第二四七号（昭一六・七・二）
特集 事変四周年
支那事変の現段階 大本営陸軍報道部
聖戦四年の総戦果（海軍） 大本営海軍報道部
近衛首相・汪院長の声明と放送
興亜団体の統合 大政翼賛会
独ソ開戦と国際情勢
近衛首相と汪院長の声明と放送
去る六月十七日、晴の入京をした汪精衞氏は、皇室の御殊遇をはじめ、日本朝野の熱誠な歓迎に感激しつゝ、来訪の目的を完全に果し、同２５日離京、二十六日神戸出帆一路帰国の途についたが、帰国に先立ち、来訪以来各方面との意見の交換を行つた結果、東亜新秩序建設に対する日華双方の意見が完全に一致を見るに至つたので、二十三日、別項の如く近衛総理大臣、汪行政院長の連名をもつて共同声明を発表すると共に、更に二十四日午後八時から、近衛首相並びに汪院長は相携へてＡＫのマイクを通じ、近衛首相は「汪精衞閣下を迎へて」と題し、汪院長は「友邦日本を訪れて」の題下に、次ぎの如く日華両国民に対し歴史的な放送演説を行つた。(二四六号「汪精衞主席の来訪」参照)
汪精衞閣下を迎へて
内閣総理大臣 近衛文麿
汪精衞閣下が、政務多端の時間を割いて、親しく我が
皇室を訪問せられ、同時に、東亜の将来に関し、胸襟を開
いて我が国の朝野と語るべく今回来訪下さいましたこ
とに対し、私は、わが国民と共に、満腔の感謝を表するも
もであります。
われ／＼は、単に隣邦政府の主席として、礼儀的に
先生御一行を歓迎するに止らないのであります。
その半生を通じて、幾多の嶮難を冒し、あらゆる迫害
を超え、血のにじむ如き実践と行動において中国自身の
ためには真の愛国者であり、中国を愛するが故に日本を
愛し、従つて又、東亜全体を愛することを躬を以て実証
せられたるところの、東亜恢興の志士としての汪先生
に対し、われ／＼は、知己としての感激を禁じ得ないの
であります。
日支両国の全面的衝突を未然に防ぐため、過去十年の
間、汪先生がいかに辛苦経営せられたか、汪先生御身
体の中には、今なほ数箇の弾丸を留めてゐるのでありま
すが、これこそ先生が開拓者として真理の道を歩みつゞ
けられたることを語る活ける記念にほかならないことを
日本国民は深く知つてゐるのであります。
自国を愛するが故に、日本と結ばねばならぬといふこ
の汪先生の御信念は絶対に正しいのであります。この解
釈こそ、故孫文先生の大アジア主義の正統を嗣ぐもので
あり、且つ、東亜新秩序建設の日本の理想と符節を合す
るものであります。
われ／＼は道義日本の良心において、汪先生の正しき
信念を裏書し、この信念の上に立つ隣邦政府の強化育成
に全力を尽す覚悟を有してゐるのであります。
極めて冷静に客観的立場からみるときに、日本は支那
に対し、恐らく三つの方法を持ち得るのであります。
第一は、日本の実力に応じて賠償、割譲等によつて
支那を侵略することであり
第二は、強大なる第三国と共に支那を分割的に支配す
ることであります。この二つの方法は百年以来支那
を殖民地化する方向において試みられたる諸列強の
いはゆる帝国主義的政策であります。
第三は、前二者と反対に、支那の独立国家たるの要望
を否定せざるのみならず、進んでこれを強化育成
し、その強化されたる支那と全面的に提携して、こ
れを枢軸として東亜諸民族を解放し、永遠の平和を
確立するといふ方法であります。
この三種の手段の中、前の二つの覇道的なる行き方
は、実を申せば眼前安易でもあり犠牲少くしてすむとこ
ろの功利的なる方法であります。
しかるにわれ／＼は、これを避けて最も困難にして常
人の理解に這入る難いところの第三の途(みち)を何故に選んだ
のであるか、他無し、日本国家の道義性が厳粛にこれを
命令し、世界歴史の奔流が明瞭にこれを保証するからで
あります。
畏くも昭和十二年九月四日、第七十二議会の劈頭にお
いて 天皇陛下の下し給へる勅語において
「帝國ト中華民國トノ提攜協力ニ依リ東亞ノ安定ヲ確
保シ以テ共栄ノ實ヲ擧クルハ是レ朕カ夙夜軫念措カサ
ル所ナリ」
と仰せられ更に又
「朕カ軍人ハ百艱ヲ排シテ其ノ忠勇ヲ致シツツアリ是
