第七〇号(昭一三・二・一六)
  憲法発布五十年祝賀式典に就て    内閣官房総務課
  農地調整法案に就いて        農 林 省
  無言の戦友軍馬を語る        陸軍省新聞班
  芝罘を占拠す            海軍省海軍軍事普及部
  独・伊の青少年運動(下)      文 部 省
  上海の租界             外務省情報部
  憲政功労者銅像建設に就て    貴族院事務局 衆議院事務局

無言の戦友軍馬を語る  陸軍省新聞班

 一度馬に親しんだものが馬の可憐な心情にふれた時
馬の背に天国を見出さないものはなからう。又誰でも
ハーゲンベックのやうな曲馬団を見たものは馬のよく
なついてゐるのに驚嘆すると一緒に一寸でもあんな馬
に乗つて見たいといふ欲望を持たないものもあるま
い。
 この平時柔順な馬が或ものは剣光帽影、砲声轟く第
一線に又あるものは泥濘膝を没する後方輜重の活動に
影の形に添ふ如く、我が皇軍の将兵と苦楽を共にして
たゞ黙々として活動する状景を新聞に、ラヂオに、
ニュース映画に心ある人は見逃さないことと思ふ。
 炎熱焼くが如き夏の日も星凍る冬の夜も異境の気候
の変化はひしひしとこたへ、昼は激戦に夜は露営の野
繋に朝は霜や或は雪を背に真白くつんで休養、手入も
満足でない日が続く。
 天津郊外白河の水に夏の渇を医(いや)したかと思へば、戦
火をくゞり鉄蹄百里を突破して数箇月後には氷閉す黄
河の畔に水を飼ひ、胡沙(こさ)吹く察北に長城を越え、山嶽重
畳の山西戦線に、クリーク湖沼連続の江南の追撃戦に、
輝やく大機動作戦の裏に軍馬の功績が与つて力あるこ
とを忘れてはならない。
 馬は四千年の昔からその特有の温順性、速力、負担
力竝びに輓曳(べんえい)力に富んでゐる等の性能が人間生活に不
可欠のものとせられ、家畜として平戦両時その全身全
霊を人類の為に捧げて文化の進展に寄与して来たこと
は誠に偉大な功績と云はねばならぬ。軍馬は役種によ
つて将校や騎兵の乗る乗馬と、砲兵が砲車を牽く輓馬
と、機関銃や糧食弾薬を載せる駄馬とに区別をされ
てゐる。

       ×  ×  ×

 北海道や東北地方の農山村では昔から伝統的に馬産
に熱中して、どんな土深い田舎の老人や女でも馬の話
となると眼に輝きを帯び言葉に熱を増す程である。良
き馬を産み出さん為には我が子の出産にも増して多大
の苦心と努力が払はれて、漸く十一ケ月の月満ちて生
れ出た牡馬(おうま)の為には赤飯が焚き出され酒が汲み交され
てその前途が祝福される。厩は人の住む同じ屋根の下
に造られ家族の一員として起居を同うし経済を超越し
て骨肉の愛情が注がれ、かくて堅実な成育を遂げるの
である。
 二歳の夏秋ともなれば一家眷属に守られて市場に送
られ、こゝで軍馬購買官から各種厳密な検査を受け
る。彼等馬を生産する人達は衆人環視の晴れの馬市で
幾十幾百の馬の中から軍馬御用と高らかに買ひ上げら
れるのを一家末代の誉(ほまれ)として、丁度徴兵検査で甲種合
格としてその子弟を兵営に送ると同じやうな誇を持つ
てゐる。
 陸軍に買ひ上げられた是等二歳の幼駒は恋しい母
馬、懐しい飼主と別れて陸軍直営の牧場たる軍馬補充
部に収容され、こゝで満三年の間、積極合理的な育成訓
練を受け五歳の秋漸く軍隊入となるのである。之を「育
成馬」と称してゐる。
 この補充部に於ける育成期間は、人に譬へたら馬の
