第一四六号(昭一四・八・二)
  満蒙国境紛争問題          陸軍省情報部
  事変下の我が連合艦隊        海軍省海軍軍事普及部
  何が「軍用資源秘密」か
  支那事変従軍記章の御制定      賞 勲 局
  ドイツの青年宿泊所
  南支沿岸封鎖の強化         海軍省海軍軍事普及部
  日英東京会談とその反響       外務省情報部
  日米通商航海条約廃棄通告問題
  日独貿易協定仮調印
  最近公布の法令           内閣官房総務課

時事問題

日米通商航海条約
 米国、廃棄を通告す


 米国セイヤー国務次官補は七月二十六日午後、国務省に須磨
参事官の来訪を求め、一九一一年の日米通商航海条約を廃棄す
る旨、ハル長官より堀内駐米大使に宛てた左の通牒を手交し
た。

  最近数年間合衆国政府は合衆国諸外国間現行通商航海諸条
 約を右諸条約か締結せられたる諸目的に一層副はしめんか為
 には如何なる変更か為さるへきやを決定するの目的を以て検
 討致し居り候 右検討中合衆国政府は千九百十一年二月二十
 一日「ワシントン」に於て署名せられたる合衆国、日本国間
 通商航海条約か新なる考慮を要する条項を包含すとの結論に
 到達致候 右考息に対する方法を準備し竝に新なる諸事態か
 要求する如く「アメリカ」の諸利益を一層保持し且伸長せんか
 為合衆国政府は前記条約第十七条に掲けらるる手続に従ひ茲
 に本条約か終了せしめられんことの同政府の希望を通告し且
 右通告に依り右条約は其の附属議定書と共に本日より六月の
 期間の満了を以て終了すへきことを予期致候

 今回米国政府が廃棄通告をして来た通商航海条約は、一九一
一年(明治四十四年)二月二十一日、ワシントンでわが全権大使
内田康哉伯と米国国務長官フィランダー・シー・ノックスとの間
に調印され、同年三月三十日に批准を終へ、四月四日批准書を
交換し、即日公布されたものである。これは十八条からなるい
はゆる通商条的で、通牒文にある第十七条には

 本条約ハ千九百十一年七月十七日ヲリ実施シ十二年間又ハ両
 締約国ノ一方カ他ノ一方ニ対シ本条約ヲ消滅セシムルノ意思
 ヲ通告セル日ヨリ六月ノ期間ノ満了ニ至ル迄効力ヲ有ス
 右十二年ノ期間満了ノ六月前ニ両締約国ノ執レヨリモ本条約
 ヲ消滅セシムルノ意思ヲ他ノ一方ニ、通告セサルトキハ本条約
 ハ締約国一方カ右通告ヲ与へタル日ヨリ六月ノ期間ノ満了
 ニ至ル迄引続キ効力ヲ有ス

とあり、今回この六ケ月前といふ廃棄の予告通告をして来たわ
けである。
 これに対し我が外務省では七月二十七日、左の情報部長談を
発表した。

 一、今回米国政府から在米帝国大使を通じ日米通商航海条約
 の廃棄を正式に通告して来たが、何分藪から棒のことであ
 り又理由も簡単である為め、其の真意果して奈辺に存する
 かは未だ詳らかにし得ないのである。
 一、米国側に於いては廃棄の理由としてこゝ数年間米国と諸外
 国間に締結せられたる通商条約の総てに付いて変更の要あ
 りや否やの研究を為し来つたが、現行日米通商航海条約に
 付いては新規考慮を加ふべき、若干の条項ありとの結論に
 達し且つ新事態に即応して米国の権益を擁護増進する為め
 に現行条約の終止廃棄を希望する旨を述べて居る。さりな
 がら右の理由は同時に条約改訂の理由ともなるのであり、
 一挙飛躍的に然かも突如廃棄を通告せねばならぬ理由は是
 だけでは明白にされたといへない。
 一、又米国政府は今回の通告と最近米国上院外交委員会内で
 行はれたヴァンデンバーグ氏提議にかゝる日米通商航海条
 約廃棄に関する討議とは何等関聯がないと釈明して居
 るが、折も折、日英天津会談の進行中とて今回の措置に重
 大なる政治的意義ありと一般から取らるる危険が非常に多
 いであらう。
 一
今や極東に於ては新事態が非常な勢ひで展開しつゝあ
 り、世界脅威がこの事実目を蔽ふことなく正当なる認識を
 深めむことは帝国政府の夙に要望し来つたことである。米
 国政府がこの極東に於ける新事態に即応して新条約の締結
 を望むならば帝国政府は喜んで之に応ずるの用意あること
 は言ふまでもない。


