【週報372号】
大東亜共同宣言の解説
征戦こゝに満二年、今や皇威大東亜に洽く、大東亜の建設日を逐うて進み、早くもアジアの黎明を迎ふ。我々はこの輝かしい現実に直面して感概まことに深きものがあるが、殊に過日の大東亜会議の結果、青史始つて以来の大東亜の結集成り、大東亜共同宣言の宣明によつて、アジアは一心一体となつて大東亜戦争の完遂と、大東亜共同建設必成の決意を表明し得たことは、正しく「光は東方より」、世界人類の歴史に輝かしい新紀元を劃したものといへる。しかしこの世紀の大事業を完遂するためには、我々の勝利が前堤である。我々はまづ日に日に緊迫しつゝある当面の戦局に処する一大決意がなくてはならない。
大東亜会議の意義
大東亜会議は、陪席の自由印度仮政府首班スバス・チャン
ドラ・ボース氏も適切に指摘した如く、近代世界史上のあら
ゆる国際会議----ナポレオン戦争後のウイーン会議、クリミ
ア戦争後のパリー会議、露土戦争後のベルリン会議、近くは第
一次世界大戦の終結を告げるべく開催されたヴェルサイユ会
議、大東亜において米英の勢力を永久に確保すべき魂胆を以
て開かれた一九二一年のワシントン会議、また米英の勢力を
永久に確立するための国際会議、これらの会議のすべてと、
全くその趣きを異にする。
大東亜会議がこれらの西洋に行はれた会議と異る点は、氏
の言葉を藉りれば、この会議は、戦勝者の間においての戦利
品を分割するための会議でも、また特定の弱小国を犠牲に供
する陰謀、錯乱の会議でもないのであつて、それは解故され
た諸国民の互恵主義、相互援助、緊密強力、相互自主独立の
尊重、これらの道義精神に基づく会議であることである。
そしてフィリピン国代表ラウレル大統領は、何故いままで
大東亜諸民族がかく一堂に会し、その結束を固め、共通の諸
問題を検討する会議が開かれなかつたのであらうかと自ら問
うて、三つの理由を挙げた。第一は、西洋列強、特に米英の
大東亜の各抑圧国民の政治支配及び経済的搾取、第二は米英
がいはゆる分割統治主義に基づき、大東亜諸民族の分割を図
り、大東亜諸民族の士気、生活力と弱めんとしたこと。第三
には、フィリピンに対する対日憎悪の鼓吹、即ち、「日本は征
服慾に燃えた貪婪な帝国主義国家であり、権威、声望の拡
大を望む国家であつて、我々が日本と折衝すれば搾取圧迫は
兎れない。日本は我々の朋友同胞にあらずして仇敵なりと信
ぜしめた」ことであつたとしてゐるのである。
かゝる大東亜諸民族の会議は、夙に開催せらるべきであつた
にも拘はらず、かゝる理由のために、アジアはお互に「他人」
として生存せしめられて来たのであつた。そして今、この「他
人」が「隣人」となり、分離されてゐたアジアが一つになる日が
いよいよ来たのである。
ビルマ国代表バー・モウ内閣総理大臣は、
「多年ビルマにおいて、私はアジアの夢を夢に見続けて来
た。私のアジア人としての血は常に他のアジア人に呼びかけて来
た。昼となく、夜となく、私は自分の夢の中でアジアがその子供
に呼びかける声を聞くのを常としたが、今日この席において私
は、初めて夢に非ざるアジアの呼声を現実に聞いたのである。我
我アジア人はこの呼声、我々の母の声に応へてこゝに相集うて来
たのである。・・・」
と、この喜びとこの感慨をかく述べ、この会議によつて新
らしい世界、新らしい秩序、新らしい国籍が生れ、「有史以来
初めて東亜の国民は東亜は一にし分離すべからずといふ真理
に基づく、自由にして平等なる同胞として会合した」ことを
強調したのであつた。
そして、この会議は、バー・モウ代表の表現を藉りれば、
「無から生じたものでなく、手品師の使ふ空の帽子から突然飛び
