第一九四号(昭一五・七・三)
  支那事変三周年
  畏し戦時下の御精励        宮 内 省
  帝国の外交方針
  世界情勢と事変処理の目標     陸軍省情報部
  支那事変と帝国海軍        海軍省海軍軍事普及部
  抗日支那軍の現況         陸軍省情報部
  海軍航空隊の活躍         海軍省海軍軍事普及部
  仏印国境の支那都市を語る     外務省情報部
  満州建設勤労奉仕隊        文 部 省
  特集 新支那読本(一) 新秩序の黎明


新支那読本 (一)

新秩序の黎明

 支那事変記念日は三度び訪れた。今や大陸には
新国民政府の下に新生支那は着々建設されてゐる。
内閣情報部では興亜院の協力を得てこゝに「新支那
読本」を編輯して、現地の資源、貿易、交通、産業、
文化、治安宣撫、教育、共産党、租界等の現実問題を
とり上げ、今後十数回に亘つて連載、紹介することにした。



 およそ一つの国家が滅亡するといふことは、歴史上、
非常な事件に相違ないが、この一年間足らずの間に、一
体幾つの国家が我々の眼前において、滅んで行つたこ
とであらうか。滅んだ、といふのが語弊があるならば、
何と言ひ換へてもいゝが、事実上において、滅亡に等し
い事実が、アッといふ間に、十指に近い国家の上に展開
して行つたのである。この激しい現実の事実は何と説明
すべきものであらうか。
 それは、単に、ドイツの武器が非常に優秀で豊富であ
るから、といふやうなことだけで説明のつく事態ではな
い。それの究極の原因が何処にあるかを考へてみるこ
とは、東亜において、ドイツの対英仏作戦よりも、もつ
と規模の大きい戦を戦ひつゝある我々にとつて、一つの
重要なる教訓である。
 ドイツの勝利は、要するに新らしき国家体制の古き国
家体制に対する勝利であり、新らしき戦争観の古き戦争
観に対する勝利である。そしてこの古き世界秩序が、
新らしい世界秩序を建設せんとする全体主義国家の攻撃
の前に、一たまりもなく崩壊して行く姿が、いま欧州に
おいて、日々生起してゐる驚天動地の大事件の一系列
なのである。これを人は歴史の必然と呼び、或ひは史代
の変革期と呼んでゐる。その用語の妥当性は如何にとも
あれ、ともかくも、洋の東にも西にも、新らしき世界秩
序建設の黎明が訪づれ、新らしき世界歴史の第一頁が書
かれ始めたことは厳然たる事実である。
        ★         ☆
 とはいつても、我々は、日本の東亜新秩序建設の理想
なり、その行動の原理なりが、ドイツやイタリアのそれ
等と同一だといふのでは決してない。我々は日本人とし
て、日本民族の優越性を信ずる。しかし、その優越性は、
他民族を征服し支配する力があるから優越してゐると
観(くわん)ずるのではなくて、他民族と協同し、これを指導する
力があり、またさうすることが、我々の光栄ある任務で
あり責任であると見るところに、その優越性を認めるの
である。これは単に日本人だけの独りよがりではない。
かの孫文も「日本なくして東亜なし」と喝破したし、汪
衞氏も亦、同様に叫んでゐる。
 日本の東亜新秩序建設の理想は、八紘一宇といふ、肇
國以来の日本の国家的理想を枢軸として、東亜に東洋的
道義の新秩序をうち立てんとするにある。それ故、この新
秩序の中に包含されてゐる東亜新経済体制にしてみて
も、その本質は決して排他的なものではなく、東亜とい
へるブロック内に跼蹐しようとするものでもない。
 逆に爾余の世界に対しても大い通商しようとする経
済体制である。たゞ、東亜においては、世界経済の一般
情勢は、それ/"\の国家がブロックを形成し、逆に我々
に対して門戸を閉鎖してゐるが故に、我々も亦、これに
対抗する必要上、東亜自給自足経済体制の完成を目指し
て進んでゐる訳である。また今日の国際情勢、国防上
の見地からいつても、東亜自給自足体制の完成は今日の
急務である。
 だが、いまいつたやうに、単なる自給自足体制を目指な
すのが、我々の新東亜経済体制樹立のすべての目的では
ない。かういふ経済関係の中に、なほ「八紘を掩ひて宇
となす」協同関係を樹立すること----これが我々の新東
亜経済体制樹立の重点である。
 日本は今から満三年前、東亜六億万人の運命を賭けて立
ち上り、執拗なる現状維持諸国家群の妨碍工作を乗り越
えて、今や長期建設といふ東洋的創造の過程を進みつゝ
あるのであるが、たま/\この時に当つて、欧州におけ
る新情勢の展開が、欧州においても、現状維持諸国家
の崩壊が歴史の必然の運命であることを実証しつゝあ
る事実に、大きな意義を見出すのである。何人でも、ま
た、如何なる国家でも、歴史の流れに抗して立つ者は結
局は亡びざるを得ないのである。この意味において、日
本の勝利は、何人の保障を俟たずとも、聖戦目的それ
自体の中に既に約束されてゐることなのであるが、いま
事変満三周年を迎へるに当つて、欧州の新情勢がその
傍証として登場して来たといふことは、何としても意
義深いことである。
        ★           ☆
 支那事変が世界史的課題として提出されたものであ
り、その解決も世界史的方向に沿ふものであることは、
一部の人々によつては早くから云はれてゐたことであつ
たが、現在では多くの人々がそれを肯定するまでに、す
べての事態が判然として来た。このことを決定的に明ら
かにしたものは、最近における欧州の新情勢の展開と、
