第一八七号(昭一五・五・一五)
  派遣軍将兵に告ぐ          支那派遭軍総司令部
  武力作戦の重要性         陸軍省情報部
  その後における仏印ルートの爆撃  海軍省海軍軍事普及部
  近東の現状            外務省情報部
  特別寄稿 二千六百年史抄(一三)  内閣情報部参与  菊池 寛

派遣軍将兵に告ぐ   支那派遣軍総司令部

 天長の佳節に当つて、支那派遣軍総司令部で、『派遣軍将兵に告ぐ』のパンフレットを現地将兵に配布したが、派遣軍将兵に限らず、銃後国民としても一読すべきものであるから、こゝにその全文を掲載することにする。

一、事変発生の根本原因

 東洋に対する自覚の欠如 世界に先行せる道義文化の伝統を享有し、二千年来の友好関係を継続してきた日支両民族が、近世において兎角非友誼的対立抗争状態を現出した根本原因は、主として共に東洋人たるの自覚を忘却し、個人主義的欧米物質文化に眩惑したことに帰するものである。即ち、近世における支那の為政者が事毎に欧米諸国に依存し、その力を利用し我が国の発展を阻止せんとして、兄弟牆にせめぐの端をなし、自らその殖民地たる地位に沈淪するに至つたことと、また一方、日清戦争に勝つたわが国民が、戦勝国の地位において支那に臨み支那人を軽侮し、欧米人に対しては先進民族としてこれに阿諛し、その前には屈すべからざる膝をも屈するものあり、肇國の大理想を忘れ、侮支拝欧の弊に陥つたことが、帰せずして今日の事態に立至つた所以である。従つて両国民が共に東洋への自覚において日支関係の根本的是正を図ることが、今次事変の目的である。
 蓋し、科学的文化の上では、遺憾ながら後進国であつたわが国が、近代国家への躍進課程として以上の経過を辿つたことは、真にやむを得ざるものであつたとはいへ、反面また誠に慨はしいことであつた。
 爾来わが国力の飛躍は著しいものがある。明治維新当時においては、たゞひたすら自国の擁護を全うするだけの実力しか持たなかつたものが、日露戦争においては、独力よく露国の極東侵略を挫き、満洲事変においては、正を履んで恐れず敢然として国際聯盟を脱退し、更に今次事変においては、東亜再建の理想の下に、新秩序建設の大旆を掲げて蹶起するに至つた所以は、偏へに御稜威の下に、先輩忠烈の貽績(いせき)による国力の充実に伴ふ国民的自覚に基づくものである。即ち、われ等は今や正に東洋民族の先覚として、東洋への自覚、東亜の再建といふ歴史的大転機に直面してゐるのである。
 欧米諸国の侵略的策動 英国が東洋侵略を開始したのは、今を距る約二百年前のインド経略に端を発してゐる。人口三億五千万のインドをその殖民地として尚ほ飽き足らず、更に支那に歩を進め、百年前の阿片戦争によつて香港を取り、上海、天津の租界を獲得し、逐次揚子江を制し来つたのであるが、わが国の蹶起と支那民族の覚醒によつて、その露骨なる侵略方式を変更し、支那を援けてその統一に或る程度の助力を与へ、これが代償として財政、金融上の実権を掌握し、政治、経済上殆んど独占的地位を占め、わが国の進出発展に対しては対立の勢を示し、抗日政策を採らしめたことが今次の事変に至つたのである。
 阿片戦争の本質は、インド人の作つた阿片を安く買上げて之を支那人に高く売りつけ、その利益は英本国商人が独占し、その結果として支那人を廃人化し来つたものである。新らしい支那の自覚した青年によつて起された辛亥革命の進展に伴ひ、列強搾取の殖民地的地位から脱却せんとした排外運動の第一目標が、英国に向けられたのは理の当然であつたが、爾来彼はその高圧的政策を巧みに偽装転換して支那の民族運動を援助し、その鋒先を排日に転向せしめ、日本の進出を阻止して今次の事変に至つたのである。
 一方ソ聯は、帝政ロシアの崩壊と満洲事変の結果とにより、支那特に満洲に扶植せる既得権益を喪失したため、外蒙及び新疆省方面より支那の侵略と東洋の赤化とを企図し、その第一著手としてガロン、ボローヂンを派遣し、辛亥革命の帷幄に参画させて巧みに共産党の勢力拡張を図り、支那の民族運動に便乗して極東における強国たる日本の大陸進出を妨害せんと試みたのである。
 英国が主として浙江財閥を基礎とする国民党内に勢力を占めて、その既得権益を擁護せんとするのに対抗し、ソ聯は共産党を操縦し主として農民層にその新興勢力を扶植せんとしてゐることは明瞭な事実である。従つて国共両党は背後の力を異にしその本質を異にしてゐるから、対立抗争するのは当然のやうであるが、抗日といふ共通の目標のために犬猿同行、国共合作を以て今次の事変に臨んだのである。
 最近重慶内部や山西、河北両省等において国共の衝突を伝へられてゐるのは、欧州事態の反映とも見られるのであつて、英ソ両国の関係が対立状態にある現状より見て当然の傾向である。
 蘆溝橋事件の直後、わが国は終始不拡大方針を堅持してきたのであつたが、欧米、ソ聯の使嗾煽動を受けた抗日政権は自己の犠牲に盲目となり、わが国との間に時局を収拾せんとする反省の余裕なく、遂に今日の如き未曾有の大戦状態に進展したのである。
 英国が最近日本に妥協的態度を示してきたことは、在支既得権益の過半が上海を中心として、わが占拠地域内にあるため利害を打算した結果と、欧州の情勢切迫による当然の一動向である。これに反し、共産党の根拠はわが占拠地域と対蹠の西北支那にあり、且つまた日支抗争による両国の疲弊は、赤化促進の好条件であるから徹底抗日を呼号し、重慶政権を脅迫して抗戦継続の盲動をなしある所以である。

