時局の推移と国民精神総動員運動    内務省

   一

 支那事変に対する帝国政府の態度は、事変以来屡次に亙る政府の声明に依つて明らかであるが、政府は更に南京攻略後に於ける事態の推移に対応し、帝国の国民政府に対する最後的確固不動の方針を樹立して去る一月十六日所謂重大声明を発表し、帝国の態度を中外に閘明したのである。
 顧みれば今次支那事変は支那側予ての抗日作戦計画に基き指導せられたものであつて、挙国抗日の意気といひ軍備の装備といひ抗戦の為の諸準備といひ、往時の支那ではなかつたのであるが一度砲火を交へるや、忠勇無比なる皇軍は到る処連戦連勝して近代的装備を有する支那軍に大打撃を与へ、事変勃発以来僅か半歳足らずにして広範囲に亙りて支那国土を占拠し、遂に国民政府をして首都南京を捨てて遠く長江上流に遁竄せざるを得ない破目に陥らしめたのである。
 而して今や国民政府の誤れる容共政策と排日抗日政策との破綻に目醒めたる支那民衆は、北支に新政権を樹立し、更生新支那を建設して帝国政府と相提携し東亜安定の基礎を固むる為に協力せんとしてゐる。
 惟ふにかくの如く皇軍が赫々たる武勲を顕揚し、著々戦果を獲得して東亜の安定力たる日本の実力を各世界に正しく認識せしめたことは、偏に御稜威の然らしむる所ではあるが、又第一線に於ける将兵の忠勇義烈の行動、就中護国の為に殪れた英霊の加護に依るものであつて、これに対し衷心より感謝の至情を呈すると同時に、銃後の国民が事変の発生以来挙国一致の実を挙げ各々其の職分に応じて奉公の誠を尽し銃後の護りを固くして一意時艱の克服に当つて来た事に対しても感激の念禁じ難きものがあるのである。

   二

 今次事変に当つては、帝国政府は努めて隠忍自重、支那国民政府の反省を求め、殊に南京攻略後に於ては国民政府に対し、其の最後の反省の機会を与へつゝ今日に及んだのであるが、遺憾ながら庸劣度し難き国民政府は帝国の東洋全局の和平延いては世界平和を確立し全人類の幸福を祈念する真意を解せず、毫も反省の色なきのみかこの上なほ或は第三国に頼り或は共産党と結び自暴自棄的抵抗を続けて四億の民衆を塗炭の苦に投じ、東亜全局の平和を犠牲に供して顧みないのである。かくの如きは支那民衆の為にも、将又東亜の大局の為にも真に悲しむべきことであると云はなければならない。茲に於て帝国政府は此の際東亜安定の基礎を確立せんとする帝国の不動の国是を遂行する為重大なる決意を固め、時局の根本的解決を図ることに廟議の一決を見たのである。即ち声明に於ても明らかである如く、帝国政府は爾今国民政府を一切対手とぜず」徹底的に之を粉砕し、而して帝国と真に提携するに足るべき新興支那政権の成立発展を期待し、これと両国国交を調整して更生支那の建設に協力するの方針を確立するに至つたのである。将に東亜の盟主たる我が日本帝国が其の荷へる大使命を完うする為に執らねばならぬ必然の道程である。而して支那事変はかくの如くして第二の段階に入つたのである。
 今日世上動もすれば南京攻略を以て事変は一応終結したかの如く考へ、時局も間もなく収まるかの如くに解し或はこれを希求してゐるものがないでもないやうに思料せられるが、固より何人も出来得れば一日も速かに時局が収拾せられ、平和の回復することを念願せざるものはないのである。然し乍ら事こゝに至つては、中途半端の姑息的解決は到底許されない。若し此の際抜本塞源の解決を怠つたならば、今日までの絶大なる努力と犠牲とは全く水泡に帰するのみならず、他日に一大悔恨を貽すであらう。故に今次の事変を無意義に終らしめず帝国の使命を達成せんが為には、今回の断乎たる金剛不壊の決意を以て抗日の本源たる国民政府を潰滅せしめるの外途はないのである。而して我国は一面に於て新興支那政権の健全なる発展に協力せんとするのであるから、事態の今後に於ける推移には機敏なる関係が加はり、前途に幾多の困難の伏在することが予想せられる。
 国際情勢は依然として頗る険悪であり、複雑微妙を極めてゐる。又支那に於ける各国の権益は相錯綜し、此の権益に対する各国の感情は甚だ敏感であつて、これが為我が軍事行動に著しき支障を与へる場合のあつたことは国民のよく知る所である。故に今後真に我国と捷携するに足るべき新政権の健全なる成立発展に協力する為には、先づ徒らに外国に依存し長期抗日に狂奔する国民政府の徹底的剿滅を期せねばならないのである。
 素より今日の事態に到達するやも知れぬことは事変の当初より予想せられた所であつて、今更驚くことはないのであるが、事態こゝにたち至つた以上われわれは冷静に時局の真相を把握し、正しき認識の下にこれに対処すべき決意を固め覚悟を新たにしなければならない。これ今回政府が特に中外に向つて声明を発し、かゝる重大使命の達成に一路邁進せんとするの決意を閘明し、全国民が此の際更に覚悟を新たにして勇奮興起せんことを求めた所以である。

   三

 事変勃発以来国を挙げ能く時局を認識し、政府の意のある所を諒得し、真に挙国一致、盡忠報國の誠を捧げ、銃後の護りを愈々固くして今日に及んだのである。然しながら今や事変は第二の段階に入り国民政府の所謂長期抗日に対する帝国の対処の矢は、確固たる目標を定めて既に弦を離れたのである。然らば日本は今後如何なる事態が生じようとも、断じて凡ゆる困難に打ち克ち、現代国民に課せられたる此の大事業を為し遂げなければならないのである。
 而して国民精神総動員運動も亦、此の新たなる情勢に対応する時局の正しき認識の上に、新たなる基礎を置く必要があることはいふ迄もない。「戦はこれからだ!」とか、「長期戦はこれからだ!」とか謂はれるが、其の真の意味を能く理解して国民精神総動員の本旨の徹底に一層力を致し、益々日本精神を発揚して「挙国一致」、「堅忍持久」の標語を如実に身に体し、如何なる艱苦にも耐へ、如何なる欠乏にも忍び、以て「盡忠報國」の赤誠を棒げ、之を実践に移して、国力の充実、銃後の強化に万全を期し、以て今次事変の終局の目的達成に邁進し、此の歴史的大業を成就して、上 聖明に応へ奉らんことを冀求せねばならぬと信ずる。

週報69号