日本世界観と世界新秩序の建設 文部省
大東亜戦争が開始されるや、御稜威の下、皇國陸海軍の神速果敢なる進撃は、忽ちにして緒戦の大勢を決し、以来連戦連勝、今や東亜における敵重要拠点は悉く皇軍の掌握するところとなつたのみならず、早くも一面において建設の工作が進められる段階に入つたことは、まことに世界戦史に嘗てみない大戦果であつて、国民の感激は例へやうのない大なるものである。
しかし、戦ひはこれからである。米英の軍事的勢力は既に東亜の天地から撃退せられたとはいえ、永年に亘つて彼等の支配の下にあつた諸地方では、その生活・思想・文化方面における米英的な旧秩序を根本的に拭ひ去ることは容易なことではない。しかも敵は軍事的に反攻の機を狙ふと共に、思想戦・謀略戦においていよいよ執拗に画策することであらう。
われわれは敵のあらゆる策謀を撃砕しつゝ、大東亜諸地方における米英的なものを一切除き去つて、大東亜諸国家・諸民族をして我が国の真精神をよく理解せしめ新秩序建設の本義に徹して覚醒奮起せしめねばならぬ。そのためには、まづ日本世界観の真義を明らかにし、日本世界観は単に米英的世界観と対立するものではなく、これを超克するものであることを明らかにしなければならない。
西洋的世界観の破綻
およそ人間は、その生存する世界に対して何等かの全面的な解釈をなすものである。こゝにその世界観が生まれる。即ち世界とは何ぞやといふ問題の解釈である。かくて人間を主体とし、自己を中心として他のものを対立的に観、或ひは観念的な人間を離れた世界を考へて、これを世界の本質または根源とみる等、種々の世界観が生まれて来る。
しかるに実際には人間の生活は、歴史並びに環境によつて規制せられるものであるから、世界観もまた歴史的・環境的に制約されるものである。すなはち、ギリシャやローマには各々特有の世界観があり、インドや支那にもそれぞれの世界観がある。さらにキリスト教にも仏教にもそれぞれの世界観がみられる。
かくの如く、世界観は本来人間の生活と直接結びついて生まれて来るものであるが、これを理論づけ、体系づけるところに学的な世界観が樹立せられる。かゝる世界観は哲学にとつては重要な意義を有つもので、哲学をもつて世界観の学問といふことすらある。もとより哲学は世界観であるとはいはれないが、哲学は少なくとも世界観的性質を具へてゐるといふことができる。
しかし前述の如く、世界観は哲学的な理論によつてのみ樹立せられるのではなく、その根源は歴史的、環境的な人間生活の奥底に横たはつてゐるのである。
従来の西洋的世界観は、総括的にみれば、ギリシャの昔より、人間中心の性格が根強い。ことに近世になつては、個人の解放とか、その自由の獲得とかを目指して、個人主義・自由主義・民主主義の世界観を謳歌するに至つた。
これ等によれば、国家或ひは民族は個人の利益の保護、幸福の増進の手段としての集合に過ぎないものであるが、かゝる国家或ひは民族は必然的に他の国家・民族と利害関係において対立せざるを得ないものである。すなはち或る国家・民族の存立と他の国家・民族の存立とは互ひに相容れないものであつて、自らの生立発展を図るには他を征服しなければならないことになる。
かくて従来の西洋的世界観によれば、世界は西洋人のために存在する世界として制覇されなければならないものである。それ故、口に正義・人道を唱へながら、他民族の住む土地をば、発見と称して擅(ほしいまゝ)に領有し、原住民を圧制し、資源を搾取することが当然とされるのである。かくて強大なる国家は弱小なる国家・民族を支配圧制し、口にせられる世界の平和とは名のみであつて、いはゆる国際的な、強大国相互の利害の打算による便宜的協約に頼つて僅かに維持されるほかはない有様となつてゐる。
