第六四号(昭一三・一・五)
 宮中の新年           宮 内 省
 事変下の新年に際して   近衛内閣総理大臣
 事変半歳の回顧       陸軍省新聞班 海軍省海軍軍事普及部
 長江三千浬           海軍省海軍軍事普及部
 昭和十二年の国際政局回顧(上)   外務省情報部
 付録 支那事変戦闘経過要因

事変下の新年に際して 近衛内閣総理大臣

 昭和十三年初頭に当り国民諸君と共に、謹で聖寿の万歳と皇室の御繁栄を寿ぎ奉る。
 東亜の一角に起つた事件が、はしなくも日支両国を悲しむべき闘争に捲き込んだまゝ越年した。輝しい皇軍の勝利に、今更ながら日本に生を享けた恩寵を痛感すると共に、胸に広がる感慨はわれ/\の直面する時局の重大さである。支那問題が今や根本的解決の途上にあることをそのまゝ映して、此の新しき一年は世界歴史に於ける日本の地位に一大進展を劃すべきことが予測されるのである。私は国民諸君と共に此の際、時局に対し自覚を新にしたいと思ふ。
 本来ならば東洋民族興隆の為め相提携すべき日支両国が、表面の親善はいざ知らず、真実は最も陰鬱なる関係にあつたことは既に多年に亙る。凡ての偏見と感情とを去つて公平に事態を観察する者には、それが支那に於ける遠く且つ深い国際関係と支那自身の態度とに原因したことは明瞭である。十九世紀の末葉から西洋諸国の権益が、如何なる方法を以て支那に植ゑつけられたか。そして支那の民族意識が成長するにつれ、それが如何に排外思想となつてはけ口を求めたか。最後に遅れて、然し驚嘆すべき力を以て日本の経済的政治的発展が始まつた時、支那が如何にその排外政策の焦点を日本に向けたか。その間の歴史は今茲に喋々を要しない。然もそこに、今日の支那問題の根幹がある。
 蒋介石政権による支那統一と所謂経済「建設」の成果とは、われ/\之を認むるに吝でない。然しながら彼等はこの新支那建設の指導精神を抗日に求むることによつて、致命的な誤謬を冒したのであつて、かゝる基礎の上に築かれた支那国家は本質的に不純なものであることを、われ/\は断ずるに憚らない。彼等は此の誤謬に対して、最も痛烈なる実物教訓を満洲事変から受けた筈である。然るに彼等は却てこの事実を逆用して、国民意識を抗日に教育し煽動するに至つては、その迷妄救ふべからざるものがある。自ら求めた武力抗日が如何なる結果を招くかは、支那自身今や切実に味ひつゝある。近代国家建設の国民的希望が、物心両面に亙つて、無残に潰え去らんとする今日、支那具眼の士の反省には深刻なものがあるを信じて疑はない。
 歴史は既に転換の第一頁をくり拡げたのである。抗日と、共産党の傀儡化せる支那は、今や凡て抹殺さるべき運命にあり、その後に来るべきものは、東洋民族本然の姿に立ち還つた近代国家支那でなければならない。蓋し、日本の存立も、支那の幸福も、外国の利益も、かくて初めて安泰たり得るのである。日本はかくの如き支那の建設にこそ満腔の協力を致さんとするものであり、又日本の求むる支那問題解決の窮極目的は、実に之を措いて他には絶対ないのである。
 今日の日本は世界的存在であり、その行動は世界的責任を持つものである。逸脱せる支那を本来の支那に還らしめんとするのも、是れ一に東亜の進歩と安定とに牢乎たる基礎を与へ、かゝる安定的東亜を以て世界の平和に寄与せんとする動機に外ならない。又之以外に日本の安全保障の途はないのである。遠く欧州の友邦と提携したのも、世界共通の敵コミンテルンの脅威の前に、人類の高貴なる精神と真の秩序とを防衛せんとするに外ならない。更に世界大戦後世界平和の基調として一応は受容れられた現状維持の原則が幾多の矛盾と相剋とを生んで機能を失はんとする今日、現実に則したる新時代の平和組織を建設する任務は、自らわれ/\進歩的国民の肩に懸る。
 凡ては建設の途上にある。支那の混迷と、それを環る複雑なる国際関係から来る重圧とを想へば、この建設の前途には、尋常一様でない困難が横はるものと覚悟せねばならぬ。国家の対外政策と国内生活とは必然的に相関々係にある。今日日本の当面せる国際的難関が未曾有のものであることは、直ちに国内的にも問題が山積してゐることを意味する。此の国家的難局は全国民に、全国民の全機能を国家的目的の為めに動員して、以て巨大なる戦闘準備をなすことを要求するのである。去る十二月二十六日第七十三回帝国議会開院式に当つて賜はつた御勅語の中に、 陛下は

 朕カ将兵ハ毎戦捷ヲ奏シ大イニ武勇ヲ中外ニ著ハシ
 而シテ朕カ銃後ノ臣民亦克ク協力一致シテ時艱ニ当レリ
 朕ハ挙国臣民ノ忠誠ニ倚信シ速ニ終局ノ目的ヲ達セムコトヲ期ス

と特に仰せられたのである。拝して寔に恐懼感激に堪へぬ次第である。われ/\は自己の使命に対する確信を新にし、環境に対する認識を正確にして、 聖旨に副ひ奉る様努力せねばならぬ。