レ一ニ中華民國ノ反省ヲ促シ速ニ東亞ノ平和ヲ確立セ
ムトスルニ外ナラス」
と仰せられたることは、聖戦の始、中(なかば)、終を通じて拳々
服膺すべき日本臣民の道念であるのであります。
日本は、この道念を以て、日本自らを律するとともに、
この道念によつて汪先生を支持し、且つこの道念の命ず
るがまゝに、断乎として、内外の不逞なる挑戦者を排撃
するに躊躇しないのであります。
そも／＼、日支両国が東亜において相隣りし、盛衰を倶
にする関係にあることは地球の存在と共に動かすべから
ざるいはゞ天命であります。なほまた文化の発達に従
ひ、東亜共栄圏内の諸国家が次第に有機的関係を深め
られて行くといふことは歴史の必然的傾向であります。
こゝにおいてか、日支両国は相結ぶべく、相争ふべから
ず、親日和平こそ支那立国の基礎にして、彼のいはゆる
抗日救国論の前途に何等の建設性無きことは眼あり耳あ
るものならば一点の疑惑を要せざるところであります。
しかるにもかゝはらず、支那の指導車中、今なほ親日
和平の政論に耳傾けざるものがあるといふことは汪先生
と共に、われ／＼のふかく遺憾とするところであります。世
界形勢の変化水流よりも急なる今日、かくの如き時代錯誤
のみに停滞し、われ／＼の東亜をして、長く内乱の状態に置
くに忍びざるが故に、われ／＼は、常に心を虚しうして重慶
的勢力の反省頓悟を希はざるを得なかつたのであります。
しかしながら如何にわれ／＼において東亜全体のため
に忍びざるものあるにせよ、われ／＼の行動の根本とな
るのは実に大義名分であります。われ／＼は道義を棄て
て功利に奔るべからず、永久の真理を去つて、一時の苟
安を求むるわけには行きません。
昨年秋成立したる日華基本条約と日華満三国の共同宣
言こそは、東亜の将来を律する道義と真理の具体的標準
にほかならないのであります。
しかして、この公明正大なる大道に立つて、如何にし
て一日も早く中原の戦を収拾し、四億人民をして蘇生の
思ひあらしむるか、これは本質において支那国内の問題
であります。われ／＼は汪先生に信頼し、同志として万
幅の支持と協力を致す積りであります。
御承知の如く、今や世界は要の東西を問はず、戦雲に
閉ざされてゐます。人類本然の傾向に従つて、世界は新ら
しき秩序を要求し奪略に根底をおくところの古き体制を
否定しつゝあるのであります。この時代において、ある
民族乃至国家が何等の犠牲を払ふことなしに、明日の価
値ある存在たらんことを夢想するものありとすれば、そ
れは正しく無智と申すほかはないものであります。
勿論、われ／＼は出来るだけ戦争の惨禍を縮小したい
のであります。日支両国は他の国の道具ではありません。
日本も支那も各々自己の意志を持つてゐるのであり、また
持つべきであります。日支両国は本来ならば自己の意思
によつて、和することも戦ふことも出来る筈であります。
それが出来ないのは支那本来の意志の故にでなく、実に外
来の第三者に牽制されて従来の支那の意志が正当な意味
で独立してゐないからであります。真の独立国家とはそ
れ自身の目的と意志を持つものでなければならぬ。さう
して真の独立支那の意志は今や汪先生を通じて、砲煙弾雨
の間から生れつゝあることをわれ／＼はかくしんするのであ
ります。かくの如き日支両国民の自発的なる結合が成る
ならば、それこそ世界新秩序の槓杆(こうかん)たり得ることを深き
自信を以て明言し得るのである。新支那の前途は断じて
平坦ではありません、大平洋を中心としてわが日本の周
囲も波高きものがあります。しかしながら、歴史的真理
は常に紆余曲折しながら遂にその落ちつくところに落ち
つくのであります。真理のための戦ひの坂は如何に険し
くとも、また如何に長からうともその峠は、唯一箇所であ
ります。道遠きが故に迷ふが如きは志の足らざるの致す
ところであります。それが上りか下りかは簡単に断言出来
難いにせよ、汪先生の蹶起によつて日支問題の峠が何処
にあるかをわれ／＼は明日に認識を得たのであります。
