第四二九号(昭二〇・一・一七)

 戦場ルソン島へ         大本営海軍報道部
 ドイツ反撃の原動力
 灯火管制の解説補足

ドイツ反撃の原動力



敵味方ともに驚く西部攻勢

 欧州の西部戦線は、昨年十二月十六日から開始されたドイ
の反撃によつて全くその様相を一変した。如ち今まで米軍
の圧迫によつて国境線に押詰められてゐたドイツが、この反
撃によつて全面的に戦争の主導権を把握して、米英軍はドイ
ツ軍の突破正面を防禦するために、その兵力の殆んど半分以
上をベルギー、ルクセンブルグ地方に集中しなければならぬ
ようになつた。この結果、一応この方面におけるドイツ軍の
進撃は喰ひ止め得たやうであるが、それは必然的に他の方面
における兵力を著るしく減少させる結果となつて、そのため
にザール戦線においても、或ひは北アルザス戦線において
も、また恐らく近き将来においてオランダ方面の戦線におい
ても、ドイツ軍の積極的な攻撃が予想されるに至つた。これ
が今後どう発展してゆくかはまだ想像できないけれども、と
にかく米英の作戦計画といふものは根本的に変更を余儀なく
されて、これが将来、戦争全体の帰趨を決する上において、
非常に大きな意味をもつてゐるといふ
ことだけは今でも既にいひ得るであら
う。
 一昨年のスターリングラードの悲劇
以来、殊にまた昨年の西欧第二戦線の
開始以来、東西ともに後退に次ぐに後退を重ねたドイツ軍、
さうしてまた戦線が国境に迫るにつれて米英の空襲に終始曝
されてゐるドイツがこれだけの力を発揮し得たといふこと
は、敵味方斉しく驚異とするところであつて、その裏に潜む
ものが何であるかについては、みな非常に大きな関心を持た
ざるを得ないであらう。

全国民戦争の本質に徹す

 このドイツの反撃力の根柢に横たはつてゐるものとして、ま
づ挙げなければならぬのは、何といつてもドイツ国民全体の精
神力である。そしてその精神力は結局、この戦争が実にドイ
ツ民族千年の興廃を決するものであるといふ認識が、国民の
間に徹底してゐることから生れて来るのである。即ち、ドイ
ツ国民は、いま各自が何のために戦つてゐるのかといふこと
を切実に自覚してゐる。これは現在のやうに戦線が国境に迫
つて来た場合にはます/\明瞭なことであるし、また敵側が
好んで発表するいはゆる戦後のドイツ処分案であるとか、或
ひは世界機構の案であるとかいふやうなものが、ドイツ人の
戦意をますます固める上に役立つてゐるのである。
 かゝる戦争の本質に対する国民の自覚を徹底させるため
に、ドイツ政府はあらゆる努力を払つてきたのであつて、戦
況の実相であるとか、敵側のドイツに対してもつてゐる意図
といふやうなものを少しも隠すことなく、ありのまゝに国
民の前に知らせて、これによつて特別の技巧を用ひること
なく国民の戦意を昂揚させてゆくやうに大いに努めてきた
のである。さうしてまたそれは成功を収めてきたといへよ
う。

ナチス党の指導力

 ドイツの今の政治機構といふものは特殊な歴史的発展の結
果であつて、これはあくまでドイツの国情に即したものとし
てみなければならないことは勿論であるけれども、それにし
ても現在のドイツ政府のもつてゐる政治力の強さは、まこと
に感歎すべきものがあると思はれる。その政治力の其礎にな
つてゐるのが即ちナチスの党であるが、これは裸一貫から
激しい政争を通じて叩き上げてきて結局国民全体を包括する
に至つた組織であつて、ほんたうの意味の国民組織としての
性格をもつてゐるだけに、その力は非常に根強いものがあ
る。現在ドイツにおいてドイツ国を引張つていつてゐる力は、
軍でもなければ官僚でもない。いはんや経済界でもない。全
くナチス党がその指導力になつてゐる。
 殊に昨年七月二十日のヒトラー総統暗殺未遂事件以来、党
の力は軍の内部にも及んで、ナチス党に対立する意味におい
て、今までよくいはれてゐたところの軍閥といふものがこれ
によつて全く解消した。またドイツの警察といふものは、ヒ
トラー総統が天下を取つて以来、ナチスの党と一心同体とな
つて成長してきたものであつて、今やナチスの党はほんたう
の意味において国民生活のあらゆる部面に締括りをする力と
なつてきてゐる。しかもその指導者達はいづれも昔からヒト
ラー総統の忠実な部下として、いはゞ同じ釜の飯を食つて育
つて来た連中であるから、その間の同志的結合は非常に強固
なものがある。