二、抗戦の対象は何か

 抗日政権の迷妄打破 現在重慶には英、米、仏、ソ聯等の大使が集合して何事かを画策してゐる。英、米、仏は何とかして重慶を助けて日本の腰の挫けるのを待ち、ソ聯は日支の抗戦継続によつて日本の対ソ戦力の消耗と、支那の疲弊による赤化の促進とを策しつゝあることは誰しも判断し得る所である。即ち、わが交戦の対象は英、米、仏、ソ聯の煽動に躍りつゝある抗日政権及びその軍匪であつて決して支那の良民ではない。従つてこれら抗日政権及びその交戦力の主体たる軍匪は本事変の目的に鑑み徹底的に膺懲し、これが飜意反省を見るまでは五年でも十年でも戦争は継続しなければならないが、刀折れ矢尽きて我に降り、或ひはその誤りを覚つて帰順して来たものはこれを寛容すべく、また無辜の良民は心からこれを綏撫し、弱きを扶け凶暴を挫くべきわが伝統の武士道を、この聖戦において遺憾なく発揮することが派遣軍将兵に課せられた大使命である。
 欧米諸国の対日敵性の本質 英米仏等の諸国が重慶政権を援助してゐる根本目的は、前述の外、日本の援助による支那の独立解放を恐れてゐるからである。即ち、彼等は支那乃至東洋を永久に殖民地の状態におき、本国人の利益を基礎とし搾取の対象としてこれを維持することを念願するものであり、またソ聯の企図する所は抗戦継続による日支両国国力の消耗であつて、共に道義に反し打算に立脚するものである。なほ彼等の我を危惧する理由として、極東よりの閉出し放逐を受けるといふ眩影恐怖感を挙げることができる。これは東亜再建と東亜閉鎖との錯覚である。支那の独立完成と日支の善隣結合とは、何等第三国の排除を意味するものではない。彼等の正当善意の強力は寧ろ望む所であり、これ万邦協和の本領なのである。
 聖戦の真義が御詔勅に炳かなる如く、東洋の平和であり、道義の顕現であり、抗日支那の反省を促し、その建設に協力するものであればこそ、我等は堂々天地に愧ぢず、千万人と雖も我往かんとの信念を以て邁進しつゝあるのである。打算に立脚した列国の向背は一時の現象であつて、吾人が正道を履んで終始渝ることなければ、天下に敵なく道義は必ずその光りを放つであらう。

