第一四二号(昭一四・七・五)
事変二周年第二特集
事変二周年と精動の新段階 内閣情報部
抗日勢力の現況 陸軍省情報部
戦局の進展と海軍の行動 海軍省海軍軍事普及部
事変と興亜外交 外務省情報部
興亜青年勤労報国隊について 文 部 省
事変二周年誌
外蒙ソ連機の撃墜 陸軍省情報部
魯南地区の掃蕩戦 陸軍省情報部
仙頭攻略戦経過と温州・福州南港封鎖作戦 海軍省海軍軍事普及部
昭和十四年上半期総目録
事変二周年と精動の新段階 -- 運動の回顧と今後の目標 -- 内閣情報部
事変勃発二周年を迎へるに当り、事変と密接不離の関係にある国民精神総動員の運動を回顧し、その経過を辿つて今後の運動の目標は何処にあるか、また何処にあらねばならないかについて考へて見ることにしよう。
一、本運動の発生
国民精神総動員運動展開の素地は既に事変勃発以前に用意されてゐたのである。といふのは、内閣情報部の前身である情報委員会が政府各庁の行ふ啓発宣伝の統一をはかるために「国民教化運動方策」を樹立し、この方策に従つて「国民教化運動に関する宣伝実施基本計画」なるものが、既に昭和十二年六月二十四日、即ち事変勃発の直前に次官会議に於いて決定されてゐたからである。この基本計画はこれまで各庁又は各団体に於いて中央、地方を通じて「何々週間」「何々デー」の名の下に無統制に行つてゐた各種の教化宣伝運動の統制を図り、之に一貫した精神を付与し実施の效果を挙げると共に、新たに必要な宣伝項目を設定して強力な啓発宣伝を行はうとする趣旨であつた。この基本計画に依つて華々しく国民教化運動が繰り拡げられようとした時に七月七日今次事変の勃発を見たのであつた。
事変の重大性に鑑みて政府は官民一体となつて一大国民運動を起す必要を認めたので、情報委員会、内務省及び文部省を計画主務庁とし、各省総掛りで国民運動をはじめることとなり、その実施要綱が八月二十四日閣議に於いて決定され、こゝにはじめて国民精神総動員の運動が起されたのである。この運動の目標は周知の通り、
「挙国一致」「盡忠報國」ノ精神ヲ鞏ウシ事態ガ如何ニ展開シ如何ニ長期ニ亙ルモ「堅忍持久」総ユル困難ヲ打開シテ所期ノ目的ヲ貫徹スべキ国民ノ決意ヲ固メ之ガ為必要ナル国民ノ実践ノ徹底ヲ期スル
ことであつた。九月九日発せられた内閣告諭号外の中に「凡そ難局を打開し国運の隆昌を図る道は我が尊厳なる國體に基き盡忠報國の精神を振起して之を国民日常の業務生活の間に実践するに在り、今般国民精神の総動員を実施する所以も亦此処にある」と述べられてゐる通り、国民精神総動員運動は実に事変対処の国民実践運動として生れたものである。
かくして中央には有力な外郭団体として国民精神総動員中央聯盟が結成されることとなり、地方には地方長官を中心として官民合同の地方実行委員会が組織されることとなつた。
二、本運動の発展
この運動は前述の通り事変下に於ける国民の実践運動である建前から「日本精神の発揚」、「社会風潮の一新」、「銃後後援の強化持続」、「非常時経済政策への協力」等の実践事項が掲げられ、この実践目標に対して更に実践細目が決定されたのである。
かくして九月十一日、政府主催の下に東京市日比谷公会堂に於いて国民精神総動員大演説会を開催し、近衛内閣総理大臣をはじめ馬場内務大臣、安井文部大臣からこの歴史的な国民運動に対し国民の協力を求めた。次いで十月十二日には国民精神総動員中央聯盟が結成され、十月十三日から同月十九日迄一週間、国民精神総動員強調週間が実施された。ポスターに、ビラにラヂオにパンフレットにこの運動の宣伝は華々しく展開されたのである。
十一月三日には明治節奉祝の国民的行事が定められ「国民奉祝の時間」がはじめて設定された。これ以後四大節の国民奉祝行事が行はれることとなつた。
南京陥落を以つて事変は第一年を終り、翌昭和十三年事変下の紀元節を機として国民精神総動員第二回強調週間を設け、國體観念の明徴、日本精神の昂揚を強調し、四月三日神武天皇祭に当つては八紘一宇の聖旨の閘明に努めた。
昭利十三年度の実施基本方針は四月廿八日の閣議で決定され、茲に国民精神総動員も長期戦に対処し時局認識の徹底、国民精神の昂揚と相竝んで経済戦対処の運動を展開することとなつた。更に六月三十日の次官会議で国民教化運動に関する宣伝実施基本計画の変更が決定され、一切の教化宣伝がこの国民精神総動員に集中されることとなつた。
