第六二号(昭一二・一二・二二)
 南京陥落に際して         近衛内閣総理大臣
 五十億円を超えたる預金部資金 預金部資金局
 首都南京陥落す (附)海軍用語解説  陸軍省新聞班 海軍省海軍軍事普及部
 アルミニウム工業の発展      商工省工務局
 新選挙法に依るソ連の総選挙   外務省情報部
 愛国行進曲成る          内閣情報部
 最近公布の法令          内閣官房総務課

南京陥落に際して   近衛内閣総理大臣

 さしもの南京が斯くの如く早く陥落したことは、寧ろ意外な程で、是偏へに 陛下の御稜威の然らしむる所であるが、又我陸海軍の忠勇の致すところ国民挙りて感謝する次第である。殊に戦傷死者に対しては捧ぐべき言葉を知らない。本事変の当初に於て、日本は出来るだけ不拡大解決の方針を執つたので戦略的にはそれだけ日本に不利であつた。それにも拘らず、僅か数箇月にして北は黄河以北の大地域を席捲し南は江南一帯の要塞地帯を撃破した皇軍の実力に就ては、事実が雄弁に語つて剰す処はないと思ふ。独り日本軍隊のみならず、総じて今日の日本の実力に対する測量違ひが、南京政府の致命的錯覚であつた。自分は支那が此の点に関する従来の誤謬を訂正し、此の上無用なる抵抗を止むべきであると思ふ。諸外国も亦東亜の安定力たる日本の地位を正しく認識するに相違ない。但し支那の軍隊も慥(たし)かに強くなつた。あれだけの軍隊を本来の使命の為に使はず、見当外れの方向に使用したのは呉々も残念であつて、これは全く支那指導者の責任といはねばならぬ。いはゆる本正しうして末成るで、国民政府が排日を前提として支那の民族主義を動員したことが、千仭(じん)の功を一簣(き)に欠くの結果を招いたのである。
 われわれは今日まで一貫して支那が此の点に猛反省を加へ飜然として日支堤携の大道に還らんことを求めた。松井最高指揮官の最後の投降勧告もこの已むを得ざる苦衷に出でたのである。これに対し一顧も与へなかつたので総攻撃を敢行する外なかつたのである。南京陥落の報に接して、われわれは当然の勝利に喜ぶ前に、同文同種五億民衆の立場に立つて彼等の救ふべからざる迷妄を悲しまざるを得ない。
 頻りに南京死守を豪語した蒋介石は逸早く脱出し、今猶長期抵抗を呼号してゐるが、近代戦争は軍事のみならず産業其他の全般に亙る国家総動員の体制の上に行はれる。所謂ゲリラ戦術の效果を期待するなどといふのは例によつて共産党の術中に陥るばかりである。
 国民政府は外交的にも、実力行動に於ても、排日の極局を尽した。しかも其結果に対しては責任をとらず、首都を棄て、政府を分散し今や一箇の地方軍閥に転落しつゝある今日、猶毫末も反省の色なきこと明白なるに到りては、われわれも改めて考へ直す外はない。蓋し日本は抗日政権と軍隊とに対しては飽まで膺懲の手を緩めぬが、支那一般民衆の生活に対しては関心なきを得ない。凡そ人民のあるところ政府無きは能はず、その政府たるや実体あるものでなければならぬ。然るに北京、天津、南京、上海の四大都市を放秦した国民政府なるものは実体なき影に等しい。
 然らば国民政府崩壊の後をうけて方向の正しい新政権の発生する場合は、日本はこれと共に共存共栄具体的方策を講ずる外なくなるであらう。今次事変に於て不慮の戦禍が友好的なる第三国人の生命財産に及んだことは同情に堪へない。
 思ふに今や世界は一個の変革期にある。この世界の時運を正解するものならば親日的基礎の上に於てのみ支那の国家組織は成功するものであり、又斯かる新支那の出現によつて、欧米諸国の東洋に於ける利益は初めて安全であることを疑はないであらう。支那事変は東亜に於ける一個の悲劇であるが、此の種の悲劇を繰り返さぬ為には、此の際日本は根本的手術を回避してはならぬ。南京陥落は、この意味からいへば全般的な支那問題の序幕であつて、真の持久戦はこれから始まると覚悟せねばならぬ。此際内治外交百般に亙り国民諸君に一層の御奮闘を御願ひしたい。      (十二月十四日)