第二七号(昭一二・四・二一)
 今次総選挙の意義          林内閣総理大臣
 総選挙と国民の覚悟         河原田内務大臣
 選挙と国民の務           文 部 省
 今回の選挙粛正           内 務 省
 選挙違反に就て           司法省刑事局
 選挙運動に就て           内務省警保局

 

  選挙と国民の務
                       文   部   省

   一 緒   言

 衆議院議員の総選挙が目前に迫つた此の際、我々は国民の務として、皇国に対する御奉公として選挙の重大性につき新に反省しなければならない。茲に我国立憲政治の由来を訪ね、而して立憲治下に於ける国民の健全なる政治的自覚を促し、進んで国民の公正なる選挙権の行使に思ひを致したいと思ふ。

   二 我国立憲政治の由来

 我国に於ける立憲政治の濫觴は 明治天皇が維新の大業を創成せさせ給ふに当り、五箇条の御誓文を宣示せられたことに基くのである。
 五箇条の御誓文の第一に

  一 広ク会議ヲ輿シ万機公論ニ決スへシ

と仰せられたことは、帝国立憲の皇謨を確定遊ばされたのである。
 万機は 天皇御(みづか)ら御親裁遊ばさるゝのであつて、 この御親政を遊ばされるについては、広く会議を興し民意に察して御決めになるものであるとの御精神が拝せられるのである。 このことは即ち八百万の神々を(かむ)(つど)ひに集ひ給ひ、(かむ)(はか)りに議り給うた御精神であり、或は又、聖徳太子十七條憲法に於ける第十七条中の、

   大事不可独断。必与衆宜論。
   (大事独断すべからず。必ず衆と与によろしく論ずべし)

の御精神でもあつて、これ王政復古の所以たるのみでなく、我が肇國以来の理想規範にして且又、三千年間を通じての一大事実である。
 御誓文と共に発布あらせられた御宸翰の中の

   汝億兆能能朕カ志ヲ体認シ相率テ私見ヲ去リ公議ヲ採リ朕カ業ヲ助テ
   神州ヲ保全シ
   列聖ノ神霊ヲ慰シ奉ラシメハ生前ノ幸甚ナラン

との御言葉を拝しますれば、我々は私見を去り公議を採るを会議の精神となし、私利私慾を以て国事を議することなく、国家国民全体の立場に立ち、俯仰天地に恥ぢぬ公明なる意見を (たてまつ)り国事を議することに依つてのみ、五箇条の第二に仰せられたる

    一 上下心ヲ一ニシテ盛ニ経綸ヲ行フヘシ

の御精神に副ひ奉ることが出来るのである。かくして、 明治天皇に於かせられては、この聖旨に依り経綸を行はせ給ひ、明治八年四月十四日には、漸次に立憲の政体を立つる旨の御言葉を賜つたのである。即ち

朕即位ノ初首トシテ群臣ヲ会シ五事ヲ以テ神明ニ誓ヒ国是ヲ定メ万民保全ノ道ヲ求ム幸ニ祖宗ノ霊ト群臣ノ力トニ頼リ以テ今日ノ小康ヲ得タリ顧ニ中興日浅ク内治ノ事当ニ振作更張スヘキ者少シトセス朕今誓文ノ意ヲ拡充シ茲ニ元老院ヲ設ケ以テ立法ノ源ヲ広メ大審院ヲ置キ以テ審判ノ権ヲ鞏クシ又地方官ヲ召集シ以テ民情ヲ通シ公益ヲ図リ漸次ニ国家立憲ノ政体ヲ立チ汝衆庶ト倶ニ其慶ニ頼ント欲ス汝衆庶或ハ旧ニ泥ミ故ニ慣ルゝコト莫ク又或ハ進ムニ軽ク為スニ急ナルコト莫ク其レ能ク朕カ旨ヲ体シテ翼賛スル所アレ