六月二十一日より一週間、貯蓄報国強調運動が行はれて以来、事変下に於ける国民貯蓄の重大意義は漸次国民に理解されて来たが、物資の需給調整、物価騰貴の抑制など経済戦遂行のための実践躬行、即ち、消費節約、物資活用、廃品回収、貯蓄実行、生活刷新、生産増進等を強調する必要が益々痛感されるに至つた。七月七日事変勃発一周年を迎へて行はれた一戸一品献納運動は金属類の募集に限られたが、全国に於いて七十九万余円の多額に達した。七月下旬から八月にかけて全国各府県で経済戦強調週間を設定し、それ/"\・この重要性を強調し、各地で経済戦対処の生活実践項目などを申合せ、実行に移された。これ以後経済戦の実践運動は継続的に実施されることとなり、各地方に於いて適宜週間、強調日等が設けられた。
一方、これと併行して国民心身鍛錬運動(八月一日---二十日)、銃後後援強化週間(十月五日---十一日)、国民精神作興週間(十一月七日---十三日)などの週間が逐次設定されて武漢三鎭陥落前後の国民の志気を昂揚し、その緊張を促すに相当役立つたのである。
昭和十三年十一月三日政府声明を機として事変は更に新段階に入り国民精神総動員も東亜新秩序建設の運動に向はねばならなくなつたが、未だ新らしい展開を見ずに事変第二年は幕を閉ぢた。
三、本運動の新展開
事変勃発以来相当の效果を挙げた国民精神総動員の運動も、その実施に伴つて欠陥を認められる点も生じて来た。本運動の欠陥として指摘されるものを挙げれば左の如きものがある。
△運動が天降りで中心指標の明確を欠いてゐた。
△従来の運動は一般農村にほ徹底してゐるが、都市、殷賑産業方面及び上層に徹底せず、特に東京に於ける運動は不徹底で悪影響を及ぼす。
△本運動の真の徹底度は市町村竝びに学校当局、或ひは各種団体の幹部等に止まり実践網の下部各戸各家庭の個人に徹底する域に達せず。
△一時的宣伝運動に止まり恒久実行性を欠く。
△横の関係即ち中央地方に於ける各省各団体、就中地方有力者の協力に於いて欠くる所が多い。
△中央からの通牒だけでは效果薄し---当局者は率先して実践すること。
△時局認識の不徹底と秘密主義の欠陥---或る程度知らしむべし。
△強調週間濫発の嫌ひあり。
△運動目標多岐に亙り抽象に過ぎる観あり。
△運動方法高踏的にして具体性を欠く。
△政府と中央聯盟との運動の関係一貫を欠くこと。
△地方実行委員会の現状は単なる諮問機関にして形式に流るゝ嫌ひなしとせず。
△各団体の横の連絡を欠く。
△運動が形式的である。又中央よりの指令が時日切迫して発せられる。
△運動に関する預算過少のため地方に於ける運動が不十分だつた。
これらは内閣情報部から各方面に発した照会に対する回答のうち、代表的な意見であるが、大体に於いて率直に欠陥を突いて居り反省のよい資料であると思はれる。何等かの形でこれらの点について是正する必要が認められたのであつた。
事変第二年を迎へ、新東亜建設に対処するにはこの運動を強化して綜合国力の充実発揮、国家総動員態勢の強化に資せしめることが緊急問題となり、早急にこれ等の欠陥を除いて国民精神総動員をして真に官民一体の挙国実践運動たるの実を挙げなければならなくなつたのである。故に本年二月九日閣議に於いて、強化方策が決定され、政府、中央聯盟の機構を整備し(週報第一三一号三頁参照)地方の機構を充実して再出発することとなつたのである。
【機構改革】 官民一体となつて企画をして、官民一体となつて実践するため先づ政府側と中央聯盟との中間に官民一体の国民精神総動員委員会が新たに設けられ、運動の基本的な企画をこの委員会に於いて決定することになつた。即ち従来官製運動、天降り運動といふ非難があつたのに省み、官民一体の挙国実践運動の実を挙げようといふのがこの委員会の目的である。