かゝる世界観に立つ米英的世界秩序が、如何に矛盾と欺瞞とに満ちたものであるかは、彼等の東亜侵略史を一見すれば思ひ半ばに過ぎるものがあらう。 しかしてかゝる世界観に基づく秩序の下に、世界恒久の平和が期し得られるものでないことは、ヴェルサイユ条約後幾何もなくして、今次の欧州戦乱の勃発をみたことが雄弁にこれを物語つてゐる。
要するに、かゝる世界観に立つ限り、たとひどのやうな対策施策を講じようとも、究極における対立関係は決して克服されるものではない。かくては、古来の賢哲が求めた平和の世界は結局一片の理想たるに止まり、人間は永遠に不安と苦悩とに満ちた生活を続けざるを得ないであらう。
かくて西洋においては、第一次欧州大戦後、自由主義・民主主義が世界秩序の最高の原理としてその権威を振ひ、相剋摩擦がいよいよ激しくなり、さらに徹底的なる唯物主義に基づく共産主義運動が起つた。 こゝにおいてか、一方、西洋文明の没落が叫ばれると共に、他方これらの思想を是正して、西洋的旧秩序を打開し、新秩序を建設するために、民族国家と国民文化とを基礎とする全体主義世界観が独伊を中心として唱へられ、各種の方策が講ぜられつゝある。
なほ他に西洋においては従来からキリスト教的世界観があり、また狭義の哲学的世界観もある。しかしながら前者は超越的な神の摂理を根源とし、後者は観念的、理念的なる世界を想定するもので、いづれも人間の現実的なる国家生活から遊離した抽象的なる理論に傾き、または堕してゐる特殊な世界観であつて、事理一体の現実の世界を充分に指導することはできないのである。
日本世界観の本義
こゝにおいて、今日の世界的転換期に当り、世界秩序の更新の上に、真に現実を指導するに足る最高不動の世界観が求められてゐるのであるが、吾人はそれはまさに日本世界観を措いて他にはないことを確信する。日本世界観は具体的、現実的なる事理一体の世界を現実具体において把握するものであり、悠久なる我が国史を貫いて、渝るところなき皇國の道として具現せられ来つたところのものである。
われわれ日本人は、その生命の淵源を遠く伊弉諾ノ尊・伊弉冉ノ尊の二尊に享け、畏くも皇室を初め奉り、国土と祖を同じうするといふ国家的信念の伝承を負うて生まれ、常に皇室を宗家と仰ぎ奉る家族国家の中に育まれ来つてゐる。
御歴代天皇の御聖徳は広大無辺であつて、仁恕の化下(しも)に洽く、君民一体の国家が生成発展し、古来、外来民族の来り仕へるものも少くなかつたが、すべて皇化の下に渾然として皇國民となつて融合せられてゐる。
かゝる歴史の現実と環境の中に育まれたわれわれ日本人は、天皇に帰一し奉り、祖孫一体の信念の下に、永遠の統一を世界観の根源として、自他一如の大和(たいわ)に生き、生成発展の一途を辿つ今日に及んでゐる。かくてわれわれ国民は、皇室をばすべての生命の帰一するところとして仰ぎ奉り、それぞれ分に応じて君國に奉仕し、八紘為宇の天業を翼賛し奉つて来たのである。
他面から考察すれば日本世界観の中核を成してゐるものは、最も自然な、また現実的な生む生まれるの関係である。即ち神と人と自然とは祖を同じうするものとせられ、国の生活において根本となるものは、君臣の関係であつて、列聖の義は君臣にして、情は父子と思召給ふ大御心に包まれて、君民一体の実があがり、また家の生活においては親子の関係を根本とする家長中心の家族制度が保たれてゐる。
かくて天皇は臣民を赤子として愛撫し給ひ、臣民は天皇を「おほやけ」と仰ぎ奉つて純忠のまことを捧げ、父祖は子孫を掬育してその忠誠と繁栄とを祈念し、子孫は父祖を敬仰思慕して孝に生きんとする。かゝる君臣父子の関係において自(おのづか)ら発展する人倫の道が長養せられ、君即国、国即家としての世界に比なき道義国家が形作られてゐる。かくて生む生まれるの関係を中核とする日本世界観を貫くものは、永遠の統一であり、大和(たいわ)の精神である。