三、大御心を拝察せよ

 事変発生当時の御詔勅と本庄将軍満洲より帰国の際の御下問 第七十二帝国議会開院式に賜はつた御詔勅において「帝国ト中華民国トノ提携協力ニ依リ、東亜ノ安定ヲ確保シ、以テ共栄ノ実ヲ挙グルハ、是レ朕カ夙夜軫念措カサル所ナリ。中華民国深ク帝国ノ真意ヲ解セス、濫ニ事ヲ構ヘ、遂ニ今次ノ事変ヲ致シツツアリ。是レ一ニ中華民国ノ反省ヲ促シ、速ニ東亜ノ平和ヲ確立センムトスルニ外ナラス」と明示し給へると拝察し奉れば、聖戦の真義厳として炳かである。
 満洲事変一段落を劃して内地に帰還した本庄将軍が、 天皇陛下に拝謁を賜はつた際、第一の御下問は「三千万の民衆は満州国の成立を喜んでゐるか」との意味の御言葉であり、次に「北満の水害対策は出来てゐるか、第一線の将兵は元気か」との意味の御言葉であつたと洩れ承つてゐる。
 優渥にして御仁徳無辺なるこの御勅語と、この御言葉を拝しつゝ、今なほ我が国民の中に非道義的権益的収穫を聖戦の結果として期待してゐるものがあることは、誠に恐懼に堪へない次第である。
 八紘一宇の真義と東洋平和の再建 「上ハ則チ乾霊(アマツカミ)ノ国ヲ授ケタマヒシ徳ニ答ヘ、下ハ即チ皇孫ノ正ヲ養ヒタマヒシ心ヲ弘メム。然シテ後ニ六合ヲ兼ネテ以テ都ヲ開キ、八紘ヲ掩ヒテ宇ト為ムコト、亦可ナラズヤ」とは神武天皇御即位の大詔であり、道義を根本となし正義に則り正道を履み、四海同胞、万邦協和の実を挙げることは我が建国の大精神である。東亜の再建とはこの大詔を奉体し、この建国精神を東亜において実践するに外ならず、東洋への自覚において正しきを養ふこと、即し東洋道義の再建を根本とするものである。
 広く貴賤、貧富、強弱を問はず慈しみ給ふ 天皇陛下の大御心は、 太陽の御光りの如くであらせられるから、内外に光被し久遠に偏照して窮りなく、その光り正しきが故に強く、正しきが故に久しきを得る所以である。
 欧米諸国の支那、インド、アフリカ等に対して採りつゝある資本主義的侵略や、ソ聯の企図する階級闘争による世界革命は、他国または他民族を犠牲として自国民のみの反映を図るものであつて、天地に愧ぢざる大道ではない。従つて能く久しきに亙ることができないであらう。現下世界を挙げて動乱の渦中に投ぜられつゝあるのは、かくの如き非道義的性格を有する世界政策の齎した当然の混乱である。我等は八紘一宇の真義に徹し、以上の如き混乱から東洋を救ふため、自ら先づ道義を実践し、その結果としての日満支三国の結合により東洋永久平和の基礎を確立し、以て大御心に対へ奉らねばならぬ。

