第二七〇号付録(昭一六・一二・一〇)
   米英に宣戦布告
   詔  書
   大詔を拝し奉りて         東条内閣総理大臣
   日米交渉の経過         外務省公表
   帝国政府の対米通牒
   防空下令について

帝国政府の対米通牒 (一六、一二、七)

一、

 帝国政府はアメリカ合衆国政府との間に友好的諒解を途げ、両国共同の努力に依り太平洋地域に於ける平和を確保し、以て世界平和の招来に貢献せんとする真摯なる希望に促され、本年四月以来合衆国政府との間に両国国交の調整増進竝びに太平洋地域の安定に関し、誠意を傾倒して交渉を継続し来りたる処、過去八月に亘る交渉を通し、合衆国政府の固持せる主張竝びに此間合衆国及び英帝国の帝国に対し執れる措置に付、茲に率直に其の所信を合衆国政府に開陳するの光栄を有す。

二、

 東亜の安定を確保し世界の平和に寄与し、以て万邦をして各其の所を得しめんとするは帝国不動の同是なり。曩に中華民国は帝国の真意を解せず不幸にして支那事変の発生を見るに至れるも、帝国は平和克復の方途を講ずると共に、戦禍の拡大を防止せんが為め、終始最善の努力を致し来れり。客年九月帝国が独伊両国との間に三国条約を締結し得るも亦右目的を達成せんが為めに外ならず。
 然るに合衆国及び英帝国は有らゆる手段を竭し、重慶政権を援助して日支全面和平の成立を妨碍し、東亜の安定に対する帝国の建設的努力を控制(こうせい)せるのみならず、或は蘭領印度を牽制し、或は仏領印度支那を脅威し、帝国と此等諸地域とが相携へて共栄の理想を実現せんとする企図を阻害せり。殊に帝国が仏国との間に締結したる議定書に基き仏領印度支那共同防衛の措置を講ずるや、合衆国政府及び英国政府は之を以て自国領域に封する脅威なりと曲解し、和蘭国をも誘ひ資産凍結令を実施して帝国との経済断交を敢てし、明かに敵対的態度を示すと共に、帝国に対する軍備を増強し、帝国包囲の態勢を整へ、以て帝国の存立を危殆ならしむるが如き情勢を誘致するに至れり。右に拘らず帝国総理大臣は本年八月事態の急速収拾の為め合衆国大統領と会見し、両国間に存在する太平洋全般に亘る重要問題を討議検討せんことを提議せり。然るに合衆国政府は右申入に主議上賛同を与へ乍ら、之が実行は両国間重要問題に関し意見一致を見たる後とすベしと主張して譲らず。

三、

 仍て帝国政府は九月二十五日、従来の合衆国政府の主張をも充分考慮の上米国案を基礎とし、之に帝国政府の主張を取入れたる一案を提示し論議を重ねたるが、双方の見解は容易に一致せざりしを以て、現内閣に於ては従来交渉の主要難点たりし諸問題に付、帝国政府の主張を更に緩和したる修正案を提示し、交渉の妥結に努めたるも、合衆国政府は終始当初の原案を主張し協調的態度に出でず、交渉は依然渋滞せり。茲に於て十一月二十日に至り、帝国政府は両国国交の破綻を回避する為最善の努力を尽す趣旨を以て、枢要且緊急の問題に付公正なる妥結を図る為前記提案を簡単化し (一)両国政府に於て仏印以外の南東亜細亜及び南太平洋地域に武力進出を行はざる旨を締約すること (二)両国政府に於て、蘭領印度に於て其の必要とする物資の獲得が保障せらるる様相互に協力すること (三)両国政府は相互に通商関係を資産凍結前の状態に復帰すること、合衆国政府は所要の石油の対日供給を約すること (四)合衆国政府は日支両国の和平に関する努力に支障を与ふるが如き行動に出でざること (五)帝国政府は日支間和平成立するか又は太平洋地域に於ける公正なる平和確立する上は、現に仏領印度支那に派遣せられ居る日本軍隊を撤退すべく、又本了解成立せば現に南部仏領印度支那に駐屯中の日本軍は之を北部仏領印度支那に移駐するの用意あること等を内容とする新提案を提示し、同時に支那問題に付ては合衆国大統領が曩に言明したる通り、日支間和平の紹介者と為るに異議なきも、日支直接交渉開始の上は、合衆国に於て日支和平を妨碍せざる旨を約せんことを求めたるが、合衆国政府は右新提案を承諾するを得ずと為せるのみならず、援蒋行為を継続する意志を表明し、次で更に前記の言明に拘らず、大統領の所謂日支間和平の紹介を行ふの時機猶熟せずとて之を撤回し、遂に十一月二十六日に至り偏に合衆国政府が従来固執せる原則を強要するの態度を以て、帝国政府の主張を無視せる提案を為すに至りたるが、右は帝国政府の最も遺憾とする所なり。

