憲法発布五十年祝賀式典に就いて 内閣官房総務課
明治二十二年二月十一日我が光輝ある大日本帝国憲法が発布せられてより茲に五十年、今や国本愈々鞏く、国威益々発揚せらるゝことは誠に慶賀に堪へぬ次第である。此の時に当つて本月十一日紀元節当日即ち憲法発布記念の日に政府、枢密院、裁判所、会計検査院、行政裁判所、貴族院、衆議院等の憲法上の諸機関の合同主催を以て、帝国議会議事堂貴族院議場に於て憲法発布五十年祝賀式典が挙行せられた。
此の日、三笠宮崇仁親王殿下、閑院宮載仁親王殿下、久邇宮朝融王殿下、梨本宮守正王殿下、東久邇宮盛厚王殿下、北白川宮永久王殿下、竹田宮恒徳王殿下台臨あらせられ、内閣総理大臣以下各大臣、内閣参議、前官礼遇、親任官、内閣書記官長、内閣書記官、枢密院議長、枢密院書記官長、枢密院書記官、各省次官、政府委員(第七十三回帝国議会)、各大臣秘書、大審院長、大審院部長、大院次席検事、其の他主要なる司法官、会計検査院長、会計検査院部長、行政裁判所長官、行政裁判所部長、地方長官、貴族院議長、貴族院副議長、貴族院議員、貴族院書記官長、貴族院書記官、衆議院議長、衆議院副議長、衆議院議員、衆議院書記官長、衆議院書記官、道府県会議長、東京市長、東京市会議長、全国市長会会長、全国町村会会長等千三百余名が参列し、尚本邦駐箚各国大公使、新聞通信社長等も陪観した。
此の盛儀に畏くも行事仰出の御沙汰を拝してゐたのであつたが、御風気(ごふうき)のため、御名代として秩父宮雍仁親王殿下を御差遣遊ばされた。
御名代秩父宮殿下には当日午後一時三十分宮城を御出門、参列諸員奉迎裡に午後一時三十五分貴族院に御著、松平貴族院議長御先導御休所に入らせられ、近衛内閣総理大臣、平沼枢密院議長、河野会計検査院長、二上行政裁判所長官、池田大審院長、泉二検事総長、松平貴族院議長、小山衆議院議長に謁を賜ひ、御小憩の後貴族院議長御先導諸員最敬礼の裡に式場に御臨場、優渥なる勅語を奉読遊ばされた。
勅語
朕惟フニ皇租考夙ニ大憲ヲ制定シ励精治ヲ図リタマヒ民情以テ暢達シ国運以テ興隆シ茲ニ
五十年ニ及へリ今ヤ希有ノ時局ニ際会セリ朕カ忠良ナル臣民宜シク憲章ヲ奉遵シテ愆ラス
至公無私唯国家ヲ是レ念ヒ挙国一体億兆一心日ニ新ニスルノ気運ヲ振興シ日ニ進ムノ事勢
ヲ振作シ朕ヲシテ皇租考丕顕ノ遠猷ヲ対揚シ以テ丕承ノ美ヲ済スコトヲ得シメヲ
近衛内閣総理大臣は鞠躬御前に参進して勅語書を拝受し、次いで再び御前に参進恭しく祝詞を朗読し、尚松平貴族院議長、小山衆議院議長も順次同様祝詞を朗読した。
内閣総理大臣祝詞
大日本帝国憲法発布セヲレテヨリ茲ニ五十年、本日紀元ノ佳節ヲ以テ其ノ祝賀式典ヲ挙グルニ当リ
畏クモ 御名代秩父宮殿下ノ台臨(たいりん)ヲ辱ウシ
特ニ優渥ナル 勅語ヲ賜フ 聖旨宏遠曷(なん)ゾ恐懼感激ニ勝(た)へム。
恭シク惟フニ 明治天皇大憲ヲ欽定シテ肇國ノ本義ヲ明徴ニシ、
以テ臣民翼賛ノ道ヲ広メ給フ。是ヲ以テ国家ノ丕基(ひき)益々鞏(かた)クシテ臣民ノ慶福為ニ増進セラル。
