第四四三号(昭二〇・四・二五)

  皇国隆替の決戦
  大東亜大使会議と桑港会議
  戦災跡地等で野菜の自作       農 商 省
  港をあげて神風荷役         運輸通信省
  樟脳で飛ばせ新鋭機        大 蔵 省

樟脳で飛ばせ新鋭機

 樟脳が虫除や、「セルロイド」の玩具となつて婦女子に親しまれたのは昔のことで、支那事変勃発後はその需要の様相は一変し兵器の部品として、偵察報道用写真「フイルム」として、将また銅、錫、鉛等非鉄金属の選鉱剤として戦争遂行上大きな役割を果して来たが、今度は更に悽愴苛烈な航空決戦に高級航空燃料として一大新威力を加へることになつた。
 今次世界大戦勃発後、航空技術の顕著な発達によつて、植物性精油が航空燃料として特に優秀なことが称へられるに至つた。最近松根油の採収が盛んになつたものも実にこのためである。
 わが陸海軍最新鋭機がその活躍の血液と頼むのは「高オクタン価」の高級液体燃料である。現下の緊迫した戦局に応へて、樟脳に或る種の触媒を使つて特殊の操作を施すことにより、た易くその全部を油にすることができるといふ、劃期的な新らしい製法が大蔵省専売局中央研究所長矢作博士の研究によつて完成した。これは軍で詳細な試験の結果「高オクタン価」を有し、且つ航空燃料として高度の性能を有することが確認され、軍では直ちにこれを工業化し、大量生産を開始することになり、苛烈な航空決戦に一大新威力を加へることになつた。

樟脳の作り方

 樟脳を作るには先づ樟の木を機械にかけて木片に削り、樟脳や油が出易いやうにする。出来た木片は千瓩内外も入る大きな甑(こしき)に詰め込んで、丁度糯米を蒸すやうに大釜の上で蒸し、水蒸気で木片の中の樟脳と油を誘ひ出すのである。
 甑の上部には竹筒が取付けられてゐて、蒸気はこゝから冷却器に送られる。冷却器は二、三箇の槽で銅板製の蓋があり、その上に冷却水をどん/\注いで冷却するのである。槽の中には常に半分程水を入れておき、蒸気がこの水と蓋の間の冷却室を静かに廻つてゐる間に冷やされ、水と樟脳と油とにそれ/"\凝縮するのである。竈の燃料は樟脳や油を採つた滓木片を乾して使ふから別に石炭も何も要らない。

我が国の特産物

 樟脳の原料である樟の木は、わが国と支那の揚子江以南の地にのみ生育し、しかも支那の樟の木からは樟脳油は採れるが、肝腎の樟脳は余り採れない。従つてこの樟脳こそはわが国の特産物である。
 そして樟脳といへば台湾を思ひ、台湾といへば樟脳を思ひ出す程台湾の樟脳はよく人に知られてゐるが、内地の樟脳はそれ程知られてゐない。ところが内地こそ樟脳の重要産地であつて、最近の実績は年々台湾を凌駕してゐる状況である。内地における主産地は何といつても九州で、全体の約八割を占め、四国がこれに次いで約一割、外に中国、紀州、東海、伊豆、房総で約一割の生産がある。

樟脳の大増産

 樟脳が新たに高級航空燃料として陸海軍当局から大量の供給を要請されるに至つたことは前にも述べた通りであるが、これを充足するため、昭和二十年度には十九年度の生産高に対し五倍強の生産を目標として劃期的大増産を断行することになり、去る三月三十日の閣議で「樟脳、樟脳油緊急増産対策措置要綱」を決定し、これが達成に向つて強力に推進することになつた。

祖先の蓄積した戦力

 わが国には祖先の残してくれた樟の木が、黒潮洗ふ房総以南の太平洋岸の至る所の山野に鬱蒼と繁つてゐる。殊に神社、仏閣には樟脳の含有量の最も多い樟の巨木が団体の悠久を象徴するかの如く高く中天に聳えてゐる。祖国の危急に直面して、今こそ幾百年来祖先の蓄積された戦力、樟脳を以て驕慢な敵機、敵艦を撃滅するの神機が正に到来したのである。各地の国有樟の木は率先して祖国の危急に勇躍出陣することになつた。
 県有或ひは市町村有の樟の木も陸続として出陣を待つてゐる。
 神社や仏閣の境内を護り、国民崇敬の的になつてゐた樟の木も、天然記念物に指定された名誉の樟の木も、幾代伝はつた家宝の樟の木も、未曾有の国難突破のために今こそ出陣の時が来たのである。
 「航空燃料の一滴は血の一滴だ」
 一本でも多くの樟の木を出陣さすのは正に今である。

樟の木は大きいもの程よい

 樟の木の体内にある樟脳、樟脳油の含有量は木の大小によつて甚しい差異がある。一般には古くて大きいもの程含有量が多く、社寺木等の中には一本の樟の木から四、五百瓩以上もの樟脳、樟脳油が採れるものが珍しくない。普通製脳原料として用ひるものは樹齢三十年以上、直径約一尺以上のもので、こんな木一本から大体樟脳が五瓩位、樟脳油が約八瓩採れる。樹齢三十年に満たない若木は樟脳分が少いので、これは後代の戦力に蓄積して置く必要がある。

樟の木の供出について

 製脳に適する樟の木については専売局で全国に渉つて調査してゐるので、地方専売局員か製脳事業の全国統合機関である日本樟脳製造株式会社の者が所有者の所まで出向いて相談し、適正な価格で購入することになつてゐるからその節は奮つて出陣に応じるやうにして戴きたい。

増産の隘路は労力不足

 全国の樟の木は今や出陣の意気に燃えてゐる。製脳の設備は頗る簡単で大した資材も要らないし、石炭も要らない。長年の経験を持ち、増産の大号令に奮ひ起つた幾多の製脳技術者が全国約八百箇所の製脳場を守つてをり、更に数百竈の新、増設の準備も着々進行しつゝある。従つて製脳そのものには支障はないのであるが、肝腎の樟の木を伐採し、製脳場まで運搬する労力が足りない。これが樟脳増産の最大の隘路を為してゐる。これさへ打開出来、製脳場が煙突の煙を絶やさないやうに原料樟の木の搬入が出来たら、現戦局の要請する樟脳の増産は確実に達成されるのである。

製脳場の火を消すな

 今樟脳増産に要望される労務者は特殊な技術者ではない。樟の木を伐つて運ぶだけの労力である。誰でも出来る仕事である。学徒の動員は最も望ましいところ、製脳場附近の部落の方々にも是非共応援して戴きたい。都会から疎開した方々も是非山野で斧を振ひ車を挽いて戴きたい。地方駐屯の軍隊さへも応援して下さることになつてゐる。某航空隊の如きは夙に隊長の英断で、樟の木の運搬作業に応援されてゐる。
 勝利への進軍である。
 製脳場の火を消すな。
 製脳場の原料木を絶やすな。

                      (大蔵省)