出して来たものではない。東亜において、一つの世界を滅し、他
の世界を創造した、長い間の種々の事件の結果として生れたもの
であり、・・・東洋を全然変貌せしめた種々の事件は、日本なくし
ては到底起り得なかつたものである・・・我々にとつて今次の戦争
は絶体絶命のものである。東亜はこの戦争を勝ち抜き、生き永ら
ふるか、しからずんば戦ひ敗れ滅亡するのほかなく、他に選ぶべ
き途はないのである。実に東亜と東亜民族にとつては生存そのも
ののための戦ひであり、将来千年に亘る東亜の独立、平和並びに
繁栄のための戦ひである。」
大東亜共同宣言の根本理念
このやうに、アジアは一つであり、この戦争をアジア人と
して倶に戦ひ、アジア人として倶に世界を建設すべきこと
を、お互に相談し合ひ、お互に誓ひ合つて、この大事業の正
しい端緒を開いたのが、この大東亜会議であり、これを全世
界に向つて閘明した大文字が、大東亜共同宣言である。
この宣言は、冒頭において、「抑々世界各国が各々其の所を
得、相椅り相扶けて万邦共栄の楽を偕にするは世界平和確立
の根本要義なり」と世界平和建設の根本理念を掲げ、第二段
において、「然るに米英は自国の繁栄の為には他国家、他民族
を抑圧し、特に東亜に対しては飽くなき侵略搾取を行ひ、大
東亜隷属化の野望を逞しうし、遂には大東亜の安定を根柢よ
り覆さんとせり。大東亜戦争の原因こゝに存ず」と、大東亜
戦争の原因を指摘し、第三段において、
「大東亜各国は相提携して大東亜戦争を完遂し、大東亜を
米英の桎梏より解放して、其の自存自衛を全うし、左の綱
領に基き大東亜を建設し、以て世界平和の確立に寄与せん
ことを期す」
と、戦争完遂と大東亜建設の決意を示し、次ぎに大東亜建設
綱領の五原則を掲げてゐる。
大東亜戦争の原因
大東亜戦争が何故起つたかについては、二年前の敵米英の
東亜に対する出方を想ひ、あの宣戦の大詔を拝するとき、多
言と要せずして明らかである。一言にしていへば、今次の戦争
によつて世界における米英の覇権を確立し、アジアにおける
その植民地的支配を回復しようとする貪慾限りなき彼等の野
望に発するものである。
英帝国は、過去数世紀に亘り侵略と征服とによつて、全地
球上に広大な領土を獲得し、その優越的地位を飽くまで維持
しようとして、世界各地において他国をして相互に対立抗争
せしめて来た。他方、米国は、欧州の動乱常なき情勢に乗じて
米大陸に覇権を確立するにとどまらず、米西戦争を契機とし
て、太平洋及びアジアに爪牙を伸ばすに至り、遂に第一次世
界大戦を転機として英帝国と共に世界制覇の野望を逞しうし
て来たのである。
そして今次の世界大戦勃発後は、米国は更に北アフリカ、
西アフリカ、大西洋、豪洲、西南アジア、進んでインド方面
に対しても、次第にその魔手を伸ばして、英帝国の地位に取
つて代らうとして来た。
彼等はアジアに対してどういふやり方をやつて来たであら
うか----彼等は政治的に侵略し、経済的に搾取し、さらに教
育文化の美名に匿れて固有の民族性を喪失せしめ、相互に相
衝突せしめて、その非望の達成をはかつたのであつて、かく
してアジアの諸国家、諸民族は常にその存立を脅戚せられ、
その安定を攪乱せられ、民生はその本然の発展を抑圧せられ
て今日に至つたのである。
勿論、今日までに、東亜の諸国家、諸民族の間において、
解放の義挙の起つたことは一再にとゞまらなかつたのである
が、或ひは米英の暴戻あくなき武力的弾圧により、或ひは彼
等の異民族統御の常套手段であるところの悪辣極まる離間策
により、多くは失敗に帰したのであつて、それは正しく抑圧
された東亜民族の血と涙と怒りによつて綴られた圧制の歴史
