第二二〇号(昭一五・一二・二五)
   国家総動員態勢の進展       企 画 院
   経済新体制について       企 画 院
   臨時中央協力会議の経過
   大政翼賛会実践要綱について
   燃料の話 木炭
   中国国民党三中全会

 

国家総動員態勢の進展       企 画 院

 最近の国際関係は欧州戦乱の推移及び日独伊を中心と
する枢軸同盟の成立を中心として、いよ/\複雑微妙を
加へ、我が国の対外関係も亦極めて重大を加へて来た。こ
の時にあたり皇國不動の国策たる大東亜共栄圏の確立、
高度国防国家の建設を遂行せんがためには、毅然(きぜん)として
国際情勢に対処すると共に、国内諸般の体制を整備し国
家総動員体制を強化して、国家総力の発揮に遺憾なきと
期さねばならない。
 政府はこの時局の進展に対処せんがため、貿易の銃
制、出版物の取締、生活必需物資の需給調整、農地、森
林等の価格の統制及び農地等の管理に関し国家総動員法
を発動せしめることとなり、国家総動員審議会第十四回
総会に於て、これら六つの勅令案要綱が終始真摯なる審
議の上可決されたので、近く公布実施を見るの運びに至
つた。次にその大要を記述する。

一、貿易の統制に関する勅令案要綱

 (一) 輸出貿易の振興を図り輸入力を増強せしめるこ
とは戦時下の我が貿易政策の根本であり、政府は既に輸
出補償制度の改正等の方針を決定し着々これが実行に着
手中であつたが、最近の国際情勢の変移はこれらの制度
を以てしてもなほ不測の損失を十分補償し得ない状態に
立至つた。政府はこの際更に必要に応じ貿易業者に対し
て輸出又は輸入を命令し、かくの如き不測の損失を生じ
た際にはこれを補償し得る体制を整備し、輸出振興、輸
入確保に万全を期せんとした次第である。
 本勅令は国家総動員法第九条に基づかんとするもの
で、同条によれば輸出及び輸入の命令、制眼禁止、輸出税
及び輸入税の賦課増減を為し得るのであるが、現在まで
本条の発動はなかつたのである。
 (二)本令の骨子は次の三点にある。、
 第一には主務大臣は輸出輸入の命令を為すことが出
来、又品目を指定してその制限禁止を為すことが出来
る。而して本令にいはゆる主務大臣とは官制上の主務大
臣であつて原則としては商工大臣となつてゐる。
 第二に主務大臣は第一により輸出若くは輸入の命令又
はその制限禁止を命令した場合、その命令を受けた者に
対し、その命令の対象となつた物品の配給、保管等に関
し命令を為し得ることとした。これは第一の命令や制限
禁止の目的を円滑に達成する為めのものであつて、この
規定の根拠は国家総動員法第八条によつたのである。
 最後の第三点は、本令に基づく命令に原因する損失は
政府に於て補償することを明らかにした点であつて、そ
の範囲は命令の都度主務大臣がこれを定めてゐる。

二、新聞紙等の掲載制限に関する勅令案要綱

 (一) 従来新聞紙出版物に対する取締は新聞紙法出版
法によつて為されて来たが、その取締の観点は専ら治安保
持の点に在つたのである。しかし現今の情勢から見れば
単なる治安保持の点からするよりも、宣伝、啓蒙その他
国策遂行に必要不可欠の思想戦の見地より宣伝報道政策
を一元化し、この見地から取締をなす方がより適切な部
面が多くなつて来た。本令はかゝる点から、新たに国家
総動員法第二十条を発動して内閣総理大臣がこれを行は
んとするものである。
 (二)本令に依る掲載禁止は、一般的命令に依る一般
的禁止と個々的な処分による個別的禁止制限との二種類
になつてゐる。
 一般的禁止は、既に他の法律により重要な秘密事項と
なつてをり、永久的に掲載を禁止する必要あるものに対
するのであるから、勅令に明記して一般的に禁止するこ
ととなつてゐる。即ち要綱によれば、
 一、国家総動員法第四十四条に依るいはゆる指定総動員
機密
 二、軍機保護法に依る軍事上の秘密
 三、軍用資源秘密保護法に依る軍用資源秘密
がこの一般的禁止事項である。
 個別的禁止制限とは政冶、外交、経済等の国策に関す
るものであつて、時々刻々の要求により取締を為す必要
性のあるものに対する禁止制限である。しかしてこの禁
止の制限方法は、必要の生じた場合に於て内閣総理大臣
から一定の禁止内容を示達(じたつ)を以て具体的に示して禁止又
は制限することとなつてゐる。
 右の一般的、個別的禁止制限に違反した新聞紙その他
の出版物に対しては、内閣総理大臣に於てその発売及び
頒布を禁止、竝びに差押をなし、更に必要があればそ
の原版の差押をもなし得ることとなつてゐる。

