戦場台湾の相貌 台湾総督府
戦場台湾の布陣全し
比島に隣する台湾は、今や単に戦場に繋がるとい
ふやうな生易しい表現を用ふるやうな状態ではなく、
全島悉くが戦場そのものであり、六百七十万の全島民
すべてが敵前に展開して、直接戦闘を続けてゐるの
である。
一日延千五百余機の連続来襲をみた昨年十月の大
空襲、一日延五百余機の来襲をみた本年正月頭初よ
りの屡次の大空襲、そして不断の少数機による空襲
の連続は、いづれも帝国本土と南方資源地帯との間
に儼存して戦略基地の責務を遂行しつゝある台湾へ
の攻撃であり、侵攻作戦の前奏曲ともみるべきであ
る。この敵の来襲に対してあくまでもその責務を完
遂し、その健在を示すか否かは、比島決戦の運命を
決し、帝国存亡に繋がる重大問題である。
試みに南方共栄圏の地図を按じ、現戦局を観ずる
ならば、台湾の地位の重要さは直ちに感得されるで
あらう。そしてこの故にこそ、台湾は戦場であり、
敵の来襲もまた頻繁熾烈なのである。
既に今日を予想せる台湾総督府は、昨年八月「台
湾戦場態勢整備要綱」を決定して陸海軍の作戦に即
応し、台湾の有するあらゆる人的、物的総力の一切
を挙げて戦闘配置につけ、決戦戦力への集中組織化
を断行するといふ敵前大転回を行つたのであるが
(昨年八月二十三日附、週報409号所載の「武装台湾」参照)、
の推移と台湾の負荷する重大使命に鑑み、旧臘三十
日を以て台湾軍司令官が台湾総督に任命せらるゝと
いふ稀有の人事を招来するに至つたのである。この
点に関しては、安藤新総督が一月四日、総督就任の挨
拶において「帝国存亡の繋がる重大時局下、戦略的
要衝たる本島に、軍司令官を兼ねて総督の重任を拝
しました。聖慮を拝察いたしまするに、軍官民を渾
然一体とする結束を如実に強固ならしめ、以て本島
防衛上完璧を期し、戦争の遂行に最善の寄与貢献を
期待せられ給ふものと存ずる次第であります」と述
べ、さらに「私の統治を左右するものは島民個人々々
の福利繁栄ではなくして、本島に迫り来らんとする
敵米英撃減である」と断じてゐることによつて、そ
の理由と決意とは判然するであらう。
かくて台湾の戦場態勢は完全に整備され、攻防全
き戦場台湾はこゝに完璧の布陣を終へたのである。
南方第一線におけるわが台湾出身の高砂義勇隊や
台湾労務奉公団のめざましい活躍については、既に
全国民の周知する事実であるが、攻防全き戦場台湾
島内において、六百七十万の島民各個がいかに活躍
し、いかなる配置についてゐるかは知る人も少いの
で、例を島内における義勇軍的組織と常備軍的勤労組
織にとつて、以下説明することにしよう。
台湾義勇報国隊
六百七十万の島民をガッチリと結束さ
せ、且つその一人々々に十全の能率を発揮
させる組織は「皇民奉公会」といふ全島民の
組織がある。元来この組織は内地における
大政翼賛会に呼応して誕生したものではあ
るが、その性格、殊に組織をやゝ異にし、
内地人、本島人、高砂族のすべてと軍官民
を渾然一体化した強力な組織であり、総督
府の行政組織とは完全な表裏一体をなすも
ので、特に中央から地方末端組織に至るま
で一貫した太い線で強力に結ばれてゐるこ
とに特徴を有してゐるのである。しかもこ
の末端組織が、領台当時から台湾特有の国
民組織として永い伝統と成果に輝く「保甲
制度」(十戸も以て一甲とし、十甲を以て一保となす)
の上に、大政翼賛といふ新らしい理念を以て
打ち建てられ、保に代る区会及び部落会五
千五百余、甲に代る奉公班(内地の隣組に当る)
八万余によつて縦横に組織化されてゐるの
である。この奉公会の組織に筋金を通し、
『戦ふ奉公会』の中核的存在となつてゐるの
が「台湾義勇報国隊」である。
台湾義勇報国隊は、「台湾戦場態勢整備要