四、事変は如何に解決すべきか

 事変解決の根本観念 八紘一宇の理想は万邦協和の建設であり、東洋平和は万邦協和への第一歩である。東洋を救つた後には世界を救はなければならない。
 しかして東亜再建、即ち、東亜新秩序建設のためには、先づその基礎である日満支三国の関係を道義的基礎の上に物心両面に亙り調整結合せねばならぬ。これが今次事変の直接目的であり、日露戦争、満洲事変、及び今次事変はこれが歴史的努力の過程である。即ち、今次事変の本質は、消極的には、日満支三国の安定確立に関する努力であり、積極的には東亜再建への発足である。
 日満支三国関係の調整結合に関しては、既に国策として善隣友好、共同防共、経済提携の三原則が提唱せられてゐる。即ち、三国は道義を以て一致の根源となし、国防及び経済の協力を以て重しとなすものであつて、相互に国家民族の本領特質を尊重して相提携し、互助親睦の交誼を厚くし、隣邦相戒めて唯物赤化の侵襲を防ぎ、平等互恵の経済を以て長短相補ひ、有無相通ずるの実を挙げ、以て東洋本来の道義文化を保全発展せしむべきであり、この関係は東亜再建の基礎であり、模範であらねばならぬ。
 日本は支那の統一強化を望むか、細分弱化を望むか 支那が眠れる獅子として尚ほ獅子の威力を有してゐた時には、列国の東洋侵略を遠慮させてゐたのであるが、日清戦争の結果眠れる獅子の弱体を世界に暴露したために、欧米諸国の侵略を見たことは歴史の明示する所である。
 支那の独立を脅威せられることは東洋の平和擾乱であり、日本への脅威である。従来やゝもすれば、支那を細分弱化してこれを操縦せんとするやうな考へを持つ者が絶無ではなかつたが、この考へは支那を侵略せんとする欧米諸国の模範であつて断じて聖戦の目的ではない。
 日本が支那の内部に火の如く起りつゝある支那統一の民族的要求実現に、如何なる協力をも惜しまざる大決心を固めた時に、始めて日支善隣の結合は得られるものである。万一日本人にして支那人を瞞して不当の所得を望み、或ひは外国に倣つて支那を日本の殖民地の如く考へる者があつたなら、道義日本の本質に反するものであり、到底天に愧じざる信念を持つことはできない。
 聖戦の真義は、道義による新秩序の建設にあることは炳乎たる大方針であるから、総ての施策もまた言行一致の誠意を以て臨まねばならない。 
 欧米諸国の唯物的非道義的政策による旧秩序(資本主義的支配または階級闘争的革命)の清算是正を目的として起つた聖戦の真義を、何等の未練と懸値なしに現実において示すことを、我等の念願とし理想としなければ大御心に副ひ奉る所以ではない。
 満洲建国の根本精神を想起せよ 日清、日露戦役、満洲事変による幾万の尊い犠牲を以て生まれた満洲帝国は、民族協和の新原理による道義国家である。先般日本より進んで治外法権や附属地行政権を還付して、満州国の健全なる発展強化に善隣としての道を尽したのは、内外斉しく知る所であらう。爾後の満州国は隆々たる発展を示し、世界動乱の渦中においても三千万の民衆のみは戦果を受けることなく、その居に安んじその業に楽んでゐる。
 満州国が以前のやうな張軍閥の搾取下にあつたならば、恐らくは今頃はソ聯の一属領となつて三千万の良民は塗炭の苦しみを嘗め、或ひは第二の日露戦争が満洲の野に展開されてゐたかも知れない。
 東亜新秩序と東亜聯盟の結成 東洋諸国が桃源の甘夢から醒めた時には、欧米諸国の爪牙が既にその心臓部に喰込んでゐたのである。
 支那が百年前に覚醒してゐたならば、支那の独力で欧米諸国の侵略を防止し、阿片戦争も日露戦争も、或ひは今次の事変も免れ得たであらう。
 元来日支両民族は歴史的に二千年の交誼を有しつゝも、西洋諸国との接触以前においては国を挙げての干戈を交へた事例がない。日満支三国が個々に分裂抗争すればこそ欧米に侵略搾取の機会を与へるが、三国が真に結合すれば恐らく世界の何れの国と雖も一指をも染めることが出来ないであらう。即ち、東洋永久平和の基礎は日満支三国の道義的結合の上に東亜聯盟を結成し、善隣友好の関係を維持し、東亜侵略の暴力に対しては共同防衛に任じ、相倚り相扶け互恵の経済を以て有無相通じ、三国国力の充実発展を図ることによつてのみ実現せられ、延いては東洋における他の諸民族の自主正常の発展をも助成し、万邦その福祉を倶にするの世界平和に貢献し得るのである。
 東亜新秩序、即ち東亜再建は、以上の如き日満支三国の善隣結合を中核とし、これを全東亜に発展せしめんとするものであつて、その庶幾するところは東亜の各国家民族がそれ/"\安住の処を得、近隣親睦、互助協力し各々その天分を遂げて興隆し、以て東洋の道義文化を再建発展せしめんとするに在り、その要点は、道義的基礎の上に各国家民族の自主独立と国防及び経済等の相互協力関係とを律することである。
 東亜新秩序における国家相互間の関係は、究極において聯盟結成への発展を予期するものである。東亜聯盟の真義は、右のやうに道義的基礎の上に東亜の安定と発展とを確保し、世界平和の再建に貢献せんとするものであつて、先づ日満支三国を以てこれが基礎となすも、三国以外の諸国が之に加入することは固より当然の発展として期待する所であり、また欧米諸国にしてこれに偕行協力せんとするにおいては、勿論喜んでその進出を迎へるものである。