であつた。
この間にあつてたゞ一つ、わが国が明治維新以来、急速に興
隆の一途をたどりつゝあることは、米英にとつて最も好まし
からざるものとなつたのである。そこで彼等は、一方におい
て事毎に日本抑圧の態度に出ると共に、他方においてわが国
と東亜における他の諸国家諸民族との離間を策することを以
て、彼等の東亜攻略の要諦とするに至つたのである。何故な
らば、彼等が東亜を隷属させてゆくためには、東亜において
いづれかの国が強国として勃興することは、また東亜の諸国
家、諸民族が団結することは、彼等にとつて最も不利とする
ところであつたからである。
かくして彼等は、蒋介石を使嗾して日華両国の国交を阻碍
し、その極、遂に不幸な支那事変の勃発に至らしめ、これが
解決に対しても、あらゆる手段を弄してその妨碍を策したの
であつた。
そして今次の欧州戦争が勃発してからは、戦争の必要に藉
口して平和的通商を妨碍し、さらに進んでその本質において
戦争と異らないところの経済断交の手段に愬へ、他面、東亜の
周辺において武備を増強して、我に屈従を強ひようとし、東
亜の安定は根柢より重大な脅威を受けるに至つたのである。
帝国は、隠忍自重、最後まで平和的交渉によつて時局の収拾
を図つたのであつた。しかるに米英は却つてますます脅喝と
圧迫とを強化して帝国の存立を危殆に瀕せしめたので、帝国は
自存自衛のため蹶然立つて東亜に対する米英の挑戦に応ずる
の已むなきに至り、こゝに一切の障碍を破砕して、東亜永遠
の平和確立のため、国運を賭して征戦に邁進することになつ
たのである。それは二年前の、あの十二月八日のことである。
大東戦争の共同完遂
征戦こゝに二年、大御稜威の下、陸海将兵の善謀勇戦によ
つてかくも偉大なる戦果を拡大し、大東亜の天地より米英の
侵略勢力は相次いで駆逐掃蕩され、今日に至つたのである
が、その間、赫々たる皇軍の戦果と相俟つて、大東亜の各国家
間、各民族の間には、大東亜の目覚めが澎湃として漲り、或ひ
は米英に対して宣戦を布告して日本と共に戦ひ、或ひは緊密
に戦率完遂に協力しつゝ、内においては各国相信じ、相和し、
外に対しては米英の反攻を撃摧して、自存自衛を全うし、大
東亜永遠の安定を確立するため蹶起するに至つた。
アジアは最早や米英の植民地ではない。各アジアはこゝに
奮起し、アジアを解放し、アジアを保衛し、アジアを建設せ
んとして、アジア奪回のこの一戦にアジアの総力を結集する
に至つたのである。
大東亜会議においても、中華民国国民救府代表汪牙ハ氏
が、同甘同苦、同生同死の決心を披瀝すれば、満洲国代表張
国務総理は「死生存亡断じて分携せず」との帝旨を奉体し、大
東亜各国と相呼応し、相結束し、必勝必滅の信念を以て、大
東亜建設の聖業に力を竭さんことを誓ひ、フィリピン国代表
ラウレル大統領は、
「・・・日本軍が今次戦争において究極の勝利を得るに非ずんば、
我等はその自由を享受し得ず、ビルマ国も、フィリピン国も、漸く
にして与へられたる自由を楽しむことは出来ないのである。・・・
我々は以上の事実を深く認識し、種々の困難を忍びつゝ大日本
帝国が勝利の目的を達成する日まで堪へ進む決意を固めてゐるの
である。中華民国の戦ひ、タイ国の戦ひ、否、自由と自主とのた
め大東亜全民族の戦ひも、一に懸つて日本の勝利にあるのであつ
て、共栄圏の確立も、大東亜諸民族の崇高なる念願の達成も、そ
の勝利に懸つてゐるのである。日本の勝利なくして共栄圏なく、
わが国乃至東亜における如何なる国の自由もないのであつて、東
洋人の声威は興隆することなく、西洋諸強国は再び往昔の如く我々
を支配し、疲弊死に至らしめんとするであらう・・・」
