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第一〇〇号(昭一三・九・一四)
  試練の嵐に耐へよ(巻頭言)
  ソ連民衆の消費生活        企 画 院
  戦場の実相と戦場心理       陸軍省新聞班
  遂に蘆山の敵を破る        陸軍省新聞班
  武漢をめざす我が海軍       海軍省海軍軍事普及部
  チェッコ問題の発展        外務省情報部
  海軍志願兵とは         海軍省海軍軍事普及部
  「週報の友」第一号主要目次
  週報第百号を迎へて
  官庁刊行物だより

戦場の実相と戦場心理 陸軍省新聞班

 戦闘そのものの特質は、特種の心理、特種の環境を
生起する点にある。戦場の実相、即ちこれである。し
かもこれらの実相は極めて多岐であるから、こゝでは
その根本たるべき事項について説明することとした。

一 生命に対する危険

 軍人の本分は、死に対する肯定を根本として打ち樹
てられねばならない。「死を視ること帰するが如し」と
は、実に軍人の人生観として到達すべき至境であら
う。しかし、軍人も人間である以上、時と場所とを問
はず生命に対する危険に無関心であるとはいへない。
それは年齢の多寡、教養の有無を論ぜず、殆んどすべて
の軍人が、深刻に味はせられる切実な体験といふべき
であらう。生命に対する危険こそは実に戦場心理の根
柢たる主要素である。恐怖不安興奮等の戦場独特の
心理が殆んどこの根本から生れ出るのである。
 身辺に於ける連続的榴弾の炸裂、爆音、閃光、火煙、
土煙の交錯、豆をいるやうな機関銃の掃射、薄気味悪い
迫撃砲弾の空中音、物凄いその炸裂、かういふ光景の
中では、人は全く天のなすがまゝに委せるより外はな
いといふ気持になる。しかも、自己保存の本能は強烈
に自己の安全を欲求させるからして恐怖・不安・動揺・窮
迫・興奮・緊張・憤怒等の諸般の心理が錯綜して現はれ
て来る。
 しかし、いつもかういふ状態におかれてゐるものと
は限らない。小銃弾機関銃のみによる危険の場合と、
これに砲弾、特に榴弾の加はる場合と、或ひは夜間と昼
間と、或ひは攻撃戦闘中におけるものと、防禦戦闘中
におけるものとは皆相異る状態にあることはいふまで
もない。従つてこれに応ずる心理も、危険の程度に
よつて或ひは楽観すべき状態を呈し、或ひは悲観すべ
き状態をも生ぜしめる。危険は戦場の状態ではある
が、しかし戦闘は連続的危険の連鎖ではない。それだ
からこそ、時には人々を危険から解放しその精神を常
態に復帰せしめるわけで、これは極めて注目すべき事
柄である。これあるが故に人々は神経の労費・興奮・過
労等も緩和させることが出来る。
 同一の危険の連続はこれに対する人々の感受性を減
退させてゆく。殊に一戦また一戦と回数の増加するに
伴つて危険に慣れる。当初の危険に対する心理がいつ
までも同一の状態に保たれるものではない。また同一
の危険であつても、人の性質、興奮、緊張の状態、職
責等によつて万人を同一の心理状態に置くものではな
い。同一人でさへ、或ひは危険を感ずるかと思へば或
ひは全然危険を感じないことすらある。危険に対する
われ/\の鋭敏性は危険度の判別を自然に養つてく
れる。しかも慣れるに伴ひ、危険度の判断は直感的に
極めて正確性を持つものとなつて行くやうに見える。
しかし一面、危険に対する慣熟は人間を横着にする
から、却つてそのために死傷の数を増加する傾向も見
のがしてはならない。この傾向は戦闘初期において初
陣の直後に起り易い。
 さて以上の観察の外に、こゝで新たに考察しなけれ
ばならない重要な問題がある。そ
れは、われ/\がこの危険を何故
に克服し得るであらうかといふこ
とである。元来自己保存の本能や
種族保存の社会的本能は単に消極
的に作用するのみではない。如何
なる絶大な危険に際しても、積極
的に善なる方向に向つて働かうと
する作用が潜んでゐる。そればか
りでなく、人には戦闘の本能、競争
の本能、先天的勇武の資質等があ
るし、さらに重要なことは、心手期
せずして平素の行動が再現し、間
髪を入れず平素の観念が再生する
ことである。多くの歴戦者の語るところを綜合すると、
危険に際し胸中に閃くものは、何よりも先づ責任観念
であり且つまた名誉心であるといふことである。
 凡そ軍人が戦線に立つて戦闘を交へるのは、その意
識すると意識せざるとを問はず大なる国家的責務を感
ずるからである
。従つて戦場の勇士が殆んど無意識的
に各々その軍職に応ずる本分を遂行せんとする。これ
は平素から信念化せる我が國體の本義竝びに軍の本義
の然らしめるところに外ならない。戦闘の局所におい
ては、その場その時に、最も直接且つ切実に必要な事が
頭に閃いて来る。如ち現在の任務途行に対する責任観
念である。「どうしてもやらねばならぬ」この観念が危
険下のわれ/\を終始律するわけである。しかしこの
観念の奥に「軍人の本分」「忠節」等の根本が潜んでゐる
からいよ/\責任の重きを感ずるのである。死に臨ん
だ我が将兵の口から 「天皇陛下萬歳」の叫びが聞かれ
るのは、実に心の奥に潜む尽忠報国の信念がある証拠
である。
 このやうにわれ/\は刻下における自己の責務を直
感ずる。この深刻な直観が強ければ強いほど勇敢に危
険を克服する。他の一面においてわれ/\はまた強烈
な自己の名誉を感ずる。しかも多年武士道により培
はれて来た我が国民にあつては、平素の教養が高けれ
ば高いほど危険下における自己の醜い行動を反撥し、
危険を突破せんとするものである。この名誉は単に自
己一身に止まるのみでなく、自己部隊の名誉・家門・郷
党の名誉へと機に応じて拡大されるものである。
 剛胆な性格は危険を克服し易い。しかしそれは絶対
的のものではなく、如何に剛胆な者でも危険は感ずる
のである。この性格に責任観念や名誉心その他種々の
要素が加はつて幾多の心理作用が複合し、はじめて
勇気といふ要素が構成される。従つて剛胆ならざる者
にも勇敢な行動が当然行はれるものである。