五、 派遣軍将兵は如何に行動すべきか

 真個の日本人たれ 日本内地において今なほ聖戦の真義に徹せず、西洋模倣の侵略思想により権益的代償を求める観念を清算し切れない者のゐることは遺憾である。 陛下の万歳を遺言とし、東洋平和の人柱となつて十万の骨の上に築かれるものは皇道の宣布であり、東洋道義に確立であり、その結果として東洋の平和である。求めざる心によつてのみ永遠の平和が求められるのである。力を以て、求めたものは力を以て奪回せられ、道によつて得たものは道に悖らざる限り喪はれない。
 前に謹述した御勅語の中に「中華民国深ク帝国ノ真意ヲ解セス」と宣はせられてゐるのを拝誦して恐懼に堪へないことは、事変前において我々日本人が、真の日本人として大御心を奉体しこれを支那人に伝へ、支那人をして大御心を理解せしめるの努力に欠けてゐた点である。
 事変解決の根本条件は、一億の日本人が速かに欧米的思想より覚醒し、真の日本人に立還りて日本の真の姿を確認し、国を挙げて肇國の大理想実現に身命を捧げる決意を固めることを第一とすべきである。東洋を東洋へ還す前に、先づ日本人は日本人に還らなければならぬ。
 皇軍たるの本質に徹し身を以て道義を実践せよ 皇軍の特質は、道義の軍として皇道を宣布することを使命とするにある。 陛下の軍人、 陛下の軍隊は行住坐臥、たゞ大御心を奉体し身を以て実践しなければならぬ。聖戦遂行の第一線に立てる派遣軍将兵が、その行状において天地に愧づるやうなことがあつては大御心を冒涜し奉り、支那人に、反つて永久の恨みを残すことになる。人心を逸して聖戦の意義はない。掠奪暴行したり、支那人から理由なき餞別饗宴を受けたり、洋車(ヤンチヨー)に乗つて金を払はなかつたり、或ひは討伐に藉口して敵性なき民家を焚き、または良民を殺傷し、財物を掠めるやうなことがあつては、如何に宣伝宣撫するとも、支那人の信頼を受けるどころか、その恨みを買ふのみである。従つてたとひ抜群の武功を樹てても聖戦たるの戦果を全うすることはできない。
 十万の英霊は地下で我等の行状を見守つてゐる。司令部や本部は率先して自粛自戒、常に第一線将兵の上に想ひを致し、第一線将兵は戦死した英霊に想ひを致して、その身を正しく律することが生残つた者の当然の道である。
 長期戦勝の素因は志気の伸張に在る。聖戦の目的を貫徹するまでは、五年でも十年でも戦はなければならない。征戦久しきに彌(わた)るも軍紀の弛緩を来さない為めには、特に上級者の自粛自戒率先垂範を先決としなければならぬ。
 敬、信、愛を以て両民族を永久に結合せよ 「弱きが故に助ける」といふ気持(愛)は、日本人の伝統的性格である。聖戦の出発点は、欧米諸国の策動に利用せられて盲動する抗日政権を膺懲し、虐げられたる良民を救はんとする精神に立脚してゐるものであるが、戦後に期待する日支両民族永久結合の為めには、更に一歩進んで支那民族の本質を正視し、その長所を見出しこれを尊重し、信をその腹中におくの雅量を必要とするものである。
 我を騙すかも知れないと用心してかゝれば、対手もまた何時までも解けない気持を抱くことは、個人の交際においても国家の関係においても同様である。四千年の古き歴史と、欧米に先覚せる文化を持ち、わが国と二千年の友好関係にあつた支那であり、兵匪の暴掠や天災地変に脅かされても誰人にも訴へる能はず、また最近においては欧米諸国の資本主義的侵略に搾取せられながらも根強く生存し、孜々営々として大地と共に生きてゐる支那人を見て、その靱強(じんきやう)とその忍苦とその素朴とに美点を認め、一度や二度の背負投げも喜んで受けるだけの腹で進めば、必ずや両民族の精神的結合に到達し得るであらう。
