第一九二号(昭一五・六・一九)
  欧州戦争の展望
  ドイツ軍に対する観察       陸軍省情報部
  欧州戦争に於ける海上作戦     海軍省海軍軍事普及部
  伊参戦とパリ開場         外務省情報部
  襄西作戦の経過          陸軍省情報部
  現地に軍律施行
  神武天皇聖蹟の調査        文 部 省
  実例に見る貯蓄報国        国民貯蓄奨勅局
  東京下関間新幹線の増設      鉄道省幹線調査課
  友好和親条約と日泰関係      外務省情報部
  ノモンハン国境確定の申合せ成立

 

ドイツ軍に対する観察
                   陸軍省情報部

   はしがき

 前大戦に苦闘五年、遂に堪へ得ず一九一八年十一月、
ヴェルサイユ条約に無条件調印したドイツは、敗戦国とし
て課せられた苛酷の負担、言語に絶する圧迫に加ふるに、
スパルタクスその他ボルシェビキの運動矯激を極め、
国内至る処に流血の惨事相次ぎ、巷には失業者の群が
満ち溢れた。貨幣価値は暴落し、希望と生気とを全く喪失
し、窮乏混迷行くところを知らず、到底再び立つ能はず
と世界をして信ぜしめたドイツに、ヒトラー総統が一度
び彗星の如く現はれるや、忽ちにして国力を快復し、
国勢日に上り、一九三五年三月再軍備宣言以来僅かに五
年に満たぬ短時日に戦備を充実し、英仏を相手とする争
覇戦に再び立ち上つたのである。
 開戦以来持久戦状態にあつた欧洲戦争も、五月ドイツ
軍によつて最初の火蓋を切られたノールウェー作戦によ
り、いよ/\本格的武力戦、実力戦が展開されてゐる。や
や冒険と考へられた北欧作戦は、その優秀な空軍の活躍
によつて成功を収め、相当困難と考へられたオランダ、ベ
ルギー作戦も、徹底的な戦力発揚によつて旬日を出でず
してこれを席巻し、殊にベルギー作戦の末期には、ベル
ギー、英仏の聯合軍百万をフランドルの野に殲滅し、千
古未曾有の赫々たる戦果を獲得し、更に北仏に破竹の進
撃と続け、遂にパリを攻略し歴史の一頁を飾るなど、ドイ
ツ軍破竹の進撃戦こそは今や世界驚歎の的である。今
こゝに、かくドイツ軍の優勝する所以について、一応の
考察を試みて見ることにする。

 一 ドイツの国策

 ドイツの国策は極めて明確である。ヒトラー総統は一
九二〇年、ナチス運動開始以来、(一)民族自決の原則に基
づき大ドイツ国を練成すること、(二)ドイツ民族の他民
族に対する同権を獲得する為め、ヴェルサイユ、サンゼル
マン両条約を破棄すること、(三)ドイツ民族の生活及び
過剰人口移植の為めに、国土と植民地(大戦後奪取され
たものを指す)を取得すること、の三大要綱を以て対外根
本国策としてゐる。しかして一九三三年政権を掌握し
て以来、非常な熱意と全力を尽してこれが実施に驀進し
てきた。しかして第一段の目的、ヴェルサイユ条約の破棄
は、一九三五年における再軍備宣言と、これに次ぐライン
ランド進撃によつて達成された。現在は第二段を解決し
て第三段に入らんとしてゐる時期であると見るべきであ
る。しかしてこの第二、第三段の目的達成のためには、
強力な軍備と、前欧洲大戦に苦杯を嘗めたところの資源
戦的整備との両者が必須の条件であるとなし、この両者
の整備充実に払つた努力は異常なものであつた。
 かくヒトラーの政策は確乎不動であり、万事プログラ
ム的に進行してゐる。この計画的政策に従つて軍備は充
実され、準備されてゐたのである。