三、生活必需物資の統制に関する勅令案要綱

 (一) 長期戦体制下の今日に於て戦時国民生活の安定
を図ることは国家総力発揮の基本的条件であつて、政府
は国民日常の必用品に対してはその供給の確保に格別の
努力を払ひつゝある。而して一面その配給機構を整備し
闇取引、買溜等の不健全現象の生ずる余地をなからし
め、公平に且つ真に必要なる方面への供給を確保するこ
とは最も必要な事柄である。従来種々の配給統制の規則
がこの目的のために発動され相当の成績を上げてゐるが、
これらは臨時措置法に基づくもので、今回は更に罰則その
他に於て重要なる国家総動員法の必要条項を発動させ、
より強力にこの目的の達成に役立たせ、戦時国民生活の
維持安定に資せんとしたのである。元来国家総動員法は
総動員体制完成の一大主柱として制定されてゐるのであ
るから、今日初めて総動員体制の基本条件の一たる国民
生活安定のために発動せられをことは或ひは寧ろ遅きに
過ぎたともいひ得るだらう。
 (二) 本令の主眼点は生活必需物資の配給機構の整備
確立にある。従つて本令は主務大臣又は地方長官が生活
必需物資の譲渡及び譲受の数量、方法、相手方、配給区
域その他に関し所要の命令をなし得ることとし、或ひは
集荷配給統制機関に対し一定の制限を付与した。或ひ
は切符制度、通帳制度を実施し得る根拠を定めてゐる。
 次に整備確立された配給機構を完全に運行せしめるた
め必要ある場合には、生産者に対し生産命令を発するこ
とが出来、また一定の規格を定め規格外の生産制限をな
し得る等生産に関する命令をなし得ることとしてゐる。
 更に完全なる配給機構確立までの過渡期に於て、或ひ
は確立後に於ても、一部心得違ひの者が多量の生活必
需物資の買溜め、売惜み等をなしてゐる場合には譲渡命
令をなし得ることとしてゐる。その他生活必需物資の寄
託、保有、質入等の処分及び移動に関し必要なる命令をな
し得ること等、配給統制の完全なる遂行に遺憾なき措置
を講じ得ることとしてゐる。また生活必需物資が不要不
急の用途に使用消費されるのを制限する必要があるの
で、数量または用途に対し制限禁止をな得る等生活必
需物資の消費規正をなし得ることとしてゐる。
 本令により広汎なる配給の統制を実施せんとする際に
は、各種の基礎調査を要するほか切符制度の実施に関し
ては世帯調査、切符の配給等に関し市町村、部落団体、隣
組等諸団体の補助、協力を要するので、本令中には国家
総動員法第五条を発動せしめその協力を命じ得ることと
してゐる。
 なほ本令による生産命令、譲渡命令により通常生ずべ
き損失に対してはこれを補償することとしてゐる。
 (三) 以上記述する所によつても明らかであるやうに
本勅令は生活必需物資につき配給の統制をなし得る権限
を規定せんとするものであつて、今後本令に基づき各種の
生活必需物資につき具体的命令が順次発布されることと
なるであらう。その物資の種類は閣令を以てこれを定め
ることとなつてをり、本令適用の物資としては、大体、
食糧、家庭用燃料、繊維製品、医薬品及び医療材料竝びに
嬰児用品等が予想されてゐるが、具体的にはこれ等物資
の統制に関するる準備の完了を俟つて順次定められること
となるであらう。而して差当りは医薬品及び医療材料に
つき適用されるであらう。たゞ配給の統制といつても、
徒らに配給機構の変革を図らうとするものでないことは
勿論であるから、従来の機構が合理的であり又利用し得
る限りこれを利用することになるのは当然である。