今ヤ肇國ノ理想ヲ顕揚スルノ実力内ニ充溢シ東亜永遠ノ平和ヲ確立スルノ局面外ニ展開ス。臣等当ニ憲章法遵ノ途ヲ愆ラズ 聖旨ヲ奉体シ、各々其ノ職司ヲ恪守(かくしゆ)シ其ノ責務ニ淬勉(さいべん)シ自強息(や)マザルベシ。
適々(たまたま)斯ノ光輝アル憲法発布五十年ノ式典ニ際シ、謹ミテ 陛下ノ聖寿無疆ヲ祝シ奉リ併セテ国運ノ愈々隆昌ナランコトヲ祷リ満腔ノ賀忱ヲ申べ以テ祝詞ト為ス。
昭和十三年二月十一日
内閣総理大臣 公爵 近 衛 文 麿
貴族院議長祝詞
憲法発布五十年祝賀式典ヲ挙グルニ当リ畏クモ
御名代秩父宮殿下ノ台臨ヲ辱クシ特ニ優渥ナル
勅語ヲ賜フ洵ニ恐懼感激ニ勝へザルナリ恭ク惟ルニ憲法発布
以来茲ニ五十年
陛下不磨ノ大典ヲ紹述シ給ヒ咨衆(ししゆう)ノ
聖徳最モ盛ナリ是ヲ以テ国力内ニ満チ国威外ニ輝キ
皇運ノ隆ナルコト未ダ曾テ有ラザル所ナリ邦家ノ慶福何ヲ以テカ
之ニ尚へム臣等倍々奮励シ憲章ヲ遵奉シ憲政ヲ振作シ以テ
皇猷ヲ賛襄セムコトヲ期ス臣松平頼寿茲ニ貴族院ヲ代表シ
謹デ聖寿ノ万歳ヲ祝シ併セテ国運ノ隆昌ヲ祈ル
衆議院議長祝詞
本日紀元ノ佳節ヲ以テ憲法発布五十年祝賀式典ヲ
挙行スルニ当リ畏クモ 御名代秩父宮殿下ノ
台臨ヲ辱ウシ特ニ 優渥ナル勅語ヲ賜フ臣等恐懼ノ至ニ堪へズ
陛下天位ニ即カセラレテヨリ萬世不磨ノ大典ヲ紹述セラレ
民意ヲ御軫念日夜治ヲ図ラセ給ヒ
聖徳倍々広大ニ渉セラルルハ臣民斉シク感激シテ措カザル所
ナリ臣等微衷敢テ力ヲ喝シテ 皇運ヲ扶翼シ
天恩ノ万一ニ応へ奉ラムコトヲ期ス
衆議院議長臣小山松寿藷謹ミテ
宝祚ノ無窮ヲ祝シ
聖寿ノ萬歳ヲ祈リ奉ル
訖(をは)つて御名代秩父宮殿下には衆議院議長御先導諸員最敬礼の裡に式場を御発御休所に入らせられ、御小憩の後参列諸員奉送裡に午後二時十五分貴族院を御発御帰還遊ばされた。御参列の皇族各殿下も続いて御帰還遊ばされ、光輝ある式典は茲に厳かに終了した。
尚此の日畏くも参列者諸員に御紋章附木杯の御下賜があつた。
尚此の記念すべき憲法発布五十年の日に当り聖思宏大畏くも詔を下し給ひ恩赦の事を行はしめられた。
詔書
朕憲法発布五十年ニ当リ国運ノ益々隆昌ナルコトヲ懌フ茲ニ特ニ有司ニ命シテ恩赦ノ事ヲ
行ハシム百僚有衆其レ克ク朕力意ヲ体セヨ
御 名 御 璽
昭和十三年二月十一日
内閣総理大臣 公爵 近衛文麿
外務大臣 広田弘毅
海軍大臣 米内光政
司法大臣 塩野季彦
陸軍大臣 杉山元
逓信大臣 永井柳太郎
大蔵大臣 賀屋興宣
農林大臣 伯爵 有馬頼寧
商工大臣 吉野信次
鉄道大臣 中島知久平
拓務大臣 大谷尊由
文部大臣
兼厚生大臣 侯爵 木戸幸一
内務大臣 末次信正
詔書の渙発と同時に左記皇室令、勅令及び軍令が公布せられ即日施行された。
一、宮内職員ノ懲戒免除ニ関スル件(皇室令第三号)
一、出納官吏等ノ弁償責任ノ免除ニ関スル件(皇室令第四号)
一、減刑令(勅令第七十六号)