  二、国内態勢の整備

 一九三三年ヒトラーが政権掌握後、卓越せる見識に
加ふるに、確信ある断行を以て、新国家の基礎を建設し
た。即ち、強引にしかも常に合法的に処理し、順を逐ひ
筋姦じ、眈萎む改革するに既存法的合添む以て
 し、各カを用ひることなく民族革命む途行したのであ
 る。と▲に、ヒtラー政権に封する国民の東海と虐玖と
と、いrく強力ならしめた重大素因があるのである。
 政稚の確立に伴ひ、ヒーラーはその他界観に基づき、粛
                        だん小▲′
 三rイツ囲毒設のため着々と国内の革新を断行した。
 しかしてこの国家態董傭は、−に戯季遽行、戦争
 く▲●んてり
 貫徹のための国家態勢の各個であつて、戦時助平時、平
                         けいく■ウ‘ヽ
 時如軌時の奏であるべく、凡ゆる分野において計壬が
 粛々‡施されてゐ潅のである。

  三、作戦準備

 以上のやうな政治情勢に鼻づレて作戦準備が碁へられ
 てゐた。しかして作戦準備は作戦目的に合するところの
作戦兵力と作戦資材によつて基備された。しかもその作
・掌材なるものは、質a上からいつても、丑の上から見て
も、外強に比べて飛び軟けて優良に亜備することができ
                     てつげい
 た。それ払、ヴ▲ルサイ斗傭約によつて軍備む撤廃させら
 れたことが、その毒に昔つて、全く斬らしい紀代我型
 によつて鼓備を亜へ得ることとなつたのである。人間苫
  ‡い_−1
 事塞象の馬といふか、春秋の筆法を以てすれば、ヴェル
 サイユ條約がドイツの旺代軍備を作らしめたこととなつ
 たのゼある。

   四、戦力の集中教揮

  今次戦争に放ては、この充分準備せられた作戦資材と
 兵力が、常に故に封し絶封便勢を占め得るやうに、時間
 的に場朗的に集中使用せられてゐる。今一例を以て詮明
 すればオチソダ攻略戦は僅かに数日で経つた。これには
 周到な準備、申ち渡河作戦資材の亜備、バラyユー下部
 験、弟五列部隊の活沌等、むらゆe取計べき改革手段が
 毒されてゐる。有名な芸ネ」−ル要塞の攻略の時間
 塩梅も、かくの如き戦力の集中蟄坪によつて茸現し得た
 のでむつた・
         一l■’ −’一■▲I
 しれも戦力の滑耗む補ふに足る兵力資材む保有し、
           しんlい     けg●,              一 くbくl●l
 次ぎくと新銃戦力を補充してゐるから、戦果の碗張
 は宰に‡行し得るわけであるっ・

  五、統帥の妙
     ′ヽくlウ ▲ ●・
 血詔叩が珊立不可であると・との・利ば、英、併南国が】A
              ●● 止■l
強要や・つて。ゐる間擬さとは此故にはならないが、
ゃとa−の場合においては耗帥樺が礪立してゐる・=●と
昇ふょりも更に、耗叫政略、国民の三者全部がヒトフー
 略よつて完全に統合され、協調されてゐるといへる。
tかしてととフーの統帥振りには、前飲洲大戦以来研究
に研究む重ねたところに基づき、他国のなさんとする封
宋に封し、更に与れに先ずる封朱むト常に勇敢に逢行し
 てゐることが見られる。
                           ▲r
 例へば、マジノ要塞線に墟つて安心してゐるフランス
              はつ ●
軍に封し、意表外の戦力黎坪によつてこれを突破してそ
 ■●ぐ●い        lラlい
の浮外にな析出し、折角の嬰窺も何等の倍値を教挿させ
ないやうにしたのもその−例である。

