第三二八号(昭一八・一・二七)
   生活を切換へよ
   学制改革問答            文 部 省
   米英音楽の追放
   興南錬成院開く           大東亜省
   「頼母しい戦争生活例」当選発表
   第八一回帝国議会提出法律案件名一覧
   昭和一七年下半期総目次

生活を切換へよ
 
 去る一月十六日の煙草値上げにつゞいて新増税案の発表、衣料切符の点数引上げ、電気、ガス等の消費規正の強化など、私どもの身の廻りに戦争生活がしみ/"\と感ぜられるやうになりました。今まで通りの考へ方からすれば、生活の重圧かも知れませんが、これを重圧と感ずるやうでは、まだ/\その人は、時局の真相といひますか、いま私どもがどういふ戦争の真只中にあるか、といふことについて認識を欠いてゐるか、さうでなければ、口に御奉公を称へながら、ほんたうに最後まで戦ひ抜かうといふ戦争生活の気構へが出来てゐない証拠なのです。
 ご承知の通り、敵米英は今年を総反攻の年として、ルーズヴェルトは、「米側の防禦の時期は終りつゝあり。昨年、米国は日本軍を阻止し得た。本年は就中、米空軍の圧倒的優勢を以て日本に大々的反攻を加へ前進しようと意図してゐる」と豪語し、今年七月から来年六月に至る一九四四会計年度に、総額一千九十億ドル(うち軍事費一千億ドル)に達する大予算を要求してゐます。いくら大世帯の米国でもこの予算を賄ふのは容易ではなく、約半分は租税によることとし、約百六十億ドルに達する新増税計画を樹て、公債発行額も約六百億ドルの予定と報道されてゐます。これはどういふことかといひますと、来年の国民期待一千四百億ドルの七割五分が国費のために使用され、国民一人当り八百十九ドルの負担となる勘定ですから、国民生活に対する重圧が十分予想されるわけです。
 そこで、ルーズヴェルトは予算教書の中でも、「米国国内戦線にとつては、今年は容易な年ではない。日常生活の各方面に打撃が現はれ、欠乏の苦しみをも嘗めなければならぬであらうが、国民はよく堪へて欲しい」と要望し、一部食糧の欠乏、賃金、物価、家賃の統制、消費割当や切符制の実施を国民に予告してゐる始末です。
 贅沢に狎れて来た米国民にとつては、これらの規正は大痛手に違ひありませんが、しかもなほ戦意を燃やして、銃後の戦争生活を甘受し、外に出でては、あのソロモン方面の戦闘でうかゞはれたやうに、わが勇武なる前線将兵に対しても相当の反攻をさへ示してゐるのです。あの自由主義にしてこの変り方です。
 持てる金力、物力にたよつて、未だに世界制覇の夢を見てゐるこの尊大な敵米英を徹底的に撃滅しようとする以上、私どもは生やさしい考へで戦つてはゐられません。はんたうに喰ふか喰はれるかの戦ひです。あらゆるものを、国をあげての資材も、労力も、資金も、国民の精神力、経済力のすべてを戦力化して戦ひ抜かねばならぬ秋がいよ/\来たのです。生活の戦ひがいよ/\始まつたのです。
 今度の増税にしても、消費の抑制、購買力の吸収、国庫の増収の三大眼目がありますが、要は国民生活を最小限度に切りつめることによつて得た物と金と人手を、直接戦争遂行になくてはならぬ方面に廻すために他なりません。ですから、税さへ払へばいくら消費してもよい、寧ろ納税奉公ではないか、といふ考へをもつ人がみつたらとんでもないことです。買はなくても済む着物を一枚でも多く買へば、それだけ武器、弾薬や軍需品になる資材や労力などを食つてしまふことになるわけです。
 戦争生活の標準はどこにあるかといふことがよくいはれますが、それは一概にいふことは出来ますまい。考へ方の問題です。今日まで普通であつた生活も、戦局の進展によつては明日は贅沢になるかも知れません。ですから、私どもがやつてゐた生活が、増税や消費規制によつて大きな負担を感ずるやうならば、それをつゞけることがすでに戦争生活において贅沢となつたことであり、私どもはその負担を感じない生活の新工夫をなすべき秋だと思ひます。言葉を換へていへば、重税を課せられてゐるやうな物を消費したり、さういふ行為をすることは、戦争遂行のために自粛すべきことなのです。
 私どもは何時までも、かうした戦争生活の進展を重荷と感じたり、泣き言をならべたりするやうな低いところでうろ/\してゐてはなりません。私どものもつ経済力のすべてを、そして日常生活のあり方を、殉国赤心の血潮と共に、戦争に勝つために惜しみなく捧げて日常生活そのものを戦力化して行くやうに、頭のおき方を変へてかゝらねばなりません。さうなつてこそ初めて、どんな場合に直面しても動ずることなく、今までに築き上げた必勝必成の態勢を以て、勝利の栄冠を得ることができるのであります。