第二三六号(昭一六・四・一六)
  生活必需物資統制令について    企 画 院
  伸び行く少年保護         司 法 省
  米の割当配給制はなぜ実施されたか 食糧管理局
  銃後医学としての傷兵の結核治療  軍事保護院
  アフガニスタン経済使節団の来朝
  大政翼賛会の改組
  戦火バルカンに拡大

伸び行く少年保護  --- 少年保護記念日に当つて ---  司法省

時局と少年保護の問題

 明日の日本を担ふものは少年である。少年を心身と
もに健かに育て上げることは、国民全体の務めであ
る。
 近頃世間で、青少年の不良かといふことがよく言はれ
る。憂ふべきことであるが、大人の犯罪が漸減の途を
辿つてゐるのに反して、事実、少年の犯罪は激増してゐ
る。少年犯罪者として検挙される者は、全国で一年約五
万人といはれてゐるが、このほか警察署だけで訓戒の
上釈放される者が相当あるから、これを加へると、い
はゆる不良少年の数はこの数倍に達するものと思はれ
る。
 一体、戦争と少年犯罪とはつきものといはれる。前欧
州大戦の際にも、ドイツ、オーストリア、イギリス、フ
ランスなどの交戦国では、いづれも青少年犯罪が激増し
た。

戦時少年犯罪激増の原因

 戦時に少年犯罪が激増する原因として挙げられるもの
は、
 一 監督者である父兄が出征するため、監督が不行届
  となること
 二 父兄の出征、物資の騰貴等によつて家計が不如意
  になり、小遣銭が不足すること
 三 母親が家庭から出て働く場合が多くなり、家庭教
  育に 欠陥を生ずること
 四 少年が職につき家庭外で働くことが多くなる結
  果、急に収入が増え、多額の金を使ふことができる
  やうになり、よからぬところへ出入して金銭を濫費
  するやうになること
 五 警察官の応召のため警察力が不足すること
 六 教師が召集され、手不足となること
 七 経済上、思想上などに社会の動きが激しく、日常
  生活上の激変が少年の心理に影響を及ぼすこと
 八 交通の混雑が少年の思想や犯罪に影響すること
 九 電力不足のため街路、公園等が暗くなり、犯罪が
  容易になること
などである。要するに少年の不良化とか、少年犯罪とか
いふものは、少年を繞る社会事情の変化によつて起る社
会現象であるといふことができるのである。

最近の少年犯罪の特徴 

 最近の少年犯罪の特徴としては、(イ)職工の犯罪が極
めて多いこと、(ロ)学生の犯罪が激増したこと、(ハ)悪
質の犯罪が多いこと、(ニ)集団的事件が多いこと、など
が挙げられる。
 東京少年審判所の統計によると、昭和十二年に保護処
分を加へた小店員の数は八七九人であつたが、十四年に
は四六五人に減じている。これに反して職工や職人は、
七〇五人から九七八人と激増し、他の職業を圧して第一
位となつてゐる。
 更に学生は、昭和十三年に三三六人であつたものが十
四年には四九〇人に達し、うち中学生は六九人が一四四
人に、女学生の三人が一六人に増加してゐる。
 犯罪の種類からいへば、昭和十四年には十三年に比べ
て恐喝が十三割、傷害が四割いづれも増加し、犯罪が
悪質となつてきてゐる。
 震災前後に多くなり、その後少くなつてゐた不良少年
の団体も、最近また次第に増えてきてゐる。
 今日の青少年の生活環境は、甚だ不安定な状況にあ
る。しかもこれに対して親切な監督指導が欠如してゐ
る。例へば軍需工業地帯では、労働力の需要が異常に膨
張し、その結果尨大な青少年が産業に進出してゐ
るが、これらの産業青少年は、今までとは異つた自由な
環境の下に、不相応な賃銀を持たされてゐる。しかも誰
からも親切な指導を与へられず、かへつて年長職工の良
くない感化や、その他の誘惑があつたりするため、青少
年期特有の好奇心に駆られて、だん/\と遊惰放逸の悪
風に染み、遂には犯罪にさへも陥る者がでで(ママ)くるので
ある。
 これらの青少年は、適当な指導を与へさへすれば、必
ず立派な産業戦士となり、立派に国家の御役にたつべき
ものである。今日直ちに御役にたつばかりではなく、将
来の日本の基幹となるべき大御宝である。その青少年
が、たとへ一部分にせよ、このやうに頽廃してゆくこと
は、国家にとつて如何に悲しむべき損失であるか。第
一、現下の生産力の減退、第二、将来の人的資源の弱体
化、第三、犯罪行為による安寧福祉の阻碍(そがい)、第四、健全
な青少年に及ぼす影響等々、その影響するところは頗る
広汎であり、深刻且つ切実である。
 これを考へると、彼等を保護善導し、矯正し育成し
て、真個の日本臣民たる自覚の下に、御奉公に邁進さ
せることは、実に現下の時局的要請であり、緊急の課
題であるといはなければならない。またこのやうに彼
等を真個の国民として更生させることが、同胞たるも
のの情誼であり、つとめでもあることは言ふまでもな
い。