小学校或は幼年学校時代とでも申すべきである。一定
の方針、計画の下に軍馬としての充分な体力能力を鍛
へられると共に、智能の啓発にも最善を致され将来の
素地を完成せらるゝのである。
 彼等の日課は一定の訓練時間が終れば青草茂る放牧
場に開放せられ燦々たる日光に浴しつゝ嬉々として遊
ぴ廻るのである。育百の若駒が飛び廻り、戯れ走る有
様は無邪気そのもので、馬の天性は善なりといふこと
を充分認識し得るのである。蹴るとか咬むとかの猛獣
性はこの性善なる馬の天性を理解し得ない人々の取扱
ひの無慈悲によるもので罪、人に在りと云ふ可きであ
る。
 馬は己を真に愛する者をよく知り、その人には絶対
服従するのみならずその犠牲たることさへ甘んじて受
ける実に可憐なる心情の持主で、塩原多助の青との別
れも愛するものと愛さるゝものとの心情を事実に示し
たものと思はれる。
       ×  ×  ×
 訓練の向上、体力の増進の為二六時中山野に放牧せ
られ、真に櫛風沐雨の苦行を体験せしめ、如何なる天
候気象をも克服し得る体力体質が養はるゝのである。
北海道の補充部には四時青笹が繁茂してゐるので、厳
冬積雪の季節でも昼夜を論ぜず山野に自活せしめ、艱
苦欠乏に堪へ得る気力をも涵養するのである。
 かくの如く軍馬はその幼齢の時代、既に灼熱の日も厳
寒の日も鍛錬に鍛錬を加へられるので、やがて北満の
曠野で三十五貫以上の重量を背負つて連日十五里二十
里の山野を馳駆し、或は北支の泥濘地に山嶽地に大砲
或は重貨をもよく輓曳して皇軍の活動に協力し得るの
である。
 五歳の秋となれば、楽しかりし牧場生活を終り、各
その配当せられた軍隊学校に三々五々に散り散りに補
充せらるゝのである。学窓に親しみ合つた同僚が学成
り実社会を目指し散り行くと同じ様な離別の悲しみも
馬にはあることだらう。
 軍隊に補充された馬は各々その用途に応じた軍事的
調教鍛錬を専属の調教手によつて満一ケ年間みつしり
受けるのである。中等学校或は士官学校の課程とも言
へるだらう。
 かくして七歳になつて始めて一人前となり将校以下
の乗馬となり或は砲兵輓馬となり教練演習に参加し
益々鍛錬の度が加へられて行く。
 以上の如く軍馬の生立ちには血あり涙ある数年の歳
月と莫大な費用を要するのみならず之を育て之を教ふ
る幾多の人々の労苦が加つてをることを忘れてはなら
ぬのである。出征馬に対しその労を犒ひその死を傷む
は吾人当然の責務と思ふ。
 以上の外軍馬となる経路には五歳乃至八歳の壮齢に
達した馬を買ひ上げ、直ちに軍隊に補充する方法もあ
る。之を「壮馬」と称して居るが壮馬は学校教育も受け
ず家庭で放縦な或は過酪な取扱ひを受けて成長したも
のが多い為、悪癖のもの体に故障あるもの等尠くない。
又能力も育成馬に劣るのが常である。
       ×  ×  ×
 以上は平時に於ける軍馬の生立であるが、今次の如
き事変に際しては一挙に多教の軍馬を要するので、平
時のやうな周密な選馬或は訓練を望むことが困難なの
で、多少の欠陥があつてもドンドン徴発して軍の所要
を満すのである。故に戦時に於ける軍馬の資質は平時
に比し数段低下する理で、国防上から見ると誠に困る
現象である。
 馬を所有する人々が、思ひを一旦緩急の時に致し、
平素から馬の鍛錬調教に今少しく意を用ひて呉れたら
どんなに軍隊は助かることか知れない。否大いにお国
の為になるのである。