大和(たいわ)の世界の具現
和は真の融合であつて、日常離るべからざる人倫の道である。一個人、或ひは一国家が、飽くまで自己を主とし自我を主張する場合は、矛盾対立を調整緩和するための共同・妥協・犠牲等はあるであらうが、それは真の和ではなく、常にその中に対立関係を孕んでゐる。
わが国の和は、かゝる互ひに独立した個人の機械的協調ではなく、国民各々分を守り、分に応ずる奉公の行において一体となつて自己の存在を全うすることである。
かゝる和の精神を諸国家・諸民族の間に顕現してゆくことこそ、まさに共栄の根本精神であり、新秩序の指導精神であらねばならぬ。かゝる精神に基づいてこそ、各々その所を得て、相互の敬愛の間にそれぞれその所に応じてその発展をみつゝ、全体の真の福祉と平和が齎されるのである。八紘を掩(おほ)うて宇(いへ)と為すとはまさにこのことである。
わが国は国名に示されているとおり大和の国である。しかして我が国の我が国たる所以は肇國以来定まれる國體の儼存することであり、神(かむ)ながらの国に神(かむ)ながらの道が具現せられることである。大和の根源もまたこゝにあるのであつて、大和は万邦をしてそのところを得しめ、万民をして各々その堵に安んぜしむることの根源である。
かくて日本世界観は決して、大八洲国のみの平安幸福を求め希ふものではなく、或ひはまた超越的、観念的な世界を想定して諸国家・諸民族の抽象的な平等無差別を主張するものでもない。日本世界観は諸国家・諸民族をして真にそのあるべき姿にあらしめることを旨とするものであつて、諸国家・諸民族はすべてこれ各々そのところに従つて存立しつゝ、大和の世界を具現して、一家として相共に睦み栄えるべきものとみるのである。
かゝる和は分の精神の上にもよく現はれてゐる。わが国の武はいはゆる神武(しんぶ)である。わが国が大東亜戦争に敢然矛を執つて立つた所以も、まさに神武を振ふものである。神武とは万物を生かさんとする武であつて、破壊のためのいはゆる武ではない。道に則つて、大和の世界を現ぜんがための武である。かくてこそ現代世界の葛藤を克服して、新たなる生成発展を期し得るのである。吾人は、今次の世界大戦をして前大戦の轍(わだち)を履(ふ)まざらしむることは、日本世界観に基づく世界新秩序の建設を俟つて初めて期待し得るところであると確信する。
またかゝる和の精神は人と自然との関係にもみられる。わが国においては、国土も神々と共に天神(あまつかみ)の生み給うたところであり、国民と祖を同じうするものとしての伝承の下に、土地と人とを一体不可分とする考へ方が古来強く存している。
顧みればアジアは欧米の侵略によつて久しきに亘つて蚕食せられて来た。多くのアジア人は、自らの郷土にありながら真に郷土と共に生きるの途を閉されてゐたのである。
大東亜共栄圏の建設はその一面においてアジアの天地をアジア人の手に還すことであり、アジア人に自らの郷土と共に生きる途を開くことである。 かゝる「自然と人」の秩序は、世界新秩序の構成原則として重要なる方向を示すものであるが、それは日本世界観に基づく自然と生活との感情的な深い繋がりに頼つてこそ、真に牢乎たる基礎が築かれるであらう。
皇國日本の使命
今や世界を挙げての動乱の中に偉大なる創造が行はれつゝある。わが国の「むすび」とは創造であるが、それは即ち和の力の現はれである。伊弉諾ノ尊、伊弉冉ノ尊相和して神々・国土を生み給うた。これ即ち大いなるむすびである。
顧みれば我が国が世界新秩序建設の陣頭に、最初の巨歩を印した満洲事変によつては満州国が生まれ、すでに建国以来十年を閲して、その建実なる発展は大いにみるべきものがある。支那事変を通じて生まれた新国民政府もまた還都二周年を迎へて、その基礎はいよいよ鞏固となつて来てゐる。しかも今や日章旗ひるがへり硝煙の霄(は)れゆくところ、さらに新たなる大アジアの天地が生まれつゝある。これすべて現代における大いなる国生みといはずして何であらうか。しかしてこれこそ我が肇國の精神の輝かしき顕現にあらずして何であらうか。