第二の改革は政府側機構の一元化である。従来主として内閣情報部、内務省、文部省で企画し、各省それぞれ実施して来たものを、内閣総理大臣の主管の下に国民精神総動員に関する一般事項を内閣情報部をして掌どらしめ、各省はそれ/"\相協力して所管の分野に於いて国民精神総動員を実施することになつた。例へば文部省は教育教化方面に於ける国民精神総動員を、大蔵省は貯著奨励とか金集中を、商工省は物資節約の方面をといふ風に、各省はそれ/"\国民精神総動員運動を施策の上に実現して行くのである。かくしてこれはあくまで各省総掛りの運動なのである。
第三の改革は中央聯盟の改組拡充で、之がため政府は中央聯盟に対する補助金を増額し、その積極的活動を要望したが、中央聯盟は理事の更改を行ひ事務局を拡充し、加盟団体の積極的活動を促すと共に、実践網の整備、指導者の育成等にまで乗り出す態勢を示してゐる。
地方庁の機構も中央と相呼応しその活動を積極的ならしめるため一元化の必要を生じ、既に事務局の設置された府県も相当あり、その他の府県に於いても事務の一元化につき各種の工夫がめぐらされてゐる。
【運動内容の改善】 機構の改革と同時に内容的な改善も行はれた。先づ第一にこの運動に綱領が与へられた。従来は「挙国一致」「盡忠報國「堅忍持久といふやうなスローガンはあつたが綱領は無かつた。そこへ新たに
一、肇國の大理想を顕揚し東亜新秩序の建設を期す
二、大いに国民精神を昂揚し国家総力の充実発揮を期す
三、一億一心各々その業務に精励し奉公の誠を效さむことを期す
といふ三つの綱領が与へられた。これによつてこの運動は東亜新秩序建設といふ大目標に向つての強力日本建設運動であり、このための国民奉公の実践運動であることが明白にされた。そしてかゝる運動となるためには、時局認識の徹底と「新東亜建設の担当者たるべき横溢せる精神力と卓絶せる国民道徳との振起涵養」、経済国策への積極的協力、体力の向上、生活の刷新、銃後後援の強化等が要請されるのである。
第二の改善は官民協力の点である。従来とかく官民相互の間に円滑な意思の疎通を欠き運動の徹底を阻害してゐたので、特にこの点を考慮し「真に官民一体の実を挙げ明朗闊達なる国民運動たらしむる」こととし、更に相互の活動分野を定めて「政府諸機関は自ら卒先して一致協力の実を挙げ本運動の趣旨を絶えず積極的に庶政の上に具現」し、「各種団体は相共に国民精神総動員中央聯盟を中軸として緊密なる連絡の下に充分なる機能を発揮する」こととなつたのである。而して「官民共に指導的地位にあるものの率先実行」を特に強調したが、従来の苦い経験に鑑み、以上のことが出来るなら本運動は必ず成功すると思はれる。
第三の改善は形式主義の打破である。之がため「日常生活に於ける実践と修練とを第一義とし、週間運動等はなるべく統制し徒らに形式に堕することを排」し、運動の展開に当つては「努めて地方の実情、運動の対象に即し主力を注ぐべき点を定めて集中的に行ひ」、地方の実情に即し、重点主義によつて運動をすゝめることとなつたのである。特に青年及び婦人の奮起協力を求めると共に都市については格別に考慮を払ひ、殷賑産業関係者の自粛自戒を徹底するなど対象に応じて具体的な運動を展開することとなつたのである。
以上の如くこの運動は新展開の基本方針に基づいて再出発したのであるが、この運動が生きるか死ぬかは、今後の我々全体のこれに対する心構への如何にかゝつてゐる。そして興亜の大業を我々の責任に於いて成就せんとするからには、どうあつても一億一心、一丸となつてこの運動を力強く発展せしめねばならないのである。
四、今後の国民精神総動員運動
国民精神総動員委員会では新展開の基本方針決定後、更に「時局認識徹底方策」と「物資活用竝に消費節約の基本方策」の二つを決定した(週報第一三三号三〇頁参照)。時局認識の徹底では「興亜大業の意義と帝国の使命」「国際情勢の変移と日本の決意」「長期建設の遂行と国力の充実」の三項を「官民各部の啓発宣伝機関の総動員と実践網の確立」によつて徹底し、一方「国民の時局認識に逆行するが如き都会生活に於ける政治的社会的その他不健全現象の絶滅」を計らうといふのである。物資活用と消費節約については、現下の物資需給の実情と物価抑制の重要性とを十分に認識し、全国民、各階層を通じ公私生活の全面に亙り刷新を図り、各種物資の活用に全力を注ぐと共に極力消費の節約を期すべきなので
一、簡素生活の実践
ニ、物資の愛用
三、空閑地、荒蕪地の活用
四、全面的消費節約
