第一九四号(昭一五・七・三)
支那事変三周年
畏し戦時下の御精励 宮 内 省
帝国の外交方針
世界情勢と事変処理の目標 陸軍省情報部
支那事変と帝国海軍 海軍省海軍軍事普及部
抗日支那軍の現況 陸軍省情報部
海軍航空隊の活躍 海軍省海軍軍事普及部
仏印国境の支那都市を語る 外務省情報部
満州建設勤労奉仕隊 文 部 省
特集 新支那読本(一)新秩序の黎明
支那事変と帝国海軍
---- 事変三周年を迎へて ----
海軍省海軍軍事普及部
はしがき
今や世界大動乱の嵐の中に立ち、歴史的転換期に直
面しつゝ、こゝに事変第三周年を迎へたわれわれ日本国
民は、更めて聖戦の意義を再確認すると共に、刻々重且つ
大を加へつゝある現下の世界的危局に関して、正確な
る認職を把握し、わが日本の世界的地位とその実力を再
認識し、常にわが尊厳なる國體を念頭において、皇道に基
づき国策を律しつゝ、今こそ最も勇敢に、最も積極的に、
われわれ日本民族に課せられた歴史の必然的使命であ
る事変目的の完遂に邁進しなければならない。
それにつけても、われわれの須臾も忘れてはならない
ことは、今事変に際し、御稜威の下に奮戦力闘、或ひは
敵弾に斃れ、或ひは病に死した幾万将兵の英霊、竝びに
その遺家族の身上、更に幾十万を算する戦傷病将兵のこ
とであつて、われわれは啻に敬弔感謝の誠意を捧ぐるを
以て足れりとせず、飽くまで彼等の志を継いで国家千年
の運命を開拓し、以て護国の英霊に応へ、同胞の献身的
努力に酬いるところがなければならない。
一面戦闘、一面建設
帝国政府は、事変勃発以来事変処理に関する帝国の真
意を屡々中外に閘明し、日満支三国が相携へて、政治、
経済、文化等各般に亙り互助聯関の関係を樹立するを根
幹とし、東亜に於ける国際正義の確立、共同防共の達成、
新文化の創造、経済結合の実現を期することが、いはゆ
る東亜新秩序建設の内容であつて、これ実に東亜を安定
し、世界の進運にも寄与する所以に外ならないと、帝国
不動の方針と決意を明らかにしてゐるのである。
こゝに東亜とは日満支のみならず、東南アジア地域及
び南太平洋上の各島嶼を意味するものであることは云ふ
までもない。
しかし乍ら、試みに右に掲げられてゐる一つの項目だ
けについて考へて見ても、これが達成は容易ならざる大
事業であつて、日満支三国民が、極めて広い範囲に亙り、
且つ深く接触融合することを先決条件としなければな
らないことは自明の理であり、しかも東亜新秩序の建設
は、単に日満支三国間のみの問題ではなく、世界列強と
も現実に関聯を有する問題であつて、この問題を繞つ
て、すでに列強の利害と感情が錯綜して、前途に波瀾を
予想させてゐることは周知のところであらう。
事変処理の為めには、まづ抗日政権竝びにその率ゐる
軍隊を潰滅すると同時に、わが方と協力して新東亜建
設の責務を分担せんとする汪新政府を育成強化し、日支
両国民の接触融合面を漸次拡大して、終に全支に及びぼす
ことが先決問題であることはいふまでもなく、これいは
ゆる一面戦闘、一面建設に外ならないのである。
新東亜建設の根幹
しかし乍ら、援蒋第三国群は、今なほ蒋政権の抗日戦
力の増強支援に努めつゝある現状であつて、戦闘の終熄
を見るまでには、今後なほ相当の日子を要するものと考
へられるが、仮令戦闘の終熄を見た暁に於ても、東亜新
秩序の建設は一朝一夕の能くし得るところではない。上
海戦はその適例であり、今次事変の縮図でもあり、更
に東亜の縮図でもあるといへよう。上海戦は国際都市を
戦場として、日支両軍が海陸空に三ケ月に亙つて死闘を
続け、途に皇軍の大捷に帰したのであるが、皇軍の敵は
支那軍だけではなかつた。そこには、世界の何処にもな
い共同租界、専管租界なるものがあつて、援蒋第三国群