 日本を信頼せよ、日本人と提携せよ、と如何に叫んでも、支那人が心から日本を信頼し、日本人を信用するに至らない限り一方的である。
 我等は支那人に呼びかける前に、先づ己を真の日本人として正しくすることが先決条件である。
 英霊を冒涜すべき不良邦人を戒飭遷善せしめよ 軍に跟随し、同胞の先駆として大陸に進出した邦人中には、或ひは宣撫に、或ひは看護に、献身犠牲的活動をなし職に殉じたもの、また現に活動をなしつゝあるものも少しとはしないが、日本人の面汚しも亦少からざる現状である。法に触れたものの多いことは勿論、触れないものと雖も道徳的に指弾せらるものの甚だ多い現状は、遺憾ながらこれを認めざるを得ない。
 上海、南京、天津、北京等の夜の状況を一巡すれば、如何なる状態にあるかを判断することができよう。遊興の蔭には不正があり勝ちであり、支那人を瞞し脅して不正に利得を貪り、或ひは敵側に利することを知りつゝも営利のため敢へてこれを為し、或ひは外支人の手先となりて我が方に不利となる行為を敢へてする者、なかんづく外人に対し名義貸しをなし不当の利得をなすもの、或ひは個人の利益のみを図りて全般的統制指導を拒否するが如き者がある状態では、何時まで経つても聖戦の成果を収めることができないのみならず、日支両民族を永久抗争に導くものである。派遣軍将兵は先づ身を以て自粛の範を示し、不良邦人の反省自覚を促し、十万の英霊を冒涜するやうな結果を来さしめない心構へを以て、足下を浄めることに努力しなければならなぬ。
 十万の英霊は、不良邦人が懐を肥やすために日支両民族を再び抗争に導くやうな結果を見たら、地下で何と訴へるだらう。英霊を慰めるの途は、単に礼拝供花のみでは足りない。その骨の上に築かれる日支永久の結合を実現させることに全力を尽くすことが生残つた将兵一同の義務であり、また英霊に対する最善の供養である。
 支那人の伝統と習俗を尊重せよ 支那には支那の伝統があり、支那人には支那人特有の習俗がある。これを尊重しこれを理解してその面子を尚ぶことは絶対不可欠の要件である。日本人は真の日本人たると共に、支那人が真の支那人たることを尊重せねばならぬ。友好には寛容と同情とが必要[で]ある。
 日本の法則を支那に強ひたり、日本人が支那の内政に干渉したり、日支合作を唱へながらも支那人を傀儡視したり、または其の習俗を無視しては、如何なる創意妙案と雖も実績を挙げ得るものではない。宜しく支那自体のことは支那人に委せ、信をその腹中におく雅量を以て接しなければならない。
 正当なる第三国人に対しては寛容であれ 破邪顕正(はじゃけんしやう)は皇軍の使命である。皇道宣布のためには、国を挙げて起つべきは、わが国民的信念であると同時に、無力の弱者を庇護することもわが武士道の本領である。今やわが占拠地域内に関する限り、第三国権益の如きはわが大軍駐屯の前には無力無抵抗の存在である。この裡(うち)にあつて、遠く故国を離れて生存する第三国人に対しては、正当にして利敵行為なき限り、支那の良民と同様寛容を以てこれを遇し無用の危惧を去らしむべきである。東亜再建は万邦協和への段階であるから不当利敵のものはこれを排するも、正当不偏のものは斥けるべきではない。戦時の要求存在するの故を以て平時も永久に然らんとする彼等の危惧に対しては、わが要求の限度を吟味してこれを明示し、わが公明なる真意を諒解せしめるやうに教へ且つ導くべきである。過去に過(あやま)てるが故に現在においても咎め、本国非道の故を以て罪なき個人に報復することは皇軍将兵の為すべき所ではない。若しそれ彼等の本国が聖戦の真意を曲解し、東亜の擾乱を図るものあらば、堂々国家の決意において破邪顕正一刀両断の施策をなすものである。