物を言ふ「若さ」

 さうして彼等はドイツの青年の中から最も優秀な分子をど
しどし自分の後継者として養成してきてゐるのであつて、現
在ドイツにおいて若い人が非常に重大な役割を演じてゐると
いふことは著るしく目立つ点である。例へばヒトラー総統に
しても今年まだ五十五歳の若さであるし、それ以下の人にな
ると、内務大臣のヒムラーが四十四歳、ゲッベルス宣伝大臣が
四十九歳、軍需大臣として生産の全権を握つてゐるところの
シュペアーは僅かに三十九歳といふ若さである。また各地方
の長官として働いてゐる連中も、その大部分は三十歳の終
りから四十歳の初めにかけてのヒトラー・ユーゲントから育
つてきた青年ばかりである。今次のやうな大戦争になると、
次ぎ次ぎと今まで経験しなかつたやうな新らしい問題、難か
しい問題が起つてきて、これを処理してゆくためにはどうし
ても青年の柔軟な弾力性のある頭脳を必要とするといふこ
とは、ヒトラー総統が夙に洞察したところであるが、それは
実際に政治面において実現せられてきてゐるし、また七月二
十日事件以来、軍の内部においても若返りといふことは非常
な勢ひで推進されてゐることが認められる。
 従つて現在ドイツにおいては、いはゆる権限争ひであると
か、各官庁の対立といふやうな弊害が非常に少いのであつ
て、すべてが指導者間の同志的結合と青年の献身的努力とに
とつて解決されてゐる。それが昨年来ゲッべルス総監の下に
行はれてきた例の徹底的国内総動員が成功した理由である。
この総動員に当つては、今までのあらゆる官庁間の障壁乃至
は行掛りといふやうなものを育てて、すべてを戦争遂行に集
中するといふ建前から徹底的な手段をとつた。その最大の成
果が今回の反撃に現はれたたくさんの新らしい師団となつた
のである。

統制経済と責任生産制の成功

 次ぎにドイツ経済界、生産界をみると、この方面において
ドイツはもともといはゆる統制経済の始祖ともいひ得る国で
あつて、既にヒトラー総統が天下を取る前から経済外に厳
重に統制が行はれ、いはゆる「紙に対する戦争」といふ名の下
に、書類をできるだけ少くするといふ努力が実に永年に亘つ
てなされてきてゐた位であるから、統制に伴ふところの弊
害をもみない。従つて戦争になつたからといつて、特別に急
に新らしい統制手段ととる必要はなかつたわけであつて、む
しろだんだん統制が板についてきて、あまり難しいこと、細
かいことをいはないでも自然に動くやうになつてきてゐたこ
とが一つの強味として認められる。
 しかし、それと並行して注意しなければならないのは、そ
の統制経済発展の過程において、経済界の指導者、責任者の
顔触れが殆んど根本的に変つてしまつたといふことであつ
て、いはゆる新らしい型の実業家、新らしい型の生産人とい
ふものが、昔からの財界人、産業人にすつかり取つて代つて
しまつたことである。それらの新人はその大部分が技術家の
出身であるし、またナチス党員である。
即ちドイツにおいて
は企業の国家管理であるとか、生産と経営の分離といふやう
な理論的方面はともかくとして、実際上、生産の責任者を代
へて、人を通じて産業界を国家に協力させるといふ方法によ
つて、国家の意思を戦時最も重大な生産方面に徹底させるこ
とに成功してきたといへるのである。
 理論よりは実際、また頭の切換へよりは人の交替といふ極
めて現実的なやり方によつて、統制といふ一つの抽象的なや
り方を替へてきたこと
は注目してよいことであらう。