  ニ 恐  怖

 恐怖は、主として生命に対する危険に伴つて一般
的に起る情緒であり、戦場では恐らく誰もが経験す
る感情であらう。恐怖は自己保有の本能中須要な地位
を占める本能であり、主として危険を避けて自己の安
全を図らうとするものである。
 恐怖は先天的、後天的の各自の素質によつて異るの
は勿論、修養の度、特に本分自覚の如何(危険への慣熟
の度、危険の大小、就中戦況の激否、疲労困憊の度、死
傷者の多寡、志気の張否、昼夜の別、その他当時の環
境、殊に集団の心理等諸般の事情によつて左右され
る。従つて同一程度の危険に対しても、すでに危険の
際に述べたやうに、恐怖は人によつて差異を生じ、同
一人であつても昨日と今日と異る。要するに、危険に
対する有形無形の抵抗力の弱つたとき、殊に肉体的活
動力の不充分な時などは著しく恐怖を起させるもので
ある。
 大昔の戦争であつたら、大胆であり腕に自信のある
者は、さう恐怖を感ぜずに済んだかも知れない。しかし
現代戦においては、白兵の外に銃砲弾、瓦斯その他の殆
んど不可抗力的の危険に直面するからして、いかに大
胆な人でも全く恐怖から免れることは出来ないであら
う。恐怖心はわれ/\の心中に潜む大きな厄介者であ
る。これを除去しなければ武勇の実践は出来ない。
 以上の如く、恐怖はわれ/\誰でもがもつてゐる心
理ではあるが、これは容易にまた除去することが出来
る。それだからこそ勇敢なる戦闘をなし、戦捷をも獲
得し得るのである。われ/\は元来、民族的な武勇の
資質を伝統的、遺伝的に持つてゐる。われ/\の感ず
る恐怖は、他の諸外国兵の感ずる恐怖に比し、その度に
おいて格段の差があるのである。この点は過去の戦役
の結果に徴しても明瞭であり、われ/\の大いに自
負してよいところである。しかしこの根本的素質を
いよ/\以て立派なものにするのは教育の力である。
 最初に、恐怖は主として生命に対する危険に伴ふと
いつたが、その外に日本軍人たるの名誉に対する精神
的毀損等に対しても亦伴ふものであることを知らね
ばならぬ。「臆病者」「卑怯者」などと指弾排斥される
ことは、日本軍人にとつて特に大なる恐怖である。
さればわれ/\は恐怖といふものを、生命に対する危
険に伴ふものよりは、むしろ「不孝者、不忠者」と呼ば
れることに対する恐怖を主体としたものに変ぜしめる
事に着意すべきではなからうか。

