全産業戦士空襲共済運動 大日本産業報国会
一
皇土はいよいよ戦場となつた。全産業戦士は、いまこそ第一線の将兵とすこしも変らぬ決死の覚悟をもつて生産に挺身しなければならぬ。いかに困難な事態に直面しようとも、全産業戦士がこの決心を固め、一致団結して最後まで敢闘するかぎり、勝利は断じて我等のものである。しかしそれがためには、全産業戦士が後顧の憂ひなく職場を死守し得るやうに、万全の援護、救済の手が伸べられてゐなければならない。もちろん現在といへども、産業戦士の戦時災害に対しては、法令に基づくもの、乃至は工場・事業場それぞれの措置としていろいろの援護がなされてゐるが、それらは主として金銭解決的なものであり、従つて権利義務の関係で処理されるものが多い。しかし今日の産業戦士をして真に勇奮挺身、その職場を死守せしめるものは、そのやうな金銭的なものばかりではいけないのであつて、もつと情義的なものが強く加へられなければならぬ。日本人らしく義理人情に基づく温かい援護共済こそ、ほんたうに日本の産業戦士を奮ひ起たしめるのである。その情義的援護共済は第三者が産業戦士に対して加へることも、もちろん必要であるが、全国の産業戦士お互が全産業一体の精神に基づく温かい戦友愛から、自発的に、積極的に行ふものであつたらどんなに嬉しいことかしれない。こゝに大日本産業報国会が「全産業戦士空襲共済運動」を展開することとなつた根本的な動機がある。
二
このやうに全産業戦士の戦友愛による力強い共済援護が活溌に展開されてこそ、日本の産業戦士は一命をもかへりみず、兵器補給の職場を死守するのである。従つてこの運動はあらかじめ詳細緻密な共済規定を作つて、この場合はかう、あの場合はあゝといふやうに法規的処理を行ふのではなく、事態発生に即応して臨機応変、ほんたうに血の通つた、かゆいところへ手の届くやうな活動を展開することを建前とするものである。
一例をあげてみれば、今こゝに一工場或ひは鉱山が敵襲を受けて産業戦士が犠牲になつたとする。通報により運動担当者は直ちに現場に駈けつける。工場・事業場の人等と協力して、家族への通知、救護関係者の動員、殉職者の諸手当などを敏速に運ぶ。現場が一応片付いたらお葬式の相談にも乗る。棺がなかつたらその世話にも走る。身寄りの人が少かつたら葬儀万端に采配を揮つて気の毒な遺族の力になる。弔慰金や保険金の受取りにも奔走する。さて、お葬式が終つた。しかし遺族が生活に困るやうだつたら、早速生活の援護に乗り出す。相続の問題もあらう。疎開する人もあらう。物資配給が変化して困る人あらう。夫に代つて働かなければならね未亡人もできよう。或ひは家計を維持してゆくについて相談相手の欲しい人もあらう。病人があつて困つてみる遺族もあらう。それ等すべての場合に当つて、親の身になら兄弟の身になつて相談相手となり、行届いた世話役となる。これ等がこの運動の実動の姿である。
三
しかし、それ等は当座のことである。その後も遺族には子弟教育の問題等、種々な問題があるはずだ。それらについても最後まで親切に面倒をみてゆくのでなければほんたうの戦友愛ではない。また未亡人が家計を支へるために職業戦線に立つとすれば、その補導や乳幼児を保育所に入れたり、また、あるいは孤児の養育の斡旋しなければならぬといふやうなことが起つてくるかもしれぬ。それでなくても、絶えず遺族を訪問して慰問激励したり、金に困つてゐる場合には金融やその斡旋をすることも、或ひは犠牲者の壮烈なる殉難を作つて、近親者に頒布することなど、運動の領域である。以上は主として殉職者の場合であるが、傷痍者に対してもまた同じやうな温かい行届いた援護が必要なことはいふまでもない。治療の斡旋、健康保険の給与など諸世話、長期の療養を要する傷疾ならばその斡旋などなかなかに仕事は多い。また再起するにあたたつては現職復帰の斡旋、職業再教育の指導、就職、転職などの斡旋補導、或ひは不具となつ人に対しては義肢が給与されるやうに努力しなければならぬ。特にかういふ気の毒な人達に対して、傷痍軍人に対せると同様、敬意と愛情を以てその世話にあたり、力強い人生再出発の道案内となるだけの気持が必要である。
四
全国○○万名の多きに上る全産業戦士に対して右に述べたやうな広い範囲に亘る共済運動を普く行き渡らせるためには、或る程度の資金とたくさんの人手を要することは当然である。そこで大日本産業報国会ではこの運動の財源にあてるため、全産業戦士から毎月少くも一人十銭程度の拠金を求めることとしてゐる。これは運動資金を得るためといふよりは、全産業戦士が第三者の世話になるのではなく、同一の職列に立つお互の戦友愛に立脚するといふ運動の根本精神を昂揚するため、産業戦士の関心を喚起せんがためでもある。この拠金を通じて全国の産業戦士が事業一家の理念を超え、全産業一体の力強い信念を抱くとき、はじめて決戦下における皇國生産に挺身する者にのみ許された誇らかなる気魄が、鬱勃としてその胸に湧き立つであらう。またこの運動を力強く推し進める機関として、大日本産業報国会中央本部に「全産業戦士空襲共済総本部」が設置され、すでてに二月一日から活動を開始してゐるが、さらに都道府権産業報国会にはそれぞれ本部、必要なる地域に支部が設置され、総本部の指令に従つて活動するのであるが、運動の第一線としては単位産業報国会(一定規模以下の単位産業報国会の場合は地域産業報国会)毎に共済部が設置されることとなつてゐる。
五
以上の説明によつてほゞ明らかなやうに、この運動は非常に広い範囲に及ぶものであるから、どうしても全国民、とりわけ関係各方面の深い理解と力強い協力がなければ、到底その力強い展開と目的の達成を期することはできない。厚生省ではすでに一月二十一日附次官通牒を以てこの運動に対する地方長官並びに地方鉱山局長の協力方を要請したが、ひとり厚生省のみならず、中央、地方の各官庁をはじめ日本医師会、歯科医師会、薬剤師会、看護婦会などの医療救護機関、国民運動団体、育英機関、宗教団体、社会事業機関、金融機関、報道機関など多方面の機能の協力を得てこそ、初めて全産業戦士をして挺身赴難の勇猛心を振起せしむることができるのである。
なほ、この運動の対象となるのは全産業戦士であつて、産業報国会員は勿論のこと、動員学徒、勤労報国隊員等にも及び、また空襲被害といつてもそれは狭い意味ではなく、艦砲射撃などによる被害の場合も勿論含まれる。要するに命によつて生産に挺身して被害せる者、または自ら空襲で臨機挺身、公に殉じた一切の産業戦士を対象とするものである。また二月一日以降の被害者ばかりではなく、更にそれ以前の被害に対しても遡及してこれを及ぼすこととなつてゐる。
最後にこの運動の発足を契機として、全産業戦士の一段の使命自覚と挺身敢闘を祈つてやまない。
(大日本産業報国会)
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