問を賜はりましたことは未
だ感激の新たなるところであります。
皇太后陛下に於かせられましても、事変以来、出征軍人について一入御心を傾けさせ
給ひ、風寒き朝、雨滋き夕、御心を戦場の勇士の上に注がせ給うて御懇ろなる御下賜品
を賜はりましたことは、洵に恐れ多い極みであります。
以上、皇室の御近状を申上ましたが、此の機会に於て、更に宮中に於ける新年の概要
を申述べ、時局下に於ける新年の意義を明かに致したいと思ひます。
先づ年頭の祭儀の初めとも申すべきは四方拝でありまして、 天皇陛下には元日晨旦
に当つて、暁の空未だあけやらぬ朝まだき、畏くも御潔斎の上、立纓の御冠・黄櫨染の
御袍を召させられて、天下泰平、万民安寧を祈らせ給ふのであります。
ついで 陛下には、宮中三殿に出御、賢所・皇霊殿・神殿に順次御拝あらせられます。
これは歳の首に当つての小祭で、歳旦祭と申します。
四方拝・歳旦祭を終へさせ給うた後、 陛下には一旦還御、御正装に御召換の上、午前
八時には晴御膳を聞食されるのであります。此の晴御膳と申上るのは一月一日、二日、
三日に亙つて行はせられる御儀でありまして、三日とも鳳凰間に出御の上、供饌を聞食
されるのであります。
晴御膳を済ませられた後、新年朝賀
の儀が行はせられます。此の朝賀と
申しますのは、皇族以下文武百官が
陛下に対し奉つて、新年の御祝詞を申
上るのでありまして、皇室儀制令第二
条に「新年朝賀ノ式ハ一月一日及二日
宮中ニ於テ之ヲ行フ」とあるに拠るの
であります。
朝賀の中、親しく 陛下に拝謁を賜
はつて、新年を賀し奉る御儀を拝賀と
申し、拝謁のことなくして単に宮中に
参内、所定の御帳に署名して新年の賀
意を表し奉るのを参賀と申します。さ
て拝賀は一月一日に五回、一月二日に
二回、両日を合しますと實に七回に亙
つて行はせ給ふのであります。
第一回の拝賀は午前十時に行はれる
のでありまして、 天皇・皇后両陛下
には鳳凰間に出御、各皇族・王族・公族
の御順に拝賀を受けさせられるのであ
ります。年の始に当つて、御正装の
天皇陛下、 御大礼服の 皇后陛下を初
めて拝し奉る賀儀で、荘厳なる鳳凰間
に儼たる 両陛下の御姿を拝し奉るは
真に畏き極みであります。
第二回は午前十時十分、 天皇・皇后
両陛下には正殿に出御、大勲位・内閣
内閣総理大臣以下公爵・従一位・勲一等以
上の者竝に其の夫人・勲一等外国人・同夫人の拝賀を受けさせられるのであります。第三
回は午前十一時、正殿に於て高等官一等以下勅任待遇以上竝に其の夫人・神仏各宗派管
長・勅任扱雇外国人・同夫人に対して、一斉に拝賀を仰付られ、第四回は午前十一時五分
西溜間に於て、宮内奏任官・同待遇に拝賀を仰付られるのであります。かくして 両陛下
には一旦入御の上、午後一時三十分、御五度出御、正殿に於て外国交際官、同夫人に謁
を賜はるのであります。
されに二日は午前十時、正殿に於て、伯爵以下の有資格者に、同十一時、千種間・豊明殿・
南溜間・東溜間・西溜間に於て貴衆両院議員以下の有資格者に夫々拝賀を仰付られ、
茲に二日間に亙る拝賀の儀を終へさせ給ふのであります。
次ぎに参賀の儀は二日の午後一時から同四時までに正七位以下従八位以上、功六級・功
七級・勲七等・勲八等・奏任待遇の諸員が参内して、設けの参賀簿に署名いたし、判任
官・同待遇者はその所属庁に参賀することになつて居るのであります。
一月三日には元始祭を行はせられます。元始祭は念頭に於ける大祭でありまして、皇
室祭祀令第八条に「大祭ニハ天皇皇族及官僚ヲ率ヰテ親ラ祭典ヲ行フ」とあるやうに、
天皇陛下には畏くも皇族・王族・公族及び文武百官を率ゐさせられて、親しく御祭典
を行はせ給ふのであります。此の大祭は天日嗣の本始を祝して、歳首に神祗を崇めさせ
給ふの儀であります。
陛下には此の日、立纓の御冠・黄櫨染の御袍をお召し遊ばされ、賢所へ出御、御拝礼
の後、御告文を奏せられ、次で皇霊殿・神殿にも御拝礼の後、御告文を奏せられます。
皇后陛下・皇太后陛下にも相ついで御拝遊ばされるのであります。
一月四日には政始の儀を執り行はせられますが此の日、内閣総理大臣を始め各国
務大臣・宮内大臣・枢密院議長は通常服・通常礼装を著用して参内、東二ノ間に参集、定
刻、 天皇陛下には御通常礼装を召されて東一ノ間に出御、万機を聞召さるゝに先立つ
て、先づ内閣総理大臣より神宮の事を奏するのであります。神宮の事とは前年十二月ま