  六、経済資源の準備
  歯大我の背い澱故に基づき、丁サクルキー、つまり自給
 自足耗沸の室に金力を重した。此のためにドイツ申円
                    ▲▼一 −
 灯不足する石埠銀、軍事資材の貯稀には多くの努力を執
                            ●
 つてみる。例へば、弾薬などは合糞的忙計算し、これ
          l▼一レ          ■▼くり
 が整備には国費を悼まなかつた。徒つて理清流妙に貯耗。
                    ‘I小}−
 ができたわけであろ。飛行横、萱丁の滑耗に封しては、
 たとへ洩儲を有つてゐなくとも、工業力は便にこれを裂
     いレ●l▲lい
 産得る状態満ある。
  七1]国民の一致囲捨
    て●小いしん
  封英敵憬心は−兵一市民に至るきで徹底してゐる。こ
 の封英敵慢心は、結局ドイツ国民生存のためにあるので
           は ′■
 あるとの信念を把持してゐる−しかして英固を敵とする
                      小17■yl一
 以外に敵を作らないやう、あらゆる考慮が沸はれてゐ
 る。例へば、占領地オランダにおいては、オランダの
  ふ ■yl一
 停虜は全部開放し、常備軍だけはそのま1軍務に服させ、
 オランダ賂攻に封してはドイツ兵に皆敬捜させる等、
            ●てい    て▲・たい  ′か →つ
 封等囲相互間の祀式を規定し、何等敵封又は侮蔑的軌念

 

は認められない。
                   し●1J▲▼く
−方ヒトラーは、三三年政権む箪塩するや、ユダヤ
  dいけ●             とウニ
人を排牛し、英、米ユダヤ資本金融の虜から眈し、同家
           一いt与−
が経済的虹ユダヤ人に制肘されないやうに鼓傭した。こ
れはまた宜仰、防諜上からも有利な結果を射した。

  入、英仏軍敗戦の原因
          しんhWん
 ドイツ。軍が多年鹿勧忙今次戦争に紬し研究む重ね、武
廿忙よ局地戦跡決の方針の下に閑寂の紘力を挙げて、戟
     ▲■いしん
季碍備に邁進しっ1あつたのに封し、英沸側は、協調外
賓により現状継持が可能であらうとの官膚上、前大戦に
            ▲●一一
恵ける濃淡拳過信の洪つた戦争勅、男忙自由義的
             ▲セ一_はひ。
だ村民性や政治能夢尊に沸され、戦争準備、特に武力我
準備a怠つた結果が、今次の戦争における雨音の瀬開力
     はW▲山小く
・紅梅段の凝縮と生じさせたものと考へられる。。

  九」文部事変との此軟考察
 安野壷忙おける作戦は、西欧戦場にお廿る作戦と国
 】に論ずることはできない。地理的に、文化的に、はた
              ●1ヽ山−
 又戦零の本質において趣きむ虜にする。先づ地理的に
 見ると、オラyダ、ベルギーの戦場地域は、わが上海南
           T▲7山くだい
 京作戦にも及ばない猫瀬大の小地域に過ぎない。
  しかも雨着文化の差は比較にならない。変速網の竣
 建した西欧戦場と原始状態の東亜の戦場とは、作戦用
             ▲′んやい
 兵上の困難さにおいて宰泥の差ありといふべきである。
 また人口救より見て・も、支郵は四億に上る多数であ。る
 灯射し、西欧戦場の人口親政は多くも四、五千常に過ぎ
                  ▲l▲′く       lI い
 ない。徒つて治安雑持に沸ふ労苦にも大きなふ萱臭があ
 hろ●
      L▼●▲’一一い
  その他辞細に見たならば、隼多性質を異にするものと
 食見できるのである。
                         一ん●り
 東郷手蒙勃蟄以雑、兵事は裁多の篭生血作瀬、破滅我と
 敢行し、赫人たる戦果と収めてゐをが、本質的に見た
                         ←んl一V
 東亜大睦の作戦には、西欧作戦の如く、しかぐ簡半に片
 付け待ない泰日然の偉力とも吾人ははつきり寵散しなけ
 ればならない。