しかしてこれに対しわが日本は、中途にして志を廃す
るものではないのであります。われ／＼の前途にあるも
のは光明である、かく断言して、これをもつて汪先生御
一行に対する心よりの餞(はなむ)けにしたいと思ひます。
友邦日本を訪れて
中華民国国民政府行政院長 汪兆銘
親愛なる日本国民諸君！
本日貴国の首府東京におきまして諸君に向つて御話し
ますことは感慨無量であります。
第一私は今より三十八年前貴国に留学したものであり
ます。当時留学の期間も短く私の愚鈍のために貴国の文
字言語に十分精通することが出来なかつたのであります。
けれども、僅かなりとも私が知識を持つてゐるとすれば
それは悉く当時の先生や同窓から賜はつたものでありま
して、私の一生涯忘れることの出来ないところでありま
す。今再びこの土地に参りまして諸君と相見えることは
恰かも当時の先生や同窓の方に再会すると同様な気持で
ありまして何とも言はれない懐しさを感ずる次第であ
ります。
次に今から十七年前の十一月、中華民国の国父孫先生
は神戸におきまして先生の生存中の最後の講演として、
大亜細亜主義といふ題目で話され当時、私は先生のお側に
侍べる機会を得かつたのでありますけれども、この度
貴国の玄関口ともいふべき神戸に上陸致しました時、孫
先生の中日両国の関係並びに東亜の前途に対する遠大な
る眼光と正確なる見解が思ひ出されたのであります。不
幸にして志を遂ぐることが出来ず、その生前において抱
かれたところの抱負を未だ実現し得ず、志半ばにして倒
れたといふことは、誠に私をして万感交々至るを禁ずる
こと能はざらしめたのであります。
第三には二年前の六月、私は一度東京に参つたことが
ありますが、その当時は重慶から河内(ハノイ)、ハノイから上海
を経て来たので、その目的は事変を収拾し新たに中日の
親善関係を建て東亜を復興するため、貴国の政府当局と
意見の交換をするためでありました。その時は、いろい
ろの関係で皆様とお会ひすることが出来なかつたのであ
りますが、今日になつてかゝる機縁を得ましたことは誠
に慶びに堪へない次第であります。
しかしながら事変未だ収結せず、全面和平未だ実現さ
れてゐないことを想ひ起しますと、喜びの中にも自分の
責任の重大なること、その負はされた使命の容易ならざ
るを感ぜざるを得ないのであります。
以上、数々の感想を綜合致しまして、更に率直に私の考
へを諸君に披瀝したのであります。
「東亜新秩序建設」といふスローガンが貴国日本方面か
ら唱へ出されましてからの中国方面では、暗澹たる中に
も始めて一縷の光明を見出したのであります。また近衛
声明が発表されてからは、更に具体的に中日両国の提携
の方法が明らかとなり、この一縷の曙光に向つて前進す
るに至つたのであります。
東亜新秩序建設の持つ意義は、一方において百年この
方侵入して来たところの西洋の経済的侵略主義の害毒
を我が東亜から駆逐し廓清(くわくせい)せんとすることであり、他
方においては二十余年来の共産主義の狂濤を防遏せん
とすることでありまして、かゝる責任を独力で背負ふこ
との出来るのは今まで東亜においてはたゞ日本があるだ
けでありました。我が中国にありましては、孫先生の主
張さるゝ大亜細亜主義があるにかゝはらず、後継者であ
る同志の人々が未だ一致した努力を以てこれが実現を図
ることが出来なかつたのであります。
こんかいの中日事変は、その原因は種々ありませうけれど
も、中国側において十分反省して、「一体われ／＼は何故
に経済侵略主義の害毒を廓清することが出来ずして中国
をして次殖民地的地位に陥らしむるまゝに放置したか？
われ／＼は一体何故に共産主義の狂濤を防遏し得ずして
人民をして塗炭の苦みに陥らしむるまゝに放置したか？」
かくの如く中国において十分反省を重ねて行きますれ
ば、必ずや自分で自分を責めざるを得ないと思ふのであ
ります。
この故に日本から提出された東亜新秩序建設といふス
ローガンを聞くに及んで中国は立ちどころに反省し、「も
