必至空襲への構へ

 十一月一日、敵大型機はマリアナ方面より突如帝都を窺つた。
 来襲機はごく少く、偵察を目的とするものの如く、一発の投弾をなすこともなく飛び去つたが、比島戦線の激化に伴ひ、こんご大陸基地からの九州、朝鮮、南満洲方南の要地爆撃に策応し、太平洋方面よりする敵の本州要地爆の可能性もいよいよ濃くなつたと見るべきである。
 空襲は必至である。では、必至空襲への備へはどうか。敵大型機帝都上空出現を機に、差当つて大事な点の二、三を摘記しておかう。


不時の警報にもまごつかないやう

 「本日の状況を見てゐると、一般は警
報と同時に緊張し、それぞれの任務に
服したが、一部には突然の警報に落着(おちつき)
を失つた者もあつたやうである。突
如、空襲があつても直ちにこれに応じ
られるだけのこの覚悟と用意が絶対に
必要である・・・」
 これは十一月一日発表された熊谷防
空総本部次長談中の一節であるが、わ
れわれは何度も繰返していふやうに、
何時、どこで空襲を受けてもよい態勢
を整へておかねばならないのである。
 防空必携の中には「警報が発令され
てゐないのに突然空襲があるかも分ら
ない」といつてゐる。
 この際、絶対必要な用事なら格別、
外出は極力控へなければならず、万一
外出する際には、外出先で空襲に遭つ
ても、あわてないやうに家を出るとき
から十分に配意し、服盤もきりゝとし
た防空服装を着用すべきである。翌朝
の御飯くらゐは前の晩に炊いておくや
う、できれば水筒の中にお茶か水を入
れて準備しておいたらよい。要は常在
戦場の心構へで行動する、これこそ
喫緊の大事なのである。

待避所の整備

 待避所の整備なくして完全な防空活
動はあり得ない。待避所の数は多いほ
どよい。大きな都市では、防空活動に
支障のない限り、全市一面を穴にする
ぐらゐの心構へで増強することが緊要
である。敵機来襲下に、入るべき待避
所がないほど心細いことはない。通行
者等のことも考へて、できるだけ待避
所の数は多くしなければならない。
 また、待避所はいつでも使へるやう
に整備されてゐなければならない。雨
で土が崩れたまゝになつてゐたり、水
が溜つてゐては、いざといふ時の間に
合はない。掩蓋にしても、たゞ申訳的
に支柱を施したものなどが見受けられ
るが、このやうなものは、ちよつとし
た震動にも崩れる危険がある。自分の
入る待避所に自信がもてないやうでは
十分な防空活動は望まれるものではな
い。もちろん材料の不足等もあらう
が、生命と引換へと思へば「まだまだ
工夫する余地は十分にあるはずであ
る。

待避行動は敏速に

 待避所の整備と同時に大切なことは
待避行動である。待避はすばしこく整
然と行動しなければならない。それに
は待避所の収容力に応じて平素から誰
と誰が使用するかといふことを予じめ
きちんと決めておくことが肝要であ
る。いざといふときに、どこに入つて
よいのか分らないやうでは困る。
 去る十月の沖縄方面の空襲のとき
或る会社では、この着意が欠けてゐた
ため、たくさんの人達が同じ待避所に
一時に詰めかけ、全員を収容すること
が出来ず、そのうちの一人は腰部を壕
外に露出してゐたため、附近に落下し
た爆弾によつて打撲傷を負つたといふ
やうな例があつた。
 なほ待避に当つて、もし手近かに待
避所がないときは、十分な勘を働かせ
て、附近の地形地物を利用することで
ある。うろうろと、姿勢を高くしてゐ
ることは一番危険である。
 次ぎに、これからは日毎に塞さが加
はつてくるし、敵機の在空時間も長く
なることが予想されるから、待避に当
つては、なるべく厚着をするとか、或
ひは待避所の中に藁、筵、毛布、蒲団
等を持ち込んで、長い時間待避してゐ
ても冷えたり疲れたりしないやうに心
掛ける必要がある。

大切な防火活動

 日本の家は燃え易い。待避所で助か
つても防火活動に欠けるところがあ
り、家財等を烏有に帰したのでは、国
土の防衛を全うすることはできない。 
 敵が反復攻撃を加へてくるやうな場
合、防火活動と待避の関係は非常にむ
づかしいが、待避に気をとられて大事
な防火、消火のことを忘れるやうなこ
とがあつてはならない。
 この間の沖縄方面空襲の際、那覇市
在住の某代議士は自宅屋敷内の待避所
に待避し、敵機の様子に注意しなが
ら、敵機が去れば逸早く飛び出し、家
の内外を隈なく検(しら)べ、再度敵機がくれ
ばまた待避所内に入り、敵機の去るの
を待つといふふうに、最後まで頑張り
通した結果、自宅屋根裏に落下して盛
んに燃焼中の焼夷弾を発見し、大事に
至らないうちに消し止めてゐる。また
或る町では八十歳にもなる老齢の身で
ありながら、居宅内待避所に踏みとゞ
まつて屋内の様子に気を配つてゐたと
ころ、隣りの軒先に油脂焼夷弾が落下、
まさに家に燃え移らうとしてゐるとこ
ろを間髪を入れず自分一人の手でこれ
を見事に消し止め、延焼を未然に防止
した。さらに、ちやうど当日、第四回目
の空襲の際、市内の警戒に当つてゐた
警察官・警防団の数名は、二階建屋根
上に落下した焼夷弾二発が盛んに火を
吹いてゐるのを発見し、敵の機銃掃射
の間隙を縫つて、互に協力、バケツ注
水によりこれを完全に鎮滅した事例も
あつた。
 このやうに、待避しながらも落着い
て四囲の状況に気を配り、敏速な行動
をとれば、待避の目的も防火の目的も
十分に果すことができるのである。徒
らに恐怖心に捉はれて待避所にへばり
ついて、大事な消火や人命の救出に
かり
があつてはならないのである。

敢闘精神の発揮

 これも沖縄方面空襲の際にあつたこ
とであるが、或る家庭では自宅専用の
堅固な横穴式防空壕に頼り過ぎ、爆弾
を避けることのみに気を奪はれて、壕
が附近の火災によつて猛火に囲まれて
ゐるにもかゝはらず、なほ依然上して
その中に蟄伏(ちつぷく)してゐたために、遂に家
族全員が窒息死してしまつたといふ悲
惨事を生んでゐる。
 これは全く敵の爆弾や機銃掃射に怯
えて、状況の変化に応じた機宜の処置
をとることが出来なかつたからであ
る。待避所には、入るべき時を知ると
同時に、またこゝから出る時を知らね
ばならないのである。素早く入ること
はもとより必要であるが、勇敢に飛び
出すことも同様に大切なのである。
 敵襲下に壕外に飛び出すことは非常
な勇気を必要とするが、今日この勇気
に欠けてをつては真の防空活動は望め
ないのである。
 前線では、わが同胞が現身(うつしみ)を敵撃滅
の肉弾と化して敵艦に殺到してゐるの
である。今こそ、われわれは日頃磨い
た敢闘精神を十二分に発揮して、いさ
さかたりとも防空活動にぬかりがあつ
てはならないのである。