保護の地域の拡大 

 右のやうに、不良の傾向ある少年、又は罪を犯した少
年を、保護育成する仕事が少年保護事業であり、これを
行ふ官庁が少年審判所であることは、既に周知のことで
ある。
 従来、少年審判所は全国に四つしかなく、少年審判所
の管轄区域(即ち少年保護事業の行はれる地域)は、僅かに
三府十一県であつた。それ以外の地方では、少年保護事
業は行はれなかつたのである。これでは洵に不合理な
ので、当局では、これを全国に実施するやうに努力した結
果、今度、昭和十六年二月二十日から、少年審判所の数
は五つとなり、その管轄区域は、新たに十四県を加へて
左の三府二十五県となつた(*印は新施行区域)
 東京少年審判所---東京、神奈川、千葉、埼玉、*茨城
 大阪少年審判所---大阪、京都、兵庫、*滋賀、*奈良、*和歌山
 名古屋少年審判所---愛知、岐阜、三重
 広島少年審判所---*広島、*山口、*岡山、*鳥取、*島根、*愛媛
 福岡少年審判所---福岡、長崎、佐賀、熊本
以上のほか、昭和十六年度予算では、昭和十七年一月か
ら仙台と札幌に少年審判所が新設され、東京、大阪、名
古屋、福岡各少年審判所の管轄区域が拡張されて、結
局、七つの少年審判所で一道三府四十三県及び樺太を漏
れなく管轄することになつた。これによつて漸く少年保
護事業は全国に行はれることになるのである。

保護矯正の方法 

 少年保護事業は、どんな方法で行はれるか。大まか
にいへば、医者が病人を治すやうに、少年審判所の機
構によつて、少年行状不良といふ病気を治すのであ
る。

少年審判所は裁判所ではない 

 病気を治すためにはまづ体質と病状を正確に知らね
ばならない。少年の不良行状を治すためにも、正確な診
断が必要である。----一体この少年はどんな悪い事をし
たのか。またどういふ動機原因からそのやうなことをした
のか。それをした後でどんな気持でゐるのか。以前にも悪
い事をしたことがあるのか。平素の行状はどうか。何が
好きか、何が嫌ひか。どんな癖があるか。性質はどう
か。幾歳頃からどんな事情で不良の行為を始めたか。家
庭の事情はどうか。家族は多いか少いか。何か込み入つ
た事情はないか。父母の教養、性行、職業は如何。生れ
た時の事情はどうであつたか。その後の境遇の推移は
どうなつてゐるか。智能の程度は、情意の発達は、学
校の成績は、学校での性行は、身体は健康か病弱か、
何か異常欠陥はないか。また、友達は、職業は・・・等々。
 少年審判所では、これらの事情を、少年保護司といふ
専門家が、専門の知識と経験を傾注して調査するのであ
る。心身の状況については特に専門医師に嘱託して診
察させる。また学校や元の雇主などにもいろ/\問ひ合
せて正確な資料を蒐める。かうして懇切に、詳しく調査
した結果、少年保護司の脳裡には、その少年が悪い事を
した原因、不良になつた事情が、はつきりとわかつてく
る。同時に、これを治すにはどうすればよいかといふ、
保護矯正の方法も見透しがつくのである。
 その見透しがついたならば、今度は、いよ/\どの方
法をとるかを決定する。その決定は、少年審判官がす
る。かやうに保護の方法を決定することが、「審判」で
ある。審判といふ言葉は裁くといふ意味に聞えるが、少
年審判所でする審判は、さばくのではなくて、適切な保
護方法を定めることである。

