第二三八号(昭一六・四・三〇)
  欧州より帰りて         外務大臣 松岡洋右
  太平洋問題特集
  世界情勢と太平洋        大本営海軍報道部   海軍大佐 平出英夫
  太平洋における英米の権益
  太平洋めぐり
  通商破壊戦と船舶保護       海 軍 省
  浙江福州作戦の概況       大本営陸軍部
  付録 大東亜共栄圏及び太平洋要図

欧州より帰りて    外務大臣 松岡洋右

 兎も角渡欧の使命を終へて予定の通り六週間にして無事東京に帰着した。百聞一見に如かず、東京にゐて判つたやうで判らないやうな気がしてゐた幾多のことが、ベルリンとローマに於て、僅かに数日づゝのことではあつたが、独伊政府首脳者と交驩、会談の結果、ハツキリと判つた。この超非常時に当り、我が国の外交を運用する上に於て、得たところ蓋し少くないかと思ふ。
 更にモスクワに於ても、ソ聯政府の主要人物と交驩、会談を遂げたが、特に二回に亙り、スターリン氏と、極めて真摯明快なる意見の交換を行ふの機会を得たことは、私の最も欣快とするところであつて、日ソ中立条約は、その交渉の最後の段階に於て、スターリン氏自ら私と直談の上、即決したのである。
 私が、今特にスターリン氏の一断を指摘する所以のものは、徒らにその疾風迅雷にも似たる痛快を讃へんが為めではない。世界空前の変局に臨み、如何に列強の巨頭等が自ら陣頭に立つて、大事を快速に処断しつゝあるかを紹介し、以て国民の決意を促さんが為めである。吾々は、固より深慮遠謀を必要とするが、いはゆる慎重審議に名を藉りて、徒らに日を重ねて、容易に事を決せぬといふやうなことでは、ひとり進んで皇運を扶翼し積極的に国運を開拓することが出来ぬのみか、退いて自らを守ることすら覚束ないと考へる。
 次ぎに一言したいことは、恰も日独伊三国条約が、日独伊各国とソ聯との関係に何等影響するところなきが如く、今回の日ソ中立条約及び声明書も、我が外交の枢軸たる日独伊三国同盟条約に毫末も影響するところなき一事である。実は三国同盟締結の重大目的の一つを、やゝ確実に達成の道程に上せたもので、三国同盟条約の補強と云ひ得るのである。今次中立条約締結について、日独伊三国政府間に、毫末の誤解なきのみか、現に独伊もその成立を歓迎している。また本条約は、日ソ国交の好転を表徴しつゝ、三国同盟条約、日支基本条約及び過般の泰仏印紛争の調停等と共に、皇國の伝統たる八紘一宇の片鱗を示せる合理的表現であつて、また善隣友好を旨とする我が平和政策を、世界に明らかにしたものである。
 終りに、私が若し少しでも、今回渡欧の使命に副ひ得たとすれば、それは時の力であり、また我が国運が然らしめたものである。否、実に御稜威に是由るものである。須らく御互に敬虔の念を以て、深く自らの足らざるを思ひ、一層 天皇政治の何ものたるかに徹底しなければならない。この事なくしては、皇國の伝統たる八紘一宇の大理念を貫くことは所詮出来ないと、私は固く信ずる。