闇のない食糧の自給制

 次ぎにドイツの食糧統制、食糧事情であるが、もともとド
イツは食糧の乏しい国であつて、主要食糧の一部も輸入に俟
たなければならない状況にあつたのであるが、ヒトラー総統
は、真の国防国家は食糧の自給なくしては建設できないとい
ふ信念の下に、政権獲得以来、食糧の自給自足達成のために
あらゆる努力を払つてきた。さうしてドイツにおいて長い間
沈滞してゐた農業の振興に努め、農民を優遇してほんたうの
意味において農民は国の宝であるといふことを実現してき
た。今度の戦争においてウクライナとか、或ひはフランスの
如き食糧資源の豊かな所を占領したときにおいても、なほ且
つこの自給自足政策は絶対に棄てないで、占領地からの穀物
は貯織に充てただけであつて、あくまで国内に産する食糧だ
けで賄つてゆくといふ方針を堅持してきたのである。例へば
戦時動員が強化せられるにつれて農村における労力の不足が
問題となるが、これに対しては、一人のドイツ人労働者を召
集する場合には、その代りに二人の外国人の労働者を充てる
といふやうなやり方によつて、次ぎ次ぎと適切な手を打ち、
また共同耕作であるとか、共同脱穀であるとか、種々な措置
によつて農村の負担を軽減することを図つてきた。その結果
が、現在のやうに東西の占領地を失つてもドイツ本国に立籠
り得るといふ状況になつたときに最もはつきりと現はれてき
てゐるのであつて、現在ドイツは主要食糧たるパンと馬鈴薯
については立派に自給自足を達成してゐる。
 その他、肉とか或ひは油脂食物などについても、もちろん豊
富といふわけにはゆかないけれども、とにかく最低限度の需
要は十分充たし得るだけのものを国内に産出し得る態勢にな
つてゐる。これに加ふるに食料統制は完全な切符制度によつ
て行はれてゐて、国民の精神的自覚と相俟つて、闇取引の如き
現象も非常に少い。最近空襲の激化に伴つて、食糧に関しても
種々の困難が増してきてゐるとは思はれるが、これに対して
は各地方別に自給自足を図らせるといふ方針をとつてきてゐ
るやうである。要するに客観的にみてドイツの食糧事情は極
めて健全であり、従つて前大戦の末期とは根本的に異つてゐ
て、現在、食糧事情の安定してゐることは、むしろドイツにと
つては非常に大きな一つの強味といふことができると思ふ。

空襲に勝つた地下工場

 生産について一番大きな問題の一つは申すまでもなく空襲
対策であるけれども、これについては既に戦争前から相当な
準備もしてきたのであるし、また空襲の激化に伴つて次ぎ次
ぎといろいろな新らしい手段を考へて、それをどんどん実行
に移していつてゐる。例へば工場の疎開であるとか、或ひは
地下工場の建設、それから被害のあつた箇所の修理の促進、
これらのことは誰でも考へることであるけれども、これを非
常に迅速に実行に移していつてゐることは、公平にみてまこ
とに感歎せざるを得ない。
 殊に昨年の初め以来、米英の爆撃がドイツの生産施設を目
標として行はれるやうになつてから、地下工場の建設が大い
に促進せられて、例へば飛行機生産については最早やいかな
る爆撃に遭つても絶対大丈夫といふ自信を得てゐるやうであ
つて、敵側もこの点はしぶしぶながらも認めてゐる。
 最近、一番問題になつてゐるところの石油の施設に対する
爆撃に対しても、人造石油工場の地下移転などを今どんどん
行つてゐる。また修理の促進のためにはあらゆる智能を搾つ
て、特別の機動的な修理部隊を用意してゐて、破壊されれば
すぐ直すといふ手段をとつてゐる。
 これらはいづれも企業の採算であるとか、利潤といふやう
なことを考へてゐたのではできないことは明瞭であつて、い
づれもさきに述べたやうな経済界に対する国家の意思の徹底
といふ背景の下にはじめて行はれてゐるのである。とにかく
一回に千機、千五百機といふ多量の飛行機が来襲して、唯一
回の爆撃の投下弾頭が五千トンにも及ぶといふ状況の下にお
いて軍需生産に支障を来さないばかりか、かへつて戦力を充実
させてゆくといふことはなかなか容易なことではないことは
明らかであるが、ドイツは現実の結果の示す通り、この点に
おいて成功を牧めつゝある。