三 労苦

 大なる労苦も亦、戦場心理の基礎的要素の一つであ
る。こゝに謂ふ労苦とは精神的、肉体的努力に伴ふ痛
苦に外ならない。元来戦闘は、絶大なる作業の連鎖で
あり、その作業たるや敵を屈服せしめんがためのもの
であるから、その労苦の絶大さは到底平時平常の想像
の許さるべきではない。故国の人々は戦場の労苦を、
単に皮相な驚嘆を以て想像するに過ぎない。行軍の
労苦でさへ、嘗て体験したからといつて、現実に味
へるものではない。真実の労苦は現にその作業中に在
る者によつてのみ深刻に味はれる。戦場の労苦、殊に
戦闘の労苦は、その渦中のものだけに最も深刻且つ切
実なものとなる。
 この労苦は多くは単一の作業に対する労苦として現
はれるものではなし、危険・欠乏・切迫せる・要求・興奮・
不安・動揺等諸々の心理と錯綜して現はれるものであ
る。従つて単一のものに比し極めて大なる苦しみとな
るのは当然といはねばならぬ。例へば、兵力集中のた
めの行軍、それが単に行軍するのみの労苦であるなら
ば、それはさう大したものではない。これに敵の爆撃
が伴ひ、敵襲撃の不安が伴ひ、敵の妨害が伴ひ、地形
の不案内が伴ひ、要求の切迫や睡眠不足、或ひは飢餓
等が次々と加はるからして、その労苦は極めて大きな
ものとなる。われ/\は絶大なこの労苦と戦はねばな
らぬ。これがための根本的要件は、いふまでもなく旺
盛な体力及び不屈の精神である。この二つは軍人にと
つては、一有つて一無きを許さない。二つながら兼備
されてをらねばならない。かくして戦場における諸般
の行動は、はじめて基礎的に可能性を有するものとなる。
         ◇
 しかしながら、それは尋常一様の体力気力であつて
はならない。必ずや戦闘の要求に即応されたものたる
ことを要する。労力は軍事行動に対する熟練度の大な
るに伴つて、際待て能率的となり、且つ疲労を減退せ
しめることが出来るやうになる。換言すれば、平素の
訓練が周到深刻になればなるほど、戦場の労苦は緩和さ
れるものである。作戦の当初における労苦は、一時的
ではあるが一般に極めて大なるものがある。しかし戦
闘の勢ひといふものは、この作戦当初の労苦を克服
する大なる努力によつて運命づけられるものである。
 労苦は堅忍持久の精神によつて克服される。即ち忍
耐が努力の継続持久を図つてくれる。「戦闘は最後の
五分間」といふ語があるが、これは戦闘末期の努力の必
要を示す戦勝の妙諦である。敵と我と、相共に戦闘の
絶大な労苦を味はひつゝ忍耐を競ふのであるが、その
忍耐度の不足の方が戦闘の敗者となる。戦闘に従事し
てゐる人々は、自ら「もう少しだ」と戦闘の終末を予測
し得るであらう。この時の労苦は一段と大なるもので
あるが、この時こそ能く奮起して敵に勝る努力を傾注
し、且つ敵に勝る忍耐を続けなければならないのであ
る。古来「百里の道を行く者は九十里を以て半ばとす」
といはれてゐるが、戦闘において特にその必要性を痛
感する。

四 欠乏

 兵器・器材・弾薬・糧食等の欠乏は勿論のこと、睡眠・飢
餓・安息・慰安の不充分など、欠乏も亦戦場心理の基礎
的要素の一つである。
 元来人々は、欠乏を満たして快の感情を味ひ、これ
によつて満足する。兵営の生活は、諸事充分に補充せ
られ、正規の休業あり、食物なども献立に適切な変化
があり、栄養素の補充も充分で何等窮乏を感じなくて
済む。ところが、戦闘の実相は、戦闘のため欠乏を増
加する一面、これを補はうとして補ひ得ないのが常で
ある。
 戦闘における欠乏については、誰でも一通りの覚悟
はしてゐるが、いざ欠乏に直面して視ると、相当深刻
ないろ/\の心理の変化を呈するものである。即ち戦
場の欠乏は絶大な危険、激甚な労苦を伴ひ、また身体
の一時的衰弱を来し、神経の混乱を誘起し、かういふ
中で特異の心理が生ずるのである。
 欠乏に伴ふ不快の感情は、その欠乏を補ふことが出
来ないといよ/\増大される。欠乏が補填できる希望
のある間は、以上の心理を抑制出来るが、その希望を
失つた場合には、当然その度は却つて昂進される。
 興奮や緊張は、一時的には欠乏を忘れさせる。戦闘
中には全く飢餓や睡眠の不足を思はないことや、また
弾薬の欠乏に気付かないやうなのが是がある。
 飢餓に対する心理は、衝動的に発生し、漸次昂進し
て極めて深刻なものとなる。そして全く無意識的に
直接慾望を満足させようとする。水さへ見れば飛びつ
き、食さへ見れば飛びつき易いものである。しかも一
人のかゝる行動は次々に伝染されて行く。
 欠乏に伴ふ心理は主として忍耐によつて、これを克
服しなければならない。この点では前述の労苦におけ
ると同様である。困苦欠乏といはれるやうに、労苦と
欠乏とは極めて類似の傾向を有してゐる。
 欠乏への慣れ、殊に欠乏に対する平素の習慣は、欠
乏克服のため極めて重要なことである。就中、平素にお
ける質実剛健な生活訓練、節約の習性等質素の実践の
徹底されてゐることは、欠乏克服のための根本的の事
柄といはねばならぬ。現代戦の特質、殊に敵の意表に
出て機を制し、勝を得んがためには神速なる機動を要
し、これに伴ふ補給の困難は当然増大するのであるか
ら、苟も勝たんがためには欠乏の如きは忍ばねばな
らない。