綱」に基づいて結成されたもので、平常に
おいては皇民奉公会の筋金ともいふべき中
核的推進組織であり、有事に際しては「国
民義勇軍」たる任務を果す行動組織であ
る。しかもこの組織は現地即応の機動的地
域組織であり、必要な戦場においては職域
組織ともなるのである。そして隊員は、朝
野各層の精鋭憂国の士の自発的参加(志願)
によるもので、現在すでに十数万を数へて、
堂々たる陣容をなしてゐるのである。一月
初めの大空襲に際しては、宣伝突撃隊とし
て流言蜚語を破砕し、官の要請によつて特
別に編成された非常工作隊は、敵ダラマン
機が跳梁する中を被害地の復旧に努め、
進んで橋梁、鉄路を死守し、或ひは軍の要
請に応じて兵砧の後方勤務に偉功を樹てる
など、非常な成果を挙げてゐることは、戦
場台湾として当然のことながら誇示するに
足るところであらう。かくて数次に亘る敵
の大空襲下においても、台湾は微動だにせ
ず、なんらの不安、動揺、混乱もなく、敵
撃滅の闘魂を燃え立たせてゐるのである。
なほ昨秋、奉公会内に「思想動員本部」を
附設した。これは総督府で策定した輿論指
導方針その他、啓発宣伝方策に策応して、こ
れが実践要項を決定の上、義勇報国隊に移
して実践せしむる機関で、島内各方面の智
嚢を網羅し、勝ち抜く思想戦を展開してゐ
ることをこゝに附言して置かう。
台湾護国勤労団
以上述べた台湾義勇報国隊(国民義勇軍)は、
予備兵力として戦場台湾の中堅的存在であ
るが、次ぎに述べ台湾護国勤労団(隊員は予
備兵力)は、常備師団として常に有事的活動
を行ふものとして、二月五日、律令を以て
公布されたのである。
台湾が戦場であるからには、飛行場の修
築、要塞、防塞その他の防衛強化工事、港
湾荷役作業の迅速果敢な遂行が刻下の急務
であり、時局柄、絶対の要請であることは当
然である。しかるに台湾は、大東亜戦争以
来、大陸戦線、南方戦線、或ひは内地生産部
面に尨大な軍要員を派遣し、島内において
も兵站補給基地として各種軍需工場は激増
し、ために労務事情の窮迫を辿つてゐるこ
とは、改めて説明するまでもないところで
ある。こゝにおいて総督府は今般、台湾護
国勤労団令を公布し、現下の緊密な業務を
迅速に遂行するために必要な尨大量の労務
者の確保を図つたのである。
この団の主とする業務は、
一、軍事上、特に必要なる土木建築作業の受託
二、港湾荷役作業の受託
三、前二号に掲ぐるもののほか、緊急業務に関する勤労作業の受託
四、緊要業務に必要なる労務の供給
五、勤労者の技能教育及び皇民錬成
(以下略)
と団令第十六条に規定してある。そして団
はその業務を遂行するために、全島に亘つ
て必要の地に勤労隊を設置し、所属勤労者
を隊組織によつて編成し、指揮命令と服従
の関係を明確にし、隊員をして厳正な軍隊
的規律の下に業務に挺身せしめることとし
てゐる。
要するに台湾護国勤労団は、常備現役隊
員○万を有する勤労常備兵団であるとみる
べきであらう。団は台湾総督が定める計画
に従つて緊要業務を遂行するのであるが、団
の正確からみて、殆んど全部が軍作戦に関
連ある土建工事、港湾荷役等であることは
自ら明らかであるから、業務の性格上、身
体が頑強で、重労働に堪へる隊員を軍隊同
様、厳選しなければならず、これをいかに
して充員編成するかは極めて重大な問題で
ある。
この点に関しては、隊員は本当に居住す
る年齢十四歳以上六十歳未満の男子を徴用
により入隊させることを方針とし、班、小
隊、中隊、大隊の単位勤労隊の部隊編成は
概ね軍隊同様である。隊員は原則として隊
舎に収容して、勤労と併せて技能訓練を実
施するのであるが、服務に関しては原則と
して、特別隊員(技能者)は一箇年、一般隊