それが極東に及ぼした数々の影響とである。それによ
つて、支那事変の持つ特異の歴史的な意義が漸くにして
万人に納得される日が来たのである。こゝに事変処理は
新らしい段階に入つて来た。
 率直に事実を述べれば、支那としては、抗日勢力の
中に進歩的分子といはれる者が多く、親日陣営の中に寧
ろ旧支那秩序の維持を有利とする保守的分子が多いとい
ふ、一見極めて奇妙な事実が存在する。これは要する
に、蒋政権の教育方針なり施政方針なりが顛倒してゐた
ことから来る結果なのだが、蒋政権のこれ等の政策を顛
倒をせた責任の一半は、日本の嘗ての対支政策の中にあ
つたことも卒直に認めなければならない。しかし、時
代の激しい流れは、かうしたことは凡て過去の事実とし
て押し流してしまつて、今や全く新らしい角度から進
歩、保守の判定を下さなければならぬ時代となつて来
た。即ち、自己の現在の利益を護らんがために、世界全
体の進歩を阻止せんとする現状維持勢力と結ぶか、或ひ
は、自己の正当なる成長発展を遂げつゝ、しかもなほ
それを通じて世界全体の進歩を推し進めるために、これ
を阻止せんとする旧世界秩序に対して敢然として挑戦し
て行く現状打破勢力と結ぶかによつて、真の進歩的か保
守的かを決定しなければならぬ時代となつて来たのであ
る。
 かうして、従来の進歩的必ずしも進歩的ならず、保守的
必ずしも保守的ならずといふ新事態が生れで来たのであ
る。そして、歴史の女神が、右の両陣営の何れに対して
ほゝ笑みかけてゐるかといふことも、今や、はつきりと
して来た。事態が既にこゝまで整理されて来た以上は、
この事実を前にして、我々日本人も支那人も充分に再思
三省することが必要である。
        ★         ☆
 日本の事変処理方針は固より終始一貫して変るとこ
ろないのであるが、従来は日本の真意が未だ充分に徹底
してゐなかつたきらひがあつたことは否み難い。殊に極
東に於ける錯綜せる国際関係が日本の真意を歪曲し、そ
れの正当なる顕現発展を阻止する重大なる障碍となつ
てゐたことは事実驚である。しかし、かゝる国際的悪条件は
今や漸やくにして一掃されんとする機運が動き出して来
た。欧州戦争が勃発するや、日本はいちはやく、欧戦不
介入の方針を発表した。不介入といつても、それは欧州
の弱い国それに見るやうな積極的中立政策を意味する
ものではなく、飽くまでも事変処理完遂に重点を置い
た、それに必要な限りでの不介入である。
 従つて、事変処理完遂の建前から、時々刻々の国際情勢
の進展を見まもりつゝその都度それに必要な手を打つ
て来たことはいふまでもない。即ち、蘭印問題に関する
声明、天津租界問題の解決、仏印の援蒋物資輸送禁絶に
関する措置、ビルマ・ルートに関する上記と同様な趣旨
に基づく対英申入れ、香港ルートの武力的遮断、等々で
ある。そして遂に今回の新外交方針の演説となり、かく
して、支那事変は、こゝに完く新たなる段階に入り、真
に千載一遇といふべき時機が到来したのである。
        ★         ☆
 これに対して、蒋政権の現状はどうであらうか。それ
が愈々最後の土壇場に追ひ詰められて来たことは明らか
である。国際情勢の悪化、国共摩擦の激化、財政破綻、危
機の切迫等々によつて、蒋政権の動揺の振幅は愈々増大
し、ます/\加速度的となつて来た。世界史的方向が次
第に明確に示され出した結果として、無用な抗争を抛棄
する者も今後は次第に増加して来ると思はれる。しか
し、真剣に抗争する者は、ともすれば大きな流れを忘れ
勝ちなものである。故に、現在最も進歩的であると自ら
信じてゐる分子が、実は最も反動的な役割を演ずる結果
となりつゝある事実を覚醒するまでには、なほ相当の時
日を要するであらう。それまでは、ともかく一つの反日
的勢カは存在し続けるであらう。
 これに対し、日本との協力の下に、新東亜の建設に乗
り出して来た新国民政府は、今後は愈々急速に発展する
であらう。すくなくとも、この派に属する人々の国際情
勢に関する見透しが、重慶側のそれよりも絶対的に正し
かつたことは、今や完全に立証されたのである。漢奸の
汚名を甘受しつゝ敢然として和平救国のためい起つた
これ等の人々の苦衷は、漸く報いられはじめたのであ
る。この際、支那抗日陣営の政治家、識者達が歴史的
な方向転換を敢へてすることは最も望ましいことであ
る。東亜の明日を思ふ者は誰しもそれを熱望するであら
う。
 先づ必要なのは、抗日支那識者の反省と勇気とである
が、それと同時に我々は日本国民も、より深い反省と、
より大きな勇気とを必要とする。支那民族の基本的な要
求が何であるか、それと日本の存立発展の欲求とを如何
に調整し、如何に協同的に発展せしめるか、これ等の問
題に関するより以上の真剣なる考慮と、それを実践に移
す場合の勇気とが、今日ほど痛切に要求されてゐる時は
ない。固より日本の進んで行く道は既に決定してゐる。
我々としてはまつしぐらにそれに進んで行けばいゝので
あるが、新秩序への前途はなほ障碍だらけである。現在
はその国際的な障碍がやゝ除去されはじめたといふに過
ぎないのである。国民はこゝでなほ一層決意を固くし
て、挙国一致邁進しなければならぬのである。
 アジアに千載一遇の好機が訪れたのである。この機を
逸してアジアがなほ依然として眠り続けるのであれば、
アジアは遂に永遠に醍める時なく、救はれないであら
う。