と烈々たる信念を披瀝し、アジアは一心一体に団結し、日本
なくしてアジアなく、アジアなくして日本なき事実は、今や
全アジアの強固な信念となつたのである。
共存共栄の原則
大東亜建設も、またかゝる前提に立つて考へらるべきであ
る。即ち、この戦争は大東亜の全民族にとつて実にその興廃
の岐れる一大決戦であつて、これに勝ち抜くことによつて、初
めて大東亜の諸民族は永遠にその存立を大東亜の天地に確保
し、共栄の楽を偕にすることが出来るのである。
そして、かゝる大東亜建設の大本は、「大東亜各国は協同
して大東亜の安定を確保し、道義に基く共存共栄の秩序を建
設す」とある「共存共栄の原則」にある。
共存共栄の新秩序といふことは、八紘を掩ひて宇となす
ところのわが肇國の理想と軌を一にするものである。即ち、
大東亜の諸国家、諸民族が一家の如き関係に立つて共存共栄、
生死を共にするところの東亜固有の道義精神に基づくもの
であつて、この点において、自己の繁栄のためには不正、欺
瞞、搾取をも敢へて辞さない米英本位の旧秩序とは、およそ
根本的に異る。
彼等がかの大西洋憲章において、またカサブランカ会談や
ケベック会談において、さらにまた近くはモスクワ三国会談
の宣言において、如何に立派な戦後計画を発表し、反枢軸各
国間の協調を強調しても、それは米英ソ間の利害関係の対立
をごまかさんとする煙幕宣伝であり、小国家、小民族に同情
を寄せるが如き言辞を弄することがあつても、それはいはゆ
る米英伝統の虚偽と欺瞞との迷彩にほかならないのである。
これに反して将来の大東亜諸国家の関係は、満洲国代表張
国務総理のいふ如く
「反枢軸諸国間に露骨に見られるやうな利害に基づき、離合集散
する従来の国際関係とは、根本的に相容れない東洋道徳の伝統的特
色たる家族血縁の情誼に基調を置き、真に東亜一家の観念の下
に、相互に永久の道義的国交を誓約すベきものである。従つて各国
は各々その伝統として、特質とするところに生き、且つこれを相互
に尊重すべきはいふまでもないが、一方、政治、経済、文化等あら
ゆる領域に亘つて長短相補ひ、有無相通じ、以て東亜全体の生成
発展に寄与すべきであり、国境の観念の如きも嘗ての相互に対立
するところの非東洋的な国家の国境ではなく、相互に協カし、よ
り大なる創造に参ぜんとする国家間の国境であるといふ如く考
へ、従来の国境観念に縛られ、各国間の流通融合を阻止し来つた
障壁、一刻も速かに撒去すべきであらう。」
と考へられるのである。
かくの如く、共存共栄の関係においては、その構成分子の
個の自己主義や打算主義、即ち相手方を単に手段として利用
するやうなことは絶対に許し得ないところであつて、ラウレ
ル大統領はこの関係に言及して、
「大東亜共栄圏は、これを形成する或る一国の利益のために建設
せられるものではない。大東亜共栄圏の確立は、各構成国家の自
主独立を認め、これを尊重することに始まるのであつて、かく政
治的独立及び領土主権を承認することによつて、各国は各々独自の
の制度に応じて発展を遂げ、しかも発展の結果生ずる或る国の繁
栄を或る特定国が独占することなく、全般の繁栄は各個の繁栄を
意味するも、各個の繁栄は必ずしも全体の繁栄ならざるの理に基
づき、一国の福祉と繁栄とを他国に及ぼすことを以てその目的と
するものである。
換言すれば、共存、協力、及び共栄こそは、大日本帝国により
唱導せられ、大東亜共栄圏の他の民族国民の帰依する神聖なる理
念をなす三要道である。大東亜諸民族諸国民をしてその自然の生
存権を享受せしめんがために、大日本帝国はこの聖戦に生命、財
産のみならず、その存立そのものさへも賭してゐるのである。
