第三七九号(昭一九・一・二六)
   一億今ぞ底力を発揮せよ
   決勝増税問答           大 蔵 省
   最近のアメリカ国内情勢      外 務 省

 

一億今ぞ底力を発揮せよ

 第八十四帝国議会は、一月二十一日再開せられ、この苛烈なる
戦局に処成する予算案及び重要法律案三十二件の審が進められ
てゐるが、再開劈頭、東條内閣総理大臣をはじめ重光外務大臣、
賀屋大蔵大臣は、それ/"\演説を行ひ、現下における戦局の実
相と、これに対処すべき政府の必勝攻勢の内外施策を閘明し、一
億国民に一段の決定を促したのであるが、その要旨は左の通り
である。

   戦  局  の  動  向

 東條内閣総理大臣は演説の冒頭、現下の戦局に関し、「敵
の反攻は最近いよ/\熾烈執拗の度を加へてゐる。しかして
彼等は大損害を反復受けてゐるにも拘はらず、只管、物量を
恃んで逐次基地を進め、また我が海上交通線に攻撃を加へ、
運輸の上に侮るべからざる影響を及ぼしてゐる」と、その重
大性を強調、しかしながらこの間、わが第一線将兵の連綿不
断の勇戦奮闘の結果、敵の人的戦力に与へつゝある損害は重
大であつて、「敵米英、特に米国が口に長期戦を呼号しつ
つも、内実、頻りに短期戦を渇望してゐることは明らかであ
る」と断じたことは注目さるべきである。
 即ち米国の最も恃みとする軍需生産も、すでに飽和点に達
し、資材及び労力の問題より不安はいよ/\深刻となりつ
つあり、一方英国は国力涸渇し、疲弊の度いよ/\濃厚な
るものがあるのである。しかもわが国に対し時間を与へるな
らば、わが国の戦略拠点はいよ/\強固となり、南方の軍需
資源はます/\戦力化せられ、大東亜民族の結束は彌が上に
も強化せられ、かくしてわが国の地位は、彼等の力を以てし
ては如何ともなし得ざるに至るべきは、彼等の当然考慮して
ゐるところであり、また彼等の最も恐れてゐるところなので
ある。
 こゝに敵の焦躁があり、あの莫大なる犠牲を顧みざる遮二
無二の反攻の現はれ来る所以もあるのであつて、我々にとつ
ては敵の焦つてゐる今こそ、敵を徹底的に叩いて、これを破
局に追ひ込むに逸すべからざる好機なのである。
 要するに、今後における戦争遂行の要諦は、敵が焦慮して総
反攻し来れるこの好機を捕捉して、敵戦力の撃摧と図ると
共に、わが戦力、特に舵空戦力を飛躍的に強化せしめつゝ
物心両面に亘る長期戦の構へを固め、かくして更に攻勢に転
じ、以て遂に敵を屈服せしめるにあるのである。そして、
こゝにいふ長期戦の構へとは、内に強靭なる耐久の姿勢を整
へ、外に随時随所に痛撃を加ふる積極的攻勢の態勢るべき
は論を俟たないところである。


 決 戦 施 策 の 重 点

 以上の戦争遂行の要諦に基づき、政府は国内の決戦施策に
遺憾なきを期してゐるのであるが、東條総理は今後さらに政
府の力を致さんとする施設の重点として、航空機の増強、軍
需物資の増産、国民勤労の強化、海陸輸送力の確保向上、食
糧の自給態勢強化を挙げ、国民に政府の音のあるところを明
らかにした。
 
