第一九四号(昭一五・七・三)
  支那事変三周年
  畏し戦時下の御精励        宮 内 省
  帝国の外交方針
  世界情勢と事変処理の目標     陸軍省情報部
  支那事変と帝国海軍        海軍省海軍軍事普及部
  抗日支那軍の現況         陸軍省情報部
  海軍航空隊の活躍         海軍省海軍軍事普及部
  仏印国境の支那都市を語る     外務省情報部
  満州建設勤労奉仕隊        文 部 省
  特集 新支那読本(一)新秩序の黎明


帝国の外交方針

欧州戦局の急速な進展によつて、国際情勢に急激な変動を来
してゐる折柄、有田外務大臣は六月廿九日、ラヂオを通じて「国
際情勢と帝国の立場」と題する演説を放送、変転する世界情勢
に処する帝国の外交方針を左の通り明らかにした。

   国際情勢と帝国の立場

 我が国肇國以来の理想は、万邦をして各々その処を得し
むるに在ります。我が外交方針も亦この理想に基づくもの
でありまして、これが為めには時に国運を賭して戦ふこと
すらも敢へて辞せなかつたのであります。
 凡そ世界平和の確立は人類の渇仰する所でありますが、
その世界平和なるものは万邦各々その所を得るに非ざれ
ば、永続性なきことは言を俟たないのであります。しかし
この意味に於ける世界平和の確立は、人類進歩の現段階に
於ては、遺憾乍ら一挙にして達成し難いものがあるのであ
ります。故に、この大理想を実現する為めには地理的、人
種的、文化的、経済的に密接なる関係にある諸民族が、共
存共栄の分野を作り、先づその範域内に於ける平和と秩序
とを確立すると共に、他の分野との間にも共存共栄の関係
を樹立することが最も自然な順序であらうと考へるのであ
ります。
 而して人類葛藤の原因が、概ねかゝる自然的、建設的体
制を顧みようともせず、また在来の不合理不公正に修正を
加へようともしないことに存することは、世界が過去に於
て、また現在に於て経験してゐる実情でありまして、今次
欧州戦争の勃発に鑑み特にこの感を深うする次第でありま
す。従つて国際平和を恒久的基礎の上に確立致しまする為
めには、凡ゆる努力を以てかくの如き過誤を是正せねばな
らないのであります。
 帝国が東亜新秩序の建設に向つて邁進致して居りますの
も以上の精神に基づくものであります。従つて支那事変収
拾に関する帝国の熊度は、従来屡々声明致しました通り、何
等支那の存立と相容れないものでないのみならず、善隣友
好、共存共栄を旨とするものであります。然るに従来帝国
のこの大義に立脚せる東亜再建の大業に対し、理解を有し
ないのみならず、却つて蒋政権を支持し、東亜に於ける平
和の建設を妨礙しつゝあるものの存しまするのは極めて遺
憾なことでありまして、予てその反省を促し来つたのであ
りますが、この際更に其の猛省を促すと共に、援蒋行為の根
絶を期し、凡ゆる手段を尽す決意を有するものでありま
す。世上往々武力による規状の打開と、理由の如何を問は
ず、否認せんとするものがありますが、帝国が過去三年に
亙り兵を支那に動かして居りますのは、公正にして永続性
ある平和を招来するが為めに、已むなく発動せる大乗的の
武力行使でありまして、実に破邪顕正の活人剣を振ひ居る、
ものに外ならないのであります。
 東亜の諸国と南洋諸地方とは地理的にも、歴史的にも、
民族的にもはたまた経済的にも、極めて密接なる関係にあ
りまして、互ひに相より相扶け、有無相通じて共存共栄の
実を挙げ、以て平和と繁栄とを増進すべき自然の運命を有
するのであります。故にこれ等の地域を一括して共存の関
係に立つ一分野と為し、その安定を図ることが当然の帰結
と思はれるのであります。
 かくの如く部分的に公正なる平和を建設し、これを集大
成して世界全般の公正なる平和を建設せんとする考へは、
欧米諸国に於ても存するのであります。
 而してこの思想はそれ/"\の分野に於ける安定勢力を予
想するものでありまして、かゝる勢力を中心と致しまして
その分野内に於ける諸民族が共存共栄と安定とを確保する
と同時に、各分野は他の分野の政治的、文化的、及び経済
的特色を尊重し、有無相通じ、而も互ひに相侵さず協力す
ることを以てその内容とするものであります。
 今次欧州戦争が勃発致しまするや、帝国政府は不介入の
方針を閘明し、欧州戦争に介入せざると共に戦禍の東亜方
面に波及するを欲せざることを明らかに致しましたが、自
然帝国としては欧米諸国が東亜方面の安定に好ましからざ
る影響を及ぼすが如き事なきを期待するものであります。
 今や帝国は東亜新秩序の建設に邁進して居りますると共
に、今次欧州戦争の成行き、特に南洋を含む東亜の諸地域
に及ぼす影響については常に深甚なる注意を払ひつゝある
ものでありまして、これ等諸地方につき齎さるゝことある
べき運命に対しましては、東亜の安定勢力たる帝国の使命
と責任とに顧みまして、重大なる関心を有するものである
ことを言明して置きます。

 

   日蘭印間の交渉

 有田大臣は曩(さき)に東亜の平和及び安定を維持する見地から、帝
国政府は蘭印の現状に何等かの変更を来すやうな事態が発生す
ることについては、深甚な関心を有つものであることを中外に
声明した次第であるが、右は素より政治、経済等各般の問題に
つき、帝国政府の所信を披瀝したものであつて、爾来、帝国政
府は右に基づき蘭側と貿易、企業、入国等の諸問題につき交渉
を継続して来たのである。
 貿易問題に関しては、帝国は日蘭印間の緊急なる貿易関係の
維持増進に重大な関心を有するものであつて、その円満な解決
こそ、日蘭印間有無相通関係の自然的要求であり、その実現は
両者間の友好関係を維持増進するに寄与する所が極めて大であ
り、且つ疑心暗鬼を一掃するに不可欠の要点であると信ずるも
のである。よつて先づ第一着手として、我が必需蘭印物資の対
日輸出確保方について交渉を行つた次第であるが、その結果、和
蘭国政府及び蘭印総督府に於ては、蘭印産物資中我が国の必要
とするものの輸出につき、これを阻害するが如き何等の措置を
執らず我が方の希望に副ふ旨を言明し、帝国政府に於てはその
誠意の存する研を諒として居る次第であるが、更に我が方とし
ては希望する必需品の希望数量が確実に蘭印より輸出せらるゝ
やう、和蘭国政府及び蘭印総督府に於て適当の措置方及び企業
及び入国の問題についても支給措置方要望し、これ等の点につ
き、二十八日更に谷次官からパブスト公使に申入るゝ処があ
つた。
                   昭和一五・六・二八
                   外務省情報部長談