主敵アメリカの現状 【430】
吹き飛んだ戦局楽観論
ルーズヴェルトは欧州戦争の終結は
間近いと宣伝し、太平洋総反攻を示威
し、戦勝政策を戦後政策に塗り上げる
ことによつて国民の人気を繋ぎ、四選
に成功した。だが、我が大陸縦貫作戦
の発展とルントシュテット攻勢とは、
今次大戦早期終結の米英の希望的観測
を微塵に打ち砕いた。その呼号せる東
西総反攻作戦の進行に得意満面であつ
たルーズヴェルトの天狗鼻は忽ちへし
折られ、今やワシントン首脳は薬のき
き過ぎた戦局楽観論を抑制するのに苦
心すると共に、戦争長期化の恐るべき
新事態に備ふるために戦争施策に大童
となつてゐる。
米ユー・ピー通信電は「日本の支那大
陸縦貫作戦に遭つて、支那大陸上陸を明言
せるニミッツの計画の前途には強力なる障
碍が置かれた」と告白し、米上院議員
マックナッソンは「対日総攻撃は反枢軸軍
が支那沿岸に港湾を獲得するまでは到底不
可能である。支那で日本を決定的に破るに
は尨大な物量を必要とし、その補給には、
レド公路、ビルマ公路及び印緬空路による
輸送だけでは不十分である。支那沿岸に港
湾を獲得して対支補給状態が改善されぬ限
り、対日戦争はなほ十年継続するものと思
はねばならぬ」とさへ警告を発したので
ある。
他方ルントシュテット攻勢に狼狽す
るアメリカの反響をみるに、米戦時
生産局次長アンダーソンはドイツの今
次攻勢を「正に眉間への一撃である」と
呼び、「戦争の長期化と共に、アメリ
カは今後多くの予想できない国難に
逢着する」と述べた。また著名なる
ニューヨーク・タイムス紙軍事記者
ポールドウィソは、西部戦線における
ドイツの一大攻勢と反枢軸軍の武器弾
薬の欠乏をば、「過去数週間に見られた浮
薄な戦局楽観論が単なる幻影に過ぎぬこと
を裏書きする以外の何物でもない」と確認
せざるを得なかつたのである。
かねてより英国側はアメリカがノル
マンディ作戦の成功に有頂天となり、
欧州戦争の年内終結を夢みつゝ対日攻
勢を焦り、太平洋に猪突するのを不安
がつてゐたが、ルントシュテット攻勢
に押されるアイゼンハヮーの指揮に一
斉に非難の矢を放つた。チャーチルが
十一月二十九日、議会で戦局の楽観を
戒め「欧州戦争がいつ終わるかは何人にも
分らない。況んや欧州戦争から対日戦終了
までも期間を予断することは到底不可能で
ある」と述べたのは、驕慢アメリカに
とつて頂門の一針と評すべきものであ
る。しかも英ロイター通信軍事記者キ
ムチが暴露してゐるやうに、ルソン作
戦は四、五ヶ月前に計画されたもの
で、欧州戦争が本年一月頃に片付いて
ゐるといふ想定の下に計画されたもの
である以上、「昨年秋までに欧州戦争を片
付けることに失敗した結果、太平洋重点主
義は当然再検討を要する。四ヶ月前の作戦計
画は最早や今日の事態には全く即応できな
い」といふ彼の批判は、米英戦略の喰
違ひを露呈せるばかりでなく、倒独後
に対日戦に全力を傾注するといふ效
果的な各個撃破のテヘラン、ケベック
戦略方式が、ルントシュテット攻勢によ
つて破綻したことを示唆(じさ)するものであ
る。
即ちアメリカは正に抜き差しならぬ
不利な東西両面作戦の窮地に自ら身を
投じたのである。そして未曾有の消耗
戦と補給戦に苦悩しつゝ、また目算の
はづれた戦争長期化の現実に当惑しつ
つ、最大限の両面作戦態勢の再編成を
急がねばならぬのである。
ルーズヴェルト教書の意味するもの
ルーズヴェルトは去る六日一般教書
を、九日予算教書をそれ/"\議会に送
付したが、そこに我々はアメリカの危
機と、それを乗り切らうとする敵の逞
しい戦争努力とを同時に感受せざるを
得ない。
「我々自身はもちろん、我々の持つすべて
が危殆に瀕している」(一般教書)とか、「欧州
戦域及びその他、如何なる戦域においても、
この戦ひがいつ終了するか予想の限りでな
い」(予算教書)といふ言葉は、戦局楽観
論に対する冷水である。
次ぎに注目を払ふべきものは、欧州
における作戦の蹉跌を半ば肯定し、且
つ対日戦が前途遼遠の一大難事業たる
ことを是認しながら、いよ/\熾烈な
る対日敵意を煽(あふ)り、「欧州戦争が許す限
り、できるだけ速かに米国の全力を対日戦に
傾注する準備を整へることが必要である」
(予算教書)と、太平洋第一主義を強調
してゐることである。
第三に、軍需生産の減少を認むると
共に、ます/\増大する尨大軍需に備へ
て「アメリカは今までに到達した最絶頂よ
りも更に多くの生産を実現せねばなるま
い」(一般教書)と訴へ、軍需増産の最大
隘路たる人的資源動員のために、鬼門の
国民徴用法を再び大胆にも要求してゐ
る。
第四には、例によつて戦勝と戦後平
和のために反枢軸諸国の団結を要望し
てゐるが、いはゆる「解放欧州」の分乱
を「遺憾千万である」と表明し、「欧州問
題は結局、当該国民自身によつて解決さ
るべきものである」(一般教書)と称し、強
権政治(パワー・ポリティックス)を排撃し
ながら「アメリカは欧州占領地域の行政に