日独貿易協定仮調印さる

 一昨年秋以来、日独両政府当局間で折衝をつゞけてゐた日独
貿易協定は、七月二十八日午後六時(ベルリンの時間)大島大使
及びワイッゼッカー外務次官、ウォールタート交渉委員長との間
に仮調印が行はれた。これによつて日独両国間の経済関係は一l
段と緊密の度を加へたわけで、右に関し七月二十九日左の如く
発表された。

  ▽外務省発表

 本日日独間に貿易及び支払に関する広汎なる協定仮調印せら
れたる処、本協定は従来の平常的貿易を維持すると共に、更に
両国間貿易の顕著なる伸張を予定するものなり。本協定は国内
手続完了次第成るべく速かに実施の筈にして、其の間の実施の
準備を進むることとなるべし。新協定は両国間に現存する友好
関係に鑑み相互経済関係を更に強化すべきを以つて本協定の締
結は日独両国に於いて大いに歓迎せらるゝ所なり。


  ▽日独貿易協定仮駒印に付いて情報部長談

 日独貿易協定締結交渉がベルリソに於いて帝国大使館と独逸
政府当局との間に開始せられたのは一昨年秋頃である。その主
眼とする所は日独防共関係強化の裏打ちとして経済関係を緊密
化するといふことの外に、本邦にとり不利なる貿易尻を出来得
るだけ改善すると同時に、我が国にとつて必要なる物資の供給
を確保すると云ふことである。日独間貿易は何分にも其の額が
相当大なるのみならず、其の品目は輸出入共に数百種に及んで
居る為めに、具体的交渉に於いては予見しなかつた種々の技術
的の困難があり、両国代表者間の熱心な交渉にも拘はらず、折衝
には意外に時日を要したのであるが、この程漸く両者間の意見
の一致を見、協定草案が出来上つたので、我が駐独大島大使と独
逸側交渉委員長たるウォールタート氏との間に本二十九日ベル
リンに於いて仮調印が行はれたのである。
 日独両国政府は右仮調印を了した草案に基づいて各々必要な
る国内手続を執り、それが完了次第両国代表者間に正式調印を
為す運びとなる次第である。正式調印の時期は未だ確言出来な
いが、政府としては成るべく早く各般の準備を進め度いと思つ
てゐる。
 協定の内容は正式調印が行はれる迄は発表出来ないが、この
協定の結果単に日独両国間の貿易額が増大すると云ふのみでな
く、両国間の経済関係は更に一段と其の相互依存性を増加し、
我が国としては戦時平時を通じて必要なる資材を独逸から一層
多量に供給を仰ぎ、我が国の生産力拡充に拍車を掛け国力の充
実に寄与することを得ると同時に、我が国からは独逸に対し水
産物、農産物其の他の重要な物資を豊富に供給し、盟邦の経済
計画に有力なる援助を与ふるに至る次第である。
 本協定は防共盟邦との経済関係を緊密にすることに於いて重
要なる意義を有するのみならず、多岐多様に亙る両国間の輸出
入関係を包括して一定の計画性を与へたるもので、言はゞ計画
経済的な貿易協定であることに於いて正に我が国としては対外
貿易協定の一紀元を画するものである

 昨年成立した日満伊貿易協定と云ひ、今回の日独貿易協定と
云ひ、何れも盟邦相互間の経済依存関係を高調するもので、防
共枢軸が経済的部面に於いても漸次強化せられて行くことは寔
に慶賀に堪へぬ所である。