北九州地区   空襲戦訓

空襲の規模

 今回の北九州に対する空襲について
考へてみると、
 第一に今回の空襲は、来襲機が二十
機内外の少数であつたこと、また、そ
の中に敵がかつてその性能を呼号して
ゐたB29が混つてゐた点等からみて、
多分に新鋭機の威力昂揚を含む対内外
政治謀略と、わが本土に対する本格的
空襲の前哨戦としての特質が窺はれ
る。そしてその規模はあくまで奇襲散
発の域を出でなかつたといヘるのであ
るが、しかし都市爆撃の今後の趨勢
は、「時局防空必携」にも記載してある
通り、大編隊で反復空襲するものと覚
悟せねばならないのである。

空襲の時期

 第二に今度の空襲は、時刻が夜間で
あつた。今後も夜間とか払暁が多いと
思はれるが、しかし昼間も空襲の可能
性があることは、過般の帝都空襲の例
にみても明らかなことである。従つて
我々は夜間、払暁、昼間、何時敵機が
来てもよい態勢を整へて置くことが肝
要である。昼だと勤め人などが出てし
まつて、隣組では人が少くなる場合も
あるから、そのやうな場合、どうして
守るかといふことも考へて置かねばな
らないし、またこんどのやうな夜間の
空襲に備へて、暗闇の中でも十分に活
動ができるやうに十分に訓練をつむこ
とが大切である。
 次ぎに天候と空襲の関係であるが、今
度の場合は、晴れた暗夜であつたが、
「雨降りには空襲は大丈夫だ」とはいへ
ない。殊に飛行機の性能が非常によく
なつてゐるから、雨天だからといつて
安全だと考へてはいけない。
 欧州では、むしろ荒天----暴風雨下
に爆撃し、暴風によつて火災を拡大す
るといふこともある。だから雨とか、
荒天にかゝはらず敵機は来るものと覚
悟しなければならない。敵の基地は我
が国に近接したのであるから、天候の
如何で空襲の有無を判断することは避
けなければならない。

敵の在空時間

 第三に今回の空襲は敵の在空時間が
長く、かつ一機二機が次ぎ次ぎに波状
攻撃をしたことが特徴である。
 今後も在空時間の長いといふことと
波状攻撃をするといふことが待避、防
火、救護等、防空活動のあらゆる面に
影響することを十分に考慮に入れて置
く必要がある。
 例へば一人、或ひは二、三人の小人
数で分散待避してゐるのがよいのに、
空襲が長くなると自然、孤独感に襲は
れ、いつとはなしに一つの待避所に集
るやうになり勝ちであるが、これは一
発で多数の損害を蒙る虞れがある。そ
こでこれからも、かういふ場合に処する
策を十分に考へておかねばならない。
 例へば、こんどの北九州地方の空襲に
当つて、たまたま空襲時の報道演習の
準備としてゐた或る新聞社が、○○市
の某所に設置した拡声器をそのまゝ活
用し、当局と連絡して刻々の敵機来襲
の状況や被弾した場合の処置等を放送
したところ、その声の聞える範囲内の
人達は、壕の中にをつても地上のだい
たいの模様が推察できるので、非常に
安心し、士気が大いに昂つたといふ
が、これなどは今後も大いに研究活用
すべきことであらう。
 隣りの壕同士で励まし合ふこともよ
し、特に子供に対しては、日頃からか
うした場合のことを考へて、長い時間、
壕の中に入つてゐても飽きないやうな
ことを年齢に応じて考へておくことも
大事である。

反復爆撃に対する処置

 連続反覆爆撃を受けるときは第一撃
で恐怖心にとりつかれ、戦意が萎縮
し、焼夷弾等が落ちてもすぐに壕から
飛び出して初期防火に従事すること
を忘れ、また救出救護の時期を失する
やうなことが起り易いから、空襲が長
きにわたる時には、特に戦意を昂揚
し、一大勇猛心を揮ひ起して、いやし
くも高射砲の炸裂音等には恐れず、敵
機が去つたならば、次ぎの敵機が来る
までの間、たとへ二分聞でも三分間で
もよい、直ちに壕を飛び山して、防火
に消火に、人命の救助に、最大の努力
をしなければならない。一分早く駈け
つけたために尊い人命が救はれるとい
ふことも考へられる。隣りの人が壕の
中に埋つたのを明け方まで知らなかつ
たといふやうなことは、絶対許さるべ
きことではない。自分の身は危険にさ
らしても戦友を救ふ、この戦場精神こ
そ防空必勝への最大要訣である。

 こんど敵は主として爆弾を用ひた
が、これは工場地帯に対する破壊の
意味が強かつたためである。従つて
今度の北九州の例のみをもつて、今
後のことを考へたら極めて危険なこと
である。むしろ今度の敵の攻撃は特異
の例に属すべきで、一般に焼夷弾に爆
弾が混つて投下されるとみなければな
らない。
 従つてこの時、前述のやうに穴の中
から飛び出す勇猛心に欠けてゐるやう
なことがあると、大事な初期防火の実
效ををさめることが出来ず、被害はい
よいよ大きく、防空戦闘にまつたく敗
れ去る虞れがあることを銘記しなけれ
ばならないのである。
 忠君愛国の至誠より発する責任観と
大勇猛心の昂揚こそ、防空必勝への鍵

といふことができるのである。

爆弾以外の投下物もある

 こんど敵は前にもいつたやうに、主
として爆弾を用ひたが、それは短延期
信管附爆弾を主とした。
 なほこの爆弾については、今後敵は
普通爆弾と共に時限爆弾を投下するこ
とを考へておかねばならないし、空襲
時にはこれら時限爆弾以外に、不発弾
も相当にあるものとみなければならな
い。
 それに今度の空襲ではビラや焼夷
カードは撒かれなかつたが、今後は十
分あり得ることである。これは南方戦
線などでは敵が現にやつてゐることで
ある。従つて空襲下にはこれらに攪乱
されないための心の用意も必要である。

防空警報下の準備

不意の空襲もある

「時局防空必携」には、警戒警報時に
すべきことと、空襲警報時にすべきこ
ととが順序を追うつて書いてあるので、
警戒警報のときにはたゞ警戒警報時の
ことだけをやれば、それで事足りると
思つてゐる人もあるやうであるが、こ
の場合、次ぎには空襲警報が出ると
いふことを念頭におかないと、さあ空
襲警報が出たといふ場合にその態勢
に移るのに相当の時間がかゝるのであ
る。
 今回は警戒警報--空襲警報--空襲
といふ順序にきて、その間に相当の余
裕もあつたが、これからも警戒警報が
発令されてから空襲までには、相当の
時間があるといふやうに考へる者がも
しあつたならば、この際はつきりと是
正すべきである。
 また警戒警報も空襲警報も出ず、い
きなり