員は概ね百日となつてゐるので、一般隊員
は常に更新されることとなるわけである。
なほ団の組織は、本部にあつては総裁
(総督府総務長官)、副総裁(総督府国民動員部長)、理
事長(専任)、理事、参事となり、単位勤労隊に
あつては部隊長のほかに訓練主任、庶務主
任等のほか、各大隊、中隊、小隊長以下の
各幹部を置くことは軍隊の編成組織と同様
である。たゞこゞで特色として強調しなけ
ればならないことは次ぎの三点である。
即ちその一は、戦場化せる台湾におい
て、防衛上または戦力増強上、是が非でも急
速に完遂せねばならぬ緊要業務の遂行を使
命とする国策代行機関であるから、本団の
各隊員は召集の命に浴した将兵と同様、矜
持と義務奉公の精神とを以て勤労に挺身し、
勤労隊もまたこのやうな高い精神的基調の
上に運営されてゐることである。
第二の特色は、台湾義勇報国隊との関係
である。先に述べたやうに義勇報国隊は
市街庄の地域を単位とする義勇軍的存在で
あり、その特別組織による市街庄別非常工
作隊は、台湾防衛強化の諸施設の整備や
空襲その他、非常時における災害復旧等に
率先挺身するものではあるが、あくまでも
国民義勇軍であるため、平常時においては
予備的存在である。しかるに台湾護国勤労
隊は常備現役軍であり、かつ一般隊員は百
日を以て更新されるものであるから、一た
び徴用解除となれば予備軍たる義勇隊に帰
り、また逆に新たな義勇隊員が現役軍たる勤
労隊に入隊することとなるので、両者の関
係は義勇隊が勤労隊の精神的母体をなし
両者相俟つて運営の妙味を発揮することに
なつてゐることである。また有事災害時に
おいては常備軍、予備軍ともに機動的、重
点的に活躍することはもちろんである。
第三は、本団の業務の国民的緊要性に鑑
み、国民動員関係の官公吏はもちろん、必
要に応じては一般官吏、学校関係の教職
員、警察官吏等の中から適任者を選抜し、
隊長または隊幹部として率先陣頭指揮に当
らしめるといふことである。
民政官制度
戦場台湾の新しい戦闘展開に伴ふ施策
として、昨年末から実施されて好評を博
し、機動的行政官として戦場に相応しい機
能を発揮してゐる民政官制度がある。民政
官とは独立せる官名ではなく、単なる補職
名である。
由来高等官の任免は中央政府の管掌する
ところであり、また各庁の定員は官制上厳
格に定められてゐて、自由に増減すること
は許されない。平時であれば、これはもと
より当然のことであるが、台湾の如き戦場
化した現状においては、情勢の緊迫に伴つ
て関係官吏の重点的配置と人事異動の迅速
化を特に考慮する必要がある。緊急の場
合、一々人事異動について中央の発令を求
めてゐたのでは急の間に合はない場合が多
いことは想像に難くない。また急変する客
観的情勢に即応して施策の機動的運営の万
全を期するには、官制上の定員制の枠をは
づして、各庁定員を必要に応じて機動的に
活用するのでなければこれを望み得ない。
この見地から台湾総督府において、自由に
所属高等官の配置と移動を民政官といふ補
職行為によつて、迅速かつ機動的に行ふこ
とができるやうな仕組にしたのが、この民
政官制度であり、戦場態勢整備要項の裏打
ちとして官制と人事手続に関する決戦非
常措置にほかならないのである。
国語普及と皇民錬成
外地同胞が在来の習俗を改め、国語を身に
つけることだけでも、これがいかに困難なこ
とであるかは、内地の人が身を置きかへて考
へてみれば容易に肯けることである。
台湾同胞は五十年の間、黙々としてその
困難を克服した。それは皇國道義の統治に
随順し、皇國民たるの資格を備へんとする台
湾同胞赤誠の現はれであつた。そしてその
成果は、昨年九月発表された徴兵制となり、
