第一一六号(昭一四・一・四) 時局下に於ける皇室の御近状 宮 内 省 事変第三年を迎ふ 内閣情報部 時局の前途と陸軍の使命 陸軍省情報部 大陸建設と海軍力 海軍省海軍軍事普及部 列国と観光国策 国際観光局 国際政局・回顧と展望(上) 外務省情報部 |
時局の前途と陸軍の使命 陸軍省情報部
支那事変も愈々第三年の元旦を迎へた。わが皇軍将兵
は、或ひは零下十数度の満ソ国境に於て、或ひは渺々たる
内蒙の沙漠に、或ひは硝煙未だ消えやらぬ武漢の地に、或
ひは又秋気訪れた南支の地に、共に昭和十四年の元旦を迎
へ遙かに故国の空を望んで、聖寿の万歳を三唱し戦勝の祝
盃を挙げた。
顧みれば聖戦既に三年に亙る今日、われ等の戦ひは単な
る相剋の戦ひにあらず、または国と国と相喰む戦ひに非ず
して、東亜永遠の安定を確保すべき新秩序の建設のための
戦ひで、正義の追及、創造の努力を妨げんとする野望、覇道
の障碍を、駕御、馴致して遂に柔和忍辱の和魂(にぎみたま)に化成し、
蕩々坦々の皇道に合体せしむることが、皇国に与へられた
使命であり、皇軍の負担すべき重責である。たたかひ(傍点)をし
てこの域に迄導かしむるもの、これ如ちわが国防の使命で
あり皇戦(すめらみいくさ)である。
事変の初期、われ等は抗日容共政権の膺懲のために戈を
執つた。皇軍の進むところ攻めて敗れざるなく、蒋介石は
先に南京に敗れ今また漢口の地に敗れ、膺懲の目的は概ね
達せられたにも拘らず、現実の情勢は何等終熄せず、「戦
ひはこれからである」といふ。その戦ひなるものゝ本質に
ついて、われ/\日本国民は最後の一人までがはつきりし
た信念を持つことが望ましい。
実に東亜の旧体制を一新し東亜に合理的新秩序を建設す
るに非ずんば、日支問題を根本的に解決し本事変をして日支
両国民最後の戦ひたらしめ得ることは出来ない。われ/\
は日本国民の面目にかけても、又幾万の英霊を慰めるため
にも、この建設戦に最後の勝利を得ずんば已まざる不退転
の決意と努力とをむ要する。
帝国陸軍としては、満洲事変以来、わが国是満洲国の生
成発展のため、或ひは治安の確保に或ひは国防の充実に重
責を負担しつゝあることは茲に喋々を要しない。
而して今、更に東亜新秩序建設の前途を考へるのに、使
命真に重大なるものを感ぜざるを得ない。
以下その主なるものについて考察することとした。
一 抗日容共勢力の潰滅について
欧米依存、抗日容共政策を以て日支の提携を破壊し東洋
の平和を攪乱した国民政府は既に完膚なき迄に膺懲せられ
た。然し、今尚ほ西南地方及び西北地方辺陲の地に拠つて
蠢動してゐる。その兵力も百万と称し列国の援助を命の
綱として抗日戦を続行せんとしてゐる。蒋介石としては敗
戦は覚悟してをり、如何に支那民衆が塗炭の苦みに遭ふと
も今さらわが軍門に降ることは面子が許さず、即ち棄てば
ち的抗戦以外に手がないわけである。
わが政府声明にある「国民政府にして抗日政策を固執す
る限り、これが潰滅を見るまで帝国は断じて戈を収むるこ
となし」の決意はわが帝国の対蒋方針である。
二 治安の確保について
東亜新秩序の建設の内容をなす国際正義の確立、共同防
共の達成、新文化の創造、経済結合の実現等は、先づ現地
の治安の恢復、維持がその前提条件なることは言ふ迄もな
いことである。
今や皇軍の占領する地域は、察哈爾、綏遠、河北、山東、
山西、江蘇、安徽、河南、浙江、江西、湖北、廣東の十二
省に亙り、その面積百五十万平方粁、わが帝国全土の二倍
強、支那本土の三分の一に達する広大なるものである。し
かも占領地域内には一億七千万の支那民衆が居住する。満
洲事変の場合と異なり、永年抗日教育を受けた青年学生も
相当にある。更にこれを警備の骨幹をなすところの交通線
について見るのに、占領地域内鉄道の延長五千粁、これに揚
子江の水流線を加へるならば実に六千粁の長さに達する。
