宮内海軍大臣の戦況説明
   (附 伊境第六十三潜水艦引抜に関する詮明)

 東郷事変忙印しまして、前譲合以後に放ける海軍作戦
  小い▲ll・
 の概要忙つき申上げます.
                        ▲▼ん一つ
r 帝国海車の鹿女作戦部隊は、睦軍と繁密忙協同致しま


 して、占領地水域の確保安定、働近敵兵力の撃滅、滑岸
       し●が「ん
一帝の交泡遮断、或ひは奥地戦略要頻の舵室改革等、筏多
由稚なる作戦を連行致しまして、ひたすら聖戦目的達成
 の馬めに弟戟奮闘を預けて居るのでありますが、今其の
 耽況を各方面に介つて申上げます.

     揚子江方面

 椅子江方面に放きましては、一咋年秋武漠三鋸攻略格
                     山rくし▲T
 更に進撃を続け、同年十一月には膚州む占領致しまして、
 南米この地より椅子江口造約入首浬に亙る水路及び之打
 藤津する大小幾多の江湖に放きまして、残存機雷の放
      し†●山い‘つ
 除、水路醸碍物の清掃等を碑行し、又厘モ江岸に出漁す
 る壌敢の掃蕩を行ひまして、・中立方面に居りまする陸首
 都陰に封する補給大動脈を確保し、作戦上及び治安維地
 上多大の成果を収めたのでどざいます.
  是等江上に放ける作業そのものは、何等華々しいこふ
 もなく、しかも一刻の油断むn許しませぬ状況でござい車
 して、極めて苦弊の多い作糞でありまするが、我が作戦
也叩験は堅忍不竣、虫兄く輿の任山袴を完全に遽行数して居り
ヰ九ナ.
                              川り †, こ
 −方昨年三月の南員方南作戦に放きましては、都傾湖
   山ん小▲フ
及び鞄江方南に行動致しまして九月下旬の湘江方南の山作
戦に於きましても洞庭湖より湘江を遡打、叉十月上旬
                かうい・,こ
江蘇省方面の掃満作戦には、高郵湖及び洪澤湖定進入致
しまして、拾岸地隈を稀哉致しまする
等、我が陸軍部隊と碑接なる協同作戦
を賓部数したのであります.

    海上方面

 攻に海上の方面に放きましては、
滑岸に於ける交通遭断を概行します
ると共に、海陸協同の下に各軒の作戦む賓施政して居
ります.即ち二月には梅南鳥を攻略し、南支方面完竹
を制墜致しまする上に於て極めて忍要なる岡島を占撮
し、叉是と略モ時を同じう致しまして、北方に於ては
海州の政略に常り、滑岸及び液河水域より陸軍に協力
 致しまして行動し、多大の繋を収めたのでありま一
 す.
                       入ワゝl・−
  六月には南東方面に於て糾頭泣びに附近一怨叩を政略し
 粛東省部に於ける重妥補給路を遮断し、叉是と相前後し
 て、南支給岸の重要地鮎でありまする締州、況州等十二の
     、い●、く
 経口を閉塞致しまして、東南方梅南よりする物資輸入路
         の閉鎖を緊密ならしめたのでありま
          す.
         更に十一月に入りましては、安南海
         濁に放ける上陸作戦を行ひまして、彿
         領印度支那より庚西省を通じて行はる
         る物資輸入路汝び忙安南海潮方面より
         する物資補給路を切断することになり
 ました.かくの如く致しまして、我が梅軍は愈そ支那全治
 岸射ち海岸線約二千入有浬に及ぶ地域に封し強大なる制
 墜力を加ふるに至りまして、最早敵の利和し得る梅粒
 は、殆んど存鹿しないやうな状況に未到つて居るのであ
 b/ます.