旧臘公表の処遇改善といふ大きな記念塔に
まで達したのである。もちろんこの間、総
督府もまた国語普及を重要政策として努力
し、国民学校教育の課程においてもその主
眼は国語の習熟に置いたのであるが、呑む
ことを欲しない馬に水を呑ませることがで
きない以上に、皇國民への赤誠と努力がな
ければ、国語普及における今日の成果をみ
ることはできなかつたのである。
即ち昭和十八年末現在、国語解者は全人
口の七十%に達し、これを満二十五歳以上
の男子だけについてみれば、実に八十三%
に及ぶ盛況を示してゐる。しかして国語習
熟の熱意は、支那事変より大東亜戦争に至
り、さらに徴兵制をめざして正に白熱的状
況を示してをり、公立国語講習施設のほか
に、本島人男女有識層は自発的にいはゆる
軒下学校、或ひは皇民塾を設立して所在の
国語未解者である青少年はもとより、老幼
婦女子を集め、家業の余暇を利用して自ら
教壇に立つなど、真剣な努力を続けてゐる
のであつて、昨年四月現在におけるこれら
公私立の国語講習所は、総数二万三千、生徒
数九十八万五千に達してゐる状況である。
総督府としては、本年から施行される徴
兵対策の一つとして、未就学青年の国語不
解者一掃のため、昨年から皇民錬成所を設
置して、その教科課程の整備充実を図つて
ゐるのである。
また習俗の改善についても、皇民奉公運
動展開以来、皇民有識者層の自発的率先垂
範により、旧来の陋習は皇國民的醇風美俗
に逐次改善されつゝあるのであつた、これ
らは全く島民の胸中に自ら湧き起りつゝあ
る皇國民的自覚、即ちよりよき完全な日本
人たらんとする端的な現はれとして注目に
値ひするものである。
総督府においては、この本島同胞の熱烈
な皇民資質錬磨の希望に応へ、昭和十八年
度から国民学校の義務制度を施行したので
あるが、その就学歩合は第一学年就学率九
十五・三%に達してをり、これを現在の全学
齢児童についてみても六十八%に達してゐ
る状況にある。
処遇改善と本島同胞の感激
台湾は本年六月を以て施政五十周年にな
る。統治五十年といふけれども、日本最初の
外地統治に出発した半世紀間は、しかく簡 ?
単なものではなかつた。しかし今日までの
台湾統治は世界に誇るべき偉大な金字塔を
打ち建てたと断じても過言ではあるまい。
総督府においては、この統治の成果を内
外に顕揚し、併せてこれを転機として本島
同胞をして一視同仁の聖旨に応へるの覚悟
を新たならしめるため、昨年五月、府議決
定を以て各般の処遇改善、各種旧法令の改
廃、地方制度の刷新強化、人材の登用、皇
民錬成の徹底、理蕃行政の刷新等を実施す
ることに決定、それ/"\準備中であつたの
である。
かゝるとき、たま/\第八十五回帝国議
会において、小磯首相より「本
島同胞の処遇につき十分考慮す
る」旨を表明せられ、旧臘社会
的処遇については内容の一般を
発表され、政治処遇については
目下調査会を設置して審議検討
せられてゐることは、内台人を
通じ極めて大きな感銘を与へて
ゐる。
支那事変以来今日まで、台湾
同胞が前線に、銃後に、その特
質を発揮して戦争目的達成に努
力してきたことは、既に顕著なと
ころであり、その間に織りなされた美談佳
話の如きは到底枚挙に遑なきほどで、以て
本島同胞の愛国の赤誠と、よりよき皇國民
たらんとする熱情と努力とを知るべきであ
らう。徴兵制といひ、処遇改善といふも、
いづれもこれらの赤誠と熱情の成果に与へ
られた栄誉であるが、台湾本島同胞は、今
これを内に熱情を蔵しつゝも、外には極め
て謙虚なる反省を以て迎へ、ます/\御奉
公の実を挙げ、ひたすら皇國民たるの資質
錬成に努めつゝあることは、まことに感激
そのものである。
(台湾総督府)