はやわれ／＼は兄弟牆に鬩ぐ時節でない、中国は速かに
自己の本来の面目を回復し、東方の道義的精神に基づい
て経済侵略主義と共産主義との二重圧迫が連鎖となつて
形成してゐる旧秩序を打破し、独立自由共存共栄の新秩
序を建設しなければならないと自覚するに至つたのであ
ります。
しかれども中国は、自らその徳と力を顧みまして、こ
の重大なる責任の前に躊躇せざるを得ません。
加ふるに目前の環境が余りにも困難であり、果して
此の重大なる責任を背負ふことが出来るかどうか考へさ
せられ、躊躇せられるのでありますが、日本の近衛声
明を聞くに及んで、中国は始めて日本がこの種の考慮に
対しても既にわれ／＼に代つて解決して下れらことを知
つたやうな次第であります。
近衛声明の最も大なる意義は即ち、中国さへ決心して
誠意を以て東亜新秩序建設に参加する責任を持つことが
出来れば、日本は必ずやこれに援助を与へて中国をして
現代的国家建設のため必要なる条件を完成せしめんとす
るにあると思ひます。日本がかくの如き決定的政策を取
るに至れる所以は即ち、若し中日両国が心を一つにして
東亜新秩序建設の前途に向つて邁進することが出来れ
ば、その結果は単に中日両国永遠の和平を樹立すること
が出来るばかりではなく、東亜を復興せしめることも出
来る。また単に中日両国の関係が円満になれるばかりで
なく、今まで日本と異つてゐた中国の対満州国の見解も
改まつて、今後中、日、満三国は力を合せて東亜新秩序
建設の前途に邁進することが出来、いはゆる安危を共に
することとなり、今まで異つてゐた見解も一瞬にして消
滅し、完全に一致するのであります。
これを要するに、中国は今や新たなる二つの認識を持
つに至つたのであります。即ちその一は、東亜新秩序建
設と孫先生の唯へられた大亜細亜主義とは同じものであ
り一致したものであるといふこと、今一つは東亜新秩
序の建設と中華民国建設の完成とは並行して行くべきも
のであるといふこと、これであります。換言すれば中国
において若し独立自由を獲得することが出来なければ
東亜新秩序建設の責任を分担する能力を持つことが出来
ない、それとともに中国の完全なる独立自由を求めんと
するには、必ず東亜新秩序建設の成功を期待しなければ
ならぬといふことであります。
今後は中国人の今まで民族主義に基づいて湧き出でて
きた愛国心と大亜細亜主義から発生する東亜の観念とは
融合して一つに帰すべきである、中国は今後再び迷ふこ
となく、再び帰路に徘徊することなく、必ず中国を愛し
日本を愛し東亜を愛さねばなりません。即ち精神的には
憂楽を共にし、甘苦を共にし、物質的には有無相通じ長短
相補ひ、東亜における先進国であるところの日本に追随
し、後進国として奮励努力し、日本と共同して東亜新秩
序建設の責任を負担すべきであると思ふのであります。
最近中国におきまして発起されました東亜聯盟の運動
はその四大綱として政治の独立、軍事同盟、経済合作、
文化構通を掲げてをりますがその根本精神は全くこゝに
あるのであります。全面和平の未だ成らざる今日私はこ
れを中華民国全体の民衆を代表した意見だと申上げるこ
とは出来ませんが、しかしこれは中国における最も自覚
した多数の民衆を代表した意見だといふことは、はつき
り申上げて差支へないと思ふのであります。
昨年一ケ年間は以上の原因に基づいて中日の基本条約
を締結いたしました。今年は条約の実行を開始する年であ
ります。この度私が東京に参りまして親愛なる諸君と御
会ひするのは、この全中国において最も自覚した多数の
民衆を代表致しまして、中国を愛し、日本を愛し、東亜
を愛するの精神を以て諸君と握手し諸君に誠意を披瀝せ
んとするがためであります。
諸君！全中国における最も覚醒した多数の民衆は、今
や既に十二分の決心と十二分の勇気とを以て、日本国民
諸君の後に随ひ今後絶えざる努力を以て経済的侵略主義
と共産主義とを排除し道義的精神を基礎とするところの
東亜新秩序建設のため、諸君と握手し諸君と提携せんと