   航室部隊の清旺

 この間に於きまして、海革の舵基部陳は、滑岸及び戦
線附近の敵兵力及び軍胡桃詑等の攻撃、偵察に任じまし
て不断の労力を緒け、特に網田方何に於ける作戦及び大
根性の純上作戦には、大額して之に協力し挿著なる戦果
む収めたのであります.
                          く・7しふ
 埠地に封しましては、凝騒して釆妥地鮎左壷し、重
唱城柵た始めとし、朔は昆朋、音自より北は蘭州、西
せ準−各地に放ける敵の舵峯兵力及び軍事施設に多大の
拘播た桝へ、特に釆慶に封しましては、五月より八月遥の
榊に連綿十救岡の峯製を反帝政したのであります.
 磨に昨年末、南寧占領以後は、連綬西衝立郊各地に活
        けい,ん ゥlし,
刺致しまして、株林、柳州方何に於きましては、同方面
忙ある鰍飛行横の大部克十救横転撃破致しまして、同方
向に掛ける判事碓た接待し、叉伸領印度支那より昆明に
 洩ずる鱗道綿を爆撃し、鱗橋を破壊する等、物資輸遠路
「 の速断蚊びに軽机蛮兵力の撃破に甚大なる教具を収めて
居ります.
 以上は海軍作戦の概蓼でありまして、今や殆んど完全に
敵の海上連絡む遮断し、叉奥地を泡ずる第三国物資輸入
                 l・ウし−一▲フ
路に付きましても、その要衝たj蘭州、昆明に封しまし
                          こん▲ばい
ては、屡モ峯襲を行うて居りますので、敵の疲幣困悠の
度は甚大なるものがあると思ふのであります.
 併しながら事欒の前途何ほ克服すべき艶多の難帥が横
たはつて居りますので、海軍は森く所要の作戦転進め、l
致協力致しまして、作戦目的達成に努力致しまして、
 小み   こ▲た
上里明に應へ率町、下国民の期待に副はむことを期して
居る次第であります.何ほこの際閑民全般の熱誠なる御
後援に封しましては故に海軍将兵を代表致しまして厚く
御領を申上げます.
   伊戟彗ハ十≡藩水壮の引接
                           ′〃ん r
 次に此の横今に放て、咋昭和十四年二月初頭璧後水道
           几■ラかん
に放て艦陳演習中、僚艦と衛爽沈捜致しましたる伊根第
六十三潜水艦の引抜完了につき、・その概婆を報骨御稔明

敢したいと存じます.
 伊槻第六十三潜水艦の沈▲汲に付きましては、、▼‥前議▲曾に
放て海軍大臣よけ詮町政した漁りセあります.
 その後海軍に放きましては、常難む排して之が引揚む
行ふことに決意致しまして、川作業の賓凝む呉銀守府司令
                             ▲1−■′−
長官に訓令し、周酎なる計霧の下に本作菜を隈姶したの
でご▲ぎいます.
 沈汲位想は水深が約官メートルの深海でどぎれまし
て、水盤は強大であり、海底には起伏がごぎいます.
 ●ヽl▲y▲′
潮流も鋭く作糞は極めて困瓢でありまする上灯、天候の
陣碍む受け、風浪の馬め作業不能となるこどが極掛て
.多く、∴ケ月の問に僅かに数日の作糞日数を得るに過ぎ
ないやうなことむあつたのであり女す.
 叉かう云ふ風な深海に於きましでは、海底が暗い馬め忙
・lん・ヽ▼・’ll・く▲て●
時中模索的に作業するやうな状況であります。この各種
の困難と危険を克服しつ1有らゆる調査を賓施し、之む
引揚げまする迄の苦心止労苦とは絶大なるものがあつた
 J
のでありまするが、閑係者一同は有らゆる障碍を排し、
又如何忙長日月を委しましでも必ず引揚げたいと云ふ決
想の下拓、J協力一致本作菜を敢行致しました結果1約一
女年の日子を費しまして、遽に去る一月二十二日を以て
糖他の引抜に成功致した次男でございます.かくの如き
環海に於ける成功は、世界的にも好例のないことと存じ
て居れます.
                あ 小い
.現場に放きましては直ちに遭骸の収容に着手致しまし
.t、・同二十九打之l宝刀了致しました次第でどぎいます.
殉扱者忙付き女しては、肋嶺曾に放て御報骨申上げた迅
                      抄いに一’
トでどざhます.明二月二日は恰も命日に常りますの
               ていヽJ与  く ●,
で、佐世保鏡守府に遺族を招じ、鄭重なる供畢を行ふこ
とに手管を定めで居ります.
 故に右の状況を御詮明申上げ女すと共に、遭難以来仝
官民より寄せられましたる熱烈なる御同情に封し、厚く
.神絶を申上げたhと存じきす.

▲一