四、

 抑々本件交渉開始以来、帝国政府は終始専ら公正且謙抑なる態度を以て鋭意妥結に努め、屡々難きを忍びて能ふ限りの譲歩を敢てしたるが、交渉上重要事項たりし支那問題に関しても協調的態度を示し、合衆国政府の提唱せる国際通商上の無差別待遇原則遵守に付ては、本原則の世界各国に行はれんことを希望し、且其の実現に順応して之を支那をも含む太平洋地域に適用する様努力すべき旨を表明し、尚支那に於ける第三国の公正なる経済活動は何等之を排除するものにあらざることをも閘明せるが、更に仏領印度支那よりの撤兵に付ても情勢緩和に資するが為め、前述の如く南部仏領印度支那よりの即時撤兵を進んで提議する等極力妥協の精神を発揮せるは合衆国政府の夙に諒解する所なりと信ず。
 然るに合衆国政府は常に理論に拘泥し現実を無視し、其の抱懐する非実際的原則を固執して何等譲歩せず、徒に交渉を遷延せしめたるは帝国政府の諒解に苦む所なるが、特に先諸点に付ては合衆国政府の注意を喚起せざるを得ず。

(一)

 合衆国政府は世界平和の為めなりと称して自己に好都合なる諸原則を主張し、之が採択を帝国政府に迫れる処、世界の平和は現実に立脚し且相手国の立場に理解を持し、相互に受諾し得べき方途を発見することに依りてのみ具現し得るものにして、現実を無視し一国の独善的主張を相手国に強要するが如き態度は交渉の成立を促進する所以のものにあらず。
 今般合衆国政府が日米協定の基礎として提議せる諸原則に付ては右の中には帝国政府として趣旨に於て賛同に吝ならざるものあるも、合衆国政府が直に之が採択を要望するは、世界の現状に鑑み架空の理念に駆らるるものと云ふの外なし。
 尚日、米、英、支、蘇、蘭、泰七国間に多辺的不可侵条約を締結するの案の如きも、徒に集団的平和機構の旧思想を追ふの結果、東亜の実情と遊離せるものと云ふの外なし。

(二)

 合衆国政府今次の提案中に「両国政府カ第三国ト締結シ居ル如何ナル協定モ本取極ノ根本目的タル太平洋全域ノ平和確保ニ矛盾スルカ如ク解釈セラレサルコトニ付合意ス」とあるは、即ち合衆国が欧州戦争参入の場合に於ける帝国の三国条約上の義務履行を牽制せんとする意図を以て提案せるものと認めらるるを以て、右は帝国政府の受諾し得ざる所なり。
 由来合衆国政府は其の自己の主張と理念とに眩惑せられ、自ら戦争拡大を企図しつつありと謂はざるを得ず、合衆国政府は一方太平洋地域の安定を策し自国の背後を安固と為しつつ、他方英帝国を援け欧州新秩序建設に邁進する独伊両国に対し、自衛権の名の下に進んで攻撃を加へんとするものなるが、右は太平洋地域に平和的手段に依り安定の基礎を築かんとする幾多の原則的主張と全然矛盾背馳するものなり。