日本は単に自国民のみならず、大東亜全民族のために戦ひつゝ
あるのであるが、日本は独り自己のみが生存し、東亜の同胞が滅
び、苦しむことを幸福とするものでないことは、私の十分承知して
ゐるところである。日本は、勿論生存することを望むであらう。
しかし同時に日本はその同胞たる東洋諸民族も共に生存するこ
とを冀ふのである。日本も、中華民国も、タイ国、満洲国、ビル
マ国、インド、フィリピン国もいづれも生存し、かくして我等は、
中華民国、或ひはその他の一国乃至一構成国の繁栄を達成せんが
ため努力を払ふのではなく、全体の繁栄を図り、さらに国家の
存在に必要な手段を獲得せんがために努力し、進んで再び西洋諸
国の支配を受けることなく、世界において正当な地位を占め、国
民は各自の法律及び制度の下に、幸福に生活し、緊密堅固に結集
して、アジア及びアジア人のためのみならず、世界の幸福と福
祉とに寄与するが如き共栄圏確立のために協力せんとするもので
ある。」
と、いみじくも共存共栄の精神を述べてゐるのである。
独立親和の原則
第二の「独立親和の原則」は、「大東亜各国は相互に自主独立
を尊重し互助敦睦の実を挙げ、大東亜の親和を確立す」ること
をいつたものである。親和の関係は、今も述べたやうに、相
手方の自主独立を尊重し、他の繁栄によつて自らも繁栄し、
自他共にその本来の面目を発揮するところにのみ生じ得る
ものであつて、相手方を手段として利用するところには、か
かる関係を見出すことは出来ない。
米英の伝統政策は、およそかゝる精神とは根本的に相反す
るものである。大東亜の地域に対して彼等の行つたところは
何か、それは利己的な強奪、搾取である。或ひはこれを植民
地とし、或ひはこれを原料獲得の独占的地域とし、或ひは自
己の製品の市場として土地を獲得したのである。その結果、
大東亜諸民族は、或ひは独立と主権を失ひ、或ひは治外法権
と不平等条約によつてその主権と独立に種々の制限を受け、
国際法上、何等互恵的な取扱を得るところがなかつたのであ
つた。かくしてアジアは、その政治的結集力を喪つて単なる地
理的名称に堕したのである。
「我々アジアは世界最古の文化の発祥地であるに拘はらず、最
近百年以来、米英の侵略を蒙り、漸次衰微するに至り、殆んど一
として完全なる独立国家の存在をみざるに至つたのであるが、そ
の衰微が極点に達した時、突如その転換期が到来したのである。
これ即ち日本の維新である・・・。アジア各国は当然先進国日本と
共に同心協力、東方の王道的文化に基づき、西方の覇道的文化に
打ち勝ち、米英の侵略勢力を完全に駆逐し、アジア各国の団結に
より、アジア各国の独立自主を完成せしめねばならない・・・」
と、中国の国父孫文が、大アジア主義を主張してから、こゝ
に二十年、いまや東洋人自らの手によつてこの理想は着々と
具現され、大アジア主義は既に大いなる光明を見出したので
ある。
いまより十年前、盟邦満州国が、最初の真の東亜的なる自
覚を有する新興国家として建国せられ、ついで中華民国国民
政府の新生、発展となつて今日に及んだのである。
「帝国の冀求する所は、東亜永遠の安定を確保すべき新秩序の
建設に在り。今次征戦究極の目的亦此に存す。・・・帝国が支那に
望む所は、この東亜新秩序建設の任務を分担せんことに在り。帝
国は支那国民が能くわが真意を理解し、以て帝国の協力に応へん
ことを期待す・・・」
昭和十三年十一月三日、支那事変の最中にあつて、すでに
帝国政府は、今日の東亜新秩序の理念を中外に声明し、国民
政府の南京還都と共に、日華提携、東亜復興の大道は急速に
実現したのである。
かくして本年一月九日、日華共同宣言以来、帝国は中国に