決心してをります。
諸君！手を握つて邁進しようではありませんか。
こゝにおいて私は、又全面和平を考へざるを得ません。
全面和平の真の価値はたゞ戦争を停止させるだけのもの
ではなく、中日両国のあらゆる心力物力を東亜新秩序建
設の上に注ぐといふ点にあるのであります。故に全面和
平が一日も早く実現されれば、即ち中日両国の心力物力
が一日も早く東亜新秩序建設のために注ぎ得るわけであ
ります。しからば何故今になほ全面和平が実現されない
のか？ これ即ち東亜新秩序建設を妨碍する悪勢力が存
在してゐるからであり、言ひかへれば先に御話申上げた
経済侵略主義勢力と共産主義勢力の二大悪勢力が今なほ
我が東亜に存在してゐるからであります。経済侵略主義
の害毒は、この百年来深く人心に喰ひ込み、今なほ一部
分中毒患者が存在してをります。重慶方面においては正
にその誘惑に迷はされて意義なき抗戦を継続してゐるの
であります。共産主義に至つては元来階級観念のみにて
祖国観念のないものであります。しかれども彼等は変幻
自在の術に長じて、近くはその階級闘争のスローガンを
民族戦線統一のスローガンに塗り換へ、抗戦を利用して
西北一帯に地盤を築き、これを拠点として全国にその爪
牙を展開すべく日夜企図してゐるのであります。
この二種類の主義は元来相容れざる矛盾したもので
ありますが、現在は抗戦といふ看板の下に勾結してしま
つたのであります。この二種類の悪勢力は旧秩序の中か
ら育つて来たものでありますから、彼らは当然旧秩序を
擁護し新秩序の建設を妨碍する筈であります。全面和平
が未だ実現しないことは、もとより国民政府のわれ／＼同
人の徳薄く才能の足りないためでありまして、私どもの
日夜自責に堪へないところでありますが、しかしこの
両種の悪勢力は余りにも根蒂深く、相互に相結びつい
てゐるばかりでなく、更に外国とも結びついて全面和
平を障碍し、それがために東亜新秩序建設が開始され
難いのでありまして、これは実に大きな原因でありま
す。
これがために、近頃日本には国民政府強化のスローガ
ンが表はれたのでありますが、しからば何故に国民政府
を強化しなければならないのか？ 要するに国民政府に
力をつけて始めて以上の二大悪勢力の打破が出来、全面
和平の障碍を排除することが出来、かくして始めて東亜
新秩序建設の大事業が開始され得るからであると思ふの
であります。勿論私どもは全面和平の未だ実現されざる
間中国の国土にはどうしても多数の日本の軍隊が駐在し
まして、不断に重慶に対して戦争行為が継続され、その
ためにこの期間中中国国民政府を強化するこれは容易ならざ
る一大困難事であるといふことは、十分承知してゐま
す。
しかしその仕事が如何に困難なりと雖も事変を速かに
解決し全面和平の実現を促進せんとするならば、また中
日両国の持つあらゆる心力物力を一日も早く東亜新秩序
建設の上に注がしめんとするならば、国民政府を強化し
て日本に協力せしめ、この任務を完成することが必要で
あるからであります。どうしても日本に対し、出来得る
限りの範囲内において国民政府に政治上経済上更に大き
な御援助を与へて下さるやう御願ひしなければなりませ
ん。これは勿論中国のためでありますけれども、また同
時に日本のためであり、東亜のためであると思ふのであ
ります。
国民政府の強化といふことは、以上申上げた悪勢力の
排除に效果あるのみならず、それよりも一般人心に与へ
る感化に多大の効果があると思ふのであります。私ども
はよく全面和平に到達せしむるには、まづ以て局部和平
から実現して行かなければならないといふことを申しま
すが、これは即ち国民政府が先づその力の及ぼし得る地
域内において、政治上経済上一つの和平の模範を作り、
和平の基礎を打立て、これを全国人民に示し、全国の人
民をして「和平は理論だけのものではない、これは理論
を根拠として発生したところの事実である」といふこと
を認識さすことが出来れば、和平に対して逐次信頼の念