米国及び英国に対する宣戦の大詔には
抑々東亞ノ安定ヲ確保シ以テ世界ノ
平和ニ寄與スルハ丕顯(ひけん)ナル皇祖考丕
承(ヒシヨウ)ナル皇考ノ作述セル遠猷(えんいう)ニシテ
朕カ拳々(けんけん)措(お)カサル所而シテ列國トノ
交誼ヲ篤クシテ萬邦共榮ノ樂(たのしみ)ヲ偕(とも)ニ
スルハ之亦帝國カ常ニ國交ノ要義ト
為ス所ナリ今ヤ不幸ニシテ米英兩國
ト釁端(きんたん)ヲ開クニ至ル洵(まこと)ニ已ムヲ得
サルモノアリ豈朕カ志ナラムヤ
と仰せられてある。聖慮の程畏き極みである。
まことに我が国の意図するところは他民族や他国家の征服ではない。相倚り相扶けて自他ともに真に生くる道を現実の世界に具現して行かうとするものである。
具体的に人間が各々歴史的、環境的に規定せられた個性を有する如く、国家・民族もまた伝統と風土とによつてそれぞれ特質を有する。特殊が普遍を生むところに真理は存する。小我(せうが)去つて大我(たいが)に徹するところに真に「われ」を生かす道がある。
大東亜新秩序の建設は大東亜の諸国家・諸民族をして各々そのところを得しめ、その特性を発揮せしめつゝ、大東亜全体の発展隆昌を図らんとするものであるが、このことは延いて正しき世界秩序、正しき世界文化を創造することであり、実に日本世界観の顕現である。
日独伊三国条約締結に当り渙発あらせられた詔書には
大義ヲ八紘ニ宣揚シ坤輿(こんよ)ヲ一宇タラ
シムルハ實ニ皇祖皇宗ノ大訓ニシテ
朕ガ夙夜(しゆくや)眷々措カザル所ナリ
と宣はせられ、また
惟フニ萬邦ヲシテ各々其ノ所ヲ得シ
メ兆民(てうみん)ヲシテ悉ク其ノ堵(と)ニ安ンゼシ
ムルハ曠古ノ大業ニシテ前途甚ダ遼
遠(れうゑん)ナリ爾臣民益々國體ノ觀念ヲ明
徴ニシ深ク謀(はか)リ遠ク慮(おもんばか)リ協心戮力(りくりよく)
非常ノ時局ヲ克服シ以テ天壌無
窮ノ皇運ヲ扶翼セヨ
と仰せられてある。皇國日本の大使命はこの聖旨に拝して昭らかである。
まことに八紘を掩うて宇(いへ)と為すわが肇國の精神こそ、あらゆる対立・相剋を止揚して万物を包容するものである。かくて前述の如く、日本世界観は米英的世界観と単に対立するものではなく、これを超克するものであつて、その意味において真に正しき世界的意義を有つ世界観といふべきものである。
むすび
しかしながら、こゝに特に注意すべきは、日本世界観は飽くまで天皇に帰一する国家日本をその立脚地とする世界観であつて、抽象的観念的世界に対する超越的世界観ではないことである。従つて日本世界観は具体的な国家存立の基礎の上に立つべきことを忘れてはならぬ。
神武天皇橿原御奠都の詔には、
上は則ち乾霊(あまつかみ)の国を授けたまふ
徳(うつくしび)に答へ、下は則ち皇孫(すめみま)の正(たゞしき)を
養ひたまひし心を弘めむ。然し
て後に、六合(くにのうち)を兼ねて以て都を開き、
八紘(あめのした)を掩ひて宇(いへ)と為(せ)むこと、亦可(よ)
からずや。
と仰せられてある。皇孫の養正の御心は国民として須臾も離るべからざるところである。
内に自らの徳を養ふ皇國日本としての儼たる国家的存在があればこそ、日本世界観が世界的にその真価を発揮し得るのである。もしそれ国内になほ米英的世界観に基づく弊風の残存するが如きことあらば、大東亜新秩序の建設も百年河清を俟つに等しい。この意味において国体の明徴と日本世界観の昂揚とは離るべからざるものである。
第二九二号(昭一七・五・一三)
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