国運賭す比島決戦 大本営海軍報道部
緒戦の惨敗を挽回せんとする敵の尤大なる物量総反攻が、
一昨年八月ガダルカナル島の一角に殺到して以来、戦局の舞
台がソロモン群島を北上して、一つはギルバート、マーシャ
ル、マリアナを経て、去る九月中旬つひにベリリュー、アンガ
ウルの西カロリン海域に移行し、さらにまた、一つはニューギ
ニア北岸を西進してビアク、ヌンフォルを経て、つひに九月
中旬、モロタイを焦点(せうてん)とするモルッカ海面へ移行するにつれ
て、太平洋戦局は次第に決戦的様相を濃化(のうくわ)しつゝあつたが、
十月十日に至り、我が本土防衛内線の要衝(えうしよう)たる南西諸島に敵
機動部隊が侵襲し、引続き同十二日には台湾海面、さらに十
七日には比島海面へと相次いで侵襲するに至り、こゝに日米
戦争はいよいよ本格的決戦の火蓋を切つたのである。
われわれは茲に日米決戦の前哨戦たる台湾沖航空戦並びに
比島沖海戦の足跡を顧みると同時に、それらの戦訓が一体わ
れわれの耳元に何を訴へてゐるかといふことを虚心坦懐に
傾聴せねばならぬ。
まづ台湾沖航空戦に関して一瞥しよう。
ニミッツ麾下(きか)の敵機動部隊はハルゼーの第三艦隊並びに
ミッチャーの第五十八機動部隊をもつて、十月十日わが宮古
島、奄美大島、沖縄島の南西諸島方面を空襲し、わが空軍の果
敢なる奪戦にも拘はらず、那覇市の如きは相当の損害を蒙
つたのである。ところが、その二日後の十二日になると、こ
の敵機動部隊は引続いて台湾東方海面に姿を現はし、延約
一千機の飛行機をもつて殆んど連日、台湾各主要都市に猛烈
なる爆撃を浴びせて、我に桃戦し来るに及び、つひにわが海
軍も蹶然、驕敵膺懲の鉄槌を提(ひつさ)げて立ち上り、陸軍航空部隊
の協力と相俟つて、こゝに陸、海、空を打つて一丸とする決
戦への火蓋を切つたのである。そして、十二日より十六日ま
での五日間に亘る壮絶なる大激戦において、我が軍は空母撃
沈破十九隻をはじめとし、敵艦撃沈破合計四十五隻以上とい
ふ左の如き赫々たる大戦果を収めたのである。
かくて五日間にわたる台湾沖航空戦において、同方面に出
動の敵機動部隊主力は全く壊滅的打撃を蒙り、敗残艦艇を掻
き集めつゝ南方海面に一応遁走したのであるが、しかし敵
は、それぐらゐのことで比島奪還の野望を放擲すべくもみえ
なかつた。果せる哉、台湾沖航空戦の終幕した翌十月十七日
を迎へるや、敵は更に別動の大規模なる機動部隊をもつて比
島中央部に位するレイテ湾内外に、上陸用兵員並びに兵器を
満載した輸送船団を伴つて、傍若無人なる来寇を試み来つ
た。そして敵は我が猛撃に遭つて大損害を蒙りながらも、二
十日には遂にレイテ島タクロバンに、また翌二十一日には引
続きドラッグにと強引に上陸し来つたのである。
好機逸すべからず、敵撃滅の機を待望しつゝあつた我が海
上艦隊もつひに眦(まなじり)を決して比島東方海面に全面的出撃を断
行したのである。かくてわが艦隊は海、陸航空部隊の活躍と
相呼応して、敵機動部隊に潰滅的痛打を浴びせ、二十五日ま
での比島沖海戦において敵に与へたる打撃は、次表の如く空
母撃沈破十七隻をはじめとし、敵艦撃沈破実に三十五隻以上
に及んだ。
かくの如く、敵は台湾沖航空戦並びに比島沖海戦のみにお
いても、空母撃沈破三十六隻を含む撃沈破艦艇実に八十隻以
上といふ莫大なる損害を蒙りながら、依然としてレイテ湾
内外並びに比島東方海面に有
力なる機動部隊を游弋(いうよく)せしめ
つゝ、執拗に比島奪還の機を
虎視眈々々と狙つてゐる現状で
ある。
台湾並びに比島海面の空、海
戦において我が軍の収めたる
戦果は、全く世界歴史に類な
いほど大きなものであり、従
つて敵はそれぞれの戦闘におい
て、疑ひもなく深刻な打撃を蒙
つたのであつたが、しかしその
打撃の故に、敵が比島奪還の野
望を放擲するなどと考へること
は、飛んでもない早計である。
恐らく舵は、叩かれても叩かか
ても、なほ且つ執拗に比島奪還
作戦を反覆敢行するものとみなければならない。なぜなれ
ば、敵の恃む物量は、これくらゐの消耗は十分補充し得て、
しかもなほ且つ、我に挑戦し得るに十分なるほどに強大であ
るとみなければならぬからである。即ち、われわれは、昨年十一
月上旬に六次に亘つて戦はれたブーゲンビル島沖航空戦にお
いて、我が軍は空母十一隻を
