勝敗を決するもの

 発しては万朶の桜のごとく、一瞬、碧空に敵機を粉砕し、凝(こ)つては百錬の鉄となり、大海に敵艦船を轟沈す。偉なるかな、皇軍の航空機。わが飛行機こそ、大東亜戦争完遂のための絶対兵器である。
 帝国政府が、航空兵器総局を中核とする軍需省を新設して、航空兵器の劃期的増産体制を整ふるや、敵米英は、これを恐れ、「日本に時を藉すな」と称して侵攻を急ぎ、わが航空勢力の整備に先んじて、われを撃滅せんとしてゐる。敵の侵攻早きか、われの航空戦力の整備早きか。これ今次大東亜戦争の勝敗の分岐点である。
 われは第一線将兵の勇戦奮闘にもかゝはらず、北においてはアッツに玉砕し、キスカを撤退し、南においては、ソロモン及び東部ニューギニアを撤退し、ギルバート、マーシャルに玉砕部隊を出し、敵は傍若無人、北千島を侵し、さらに帝都の玄関口近くトラック、サイパンを襲ひ、内南洋深くパラオまでその翼を伸ばしてゐる。帝都の空襲も決して遠しといへぬであらう。
 これ等は、一にわが航空戦力の不足に帰因するもので、われ等航空機生産に従事する者、第一線に日夜悪戦苦闘するわれ等の戦友、殊に護国の華と散つた幾多の英霊に対し、真に申訳ない次第である。
 三千年来、汚れなき皇土を、敵米英のために焦土とせられるか、或ひは逆に、来襲する敵を撃滅して生還を許さず、文字通り、飛んで火に入る夏の虫たらしめるかは、一にかゝつてわが航空兵器の充実如何にある。われ等の責務啻(あに)重しとせぬであらうか。
 しかして航空兵器の生産は、その関連するところ極めて広汎、真に全国力を結集して初めて能くし得るのである。二兎を追ふ者は一兎をも得ず、戦局は真に重大である。一刻一瞬の偸安をも許さない。
 敵は、すでに棊盤に於いて王手をかけて来たのである。これをはね除けずして、将来のために計画し、または施設を行つても、砂上の楼閣に等しいであらう。
 今こそ一億國民、戮力協心、急速かつ画期的に航空戦力の増強の一点に邁進し、七百年前、われわれの祖先が元の大軍を博多湾の藻屑と化せしめたるごとく、われわれもまた敵米英を見事に殲滅し、もつて皇國を泰山の安きにおき、一日も早く征戦の目的を完遂し、聖慮を安んじ奉らねばならない。

航空兵器総局長 陸軍中将 遠藤三郎 

  第三九一号(昭一九・四・一九)