対して早くも租界を還附し、治外法権を撤廃し、率先して中
国の自主独立の強化に努めつゝあつたのであるが、十月三十
日の日華同盟条約によつて、日華関係はいよいよ本然の姿に
還った。
日華両国が「相互に善隣としてその自主独立を尊重しつゝ
緊密に協カして道義に基づく大東亜を建設し、以て世界全般
の平和に貢献せんことを期する」この同盟条約は、帝国の道
義政策の具現でありまた、この共同宣言にも現はれてゐる
やうに、東亜における国家間の道義関係の典型的な例証なの
である。
戦争をすれば猫額大の土地でも必ず取るもの、何倍かの賠
償金は必ず出させるものといふやうな旧き戦争観や、米英的
な利己的、侵略搾取本位の外交政策を以てしては、かゝる精
神は正に解するに苦しむところであらう。
しかし、東洋の道義観----新らしき戦争観は、かゝるものを
超克する。
ビルマ国の独立もフィリピン国の独立もインドネシア
人の政治参与も、日タイ関係の緊密化も、いづれも大東亜再建
に当り、帝国が希望してゐる方向を示すものであつて、大東
亜の各国家、各民族間を固く結ぶものも、この崇高なる親和
関係である。そしてこれあつてこそ、数世紀に亘るアングロ
サクソンの野望を打ち砕き、アジアを解放し、アジアを保衛
し、アジアを建設して、アジアをアジア人のアジアたらしめ
る日をもたらし得たのである。
文化昂揚の原則
第三の「文化昂揚の原則」は、「大東亜各国は相互に其の伝
統を尊重し、各民族の創造性を伸暢し、大東亜の文化を昂揚
する」ことをいつたものである。
そもそも「アジア大陸は人類発達の源であつて、太古より
非常に高度な発展を遂げたのである。そしてかくの如き発達
は人類の心に輝き、人類をして平和と幸福を求めしめる清き
光であり、この発展の原理は、同時に一般アジア国民によつ
て伝統的に保持される文化の原則でもあり、アジアの原則に
伴ふ発展こそ真の文化である」とは、タイ国代表ワンワイタ
ヤコン殿下の発言の一節である。
由来、大東亜には優秀なる文化が存在してをつたのであつ
て、殊に大東亜の精神文化は世界に誇るべきものがあつたの
である。しかるに大東亜は文化的にもまた、米英の侵略と搾
取政策のために毒せられ、米英の物質文化に酔はされて、東
洋人たるの東洋の自覚さへも失ふに至つたのであるが、今こ
そ、その本然の精神文化を復興し、さらにこれを長養醇化し
て物質文明の行詰りの打開に貢献すべき時なのである。
即ちかゝる文化を有する東亜の各国は、相互にその光輝あ
る伝統を尊重すると共に、各民族の創造性を伸暢し、以て大
東亜の文化をますます昂揚せねばならない。米英のために光
彩を失はれてゐた東洋の文化は、今こゝに復興の機会を得た
のである。
経済繁栄の原則
第四の「経済繁栄の原則」は、「大東亜各国は互恵の下緊密
に提携し、其の経済発展を図り、大東亜の繁栄を増進する」
ことをいつたものである。
想へば世界の宝庫といふべき大東亜のこの資源が、今日ま
でよくもこの永きに亘つて敵米英の搾取と壟断にのみ任され
て来たものである。フィリピンを、マライを、ジャワを、いづれ
をみても、我々はこの憤りを禁ずることは出来ない。これを
いま、大東亜各国家の間で、長短相補ひ、有無相通じ合つて
活用したらどうであらう。南方のゴムや錫も、中国やインド
の綿も、もつと大東亜の人々をうるほすことが出来るのであ
つて、アジアは物質的にも自給自足は十分できるのである。
民生の向上のため、また国力の充実のために、大東亜の各国
は経済的にも、かゝる関係に立ち、大東亜の繁栄を増進すべ
きは当然であるが、戦時下の今日においては、この経済力が
まづ大東亜戦争完勝のために強カに動員されることが何より
