第一六三号(昭一四・一一・二九)
  経済戦強調運動について      内閣情報部
  労務動員と労務動態調査      厚 生 省
  臨時日本標準規格の話       商 工 省
  舞鶴鎮守府の開庁         海軍省海軍軍事普及部
  南支北海方面の作戦        陸軍省情報部
  国共摩擦の現状          外務省情報部
  戦時統制物資講座(三)石炭    商 工 省
  最近公布の法令          内閣官房総務課

舞鶴鎮守府開庁  海軍省海軍軍事普及部

 十二月一日、舞鶴要港部は舞鶴鎮
守府として昇格開庁式が行はれる。
 同鎮守府は日露開戦に先だち、明
治三十四年十月一日開庁され、当時
中将であつた故元帥東郷平八郎大将
が初代司令長官に親補された。その
後ワシントン海軍軍縮会議の結果、
大正十二年三月三十一日、小栗孝三
郎中将を最後の司令長官として、制
度改正のため鎮守府は廃され、要港
部が設置された。爾来要港部として
今日に至つた。
 この間昭和十一年四月一日附要港
部令の改正により、司令官は親補職
となつた。当時の司令官は塩沢幸一
中将で、片桐英吉中将を最後の司令
官として原五郎中将が、新舞鶴鎮守
府司令長官に親補された。
 西に欧州の戦雲低迷し漸く第二次
世界大戦の態勢をとりつゝあり、東
に東亜新秩序建設の聖戦が実行され
つゝある秋、舞鶴鎮守府の設置は、
東亜の平和のために、重大なる意義
を有するものと云はれねばならぬ。
然らば舞鶴鎮守府新設の重大なる意
味とは何であらうか。それは、十一
月一日附の海軍省公表が簡明に説明
してゐる。
 海軍省公表 海軍においては軍備充実
  に伴ひ艦船部隊の増加を来し軍港施
  設の狭隘を痛感するに至りたるを以
  て大正十二年廃止せられたる舞鶴軍
  港を復活し、来る十二月一日より鎮
  守府を設置することとなれり。
 かくして、大陸の発展に伴ひ内地
大陸間の交通路として重要性を増し
た裏日本の海の護りは、一層強固と
なり、帝国海軍の陣容は、戦時体勢
にふさはしい無言の威力を加へるこ
とになつたのである。