五 戦場の快感

 戦場は決して不快の連鎖ではない。不快の度が極端
に大きい反面、快の度も全く予想以上である
。戦場の
快感は、たゞ味はつた者のみがこれを知ることができ
る。
 戦闘は人の心理を極端に単純化する。この単純なる
心理と恐怖・不安・憤怒等諸他の感情の強烈な反動と
は、些々たる事柄に対してさへ極めて快の感情を起さ
しめずには措かない。
 、無邪気に伴ふ快感
 戦場においては、殆んどすべての人々が無邪気にな
る。子供のやうな朗かな気分が湧いて来る。飲み、食ひ、
放談し、哄笑し、冗談を語り合ひ、滑稽な事などを
して、限りない喜悦を感じてゐる。あらゆる社会的な
慾望から遮断され、極めて限定された慾望や、極端な
束縛の中において、人々はたゞ単純な欲求が充実され
る事に限りない満足を感じてゐる。これがため戦場は
明朗である。
 、気楽さに伴ふ快感
 煩瑣な家庭的社会的責任から解放された者にとつ
て、戦場は実に気楽である。食べる心配も、扶養する心
配もない。衣も食もすべては与へられる。たゞ命令
の儘に動けばよい。戦場の野性的な生活への慣れは、
着のみ着の儘式の簡易な生活に却つて気楽さを感ぜし
めて行く。この気楽さが戦場を暢気にする。
 、希望に伴ふ快感
 戦闘に対し、勝利に対し、或ひは宿営の喜び、来る
べき休息・補給・慰藉等に対し、極めて大なる希望を抱
き、この希望に伴ふ快感を享受する。歩一歩敵地を
占領していく快感、凱旋を夢みる快感、これらも戦士
にとつて限りない喜びといはねばならぬ。
 、絶大なる痛苦克服に伴ふ快感
 労苦欠乏等の大なれば大なるほど、これを克服した
後の快感は極めて大である。戦闘終了後においてその
過去を顧み、人力の偉大さに驚嘆する。自らの痛苦
を思ひ浮かべつゝ大なる快感を覚え、戦場を去り難いも
のである。
 、責任義務達成に伴ふ快感
 人々はたゞ戦場に来ただけでも、何となく国民とし
ての義務を果たしたやうな自負を感じ、これに対し満足
を覚えるものだ。況んや戦闘終了後において、その戦
闘の回数や成果の大なれば大なるほど、極めて大なる
快感を感ずる。すべてその職責を尽し得た喜びは、祖
国の者の感ずるものとは到底比較し得べくもない。
 、勝利の快感
 勝利の快感は、実に最大のものである。これに及ぶ
べき何ものもない。激戦苦闘、遂に敵陣に突入して萬
歳を絶叫した時の快感を想うても見よ。これこそは経
験しない人々の全く想像し得ざるものである。
 その他戦場の快感は実に限りなくある。快あるが故
にわれ/\は活動する。戦場特有の危険、労苦、欠
乏等その他絶大なる心理的要素は、戦場の快感を却つ
て大ならしめるものである。

 結語

 今や我が出征将兵は国家の大附託を負ひ、大陸の山
野に日夜奉公の誠を捧げつゝある。支那を相手とする
戦ひにおいては前述の危険、恐怖の心理よりも寧ろ困
苦、欠乏についての戦場心理が極めて深刻なるものが
ある。将兵日夜の労苦に対しては国民たるもの誰か感
激しないものがあらう。しかし一面、考ふればこの大
試練を経たる勇士こそ、真に国家興隆の精神力の指導
者たり得べく、国家の前途のため慶すべきことである。