も必要なのである。
世界進運貢献の原則
第五の「世界進運貢献の原則」は、「大東亜各国は万邦との
交誼を篤うし、人種的差別を撤廃し、普く文化を交流し、進
んで資源を開放し、以て世界進運に貢献す」べきもので、大
東亜と大東亜以外の諸国との関係を述べたこの共同宣言の結
論である。
「大東亜のための大東亜」とか、大東亜共栄圏といふと、非
常に排他的に感ずるかも知れないが、決してそんなけちなも
のではない。大東亜建設の大業に挺身しつゝ、同時に世界平
和と人類進歩に貢献せんことを期する世界的抱負、経綸を全
世界に愬へたものである。我々は世界を通じて物心両面の扉
を広く開放し、資源、交通、貿易、文化、宗教、人種等あらゆ
る分野において、世界と共に、自由、無差別の大道を歩み、
万邦協和の理想の実現せられんことを期するものである。蓋
し大道は無門である。
アメリカのモンロー主義も「アメリカ人のアメリカ」とい
ふ風に主張するが、これは人種的偏見に基づくもので、むし
ろ他人種を排斥することを目的としてゐるともいへるのであ
つて、このことは口に自由平等を唱へつゝ他国家、他民族
に対して抑圧と差別とを以て臨み、他に門戸開放を強ひつ
つ、自らは尨大な土地と資源とを壟断して他の生存を脅威し
て顧みず、世界全般の進運を阻碍して来た彼等のやり方が、
事実を以て証明するところである。
また敵側においては、しきりに戦後経営等について羊頭狗
肉的宣伝を試みてゐるが、その真意は自ら明らかである。我
我は敵側のなす所が如何なるものであるにせよ大東亜各国
と共に天下の公道を歩まんとするものである。大東亜戦争の
完遂、大東亜の建設といふ大業に従事し、日夜悪戦苦闘しつ
つも、なほ我々の視野は大東亜の一角に局限せられず、世界
を包摂してゐるのである。こゝに大東亜各国の戦争目的が敵
側を圧倒し、我が方の戦意がますます昂揚する所以が存する
のである。
大東亜建設と我々の使命
この大東亜共同宣言によつて、大東亜各国及び各民族は、
明確な共通の目標を確認し、いよいよ提携を強化し、大東亜
戦争の完遂と大東亜建設の必成に向つて逞しき前進を開始し
た。敵に対してかゝる大東亜の結集が威力を発し、この憲
章が現実の力となるか否かは、実に大東亜十億の、否、我々一
億国民の双肩にかゝつてゐるのである。
我々には、日本人としての責任と同時に、大東亜の人とし
ての大きな責任と使命があり、我々はこれを自覚して、この
世界大憲章の大精神を身に体して進まねばならない。そして
大東亜共同宣言の大精神は、単に国家、民族間を律するもの
ではなく、実に我々一人々々の考へ方、生活のあり方を貫く
ものでなければならない。
我々には、今や、敵米英の世界制覇に止めをさし、大東亜
共栄の達成を期すべく天与の機会が与へられた。それは
大東亜全民族の興亡、延いては世界人類の平和と福祉とを決
定せんとする唯一にして、最後の機会である。
征戦二年、我々は遠く大東亜の全般に亘り、戦略態勢を固
め、かのブーゲンビル島沖の航空戦以来、相次ぐ赫々の戦果
を収めつゝあるが、敵の反攻もまた熾烈を極め、豪放にわが
防衛圏に突込み来り、文字通りの死闘を展開しつゝあり、戦
局いよいよ緊迫の度を加へてゐる。
大東亜戦争の勝利なくして大東亜の建設なく、日本の勝利
なくして大東亜戦争の勝利なし。我々は大東亜各国の物心両
面に亘る一切を挙げてこれを戦力化し、東亜の総力を打つて
一丸として敵米英の撃砕を期すると共に、まづ身を以て必勝
必成の突撃路を切り開かねばならないのである。
大東亜戦争二周年特輯
次号十二月八日号は、大東亜各地の現況を全号に亘つて特輯します。(増頁 十銭)