どんな方法で保護するか 

 保護方法には種々ある。
 (一)少年審判官が厳粛な訓誡を与へるのも一つの方
法であり、(二)書面を以て改心の誓約をさせるのも方法
の一つである。また(三)少年保護司の観察と呼ばれる
方法がある。これは、一人の少年に対し一人の少年保護
司が担当者となつて、本人が立派な日本の少年となり了
るまで、指導誘掖するのである。この場合、本人は家庭
なり勤務先なり、平常の住居に住まはせておく。少年保
護司は、常に本人の保護者と連絡を保ち、本人の日常の
状況に注意して指導訓諭し、本人の年齢、性行、経歴、
家庭の状況等を斟酌して不断の援助を与へ、その性格
の矯正、境遇の改善を図るのである。(四)矯正院に入れ
て教養を施す方法もある。矯正院は、少年を収容して保
護矯正する国立の施設である。矯正院では、少年の性格
を矯正するため、寮舎生活をさせ、寮舎では日夕厳格な
規律の下に秩序ある生活をさせ、国民として巣立つのに
必要な訓練を与へる。また本人の智能、教育の程度に応
じて学科を授け、個性に応じて園芸、農耕、工芸、印刷、
窯業、その他適当な作業を修習させる。(五)保護団体又
は私人の家庭に委託して保護監督を加へる方法がある。
保護団体は、民間篤志家の経営する施設であつて、少年
を収容して、一定の日課の下に、或ひは作業を課し、或
ひは学習をさせる等の方法で教養訓練するのである。少
年の性情や境遇等の如何によつては、少年審判所は、保
護団体に委託しないで篤志家の家庭に委託することもあ
る。委託を受けた家庭では、少年の親になり代つて、保
護監督するのである。
 その保護の方法としては、(六)少年救護院に送つ
て保護する、(七)病院に送つて療養保護を与へる、(八)
学校長に委嘱して訓誡させる、(九)条件をつけて保護者
に引渡す等、合計九種がある。
 少年審判所で少年に対して執る方法は、右の九種以外
にはない。これをみれば、少年審判所といふ官庁は、全
く保護の官庁であることがわかるであらう。審判所とい
ふと、名称は裁判所に似てゐるが、実際は、裁判をする
のではなく、刑罰を加へるのでもなく、実に保護矯正を
加へるのが、少年審判所の任務の全部である。

社会の協力が肝腎 

 右のやうに、少年保護の官庁である少年審判所は、去
る二月以来、三府二十五県を管轄区域として保護活動を
してゐる。近い将来にはその管轄は全国に及ぶわけであ
る。しかし少年の保護教化といふことは、本来、官庁だ
けに委せておくべき事柄ではない。筋合から言つても、
少年の行状の問題は社会全体が責任を負つて、解決せね
ばならぬものである。また、效果をあげるといふ観点か
ら言つて、本当に少年を矯正改善し、立派な国民として
生かしてゆくためには、どうしても社会のすべての人々
の積極的協力が必要である。

いかにして協力するか 

 協力の仕方は、いろ/\である。
 第一、各家庭、各学校、各工場、各商店、各地区等、 凡
そその中に少年のゐるところでは、常に親心を以て少年
に接し、その指導監督に充分の注意を払ひ、いやしくも不
良の傾向などに陥らないやうに導いていたゞきたい。
 第二、若し不良の傾向がみえたら、悪化しないうち
に、想起に矯正することにしていたゞきたい。遷延は禁
物である。矯正の方法については、少年審判所に相談し
ていたゞきたい。自分の子弟のことでなくても、近所の
少年のことでも、それを直して立派な人間にしてやりた
いといふ気持があるならば、相談していただきたい。
 相談する方法は極めて簡単である。書面かまたは口頭
で少年審判所に申出れば宜しい。少年法といふ法律----
(これは少年保護の基礎になる法律で、大正十一年四月十
七日に公布された。それで今でも四月十七日を少年保護
記念日と定めてゐる)----には、次のやうな規定である。
 第二十九条 少年審判所ニ於テ保護処分ヲ為スベキ少年アル
   コトヲ認知シタル者ハ、之ヲ少年審判所又ハ其ノ職員ニ通
   告スベシ
と。少年審判所の所在地は次の通りである。
 東京少年審判所  東京市麹町区富士見町一丁目一番地
 大阪少年審判所  大阪市北区若松町五番地
 名古屋少年審判所 名古屋市千種区萱場町
 広島少年審判所  広島市宇品区五〇〇番地ノ六
 福岡少年審判所  福岡市長浜町二丁目五七番地
 第三には、かうした少年たちを保護矯正する仕事に対
し、理解と同情を持ち、以上述べたやうな種々の保護方
法の遂行に対して直接に協力していたゞきたい。この少
年たちを誤謬から救い上げ、保護指導して、立派な日本
人として御奉公の誠を致させることは、即ち我等自身の
御奉公の道であらうと思ふ。
 すべての家庭、すべての学校、すべての職場、すべて
の地区社会において、積極的に参加協力せられんこと
を、切望してやまない。  (写真週報四月十六日号参照)