含む敵艦艇撃沈破九十三隻と
いふ圧倒的大戦果を挙げ、引
続く十一月中旬のギルバート
島沖航空戦においては、空母
十一隻を含む敵艦艇撃沈破三
十二隻といふ潰滅的打撃を敵
に与へたにも拘はらず、その
僅か二、三箇月後の去る二月
中旬には、敵は完全に戦力を
榊締一してカロリy、マリアナ
海面に対して、極めて大規模
なる侵襲を試み来つた事実や、
さらに去る六月中旬敵のサイ
パン上陸に際し、敵機動部隊
はマリアナ海面において空母
十三隻を含む撃沈破艦艇三十
九隻以上といふ莫大なる損害を満喫しながら、その僅か一箇
月後の七月下旬には、さらに大宮島、テニヤンへと息をも継が
せずに尨大なる物量攻勢を敢行し来つた事実を、われわれ
は眼を見開いて静かに正視しなければならぬのである。
小磯首相は「比島周辺における戦闘の勝敗は天王山
とも目すべき、彼我戦局の将来を左右すべき重大なる
作戦といはねばならぬ」と一億国民に向つて敢へてそ
の重大性を明示したが、大東亜戦争における比島作戦
の重大性は今更いふまでもないところであり、わが本
土より南西諸島を連ねて比島を結ぶ一線こそは、日本
本土防衛の最後の要線であつて、この防衛線の運命は
とりも直さず日本帝国興亡の運命に繋つてゐるのであ
り、従つてわれわれは断じて寸土といへどもこれを敵
手に委ねてはならぬのである。敵はこの日本の生命線
を分断して、日本と南方とを結ぶ戦力輸送路線を攪乱(かうらん)
し、もつて日本を枯死せしめんと企ててゐるのであつ
て、この故にこそ敵は尨大なる物量の損耗と、人的資
源の出血をも顧みず、遮二無二、比島奪還を敢行せんと
してゐるのである。
従つて比島作戦の帰趨こそは、正に日米決戦の大勢
を決定する天王山である。しかもその天王山の決戦場
は、今やレイテ島の攻防を繞つて比島周辺において展
開されてゐる。この故にこそレイテ方面の攻防戦は断
じて勝たねばならぬ千載の一戦である。
小磯首相は更にレイテの戦局を指して「今や彼我の勢力は
伯仲してゐる」とて、毫末の楽観をも許さぬ事態の緊迫を伝
へると共にへ、「この勢カの均衡を破るものは、一人でも多く
の兵員と、一機でも多くの航空機を送ることである」と瑞的
に訴へ、「制空権さへ我が手にあらば敵の殲滅は期して待つ
べきである」と眉をあげて絶叫してゐるのである。然り、飛
行機さへ十分にあれば驕敵を叩き潰し得ることは、台湾沖航
空戦や、比島沖海戦における我が軍の圧倒的戦果が、いまわ
れわれの眼前に生ける戦訓を示してゐるのである。
飛行機さへあれば、絶対に勝てるこの決戦。しかも比島の
決戦場には、完爾として還らざる大空に殉ずる必死必中の
神風特別攻撃隊の勇士の群が日本の空を望んで、銃後から
の飛行機の到着を待望してゐるのである。皇國興廃の運命を
賭けたこの一戦。いま一億起たずして、いつの日か日本民族
蹶起の秋があらう。お互にいふをやめ、黙して全努力を傾け
尽し、戦力の増強に心魂を打込まねばならぬ。勝つも負ける
も、皇国二千六百年の運命を決定する鍵は、われわれ一億国
民の掌中に握られてゐることを、われわれは今こそはつき
りと認識せねばならぬ。われわれは断じて勝たねばならぬ。
そして日本が勝ち得る唯一つの途は、一億国民が一人残らず
それぞれの持場々々において、すべてを 天皇陛下に捧げ
尽して、たゞひたぶるに全身全魂をぶちこみ、全力を傾注す
ること以外にはないのである。
台湾沖航空戦綜合戦果
艦種 | 轟撃沈 | 撃破 | 合計 |
空母 | 11 | 8 | 19 |
戦艦 | 2 | 2 | 4 |
巡洋艦 | 3 | 4 | 7 |
巡洋艦もしくは 駆逐艦 |
1 | 1 | 2 |
艦種不詳 | - | 13 | 13 |
合計 | 17 | 28 | 45 |
その他火焔、火柱を認めたるもの十二隻を下らず |
撃 墜 112機(基地における撃墜を含まず) |
比島沖海戦綜合戦果
艦種 | 轟撃沈 | 撃破 | 合計 |
空母 | 8 | 9 | 17 |
戦艦 | - | 1 | 1 |
巡洋艦 | 4 | 2 | 6 |
巡洋艦もしくは 駆逐艦 |
- | 3 | 3 |
駆逐艦 | 4 | - | 4 |
輸送艦 | 4(以上) | - | 4(以上) |
合計 | 20(以上) | 15 | 35(以上) |
撃 墜 約500機 |