而して占領地域内には、現に数十万に上る匪団、遊撃部
隊、共産軍、共産匪が横行してわが警備部隊に対し執拗な
る抵抗を続けつゝある実情である。
以上の数字を一見しただけでも、治安の恢復維持の為め
今後、軍の任務が如何に重大であるかゞ分る。
これには勿論相当の兵力と時間とを要する。
然しこの重大且つ困難なる治安の恢復鰊維持も、皇軍の不
撓不屈の努力の前には必ず成功を期し得べきもので、満洲
事変の経験によつても明らかである。
現に現地にある軍は守備地区内の掃蕩に寧日なく活躍し
つゝあり成果は逐次上りつゝある。内には皇軍に帰順し掃
匪戦に従ひつゝあるところも一、二に留らない。
三 第三国の圧迫干渉排除
東亜新秩序建設の前途に横はる難関の一つに第三国の圧
迫干渉がある。われ/\としてはどこ迄も誠意を披瀝し列
強との錯誤の解消に努力すべきは理の当然ではあるが、現
実の世界に於ては力なき正義は用をなさないために、建設
戦の前途に国力の充実、軍備拡充の必要なることを叫ばれ
る所以である。
わけても陸軍としては、北方ソ聯邦が日本を仮想敵国と
して戦備を強化しつゝあるのに対し直接境を接する以上
安閑たることを得ない。
ソ聯邦の軍備が第一次五ケ年計画以来割期的に拡大強化
されつゝあることは世界列強注目の的である。最近に於け
る極東対日戦備のみについてその強化の状況を見れば次の
やうである。
1 従来動々(やゝ)もすれば中央の意図外に逸脱しまたは中央の
統制に服しなかつた極東方面軍を解消してブリユッヘル
元帥を逐ひ、極東各軍を中央の直轄とした。
2 極東方面対日戦備は沿海州方面第一軍(狙撃十一、二師
団、騎兵約二師団)哈府州(又は黒龍州)方面第二軍(狙撃
六、七師団)及び後貝加爾(ザバイカル)軍(狙撃約五師団、騎兵約二師
団)の三単位とし、中央直轄として対日作戦準備の完壁
を期してゐる模様である。
3 黒龍江下流地区、北樺太及び浦塩半島以東の沿岸の兵
備を充実強化してゐる。
4 在極東重爆撃隊を最新型遠距離爆撃機テーベー三型を
以て改編し、内鮮各要地の空爆を準備してゐる。
5 昨年秋頃以来予備兵器、弾薬等を輸送して実質的戦闘
の強化を図つてゐる。
6 浦塩軍港の警備を厳にし潜水艦数十隻を新たに増加し
た。
右のやうにソ聯は着々対日戦備を充実し虎視眈々として
開戦の時機をねらつてゐる。もし帝国の実力低下し必勝を期
し得ると判断した時攻勢的態度に出ぬと誰か保証し得よう。
国民は、事変以来わが関東軍の精鋭が満ソ国境に戦略展
開を完うし北方に対し背後の安全を確保しつゝある労苦を
忘れてはならない。
以上抗日勢力の撃滅、新興支那の治安の恢復、維持、対
ソ戦備の強化の三つは東亜新秩序建設戦に当りわが陸軍に
課せられた重大任務である。
試みに亜細亜大陸地図を拡げ、北は満ソ国境より南は廣
東に亙る戦線の延長を見るのにその長さ実に八千四百粁、
二千二百里に達する。これを満洲事変以前の満鮮国境警備
線約一千粁の当時に此べるならば、誰一人として情勢の大
なる変化に驚かないものがあらうか。
一言にして言へばこの蜒々二千里に亙る国防線を確保し
建設戦の枢軸をなすことが陸軍の任務であるといへる。
而してこの大陸作戦には、北は零下三四十度極寒の満ソ
国境より南は亜熱帯に位置する南支に亙り気侯、風土の激
烈なる変化がある。これに耐へ戦闘警備の任を遂行し得る
戦闘員の補充こそ今後軍の使命遂行上の必須条件である。
この点について青年の身心の鍛錬は一層緊要となる。
事変以来国民各位の熱誠なる銃後後援は昭和十三年十一
月末調査によると、陸軍に対する献金額四千七百万円とい
ふ巨額の数字として現はれ第一線将兵活動の源泉となりつ
つある。
銃後の強化、後援の永続、国民体位の向上等は軍として今
後一層の努力を国民各位に希望して已まないところである。