緊急なる戦局に臨みて

 マリアナ群島においては、六月十一日以来、皇軍将兵の敢闘により、敵に大打撃を加へたるも、サイパン島は、遂に敵の掌中に陥り、 宸襟を悩まし奉れることは、只々、恐懼に堪へない次第である。神州護持の大任の下、雄々しくも、南海の葉と散つた忠烈なる我が将兵及び同胞の英霊に対し、茲に深甚なる哀悼の誠を捧ぐるものである。
 宣戦の大詔を拝してより、茲に二年有半。その間、皇軍将兵は、随所に雄渾なる作戦を展開し、一億の同胞、また克く、あらゆる困苦を克服して、それぞれの職域において、大東亜戦争の完遂に邁進して来たのであるが、敵米英、殊に米国の反攻は漸くその勢を加へ、彼等は遂に、マリアナ諸島にまで突進し来つたのである。
 正に、帝国は、曠古の重大局面に立つに至つたのである。しかして、今こそ、敵を撃滅して、勝を決するの絶好の機会である。この秋に方り皇國護持のため、我々の進むべき途は唯一つである。心中一片の妄想なく、眼中一介の死生なく、幾多の戦友並びに同胞の鮮血によつて得たる戦訓を活かし、全力を挙げて、速かに敵を撃摧し、勝利を獲得するばかりである。かくして始めて大東亜戦争に護国の神となれる幾多の勇士に報ゆることも出来るのである。
 大東亜戦争の目的は宣戦の大詔に炳乎として昭らかである。大東亜戦争は、帝国にとりては、興廃の岐れる戦ひであり、アジア解放の聖戦であるが、敵にとりては、大東亜を奴隷化し、世界を征服せんとする戦ひである。自存自衛と野望達成との戦ひ、解放と侵略との闘争なのである。しかして今や、決戦の機は来れり。今こそ、大東亜諸民族と共に、欧州の盟邦と相携へて敵米英の不逞なる反攻を徹底的に撃摧するの秋である。
 真の戦争はこれからである。一億決死の覚悟を新たにし、光輝ある三千年来伝統の闘魂を凝集して、究極の勝利を獲得し、以て、聖慮を安んじ奉らんことを、茲に更めて固く誓ふ次第である。   東條内閣総理大臣談