四、森林等の価格統制に関する勅令案要綱

 (一) 我が国の複雑なる地質地形に原因し我が国の森
林の樹種は多種多様であり、更に森林の価格決定上の重
大要素である材積、材質が日月の推移と共に変化して止ま
らない事などのため、森林の価格に関しては価格等統制令
のストツプ価格の適用から除外されてをり、また公定価
格も定められなかつた。やむを得ず間接的手段により低
物価政策の徹底を期すべく用材の価格については先に協
定価格が認められ、また近く各樹材種に亙り公定価格の
実施を見る運びとなつてゐる。かやうに用材、特に丸太
の価格が公定価格によつて統制されることとなるので、
森林の立木の価格は自らその取引価格が定まる筋合のも
のであるが、思惑的売買等による不健全な森林価格の騰
貴はこれを抑制して置く必要があると考へられる。
 (二) 本令の骨子はこの思惑売買による利益獲得を抑
圧せんとするもので、すなはち昭和十四年九月十八日以
後取引された立木等の転売については、その取得に要し
た対価に立木の生長に囚る増加額等、命令を以て定める
額を加算した額を最高価格とし、これを超える価格を以
て譲渡し、又は買受けることは出来ないものとしてゐ
る。右の原則によるを不適当とする場合、例へば買受け
た後立木の一部分を伐採したとか、素地付で買つたもの
を立木だけ特売しようとする場合等、減額すべき事由、
又は交換によつて取得した森林であつてその対価の判定
が困難である場合には、地方長官の認可を受け価格を定
めしめる建前となつてゐる。
 森林の伐採跡地や原野については、すベて地方長官に
於て、各地方の実情に即した一定の標準の下に最高価格格
を認可する建前をとつてゐる。

五、臨時農地価格の統制に関する勅令案要綱

 (一) 農地価格の騰貴は全般に亙る物価騰貴の有力な
原因となること勿論であるが、農業経営にとつても小作
料の適正化を阻害し、自作農家の農業資本構成上から見
ても土地資本の増大を来し、農業生産費を増嵩せしめ、
農家経営を圧迫し、農業生産力の維持拡充に重大な支障
を来す結果となる。而して農地の価格は統制の技術的困
難さから価格等統制令のストツプ価格の適用から除外さ
れてをり、また公定価格も定められてゐなかつたが、一般
物価なかんづく農産物価の騰貴、土地投資の噌加その他諸
般の原因によつて著るしく騰費して来た。農林当局は農
地価格の統制の技術的困難を克服するため昨年来諸種の
調査を進めた結果本令を立案するに至つた。而して真に
農業政策の見地よりすれば、根本的に農地価格に対する
対策を講ずる要があることは勿論であるが、これは別途
に考究することとし本令は臨時応急の措置として現在の
価格以上に騰貴することを防止せんとするものである。
 (二) 本令の骨子は、全国農地の取引価格は、地租法
により土地台帳に登録されてゐる賃貸価格に、農林大臣
の定める一定の率を乗じた価格を超えることを得ないこ
ととした点にある。而して農林大臣の定める率は、昨年
中実際に行はれた全国農地の売買価格を基準とし、農林
大臣が地方庁の意見をも参酌して公平妥当に決定する
もので、本勅令施行の際には省令を以て一般に明らかに
されることとなつてゐる。東北、北陸等の雪国では賃貸価
格が低く、従つて不公平ではないかとの疑念も起るので
あるが、農林大臣の定める率は昨年度全国的に行はれた
調査によつて判明した売買値段を、当該田畑の賃貸価格
によつて割つて出た教字を基準としたものであるから、
仮りに賃貸価格が低ければこれを以て割つて出る数字、
即ち率は高いのであるから、不公平は起り得ない。要す
るに、賃貸価格に率を乗ずれば昨年程度の価格が出るこ
とになつてをり、これを最高価格としてこれ以上で取引
が出来ないこととしてゐるのである。而してこの率は各
市郡毎に定められることとなつてゐる。
 以上は原則であつて、例へば減租年期のある農地で土
地の実際より著るしく賃貸価格が低額であつたり、賃貸価
格が定まつた後著しく土地改良をなした場合等、やむを
得ない理由のある場合には地方長官の許可を受けて原則
以上の額で契約等をなすことが出来る。いろ/\の原因
によつて、特に一定の地域に亙つて一様に原則の基準よ
り高く売買されてゐる実情がある場合、例へば一部落全
部の農地が耕地整理施行地で減租年期を持つてゐる場合
には、一々特別許可を受けることも可能ではあるが繁雑
であるから地方長官は農林大臣の認可を受け一定の区域
を定めて特に原則の率と異る率を定めることが出来る。
また更に種々の免租年期地として賃貸価格のない農地に
ついては原則によることが出来ないので、地方長官が近隣
の有租地を睨み合せて価格を認可することとなつてゐる。