(三)

 合衆国政府は其の固持する主張に於て、武力に依る国際関係処理を排撃しつつ、一方英帝国等と共に経済力に依る圧迫を加へつつある処、斯る圧迫は場合に依りては武力圧迫以上の非人道的行為にして国際関係処理の手段として排撃せらるべきものなり。

(四)

 合衆国政府の意図は英帝国其の他の諸国を誘引し支那其の他東亜の諸地域に対し、其の従来保持せる支配的地位を維持強化せんとするものと見るの外なき処、東亜諸国が過去百有余年に亘り、英米の帝国主義的搾取政策の下に現状維持を強ひられ、両国繁栄の犠牲たるに甘んぜざるを得ざりし歴史的事実に鑑み、右は万邦をして各々其の所を得しめんとする帝国の根本国策と全然背馳するものにして、帝国政府の断じて容認する能はざる所なり。
 合衆国政府今次提案中仏領印度支那に関する規定は正に右態度の適例と称すべく、仏領印度支那に関し仏国を除き日、米、英、蘭、支、泰六国間に同地域の領土主権の尊重竝びに貿易及び通商の均等待遇を約束せんとするは、同地域を六国政府の共同保障の下に立たしめんとするものにして、仏国の立場を全然無視せる点は暫く措くも、東亜の事態を紛糾に導きたる最大原因の一たる九国条約類似の体制を新に仏領印度支那に拡張せんとするものと観るべきものにして、帝国政府として容認し得ざる所なり。

(五)

 合衆国政府が支那問題に関し帝国に要望せる所は、或ひは全面撤兵の要求と云ひ、或ひは通商無差別原則の無条件適用と云ひ、何れも支那の現実を無視し東亜の安定勢力たる帝国の地位を覆滅せんとするものなる処、合衆国政府が今次提案に於て重慶政権を除く如何なる政権をも軍事的政治的且経済的に支持せざることを要求し、南京政府を否認し去らんとする態度に出でたるは、交渉の基礎を根柢より覆すものと云ふべく、右は前記援蒋行為停止の拒否と共に、合衆国政府が日支間に平常状態の復帰及び東亜平和の回復を阻害するの意志あることを実証するものなり。

五、

 要之、今次合衆国政府の提案中には通商条約締結、資産凍結令の相互解除、円弗為替安定等の通商問題乃至支那に於ける治外法権撤廃等、本質的に不可ならざる条項なきにあらざるも、他方四年有余に亘る支那事変の犠牲を無視し、帝国の生存を脅威し権威を冒涜するものあり、従て全体的に観て帝国政府としては交渉の基礎として到底之を受諾するを得ざるを遺憾とす。

六、

 尚帝国政府は交渉の急速成立を希望する見地より、日米交渉妥結の際は英帝国其の他関係国との間にも同時調印方を提議し、合衆国政府も大体之に同意を表示せる次第なる処、合衆国政府は英、豪、蘭、重慶等と屡協議せる結果、特に支那問題に関しては重慶側の意見に迎合し、前記諸提案を為せるものと認められ、右諸国は何れも合衆国と同じく帝国の立場を無視せんとするものと断ぜざるを得ず。

七、

 惟ふに合衆国政府の意図は、英帝国其の他と苟合策動して東亜に於ける帝国の新秩序建設に依る平和確立の努力を妨碍せんとするのみならず、日支両国を相闘はしめ以て英米の利益を擁護せんとするものなることは今次交渉を通し明瞭と為りたる所なり。斯くて日米国交を調整し合衆国政府と相携へて太平洋の平和を維持確立せんとする帝国政府の希望は遂に失はれたり。
 仍て帝国政府は、茲に合衆国政府の態度に鑑み、今後交渉を継続するも妥結に達するを得ずと認むるの外なき旨を合衆国政府に通告するを遺憾とするものなり。