六、 交代帰還将兵に告ぐ

 聖戦久しきに亙るに従ひ、内地に交代帰還する将兵の言動が日本の国内に与へる影響の如何に強いものがあるかを深く省る必要がある。
 征戦三年、あらゆる困苦に堪へ弾雨を冒して得た精神的収穫は帰国と共に消滅し、物質万能の世相に捲込まれることがあつてはならぬ。戦争に来なかつたものが楽をして金をため、或ひは高い地位にありついてゐる等の矛盾せる現実を捉へて、帰還将兵に呼び掛ける國體破壊の左翼運動が潜行してゐることも警戒すべきである。戦友を失ひ、部下を殺し、上官を亡くした者の考へなければならないことは、地下の英霊が何を望み、何を期待してゐるかの一事である。皇國日本の姿をます/\高く世界に顕現し、東洋平和の御詔勅を奉じ 陛下の万歳を遺言として骨を曝したのである。若しこの英霊を冒涜するやうな国内の醜状、国民の無自覚あらば敢然として起ち皇運を扶翼し奉り、聖戦の目的貫徹に向つて国内を導くの覚悟を必要とするのは言を俟たないところである。生命を弾雨の危険に曝し、幾度か死線を越えて得た精神的収穫は如何なる物質を以ても購ひ得ない賜ものである。帰還後物質万能の世相に敗退することなく、皇國民の精神的中核となつて郷党を指導することは、生き残つたものの英霊に対する義務である。
 欧州においては昨秋以来第二の大戦状態を呈し、東洋に対する列国の干渉は、そのためにやゝ緩和の状態にあるが、利害打算を信条とする欧州各国が、打算の取れない戦争を永続するものと期待してはならない。何時平和(固より武装平和であるが)状態になるかも予測できない。このときおいて彼等が欧州に得られなかつたものを東洋に求め、また第三国が連袂して対日干渉を試ることも当然予期しなければならぬ。
 第二、第三の国難が、内外両方面より神国日本への試練として加へられることを予期し、挺身難に赴くの準備を整へ、以て 大元帥陛下の信倚に対へ奉ることが十万の英霊に対する何よりの供養である。