 欧州大戦には各国共莫大な馬を動点したが仏国では
戦闘員百に対し馬四十七頭の比例を示した程で、参戦
国は何れも戦後の馬政には多大の苦悩を嘗めたので
ある。
 独逸の有名な馬産地トラケーネン地方は大戦初期露
軍の侵入に会つて十三万頭の馬が一挙に殺戮せられた
こともあつて再び馬では立つことが出来ないだらうと
予想されたが、ヒットラーは「馬産の振興は即ち国力の
興隆である」との標語の下に苦心惨憺の経営指導の結
果、今日に於けるその成果は、かのオリムピック競技では
独逸国産馬を以て殆ど全種目の馬術競技に覇を唱へて
馬産と国力進展の関係を世界に立証した。来る可き東
京大会にも独逸はツェッペリン号に馬を載せて遠征を
すると壮語してゐる話を聞いてゐる。之は馬が国防に
必須のものであるとの信念のあらはれに外ならない。
 近代文化施設は交通運輸機関に、産業の合理化に、
機械化万能を誇つて民間に於ける馬の需要漸減し従つ
て我が国の総馬数も減少しつゝある。更に牧場も漸次
得られなくなり畑地に変せんとする有様である。空に
飛行機、地に自動車戦車等、如何に科学兵器が発達し
ても馬の需要は減少しないのみならず、軍の編制、装
備の改善充実に伴つて益々馬の必要が増加し、特に一
朝事ある場合には莫大な数を要すること昔の比ではな
い。各国の趨勢みな然りである。而も馬は他の一般兵
器のやうに必要に応じ急遽沢山な資源を創造すること
は絶対不可能で、前述の如く軍馬として役立たしむ
るには少くも数年の日子を必要とする特殊性があるか
らどうしても平時から資源を準傭して置く外はない。
 かくの如く産業上、国防上相矛眉する処に馬政の重
大性と困難性がある。政府が馬政上に関する国策を定
め之が遂行のため馬政局を新設し馬事馬産に関する各
種保護助成に力を致すも一にこの困難なる馬事馬産の
振興を期せんとするに外ならない。
       ×  ×  ×
 こんなにして出来た尊い活兵器だからこそ第一線で
は将兵も骨肉の情を以て馬を労(いた)はるのである。畠山
重忠が鵯越(ひよどりごえ)を下る時愛馬を背負つて下りたといはれ
るその気持は馬に接するつはものは皆一様に持つてゐ
るのだ。
 天津から恢復した傷病兵が南京入城の原隊をたづね
て七百里を道中した時、この指揮官たる某騎兵伍長が
「俺の愛馬はどうしてゐるだらう、戦友が乗つて無事晴
れの南京入域式をしてくれたのだらうか」と何よりも
愛馬の安否を気づかつてゐたといふ話はこれは馬を知
るものの胸を打つ話である。
 人煙稀な山中に斥候となつたものは思はずも馬に話
したい気がするし馬も亦騎手のしはぶき一つにも大な
る信頼の表情を示すものである。重い砲車を牽いて追
撃戦に嶮路を陣地進入するものは、おいもう一息だ、
敵殲滅はお前の肢(あし)の一ふんばりだ」と拝みつゝ鞭を振
ふに違ひない。糧食弾薬を背に馬腹に達するぬかるみ
にあえぐ馬を見ては「お前の背には何十人の戦友の戦
闘力が積まれてゐるのだ、少しの辛棒(しんばう)だ、しつかりた
のむ」と特務兵は思はず手を合すことだらう。この人馬
一体の気持の合致がやがては勝利を生むのである。
 吾人は国防と馬の関係を充分に了得して都会であ
れ、農山村であれ挙(こぞ)つてこの尊い資源の愛護培養充実
を期し、更に馬事思想を涵養して以て銃後の大なる務
めを果すと共にこの物音はぬ黙々なる戦友軍馬に敬意
と同情の念を捧げたいと思ふ。