空襲下の労務対策と輸送

 空襲下の労務対策についても、非常に細かいところまで手
の届いたやり方をしてゐて、例へば工場における防空壕など
は非常に完備したものであり、恐らく工場にゐることが一番
安全であるといふ感じを働く人に与へてゐるといふことがで
きよう。もちろん空襲下の労働といふことは大きな精神的な
問題であつて、ドイツの工員が非常に意気が旺んで、いかな
る空襲下にあつても持場を離れないといふことは大いに賞揚
せらるべきであるけれども、その背後にまた非常に行届いた防
空対策が行はれてゐることも忘れてはならない点であらう。
 それからドイツの交通状況であるが、輸送施設に対する爆
撃といふことは、非常に注意しなければならない問題であつ
て、米英がフランス上陸に成功した原因の一つも輸送機関に
対する爆撃が非常に巧くいつたといふことに求められる。従
つてドイツ国内の輸送確保については、政府として非常に努
力しなければならないわけであるが、ドイツは昔から非常に
鉄道網の発達した国であるが、加ふるに有名な自動車道路及
び河川、運河が四通八達してゐるので、この方面でも大分輸
送を助けてゆくことができた。河川用の船舶だけで五、六百
万トンを所有してゐる状況である。
 しかし輸送の大宗(たいそう)が鉄道であることは勿論であつて、従
つて旅客の輸送も非常に制限されざるを得ない。無駄な旅行
は極力圧縮され、汽車も非常に混雑するといふ状況であるけ
れども、戦争に必要な貨物の輸送とか都市の疎開などに関し
ては極めて重点的にやつて、どんどん汽車賃無料の疎開列車
を出してゐる。そのために一昨年のベルリンの疎開において
も、百万人くらゐの人間を一月中に疎開さすことができた。
たゞ他の旅行の制限は恐らく現在の日本より厳重であるとい
へるであらう。

新兵器の威力

 それから、いはゆるドイツの新兵器といふことが最近しば
しば問題になつてゐるが、これは勿論ドイツの伝統的の技術
と強大な工業力を背景にしたものであるには違ひないけれど
も、我々がみて一番参考になると思はれるのは、ドイツの技
術外がドイツの戦略態勢の変化に常に即応して、最も有效な
武器を考へ出すことに成功してゐる点である。
 昨年以来のたくさんの占領地域の喪失は必然的に原料資材
の方面においても困難を増したわけであるが、さういふ状況
に即応して国内にあるだけの原料資材を以て最も有效な武器
を造つてゆく。その点においてドイツの技術界の収めた成功
は非常に大きなものがある。例へば例のX一号、X二号にし
ても、これが爆撃機の生産を或る程度補ふものであることは
明瞭であるし、殊にまた米英の飛行機の数的優勢に対しては
ロケット推進機の利用により世界一の速い飛行機を造つて、
速度によつて対抗してゆくことを考へてゐる。また石油が不
足してくれば石油に代る燃料を考へる。これは一例に過ぎな
いけれども、ドイツの技術界の健在を示す証左として挙げる
ことができよう。
       ×         ×
 現在のドイツの態勢は前途楽観を許さないことは勿論であ
つて、この点は今年の年頭におけるヒトラー総統の国民に与
へた布告の中にも強調せられてゐるところであるけれども、
とにかくドイツが持つてゐる力を悉く出して、これを戦争遂
行に集中してゐることは誰がみても明瞭に認められるところ
で、これだけやれば絶対に負けないといふ自信をドイツ人が
持つに至つたことは決して偶然ではないと思はれる。ヒト
ラー総統は「難局に処して初めて国民の偉大性が分る」とい
つてゐるが、現在のドイツは正にその境地にあるのである。
最近、東西の戦線において戦つてゐるドイツの青年兵士が、
眼に一種崇高な光を滞びてゐるといふことを聞くが、その精
神力のよつて来るところは一朝一夕のものではないのであつ
て、その裏に潜んでゐるところの国家全体としての総力の結
集といふことを我々は十分に瞶(みつ)めてゆかなければならないの
である。「我々は本年も断乎として義務を忠実に果し、最後
の勝利を獲得するに相応はしき国民たるべし」とのヒトラー
総統の言葉の中に、しつかり足を大地に踏みしめたドイツ国
民の気魄が感ぜられるではないか。