六、臨時農地等の管理に関する勅令案要綱

 (一) 近時諸種の原因によつて農耕地の潰廃面積が
著しく増加してゐる。勿論時局に緊要なる施設等のため
に潰廃されるのはやむを得ないが、中には時局に緊要でな
いことのために潰地(つぶれち)となり、甚だしきは単なる土地投機
の動機によるものも少くない。
 また緒種の原因によつて耕作を廃止してゐる休閑地
や、相当広大な土地が何等利用されずに空地として放置
されてゐるものも相当に見受けられる。
 これ等の点に対しては主要食糧農産物の確保のために
速急に対策を講ずる必要があるし、更に進んで不要不急
の作物に対してはその作付を適当に抑制する必要も予想
される。本令は以上の観点から無統制な農地の潰廃を統
制し、空閑地の利用を促進し、更に必要によつては作付
の調整をなす途を拓いて、時局下の重大問題たる主要農
産物の生産を確保するため応急の措置置を講ぜんとするも
のである。
 (二) 本令の要点は上述せる所によつても明らかであ
る通り、次の三点に帰着する。
 一、農地潰廃の統制
 二、空閑地利用の促進
 三、作付の調整
 本令によれば客観的に見て農耕の用に供されてゐる土
地、即ち農地の所有者又は権利者(小作権者等所有者と同様
に使用収益の権利を有してゐる者)が農地を耕作以外の目的
に使用せんとするときは、原則として地方長官の許可を
受けなければならない。単なる娯楽設備のために良田を
潰すこと等は許可されないことにならう。又耕作以外の
目的に使ふために農地を買受けたり、貸借等の権利を取
得する場合も、予じめ地方長官の許可を受けなければな
らない。これ等によつて無統制であつた農地の潰廃を国
家の大目的達成のために統制せんとしてゐるのである。
 次に本令の主眼とする第二の点、作付の調整について
は、地方長官必要ありと認めた時には不耕作のまゝ放置
されてゐる農地や又いはゆる空地の所有者、権利者に対
してそれ等休閑地を耕作の目的に供せしめるやうに、道
府県農地委員会又は市町村農地委員合として勧告せしめ
るとか、或ひは耕作者を斡旋せしめることが出来る。こ
の場合所有者等が自分自身では耕作し得ない場合もあら
うし、又所有者等が農地委員会の斡旋にもかゝはらず、
第三者に排作させることを承諾しない場合もあるであ
らう。そんな場合地方長官は、所有者等に対してその休
閑地を地方長官の指定する第三者をして耕作せしめるこ
とを命令し得ることとしてゐるので、かゝる命令を受け
た農地の所有者又は権利者は、その第三者にその土地を
使用せしめる義務を負ふこととなるのである。食糧問題
の重大な今日、広大な土地を空閑地のまゝに放置するこ
とは到底黙過し得ないので、短期間であつても貴重な国
土を有效に利用することに協力せしめんとする趣旨であ
る。
 本令第三の主眼とする作付の調整については、農林大
臣又は地方長官は必要を認めた場合には農作物の種類を
指定して作付を命令するとか、不要不急の作付を制限又
は禁止し得ることとしてゐる。而してこの点の実際の運
用については最も傾重を期し万が一にも農業経営に悪影
響を与へ、かへつて農業生産力の減退を来すやうなこと
のないやうにせねばならない。
                      --- 企画院 ---