第一九九号(昭一五・八・七)
  皇国外交の指針          外務大臣 松岡洋右
  対満支貿易計画          企 画 院
  新内閣の基本国策
  想起せよ上海戦          海軍省海軍軍事普及部
  商業報国運動の全国的展開      商 工 省
  スパイは如何にして防ぐか      内閣情報部
  外米の本質とその炊き方       厚生省衛生部
  独伊のバルカン工作         外務省情報部
  特集 新支那読本(六)文化工作

 新内閣の基本国策


 近衛内閣は八月一日、大変動期にある世界情勢に対処する皇国の基本国策要網を左の如く中外に闡明した。これと同時に近衛内閣総理大臣談及び外交方針についての松岡外務大臣談が発表され、翌二日には教育方針についての橋田文部大臣談が発表された。以下にその全文を掲げる。
 

 世界は今や歴史的一大転機に際会し数個の国家群の生成発展を基調とする新たなる政治経済文化の創成を見んとし、皇国亦有史以来の大試練に直面す。此の秋に当り真に肇國の大精神に基づく皇国の国是を完遂せんとせば右世界史的発展の必然的動向を把握して庶政百般に亙り速かに根本的刷新を加へ万難を排して国防国家体制の完成に邁進することを以て刻下喫緊の要務とす。依つて基本国策の大綱を策定すること左の如し。

 


基本国策要綱

一、根本方針

 皇国の国是は八紘を一宇とする肇國の大精神に基づき世界平和の確立を招来することを以て根本とし、先づ皇国を核心とし日満支の強固なる結合を根幹とする大東亜の新秩序を建設するに在り。
 之が為め皇国自ら速かに新事態に即応する不抜の国家態勢と確立し国家の総力を挙げて右国是の具現に邁進す。

ニ、国防及び外交

 内外の新情勢に鑑み国家総力発揮の国防国家体制を基底とし国是遂行に遺憾なき軍備を充実す。
 現下の外交は大東亜の新秩序建設を根幹とし先づ其の重心を支那事変の完遂に置き、国際的大安局を達観し建設的にして且つ弾力性に富む施策を講じ、以て国運の進展を期す。

三、国内態勢の刷新

 内政の急務は國體の本義に基づき庶政を一新し国防国家体制の基礎を確立するに在り。之が為め左記諸件の実現を期す。

 1 國體の本義に透徹する教学の刷新と相俟ち自我功利の思想を排し国家奉仕を第一義とする国民道徳を確立す。
 2 強力なる新政治体制を確立し国政の綜合統一を図る。
   イ、官民協力一致各々其の職域に応じ国家に奉公することを基調とする新国民組織の確立
   ロ、新政治体制に即応し得べき議会翼賛体制の確立
   ハ、行政の運用に根本的刷新を加へ其の統一と敏活とを目標とする官界新体制の確立
 3 皇国を中心とする日満支三国経済の自主的建設を基調とし国防経済の根基を確立す。
   イ、日満支を一環とし大東亜を包容する協同経済圏の確立
   ロ、官民協力による計画経済の遂行特に主用物資の生産、配給、消費を貫く一元的統制機構の整備
   ハ、綜合経済力の発展を目標とする財政計画竝びに金融統制の確立強化
   ロ、世界新情勢に対応する貿易政策の刷新
   ホ、国民生活必需物資特に主要食糧の自給方策の確立
   へ、重要産業特に重、化学工業及び機械工業の劃期的発展
   ト、科学の劃期的振興竝びに生産の合理化
   チ、内外の新情勢に対応する交通運輸施設の整備拡充
   リ、綜合国力の発展を目標とする国土開発計画の確立
 4 国是進行の原動力たる国民の資質、体力の向上竝びに人口増加に関する恒久的方策特に農業及び農家の安定発展に関する根本方策を樹立す。
 5 国策の遂行に伴ふ国民犠牲の不均衡の是正と断行し厚生的諸施策の徹底を期すると共に国民生活を刷新し真に忍苦十年時艱克服に適応する質実剛健なる国民生活の水準を確保す。


  近衛内閣総理大臣談  昭一五・八・一

 政府は国策の基本要綱を決定し茲に之を発表する。本要綱は概ね政府自らの今後着々実行すべき具体的施策の基本となるものであり、その方向を示さんとするものである。政戦両略の一致は政府の最も期する所であつて、既に過日大本営との連絡会議も開かれ完全に意見の一致を見たのであるが、今後益々これが達成に向つて進むべく、本要綱に基づき外に対しては新情勢に応ずべき国防の充実と外交の自主積極的刷新、内に於ては強力なる新政治体制の確立に邁進せんとするヽのである。



