第六三号(昭一二・一二・二九)
歳旦祭・元始祭の意義 内 務 省
時局下の新年奉祝 文 部 省
電力国策の全貌 逓 信 省
南京攻略後の粛清 陸軍省新聞班
燦たる南京入城 海軍省海軍軍事普及部
人口一億に達す 内閣統計局
イタリー脱退と連盟 外務省情報部
最近公布の法令 内閣官房総務課
歳旦祭・元始祭の意義 内務省
今次の支那事変の重大性に鑑み、去る十月十七日神嘗祭当日を期し、全国の官国幣社以下神社に於て一斉に之に関する祭祀を執行し、官民普(あまね)く参列して皇軍の武運長久と国威の宣揚とを祈請(きせい)した事は我々の記憶に尚新たなるところである。爾来皇軍の武威は益々揚り、連戦連勝、遂に彼の首都南京をも我が手中に帰せしむるに至つた。併し乍ら、事変は決して之によつて終結したのではなく、時局は彌々重大性を加へつゝあると云ふべく、国民は更に一層の決意を以て、挙国一致、難局の打開に邁進しなければならないのである。
是に於て、来る昭和十三年一月一日神宮を始め全国官国幣社以下神社に於て中祭式を以て行はるゝ歳旦祭に当り、併せて皇軍の武運長久と国威の宣揚とを祈願する事となり、今般省令を改め恆例の歳旦祭祝詞に特にその意味の辞別(ことわけ)を附して奏上する事となつた。そこで此の歳旦祭に付いて一言し、国民一般に其の趣旨を徹底せしめたいと思ふ。
申すまでもなく、歳旦祭は、年頭第一日に当つて、宝祚の無窮と、五穀の豊饒・国民の福祉とを、皇租を始め天神地祗に祈請する祭祀である。即ち同祭の祝詞に見ゆる如く、新しき年の新しき月の新しき日に行はるゝ祭祀であると云ふところに特に深い意味を蔵するので、一年三百六十五日の第一日に当つて其の年の最も新しい心持が儀式の上に顕現されたものに外ならぬのである。
此月宮中に於ても小祭式を以て賢所・皇霊殿・神殿の三殿で厳粛な祭儀が執行せらるゝ由に承る。
年当に当つて神祗を祭るは、敬神崇祖を以て立国の大本とする我国に於ては恐らく悠久の昔よりの事であらう。しかし歳旦祭の名称を用ふるに至つたのは、明治四十一年皇室祭祀令制定以来の事に属する。
次に一月三日には元始祭が行はれる。本祭は、年首に当り、天皇の御位の元始を寿ぎ奉り、宝祚の無窮を祈請し奉る意義のものである。宮中に於ては同じく三殿で大祭式を以て執(とり)行はれる。即ち 天皇陛下、皇族び文武百官を率ゐさせられて御親祭遊ばされる。又神宮竝に官国幣社以下神社に於ては、中祭式を以て祭典を執行する。抑々本祭は、明治四年十二月神祗省より正院への上陳書に「正月三日行事ノ祭典自今更ニ元始祭ト称シ天孫降臨天日嗣ノ本始ヲ歳首祀ル事義ニ於然ラン」とあるに起り、同六年一月三日始めて三殿に御親祭あらせられた。神宮・官国幣社以下神社に於ても、此時より普(あまね)く元始祭を行はるゝこととなつたのである。
此の如く歳旦祭・元始祭は、年始に行はるゝ重要な祭祀であるから、国民としては、よく其の意義を認識し、殊に現下非常多難の時局に鑑み、此の祭日を迎ふるに際しては、宜しく我が惟神の大精神を体し、益々皇威の隆昌と国運の進展とを祈り奉らねばならぬ。