関しその責任を回避すべきでなく、同時に
またこれら地域の救援復興事業にも当らね
ばならぬ」(予算教書)と述べて、欧州に
対する干渉乃至発現の権利を保留しつ
つ、「我々は我々の影響力を行使し、大
西洋憲章の原則達成を人間としてでき
る限り確保することを逡巡してはな
らぬ」と狡(ずる)く逃げてゐる。これは英国
の対欧干渉政策及び西欧ブロック化計
画、或ひはソ連の図太い西進政策に対
する拮抗策として、すべからくアメリ
カ政府は自主的対欧政策を明示せよと
迫る国内輿論の攻撃に処するルーズヴェ
ルトの応答として注目を要する。
今次教書に対して、反ルーズヴェル
ト派の巨頭タフト上院議員は「秘密外交
政策を変更する意図が果してあるかどうか
明確を欠く」と攻撃し、ウイリス上院議
員は「現下の未解決の国際情勢を改訂する
計画を欠いている」と批判してゐる。
しかし、今次教書の最大の狙ひはいふ
までもなくルントシュテット攻勢と、
比島への猪突作戦によつて齎された東
西両作戦の危機を克服するための緊急
措置を命令するところにあつたのであ
るから、この点において我々は、今次
教書から頗る旺盛なる対日敵意と軍需
増産への熱意を正しく評価せねばなら
ぬのである。
決戦態勢の補強を急ぐ
欧州戦争長期化の新形勢と、いよ
いよ苛烈となり本格化する太平洋戦争
の様相に対処するために、敵アメリカ
は軍事動員に、軍需増産に拍車をかけ
てゐる。
米戦時生産局は、さきに軍需生産の
再転換に着手し、軍部の反対を押し切
つて一部民需品の生産再開を許可した
が、十二月四日、全米百三の主要軍需
生産地区に今後九十日間の軍需産業の
再転換を停止し、次いで十六日には全
民需生産の無期停止を命じ、さらに陸軍
省は十七日、軍隊に服務中の熟練工四千
七百名を一時除隊して、緊急兵器の増
産に当らせるといふ非常措置に出た。
続いて二十三日、戦時動員局長官バー
ンズは動員強化措置として(一)選抜徴
兵局に対し職業運動家のうち軍務に適
する者の資格調査を命じ(二)従来の労
働力優先割当制の部分的修正を行ひ、
これによつて最も緊急を要する軍需産業
に労働力を重点的に終結することとな
り、(三)全国の競馬場閉鎖を指令した。
さらに一月一日バーンズは戦時態勢
の劃期的強化策として次の五法案の
実現を要請した。
(一) 国民徴用法案
(二) 徴兵適齢期壮丁のうち体格検査の
結果、兵役を免除された四百万の若者
を軍需生産に徴用せしめる法案
(三) 罷業軍需工場の政府等による接収
を避け、軍需生産遅滞を防止するため
戦時労働局の権限を拡張し、これに労
働争議に対する最終決定権を附与する
法案
(四) 戦時人的資源委員会に軍需産業労
働力統制の最高権限を附与する法案
(五) 軍需労働者の戦後不安を除去する
ため失業保険制度を拡充する法案
かくて一月三日、バーンズは選抜徴
兵局に対し、兵役猶予の特典を受けて
ゐる十八歳以上二十五歳までの農村壮
丁(該当者は三十六万四千と推定)の即時
徴集を要求した。
一方、同十一日、政府は旅客列車の
一部運転停止を決定し、次ぎの通り布
告した。
一、昨年十一月中に収容座席に対し、平
均三五パーセント以下の旅客しかなか
つた不急路線の列車運転を三月一日以
降全部停止する。
一、全鉄道会社は遊覧静養地区に対する
特別列車運転を即時停止する
同じく十一日陸軍長官スチムソンは
記者団会見において、三十歳以下の身体
健全な男子全部の徴集を要望し、「戦
局の現段階は今や思ひ切つた人的動員を要
求し、全面的な国民徴用法を断乎実施すべ
き時機が到来した」と言明した。
軍需生産の危機=頭打ちから低下へ
かくの如くアメリカ政府は決戦態勢
の強化に文字通り狂奔しつゝある。
それにつけ我々はアメリカ軍需生産
の実態と軍事、産業動員の余力如何を
理解して置かねばならぬ、主要アメリ
カの戦力を侮らず且つ恐れぬために
も。
アメリカは今日、軍需生産の低下と
軍需消耗並びに補給の増大といふ矛盾
に直面してゐる。アメリカ軍需生産の
鬼才ヘンリーカイザーが歎いてゐるや
うに「アメリカが漸く守勢から攻勢に
転ぜんとしたときに早くも軍需生産が
絶頂(ピーク)に達した」のである。し
かも対独総反攻が破綻を来し、亜欧両
戦線における人的物的消耗が驚くべき
増大を示し始めたときに及んで、軍需
生産が頭打ちから低下に反転してゐる
といふことは、デモクラシーの兵器廠を
以て自任するアメリカの悲劇である。
巨大な潜在的経済力を総動員して、
アメリカの軍需生産は今次大戦以来、急
上昇を続け、天文学的数字と思はれた
尨大軍需生産を実現したのであつた。
だが、一昨年末頃からさすがに鈍化気
味となり、漸次停滞の度を加へ、一昨年
末を頂点として低下の傾向を辿り始め
た。戦時生産局発表の軍需生産綜合指
数(一九四三年の月平均を一〇〇とす)に
ついてみるならば、一九四二年一月の指
数が二九、十二月が八四で一九四三年
十一月に一一八に達したが、昨一九四
四年一月には一一四に下降し、
03