第一九八号(昭一五・七・三)
   所 感             内閣総理大臣近衛文麿
  修正新軍備計画と陸軍兵備体系の改正 陸軍省情報部
  時局下の心身鍛錬運動        厚 生 省
  炎熱下の沿岸封鎖戦        海軍省海軍軍事普及部
  本年度の資金統制計画       企 画 院
  勲章・佩用規定の改正       賞 勲 局
  ル大統領の第三回出馬        外務省情報部
  特集 新支那読本(五)  蒋政権下、奥地の状況
  新内閣一覧

所感    内閣総理大臣 公爵 近 衛 文 麿

 

 今回図らずも再び大命を拝し、重大時局にあたることになり、洵に恐懼に堪へません。私は粉骨砕身全力を尽して輔弼の重責を果し、聖慮を安んじ奉らんことを期して居ります。こゝに週報を通じ、全国民に対し所信の一端を述べたいと考へます。
 今日私共が身を以て感ずることは、一つには世界が未曾有の転換期に際会してゐるといふこと、二つには世界いづれの国とも同様に、我が国も歴史始まつて以来の時局に当面してゐるといふことであります。欧洲戦争十ケ月にしてドイツの電撃的作戦はフランスを攻略し、英本土を危殆に陥れ、第一次世界大戦の結果打建てられた旧秩序を一挙にして打破らうとして居ります。東亜に於ては聖戦三年、欧米勢カの圧迫から支那を救ひ、新らしき東亜を建設せんとする我が偉業は、着々と歩を進めて居ります。新秩序樹立の胎動は、まさしく、洋の東西を問はず世界を揺り動かして居るのでありまして、その間率先して現状維持勢カに刃向つた我が日本の、現下の歴史的瞬間に於ける役割こそは最も意義あるものといはねばなりませぬ。我々は世界革新の先頭に起つものであり、新進国家群の間にあつて推進力たるの任務を負へることを知るものでありまず。この重大なる任務を立派になし遂げるに足る強力なる体制を我が国自身整へねばならぬといふ要請が期せずして国内に起つてゐるのは、洵に当然といはねばなりませぬ。
 日本はかくの如く将に世界新情勢に棹(さほさ)してゐるのでありますが、飜つて考へれば今日程日本が重大変局に直面した時もなかつたと思はれるのであります。国際関係の今後の発展如何によつては思はざる重圧が外より来ることを覚悟せねばなりませぬ。また現在既に切りつめられた国民の経済生活は、この上とも重い犠牲を負はされるものと思はねばなりませぬ。果して我が国防は鉄壁の上にも鉄壁か?経済機構は如何なる試練にも堪ふる程強固にして弾力性に富めりや否や。この見地から言ふも国内体制の整備確立が、国民凡ゆる層の間に強く求められてゐるのは当然であります。
 その目的から言へば、新体制は、支那事変処理をも含めて広く外交の働きを有效敏活ならしめ、高度の国防を可能ならしめ、経済生活の根柢を安固ならしめる為めのもの、一言にしていへば政治の力を最高度に発揮せしめる為めのものであります。
 かくの如き新政治体制の組織機構は如何なるべきか。之が実現方法如何。この問題を解決することは刻下我が国に与へられた何よりも大切な課題で参ることが痛感されるのであります。私は曩に枢密院議長を拝辞して以来、之が研究を進めて居つたのでありますが、図らずも内閣首班の大任を拝命することになり、愈々その達成に向つて鋭意力(つと)めぬばならぬことを感じて居る次第であります。索(もと)より新体制が完成しなければ政治も外交も出来ぬといふ筋合のものではなく、一方、着々として諸政策を樹て之を実行してゆくことも新体制を促進する途とも云へるのであります。
 未だ抽象論の範囲を出ませんが、新体制の下にあつては、先づ現在帝国議会に代表されてゐる政党はその性格に於て、目的に於て、又拠つて起つ基礎に於て、大々的に改革されねばならぬことは明白でありませう。同時に現在未だ組織されてゐない、或ひは組織されてゐても相互につながりのない国民各職能層を再編成し、組織化せねばならぬことも明らかであります。この二つのことが成就せねば、真に国民生活に根を下した政治が出来ぬと言へるのであります。更に内閣機構の改正、行政府各部の合理化、行政府と立法府との関係、進んでは統帥と政治との関係等と、問題は極めて広く且つ複雑困難であることを知らねばなりません。就中、政治と統帥の関係は最も枢要なる問題といふべく、新体制の成否は究極する所、懸つて此処にあると云ふも過言ではないと思はれます。
 かく考へて来ますと新体制の完成が如何に必要であるかと同時に、如何に困難であり時日を要するものであるかは何人にも明らかでありませう。然しながら我々に希望を与へ、我々を勇気づけるものは、何物を以てしても押へることの出来ない時代の要求であります。旧来長年月に亙つた因襲と慣習とは勿論一挙に之を放擲することは不可能でありますが、段階を経、順序を追つて進めば、新らしいものが之に代るべきことは最早時代の約束であります。国民の総知を動員して堅実に大地を踏まへ、一刻も早く理想の彼岸に到達せんことを.私は国民諸君と共に念願して止まないものであります。