航空機の増強については、いま更いふまでもなく、「今
日、前線に速かに優秀な航空機を十分に供給し得るや否やは、
正に現下の戦局の大勢を決し、今次の戦争の勝敗を決する」と
さへ断言できるのであつて、大量の航空機を速かに生産す
る、即ち量と時とは、航空戦力増強の絶対要求なのである。
 しかして、総理は演説中において、「航空戦力の増強につ
いては、克く多方面の困難を排除して、一路、飛躍的上昇の線
を辿り、生産の現状は昨年度に比すれば既に二倍以上に達
し」てをり、軍需省の設置以来、航空機増産に関する態勢は
いよ/\強化せられ、今後の航空機生産はさらに現状の数倍
に達する躍進を期待されると力強く明言、さらに
  「嘗て繊維工業において短時日の裡に世界水準を突破し、世界最
 高の技能と能率とを示した我等一億の卓越せる資質を、今や転じ
 て以て航空機工業に遺憾なく発揮するにおいては、航空機の飛躍
 的増産は期して待つべきものがある。」
と述べたことは、まことに驚味深い言葉である。
 しかして戦力の増強、特に舵空戦力の増強のためには、鉄、
軽金属、石炭、その他の重要軍需物資の増産準と共に、国民勤
労の強化及び海陸輸送力の確保向上が根本的要件と認めら
れるのであつて、重要軍需物資の増産については、作戦上の
要求に対応し、画期的な増産計画の下に、これが実現に万遺憾
なきを期し、国民勤労の強化については、量の増加、即ち人
を増すといふことと、質の向上、即ち生産効率の上昇につい
て、あらゆる措置を講ずる意図が明らかにされた。
 
海陸輸送力の確保向上については、現在、「海上輸送上に
おいて蒙りつゝある損害は、蓋し軽視すべからざるものがあ
る」ことを強調し、この際、海空よりする護衛の強化によ
り、船舶の損耗を極力減少すると共に、政府としては輸送
船、乗組員、稼航率、荷揚能率等、各般の問題に亘り緊急の
対策を講じ、特に万難を排して船舶の建造を促進し、さらに
陸運を強化し、綜合的に輸送力の確保向上を図つてゐること
が述べられた。
 
食糧の確保が必勝のため欠くべかざぎる要件であること
は言を俟たないところで、総理は孜々として食糧増産に挺身
してゐる農村の努力に感謝すると共に、政府としても食糧の
増産、配給の円滑化に今後さらに意を用ひ、食糧自給の強化
を図らんとする熱意を披瀝し、租税及び貯蓄の増強と、産業資
金の効率的使用についても国民の協力を求め、賀屋大蔵大臣
は、決戦財政の実相について磐石の強みを強調した。

  必 勝 の 信 念

 総理は、以上の如き国内施策の重点について強調した後、
一億国民の必勝の信念について
 「戦争は畢竟、意志と意志との戦ひである。いまや世界の列強は
 国力を挙げて戦ふこと数年、この秋に当り、最後の勝利ほあくまで
 帝国の勝利を固く信じて闘志を持続したものに帰するのであ
 る。最後の勝敗の岐れ目は、真に紙一重である。今回の戦ひにお
 いても、今後、我々に襲ひかゝつて来る苦難は、いよ/\深刻なる
 ものがあることを覚悟しなければならない。同時に、我が猛撃の
 前に敵の蒙る苦悩の更に増大することは素より当然である。かく
 して敵味方双方とも疲れに疲れ果てた末、必勝の信念に動揺を来
 し、闘志を−歩でも早く失つた方が参るといふ過程を辿るべきは
 当然予想されるところである。」
と断じ、次いで
 「この点において世界に冠たる國體を有し、絶対不敗の帝国に
 敵対し来る国々こそ、洵に憐むべきものである。三千年来、
 彌栄えに栄えます皇室を戴く大和民族の尽忠報国の精神力は、万
 邦無比である。しかして自存自衛のため已むに已まれずして起
 ち上つたこの大東亜戦争において、この力は何物をも灼き尽さず
 んば止まざる勢ひを以て進んでをるのである。危険が身近かに迫
 れば迫る程、困難が眼前に積れば積る程、我等一億国民の精神
 力は熾烈となつてをるのである。さきにアッツ島において、しか
 して最近タラワ、マキン島において、わが勇士は寡兵克く数倍、
 十数倍の敵を殪して玉砕してをるのである。これ等の勇士は我々
 一億国民に代つて大和民族の精神力が如何なるものであるかを
 厳かに敵に示してをるのである。…洵に鬼神を哭(な)かしむるこの
 偉大なる精神力こそ、我々一億国民に脈々として流れてゐる底
 力である。この世界に類を見ざる精神力あればこそ、我々は遂
 に必ずやこの正義の戦ひの究極の勝利を獲得することが出来るの
 である。敵が内心恐れをなしてをるのも、実に我々のこの精神力
 なのである。」
と、烈々なる信念を吐露し、「この精神力の上に立ち、諸方
策の実行により画期的戦力の増強を図るとき、我々の前途に
は只最後の勝利あるのみである」と、我々に戦局観に徹した
る底力の発揮を強く要求したのである。

