第二〇九号(昭一五・一〇・九)
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日独伊三国条約と米国の動き  外務省情報部

米の朝野極めて緊張

 去る九月二十七日、日独伊三国条約成立の報が伝へられ
るや、米国朝野や極めて緊張した。そして同日、ルーズ
ベルト大統領は先づ、ローズイアン英大使ならびに武器購
入のため特派された英軍需省の代表者サー・ウォルター・レ
イトンと会見、長時間に亙つて協議を遂げ、午後一時半より
スチムソン陸軍長官、ノックス海軍長官、パターソン陸軍次
官補、フォレスタル海軍次官、クヌードセン国防委員長、ス
ターク海軍作戦部長、マーシャル参謀総長等を召集、鳩首
協議を行ひ、更に午後三時には閣議を開き、全閣僚出席し三
国条約問題を重要議題として取上げたと伝へられる。
 ついでハル国務長官は同日、三国条約成立に関するス
テートメントを発表し、新条約は結局、既成事実の成文化に
過ぎず、しかも米国の政策中には既に対策が織り込まれて
ゐると次のやうに言明した。

 日独伊三国条約は、米国政府の見解によれば、こゝ数
年来の国際関係を実質的に変へるものではない。新協定
成立の宣言は、久しい以前から現存し実效を挙げてゐた
日独伊三国関係を中外に閘明したに過ぎず、米国政府は
しばしばこの問題に関し繰返し注意を喚起して来たの
である。然して、かゝる協定の締結交渉が進められつゝ
あつた事は既によく判つてゐたし、この事実は米国政
府の政策決定に当つて十分考慮の中に取り入れられてゐ
たのである。

 然して新聞紙の報ずるところによれば、米官辺では、こ
の新条約の締結は結局ドイツの対英戦争が独軍部の計画
通りには進行してゐない現はれでもあり、今次の華々しい
外交的勝利によつてドイツ国民の士気を鼓舞せんとする
にあると称してゐた。また新条約による直接の目的は、米
国の関心を大西洋と太平洋とに両分して米国の対欧参戦
を喰止め、その対英援助を減ぜしめると共に、大東亜全体
を支配せんとする日本の行動に対し米国の抵抗を制限せし
めんとするにありと称した。更に、米官辺は、三国条約は
米政府をして慎重な政策を執るのやむなきに至らしめる
ものと認めてゐるものの、太平洋の現状の変更を阻止せん
とする米政府の態度については、何等の修正も行はれぬで
あらうと称したのであつた。

無関心たり得ず

 ついで翌九月二十八日、ウェルズ国務次官は、オハイオ州
クリーヴランドに於ける米国外交協会年次大会に臨み、米
国の極東政策について説明を行つたが、これは日独伊三国
条約成立以来最初の米国当局者の演説として注目された。
同氏の演説要旨は次の通りと報ぜられてゐる。

 米国は極東に対して少くとも次の二点、即ち、第一に
世界各国が現在諸条約ならぴに一般的に妥当と認められ
てゐる国際法に基づいて、東洋に於ける米国の権益を尊
重すること、第二に米国を始め諸国が参加せる国際間の
協定に基づき、東洋に於ける通商の機会均等を認めるこ
との二点を要求する。而して、極東に於て外交討議によ
つて平和的に解決されないやうな問題は、一つとして存
在しないことと米国は確信するが、事実上、米国の極東
権益は相つぐ数百の事件により侵害された。かゝる事態
は、米国の要求乃至希望とは全く相反するものといはざ
るを得ない。

 尚ほ、三国条約成立に対する米紙の論調を見れば、先づ
ニューヨーク・タイムス耗は、「枢軸に対する回答」の題下に
 「この条約は米国の他に英・ソ・支三国にも直接決断を求めて
ゐる。即ち英国は(てんめん)公路の再開を、ソ聯は対支援助を考
へ直さねばならない。最後は支那自身の立場である。英国
は支那の抗日の重要性を知悉してゐる。然しソ聯について
は英米ソ三国協定説が伝へられてゐるものの、その行動は
直接ドイツと衝突する危険があり、結局ソ聯は対支援助
を中止して、イラン及びアフガニスタン方面進出の代償を
以て満足するであらう。かくて支那は緬公路再開及び米
国の借款等の援助でますます頑強に抗日を続けるであ
らう。従つて米国は、枢軸国の軽蔑を西半球に進出せしめざ
るやう彼等を抑へつけねばならぬ、それには先づ対支援助
を強化すべきである。」と説き、ヘラルド・トリビューン紙
は「米国は無関心たり得ず」の題下に、「米国が締盟国中の一
国を攻撃するやうなことはあり得ないが、日独伊三国が別
箇の戦争を統一し、且つその鉾先を直接米国に向けて来た
ことは、米国の生存、極東の現状維持、汎米諸国の安全等
に対する米国の重大利害関係を増加せしめるのみである。
この脅迫に直面し、米国はあらゆる手段を講じてこれらの
防禦を強化せねばならぬ」と力説した。