   外務大臣談   昭一五・八・一


 私は年来皇道を世界に宣布することが皇国の使命であると主張して来た者でありますが、国際関係より皇道を見ますれば、それは要するに各国民、各民族をして各々の処を得せしむることに帰着すると信ずるのであります。即ちわが国現前の外交方針としてはこの皇道の大精神に則り先づ日満支をその一環とする大東亜共栄圏の確立を図るにあらねばなりませぬ。これが軈て力強く皇道を宣布し公正なる世界平和の樹立に貢献する道程に上る所以であります。而して、わが国民はこの道程に横たはるところの有形無形一切の障礙を排除するはもとより、更に進んで我に同調する友邦と提携、不退転の勇猛心を以て、天より課せられたる我が民族の理想と使命の達成を期すべきものと堅く信じて疑はぬ者であります。

    文部大臣談   昭一五・八・二


 現下内外の状勢に即応して国内体制を刷新し東亜新秩序を建設するに当つて我が邦文政の根本とすべきものは左の三点に帰着する。


 一、國體の本義を明らかにし國體の精華発揚を期すること
 二、自我功利の思想を絶対に排し、国家奉仕を第一義とする国民道徳の確立を期すること
 三、科学の真諦を普及発展せしめ国家奉仕実現の実践的基礎を確立すること

 国家興隆の基(もとゐ)は「教」と「学」との充資と振興とにあることは論を俟たない。而して数学は本来一体であるべきである。即ち学は教を俟つて其の本義が明らかになり、教は学を其の内容とするとき其の真諦が確実となるのであつて、教学と科學とは根柢に於て帰一すべきものである。従来かかる意味に於ける教と学との一体の旨を明らかにしないで、動(やゝ)もすれば教学と科学とを互に分離対立せしめて居る傾向があつた為めに教学と科学とが真に日本的に振興せられなかつた嫌ひがある。今此の時局に当つて文政の根本たる三つの点を実現し国家百年の大計を確立するが為めには教学一体の本義に徹して教学の刷新興隆と科学の振興発展とを図らなければならない。


     教学の刷新

 現下時局に於ける教学の刷新は前述の三点に基づき制度施設を刷新し、国民生活から遊離して居る学術思想を排し、個人主義自由主義の残滓を洗ひ去つて国民一体国家奉仕の実を具現するの体制を確立し、博大なる知識、旺盛なる気力、強靭なる体力を有する国民を錬成することを主眼としなければならない。是れ啻に国家当面の時局を突破するに必要なるのみならず、無窮の皇運を扶翼し皇基を振起し奉る所以である。
  その方策としては凡そ
 一、 日本教学研究の振興
 ー、 学制改革の実施
 一、 師道の昂揚
 一、 青少年身心鍛錬の強化
 一、 社会教育の充実
 一、 思想国防の強化
等にカを致さなければならない。


      科学の振興

 国本の培養、国運の発展は教学の刷新と相保つて科学の振興に因るのほか道はない。現下の時局に当り科学振興に暫く二途ある。一は基礎的料学の振興、一は国防科学を始め現下時局当面の需要に応ずる為めの科学総動員である。この両者は互に相俟つて始めて其の実現を期すべきで、実に総動員さるべき科学振興は基礎的科学の振興を離れて別個に遂行さるべきものではない。
 抑々科学を振興せんには研究施設の増設竝びに拡充整備と研究者及び技術者の増加竝びに素質向上とが必須の要件である。これは科学研究と料率教育との一体的運営に依つて其の效始めて完きを得るものであつて、現下の時局に際しては殊に有為なる技術者の養成を急務とする。
 以上の観点に基づき差し当り自然科学振興の為め実施せんとする諸方策左の如くである。
  一、科学研究の拡充整備
  一、科学研究の連絡の統合
  一、科学研究者技術者の養成充足
  一、科学教育の刷新振作
  一、科学功労者の表彰
 而して、いはゆる科学振興に際して最も重要なることは其の基礎的たると応用的たるとを問はず、必ず国家奉仕、日本文化興隆と其の第一義諦とすること、即ち日本科学の樹立にある。これに向つてはいはゆる科学振興に従事する科学者、将来科学者たるべき青少年学徒に向つて國體本義発揚と科学の振興とは一にして二ならざる旨を実践的に徹底把握せしむることを要する。即ち日本科学の振興は國體の本義の発揚と離れて期すべからざる所以を識得せしめなければならない。