 大東亜の結集と枢軸の紐帯

 最後に総理はこの演説において、大東亜の建設並びに結束さ
の現実にふれ、大東亜諸国家の指導者は、敵側の悪辣なる謀
略と、手段と択ばざる恫喝とに拘はらず、敢然としてこれに
抗しつゝ、克く大局を達観し、率先その国民を指導し、国民
またあらゆる苦難に堪へて、一路、最後の勝利に向つて邁進
してゐることを述べ、最近における敵米英の大東亜各地域に
おける都市の非軍事施設盲爆の暴状に対して、わが国は遠か
らずこれに対し、断乎、報復膺懲の鉄槌を下さんとする決意を
表明した。
 次いで敵米英の説く理想、人道の如何に空虚にして不信で
あるかを事実に即して堂々と衝き、インドド問題にふれて、
「インドにおいて自由印度仮政府の大旆の進められる日も遠か
らざるを期待せられ、これに対し帝国は大東亜の諸国家と共に
に、インドド解放のために更に実力を以て積極的なる援助を送
るものなること」を重ねて中外に閘明したのである。
 さらに転じて欧洲の情勢については、盟邦ドイツは幾多の
波瀾の真只中に磐石の構へを布いて一路米英の撃摧に邁進
し、苦難の中に国を挙げて克くこれを克服して、戦意いよ
いよ揚り、飽くまでも究極の勝利を固く信じて敢闘をつゞけ
てゐることを述べ、「今や日独両国は、崇高なる道義に基
づく世界の新秩序建設につき、終始渝らざる相互信頼と、共
同の敵米英との戦ひにおいて流されたる将兵の血により不
可分の一体をなしてゐる」と日独の提携、特にその精神的提
携を強調し、さらにムッソリーニ統帥の強力なる指導の下に
再出発せるイタリアが着々として態勢を整へ、枢軸の紐帯強
化に邁進してゐる点を指摘し、東西の盟邦相呼応して米英を
撃摧し、以て共同の使命を達せんことを更めて固く期すると
とが強調されたのである。
 重光外務大臣もまた演説において、米国の戦争を「政略
戦争」と断じ、彼等の伝統的外交政策とその非望を剔抉し、
わが戦争目的の正義性と、枢軸各国との共同戦争遂行に対す
るわが国不動の決意を表明したが、中立国との関係につい
て、「現在、帝国と中立関係にある遠近の諸国に対しては、戦禍
の拡大を避くるは勿論、ます/\交誼を篤うせんと努めてゐ
る」とし、「なかんづく日ソ両国の関係は、大東亜戦争の勃発
によつても、はたまた欧洲戦争の進展によつても何等影響を
蒙るところなく、両国の中止関係は固く維持されてゐる」と
言明したことは、多大の注目をひいたところである。

  す べ て を 戦 力 に

 この議会演説を通じ、また幾多の質疑応答によつてみて
も、我々の直面する世界戦局が如何に重大であり、我々の決
意を促すところが如何に深刻であるかはすでに明瞭である。
正に本年こそは、世界戦局の大勢を決定する重大な秋であり、
我々は今こそ時を惜しみ、一切のものを捧げつくして、戦争
遂行のために一路邁進すべきことを、こゝに更めて固く誓は
んとするものである。