経済圧迫不可避か

 一方、米国経済界も、三国条約成立はアジア・ヨーロッパ・
アフリカ三大陸の新経済体制確立の第一歩として重視し、
その及ぼす影響が果然論議の的となるに至つたが、政治
的のみならず経済的に見て、将来米大陸が孤立の状態に置
かれることは不可避であらうとする見解が、大勢を支配し
始めた事は注目される。
 即ち、さしあたり米国は対日牽制の手段として輸出禁
止項目を増加すべく、東洋に於ける日本の経済的支配の進
行と共に、米国の極東貿易は更に低下の趨勢にあり、対ヨー
ロッパ及びアフリカ貿易の停頓と共に、西半球以外に於け
る米国の通商は極度に萎縮を余儀なくされるであらうと
見てゐる。
 又、さらに将来を考察しても、三大陸に亙る経済新体制
の成立は、米国のみならず西半球諸国に重大な経済的変動
を齎すものであり、且つ重要資源は西半球以外の三大陸
に於て充分自給自足出来るものであり、数年を経ずして東
西両半球の通商は激減するであらうと予想してゐる。これ
は反面からいへば、西半球経済に一大変動期が到来するこ
とであり、米国は先づ中南米の大規模な工業化を促進し、
以て購買力を増進せしめ、米国製品の販路を確保すると共
に南北両米商品相互間の基本的対立を芟除するといふ極め
て困難な路を歩まざるを得ないであらうとの結論が、漸く
米経済界に認識され始めた事となるのである。
 なほ三国条約成立当日の米国市場では、日本の外貨獲
得の根源を絶つ意味に於て生絲の輸入禁止説が流布され、
また屑鉄の禁輸を補足する手段としての銑鉄・鋼材、つい
で銅その他さらに従衆最も屡々伝へられてゐた石油の禁輸
についても取沙汰され、そして大勢としては上述のやう
に対日経済圧迫の加重は不可避であると見られてゐるので
ある。
 しかし、直ちに経済的報復を行ふことは余りに挑戦的
であり、反撃に対する反撃を以て答へてをれば、勢ひの赴
くところ爆発の他なく、米人一般の常識は未だそこまでの
過激手段を許さないものと見られて居り、又、さしせまる
大統領選挙に対しても、従来選挙の際に戦争論が国民多数
の支持を得られなかつたことは米国政冶の原則とされてゐ
るため、米政府としても慎重な態度を採らざるを得ない
現状に置かれてゐるのである。

対日強硬論と宥和論

 かくて、三国条約成立に対し米自の輿論は大体に於て、対
日経済圧迫による危機醸成を自認し、太平洋戦争回避の
範囲内に於て最大限度の対英支援助強化を当面の目標とす
ることに傾いてゐるが、九月三十日、ヤーネル提督一派の
対日強硬論者が「戦争の危険を賭しても対日輸出入禁止を
断交せよ」との要求を提起したため、不安な空気が漂ふ
に至つた。この要求に対しては、政府部内に於てハル国務
長官とスチムソン陸軍長官が支持を与へたといはれてゐ
る。海軍省首脳部はヤーネル提督の「西太平洋に於ける海
戦は容易に米海軍の勝利となるであらう」との意見に賛成
せず、対日方策については、単にゼスチュアのみならず慎
重な手段を採るやう力説したと伝へられる。
 又、同日ロイ・ハワード氏はハワード系諸紙へ、「米国内
に極東問題委員会を設け極東の緊張を緩和するを得」との
題下に、「三国条約は精神的支持以上のものを与へず、日
米関係にもさして影響はない。日本は日米戦争を望まず、
友好関係を樹立して米国の物資を入手することを希望して
ゐる。日本の米国に対する主張はそのまゝ受入れ難いが、
日本はその条件を変更又は話合すべく、たゞ米国現政府が
これまで大局的極東政策を表明してゐないため、米国の出
方に疑念を懐いて居り、且り米政府は何時にても経済圧迫
を加へる至誠を取つてゐるため、日米関係はますます疎隔
せんとしてゐる。日本と話をつけることにより極東平和を
齎し得る立場にある米国としては、一時支那を考慮に入れ
ずに日本と話合ふか、或ひは対日貿易を断念して日米戦争
をするかの外に道はない。日本には未だ米国の友人が存在
してゐるのだから、寛容と尊敬の念を以て近づけば現在
の不必要な敵対気分を一掃することが出来よう。直ちにか
かる気持を有する米人の委員会を設け、極東問題全般の根
本的且つ大局的意見を議会及大統領に提出せしむべく、
右委員会を設けるだけでも空気緩和の效果はあり、また、
脅迫と報復に代ふるに条理を以てし世界を正気に返らす第
一歩となすことが出来よう。」と述べ、対日強硬論と宥和論
とが対立してゐる析柄一部の注目を惹いたのであつた。

両洋艦隊結成に着手

 ついで十月二日に至り、米海軍省は両洋艦隊結成の第一
着手と見做される艦船百二十五隻を以て編成する大西洋警
備艦隊の結成を発表した。同警備隊は、現在大西洋に在る
三老朽戦闘艦ニューヨーク、テキサス、アーカンソーの
他に、なかば武装解除されてゐる老戦闘艦ワイオミングと
これに航空母艦ウォスブ、レンジャーの二隻、前大戦当時に
建造された駆逐艦数隻に、最近建造を完了した少数の巡洋
艦及び潜水艦を加へ、これと主力として編成され、太平洋
に在る米主力艦隊の一支隊としてその指揮にはエリス提督
が当り、米国東岸防備強化のため命令系就を統一し、その
能事を発揮せんと計画されたものである。
 即ち、この大西洋警備艦隊の結成は、両洋艦隊編成の第
一着手であるのみならず、日独伊三国条約成立に対抗せん
とする米国最初の国防強化策として各方面から注視され
てゐるのであるが、対日、対独方面に対する実際的兵力
準備と見られるのである。

正誤
◇十月二日発行第二〇七号九頁、十二行目、「政治は」とあるは「政
府は」の誤り
◇九月二十五日発行第二〇六号十四頁、英の旅客機エンサイン型
「旅行飛行艇」は「旅客飛行機」に訂正