で伊勢の神宮に於ての諸祭典が総て滞りなく行はせられた旨を奏上するのであります。
総理大臣は続いて各庁の事を奏し、次で宮内大臣は皇室の事を奏するのであります。此
の御儀は神事を先にし他事を後にすといふ深い思召からでありまして、畏くも 明治天
皇の御製に「神風の伊勢の宮居の事をまづ今年も物の始にぞきく」と仰せられた御主旨に
基くものと拝察し奉る次第であります。
新年宴会は一月五日、宮中に於て行はせられます。此の御宴は一月一日、同二日の朝
賀と共に新年祝日としての一体を為すものでありまして、元来ならば朝賀に引続いて行
はせらるべき性質のものでありますが三日は元始祭、四日は政始とそれ/\諸儀が続き
ますので、五日を新年会と定められたものと拝察するのであります。
天皇陛下には御正装を召され、皇族以下供奉員を随へさせられて、牡丹間を通御、豊明
殿に出御遊ばれるのでありますが是より先き牡丹間の伺候の大勲位・内閣総理大臣以
下前官礼待遇以上の者竝に外国大公使に謁を賜はるのであります。かくて君が代の奉奏、諸
員の最敬礼の裡に豊明殿の御座に著御、畏くも優渥なる勅語を賜はり、ついで内閣総理大
臣竝に首席大使は謹で之に奉答し奉つて、御宴にうつるのであります。皇族・王族・公族
を始め奉り各国友邦の使臣、文武高官が和気藹々として、一堂に会し、君臣偕和、友邦
善隣の光景は誠に泰平を謳歌する聖代の姿を拝するの感があるのであります。
然るに本年は時局に鑑み、深く戦場の将兵を思召さるゝの大御心より終に御宴会は行
はせられざる旨、仰出されたのであります。
一月八日には陸軍始観兵式が行はせられます。 陛下には御正装を召され、第三公
式の御馬車鹵簿を以て親臨、御閲兵遊ばされるのでありますが時局下の本年は特に御軍
装を召されて第三公式の自動車鹵簿を以て宮城御出門、代々木練兵場に向はせられ、直
ちに便殿に入御の後、御乗馬に召され、皇族を始め奉り数多の供奉員を随へさせられて
式場に整列の貔貅を親しく御閲兵、次で諸兵指揮官の指揮、軍楽隊の奏する行進曲と
共に勇壮なる分別式を御親閲、威容燦たる皇軍の精鋭を臠はせられ、再び便殿に御小憩
の後、還御あらせられるのであります。
以上陳べました外に、講書始ノ儀と歌会始ノ儀とがあります。講書始ノ儀は宮中恒例
の御行事の一つでありまして、 天皇陛下には御通常礼装、 皇后陛下には御通常服を
めさせられ、鳳凰間に出御、学者の進講を聞召さるゝの儀で、御進講者は国書・漢書・洋書
に亙つて各碩学が年々銓衡せられて御進講申上るのでありまして、御儀は午前十時を以
て始められ、正午近く終了せらるゝを例として居ります。此の御儀は一に学事尊重の叡
慮に発して居るものと存ずるのであります。
歌会始ノ儀も恒例御行事の一つでありまして、 陛下より勅題を賜はつて、皇族以下
臣民に至るまで詠進を許されて居るのでありまして、皇族を始め奉り諸大官の詠進も一
臣民の預選歌も当日御前に於て、ひとしく披講せられるのであります。かゝる光栄は全
く他に類例の無いことでありまして、広く臣下の感想を聴召されるの大御心とも拝しま
すが君民一体の御精神のあらはれとも拝されて恐懼に堪へないのであります。
此の日、 天皇陛下には御通常礼装、 皇后陛下には御通常服を召されて鳳凰間に出
御、読師以下諸員参進して本位につき、先づ臣下の預選歌より皇族各殿下の御詠進に及
び、次に 皇太后陛下の御歌、 皇后陛下の御歌を奉講し、次に御製を奉講して御儀を
終了致すのであります。
本年は「神苑朝(しんえんのあした)」と御題を仰出され、此の御歌を通じて忠勇なる国民の覚悟、溌剌た
る元気、熱烈なる感情等、時局を反映した真の赤誠が全国民から詠進されるであらうと
思ひます。
かくの如く宮中の新年は年の始めを寿ぐ中にも、敬神崇祖の御精神を基として、文武
両全、国民一体の意義を存して居るのでありまして、神代より承け継ぎし、み国ぶりを
目のあたり今に拝し奉る御代の姿こそ、尊くも亦畏き極みであります。
仰いで悠久三千年の歴史を偲び、俯して万邦無比の國體を思ふの時、油然として起る
は実に忠君愛国の至情であります。此の至情のあらはるゝところ即ち皇威の宣揚とな
り、一死尽忠の至誠となるのであります。斯の時、斯の国に生を享けた吾々国民は「御
民われ生ける験あり」の感を一層深く感ずるのであります。
茲に戦捷の新春を迎ふるに当つて、謹んで聖寿の無窮を祝し奉り、併せて皇運の彌栄を
祈る次第であります。