五、不急品、不用品の活用
六、廃品の回収
七、金の集中
入、貯蓄の実行
の八つの実践項目を掲げ、特に趣旨の徹底方法、殷賑産業関係対策、実践網の整備、業者の協力等に努めることになつた。
以上二つの委員合決定はそれ/"\官民両方面より更に具体化され、国民の実践運動として展開されるわけであるが、更に委員会は三つの事項を採り上げて基本方策を企画しつゝある。即ち第一は「更に一層緊張せしむる為時局に照応する政治的社会的態勢を促進するの基本方策」であり、第二は「公私生活を刷新して戦時態勢化するの基本方策」であり、第三は「勤労の増進、体力の向上に関する基本方策」である。即ち第一の問題はさきに決定された「時局認識徹底方策」に関連して当然企画さるべきものであり、第二の問題は第一の問題に関聯し、又さきに決定を見た「物資活用竝に消費節約の基本方策」を徹底する上に於いても当然企画さるべきものである。第三の問題は新展開の基本方針に基づき時局下国力の増強を図る上に極めて緊切なる問題として当然採り上げらるべきものと思はれる。
而して第一、第二の問題は共に国民精神総動員が単なる教化運動でなく政治的な目標を持つた運動である限り当然採り上げらるべき問題であるが、たゞこゝに注意すべきはこれ等の問題が審議されることを見て国民の一部に「之が国民精神総動員の総べてなり」と誤認される危険があることである。勿論国民精神総動員の運動を阻害する現象は勇敢にその除去に努めねばならぬのであるが、不健全なものを除去するだけで積極的に健全なものを建設する努力が伴はなければこの運動は決してその究極の目的を達することは出来ない。如ち荒木国民精神総動員委員会委員長の言はれる「剛健にして頼母しき国民、清明にして住心地よき日本」の建設が必要なのである。
新東亜建設のためには勿論国内の態勢を整備して国家総力の充実発揮を図らねばならない。之がため不健全、不合理な政治的社会的事象を除去することは勿論必要であるが、同時に明朗闊達な国民運動とし、一億一心その業務に精励し奉公の誠を致す国民的実践をこの運動の主眼としてゐることを忘れてはならない。一方に於いては新らしきよき政治、新らしきよき社会、即ち国民精神総動員の実施を可能ならしめる諸態勢を整へるための努力がなされると共に、他方国民の一人一人が日々よき国民生活をなすこと、即ち日々の実践が真の国民精神総動員であるべきである。
最近第二特別委員会で企画しつゝあつた案が新聞紙上を賑はし、賛否両論が巷間に闘はされてゐるが、その中にはこの案の廃止事項についてのみ論じこの運動をあたかも「べからず運動」の如く誤解してその本質を忘れてゐるかの如きものも尠くない。国民精神総動員の運動は取締とか強制を俟つまでもなく国民の自発的活動に依つて実行すべきものであつて、官憲はこの運動を国民運動として助長して行くことを念願し援助すべき地位にあることを特に強調して置きたい。第一特別委員会の問題についても「更に一層緊張せしむる為」とあるので明らかなやうに、国民の緊張味を減退せしめるやうな政治的社会的不健全現象を絶滅することが眼目であつてこれが直ちに国民精神総動員運動の全部ではない。むしろ運動を円滑に遂行せしめるための当然為さるべき予備的工作であるといふべきであらう。
国民精神総動員の運動は以上屡々繰り返へして述べて来たやうに今次事変に対処して起された国民の実践運動である。この運動の成否は今次事変処理の鍵ともいふべく、また東亜新秩序建設の原動力でもあるから、全国民は小我を捨てて大和協力、各々その公私生活を通じこの運動の実践に向つて邁進すべきである。之がためには、勿論この運動に全国民の知性を動員し得るやうな確固たる指導理論の確立を必要とすると共に新らしき国民体制のための実践網組織の整備確立とその積極的活動が期待されねばならず、これが今後の本運動展開上の重要問題であると思はれる。
かくあつててこそ、我々が事変と共に本能的に精神的団結の帯を固くした我々の国民態勢が、真に力強く思想化し、また組織化し、国家総力戦態勢の強化をもたらし、皇國をして真に新東亜建設といふ世界史的課題を担当せしめ得ることとなると信ずるのである。精動の新展開の目標も究極するところこゝにあるといへよう。