が、あらゆる敵性を現して皇軍の作戦を妨害し、利敵行
為を擅(ほしいまま)にしたのである。しかして作戦の途上、時に帝
国と第三国間に葛藤を生じたこともあつたが、彼等が遂
に支那側に与(くみ)して我が国に対して武力の干渉を為し得な
かつたのは、端的にいへば、帝国海軍力の儼たる存在を
恐れたが為めである。しかも皇軍が上海を占拠してゐる
今日でも、租界なるものの存在が上海といふ一都市の秩
序建設をすら妨害しつゝある現状ではないか。この事
は、全面的に支那事変に当嵌るばかりでなく、数百年来
欧米列強の侵略下にある東亜の現状を瑞的に物語つて
ゐるのである。
かくて日満支の三国が主体となつて、東亜大陸竝びに
東南アジア地域及び南太平洋上の各島嶼を包合する東亜
の地域に、新秩序を打建てようとする大事業は、換言す
れば、東半球に於ける太平洋問題に外ならないのであつ
て、東亜諸国民は当然その生存権の問題としてわれわれ
に協力しなければならない筈である。過般タイ国もわが
国と友好条約を結び、こゝに東亜の独立国たる日、満、支
・泰の四ケ国が悉く提携して、相共に東亜新秩序の建設
に邁進せんとしつゝあるのである。
しかし乍ら、左に掲げたわれわれの生活圏内には、
恰も支那に於けるが如く、欧米列強の権益が錯綜して
居り、東亜新秩序建設の途上、必然これ等欧米列強との
間に大小の摩擦相剋を免れないであらうことを、われわ
れは予め覚悟しなければならないのである。即ち、東亜
新秩序建設は単に日満支三国に関する問題たるに止ら
す、世界新秩序建設の一環を成すものであることを知ら
ねばならない。
事変処理と欧州戦争
今や欧州戦乱はいよいよ酣となり、その余波は既に
太平洋上のわれわれの生活圏にまで押し寄せて来てゐ
る。彼(か)の蘭印問題、仏印問題竝びに将来発生するこ
とあるべき、その他の東南アジア地域に関する問題は、
当然われわれの生存権、生活権の問題として、最も重大
なる関心を払はざるを得ないところである。かくて事変
処理と欧州戦争の進展とは、現実に密接な関聯をもつに
至つた。
帝国はさきに今次欧州戦争の勃発に際し、これに介入
せず、専ら支那事変の解決に邁進する旨中外にその態度
を声明し、満洲国も亦帝国にならつてその態度を明らか
にしたが、情勢の進展によつては、いつ太平洋上に新た
なる戦禍が波及しないとも限らない形勢にあるのであ
る。こゝに於て、吾人が既に屡々述べたやうに、支那事
変処理の問題は、東亜大陸の問題であると同時に、また
太平洋の問題であり、西太平洋の制海権竝びに制空権を
確保することが、東亜新秩序建設の為めの基礎的、先行
的条件であると云つたことが、今や現実となつて現れて
来たのである。かくて帝国海軍の責務は、いよいよ重且
つ大を加ふるに至つたといはなければならない。
帝国海軍は夙に今日あるを覚悟し、広汎なる対支作
戦の遂行途上、日夜猛訓練に猛訓練を重ねて一意実力の
錬成に邁進してゐるばかりでなく、近時列強の軍備大拡
張に対応して鋭意得海軍軍備の充実増強に努め、帝国海軍
力に一段の威力を加へてゐるのである。
由来「実力なき正義呼ばはりは世界の物笑ひとなる」と
いはれてゐるが、われわれは現下の逼迫した世界的危局
に当面して、実力の満を持して新たなる国難来に備へな
ければならない。
聖戦既に三ケ年、この間帝国海軍の威力が、列強の事
変に対する無用の干渉を阻止して来つたやうに、今日以
後東亜新秩序建設の一環を形成する太平洋の問題に関し
ても、同様に帝国海軍の実力が物をいひ、以て太平洋の
平和を維持し、わが正義の主張を貫徹し得るものと確
信する。更に、われわれはこの際冷静に我が日本の世界
的地位と実力を再認識して、いよいよ戦時体制の確立強
化に努め、以て東亜新秩序建設即世界新秩序の建設とい
ふ大事業の完遂に勇往邁進しなければならない。