を生ぜしめ和平の領域も自然拡大してゆくといふこと
になるからであります。
私は、中国の全民衆は一部分の者が甘んじてこの二大
悪勢力の擁護者となりをる者を除くほか、大多数の人々
は和平を希望してゐると信じて疑ひません。たゞ彼等は
目前の環境に支配され圧迫されまして、折角かゝる希
望を持つてゐても、この希望が事実として現はれ得ると
いふことを信ずることが出来ないのであると思います。
もしわれ／＼が不断の努力を以て一々和平の事実を彼ら
の眼の前に提示し、彼等の信頼を獲得することが出来ま
したら、彼らの和平に靡く熱心と勇気とは逐次増加し、
全面和平は最短期間内に必ず実現することが出来ると信
じてゐるのであります。
それで、われ／＼国民政府の同人は、絶えず自分自身
の責任を反省し検討し、自分自身の力を増強するやう努
むるとともに、重慶方面に対しても一日も早く和平に参
加して来るやう彼らを喚起する工作を忘れたことはあ
りません。否忘れたことがないばかりでなく、過去にお
いても現在においても将又将来と雖も、いろ／＼な方面
を通して彼等の参加を促し一日も早く全面和平が実現
されるやう不断の努力を払ひましたが、今後もこの努力
を継続する心算であります。
こゝに更に諸君に念のため申添へたいことは、和平の
展開には数の多きを求むるに止らず、質の純粋なること
を求むることがなほ更必要であるといふことでありま
す。言葉を換へて申しますれば、和平の基本的目的は大
亜細亜主義を実現し東亜新秩序を建設せんとするところ
にあるのでありまして、和平の数が増加されるに従ひ、
和平の質がます／＼精選され、ます／＼純化されること
はあつても、決して数量の増加に依つて質が薄められた
り、或ひは変質されたりするやうなことがあつてはなら
ぬといふことであります。
要するに、将に没落せんとする経済侵略主義に、この
際絶対に復活する隙を与へてはならないことと、詭弁極
まりなき共産主義をして投機的成功を遂げしむるやうな
失策を仕出かさないことは、私どもの共に注意すべき点
であり、忽せにすることの出来ないところであると思ふ
のであります。
以上申上げたことは私の和平運動開始以来抱いてきた
一貫の信念であります。
私は東京に到着しましてから 天皇陛下をご訪問申上
げ、中日親善に関する難有き御言葉に接しまして、衷心
言ふに言はれない興奮を覚えたのであります。なほ連日
近衛総理大臣と協議しました結果、昨日共同声明を発表
したのでありますが、今後われ／＼は必ずやこの共同宣
言に基づいてこれが貫徹を期すべく努力する決心であり
ます。
私は今夜ラジオを通じまして諸君に向つてこの信念を
披瀝するほか、更に私は諸君の熱烈なる御期待と懇篤な
る同情と強力なる御援助に対して衷心より感謝の意を
表する次第であります。
私は感激して已まないばかりでなく慚愧に堪へないの
であります。感激の点から申しますれば、かゝる御厚情、
御厚誼は私の終生忘れることの出来ないのでありま
す。慚愧の点から申しますれば、過去における私の努力
に対し未だ何等いふほどの成績がないのにかゝはらず、如
何にしてかゝる諸君の御厚誼を受けることが出来ようか
心配するのであります。私はたゞ、諸君の御厚情、御厚
誼を心の中に蔵して国に持ち帰り、これを全国の我が同
胞に普及し我が全国の同胞をして諸君が中日親善に対し
如何に大きな期待を持つてをり、如何に大きな同情を懐
いて援助を惜しまないでゐるかを十分徹底させる考へで
あります。私は我が全国の同胞が、必ずや深く感動して
諸君と一致して手を相携へて東亜復興の重大使命を完
成するため共同して前進するに違ひないと信ずるのであ
ります。
諸君、現在の国際情勢は変動極まりなきものがありま
すが、わが中日両国が親善関係を結んで共存共栄以て東
亜を復興せとする態度は永久に変らないものであり
ます。
諸君、諸君と又再会しませう。終りに謹んで諸君の御
健康を祝福し併せて声を高らかにして、日本帝国の万歳
と中華民国の万歳を唱へる次第であります。 (訳文)