一、復権令(勅令第七十七号)
一、官吏、官吏待遇者等ノ懲戒及懲罰ノ免除ニ関スル件(勅令第七十八号)
一、北海道、府県、市町村等ノ吏員、委員及役員ノ懲戒免除ニ関スル件(勅令第七十九号)
一、海技免状ヲ受有スル者及水先人ノ懲戒免除ニ関スル件(勅令第八十号)
一、公証人、弁護士、司法書士、弁理士及計理士ノ懲戒免除ニ関スル件(勅令第八十一号)
一、出納官吏等ノ弁償責任ノ免除ニ関スル件(勅令第八十二号)
一、陸軍ニ於ケル懲罰ノ免除ニ関スル件(軍令陸第一号)
近衛内閣総理大臣は、此の日優渥なる 聖旨を拝して、直ちに内閣告諭を発し国民の向ふところを諭し、又各官庁に訓令して其の処すべきところを示した。
内閣告諭号外
本日憲法発布五十年ニ際シ 聖恩宏大特ニ恩赦ノ恵沢ヲ施シ給ヒ更ニ祝賀式典ヲ行フニ当リ畏クモ 御名代秩父宮殿下ノ台臨ヲ辱ウシ特ニ優渥ナル勅語ヲ賜フ 聖慮宏遠洵ニ恐懼感激ニ堪ヘズ
恭シク惟フニ 明治天皇憲法ヲ欽定シ給ヒ以テ肇國ノ本義ヲ明徴ニシ臣民翼賛ノ道ヲ広メ給フ是ヲ以テ国家ノ丕基益々鞏ク万民悉ク奉公ノ道ヲ得タリ爾来星霜茲ニ五十年国運ハ振暢シ国威ハ宣揚セラル
謹ミテ聖徳鴻業ヲ仰ギ奉ル
今ヤ肇國ノ理想ヲ顕揚スルノ実力内ニ充溢シ東亜永遠ノ平和ヲ確立スルノ局面外ニ展開ス
凡ソ立憲政治下ノ国民タルモノ宜シク立憲ノ本義ニ稽(かんが)ヘ憲章奉遵ノ途ヲ愆ラズ常ニ世局ノ進展ヲ察シテ奉公ノ方途ヲ図ルベシ現下希有ノ時局ニ際会シ国民悉ク其ノ分ニ於テ忠誠ヲ效シ和協一心克ク國體ノ精華ヲ発揮シテ皇運ヲ扶翼シ奉ルハ蓋シ 聖慮ニ応ヘ奉ル所以ニシテ是レ本大臣ノ深ク全国民ニ期待スル所ナリ
昭和十三年二月十一日
内閣総理大臣 近衛文麿
内閣訓令号外
各官庁
本日憲法発布五十年ニ際シ 聖恩宏大特ニ恩赦ノ恵沢ヲ施シ給ヒ更ニ祝賀式典ヲ行フニ当リ畏クモ 御名代秩父宮殿下ノ台臨ヲ辱ウシ特ニ優渥ナル勅語ヲ賜ヒ臣民輔翼ノ道ヲ諭シ給フ 聖慮宏遠洵ニ恐懼感激ニ堪ヘザルナリ乃チ内閣告諭ヲ発シ全国民悉ク其ノ分ニ於テ忠誠ヲ效シ以テ皇運ヲ扶翼シ奉ルベキヲ期待セリ
凡ソ職ヲ官ニ奉ズル者ハ施政奉行ノ重責ニ顧ミ常ニ時勢ノ進運ヲ察シ須ラク大憲ノ条章ヲ奉遵シテ愆ラズ其ノ職司ニ恪循シテ苟モ私アル無ク和協一心至忠至誠以テ報效ノ誠ヲ效シ肇國ノ理想ヲ中外ニ発揚シテ立憲ノ鴻猷ニ応ヘ奉ランコトヲ期スベシ宜シク 勅語ノ 聖旨ヲ奉ジ自ラ恪勤精励シテ時務ノ重キニ任ゼンムコトヲ望ム
昭和十三年二月十一日
内閣総理大臣 公爵 近衛文麿
更に又此の日憲法其の他法律等の取調に従事し爾来憲政の為に尽粋(じんすゐ)浅からざる枢密顧問官金子堅太郎伯には其の功労を嘉(よみ)せられ特に銀花瓶一対を賜ひ、尚多年議政の府に列し協賛の任に従ひ、憲政の濟美(せいび)に效せる功労の故を以て、武富時敏氏外五名の貴族院議員、浜田国松氏外一名の衆議院議員に対しては特旨を以て敍位の御沙汰あり、徳川家達公外十四名の貴族院議員竝びに尾崎行雄氏外三名の衆議院議員に対しては夫々金杯を下賜せられた。