と仰せられ、更に明治十四年十月十二日には

顧ミルニ、立国ノ体、国各宜キヲ殊ニス、非常ノ事業、実ニ軽挙ニ便ナラス、我祖我宗、照臨シテ上ニ在リ、遺烈ヲ揚ケ、洪模ヲ弘メ、古今ヲ変通シ、断シテ之ヲ行フ、責朕カ躬ニ在リ、将ニ明治二十三年ヲ期シ、議員ヲ召シ、国会ヲ開キ、以テ朕カ初志ヲ成サントス、今在廷臣僚ニ命シ、仮スニ時日ヲ以テシ、経画ノ責ニ当ラシム、其組織権限ニ至テハ、朕親ラ衷ヲ裁シ、時ニ及テ公布スル所アラントス

と仰せられたのである。
 かくして、明治天皇は 皇祖皇宗の御遺訓と御歴代統治の洪範とを紹述し給ひ、明治二十二年二月十一日を以て皇室典範を御制定になり、大日本帝国憲法を発布遊ばされた。典憲欽定に際して皇祖皇宗の神霊に誥げ給うた御告文に

顧ミルニ世局ノ進運ニ膺リ人文ノ発達ニ随ヒ宜ク
皇祖
皇宗ノ遺訓ヲ明徴ニシ典憲ヲ成立シ条章ヲ昭示シ内ハ以テ子孫ノ率由スル所ト為シ外ハ以テ臣民翼賛ノ道ヲ広メ永遠ニ遵行セシメ益々国家ノ丕基ヲ鞏固ニシ八洲民生ノ慶福ヲ増進スヘシ

と仰せられた。
 かくの如く 明治天皇が祖宗の神霊に対して五箇条の御誓文を立てさせ給ひてより、不磨の大典として帝国憲法を欽定あらせられるまで、立憲政治の実施に関し国運の隆昌、臣民の懿徳良能の発揚、慶福の増進の為に如何に至深至高の叡慮を注がせ給ひたるかを拝するは国民の等しく恐懼感激措く能はざる所である。
 帝国憲法は 明治天皇が「祖宗ニ承クルノ大権」を以て大御心のまゝに御制定遊ばされた欽定憲法にして我が肇國の大本を世局の進運人文の発達に応じて一層発揚せしめんとの御恩召の下に成文とせられたものであつて、 皇祖皇宗の御遺訓を顕彰せられた統治の洪範に外ならないので、外国に於ける憲法制定とは本質的に著しく異つてゐるのである。それ故に帝国憲法は先づ万国無比の我が國體の本質につき憲法の条章中に之を成文化し、臣民翼賛の道を弘め給うたのであることが拝せられる。
 尚、憲法発布の際下賜せられた勅語に於て、

朕我カ臣民ハ即チ祖宗ノ忠良ナル臣民ノ子孫ナルヲ回想シ其ノ朕カ意ヲ奉体シ朕カ事ヲ奨順シ相与ニ和衷協同シ益々我カ帝国ノ光栄ヲ中外ニ宣揚シ祖宗ノ遺業ヲ永久ニ鞏固ナラシムルノ希望ヲ同クシ此ノ負担ヲ分ツニ堪フルヲトヲ疑ハサルナリ

と仰せられ、又、上諭に於ては

朕カ現在及将来ノ臣民ハ此ノ憲法ニ対シ永遠ニ従順ノ義務ヲ負フヘシ

と宣はせられて居ります。我々は天皇の御親政の下に、翼賛を彌々確実ならしむる為に立憲政治の健全なる発達に対する尊き責任と使命とを感得しなければならない。

   三 公民教育の重要性

 我国に於て立憲政治の行はれて以来茲に五十年に近く、国運の進展に寄与せること極めて大なりしは多言を要せざるところなるも、未だ政治についての国民の理解充分ならず、憲政の本義も亦真に体得するところとならず、これが為に国家は従来公民教育、政治教育の徹底に非常なる努力を払ひ来たつたが、尚その徹底を欠くが如きことのあるは誠に遺憾に堪へない。
 立憲政治は公民教育の基礎工事があつて始めて真に鞏固に且適正に行はれると云はなければならない。国民の政治知識が幼稚であり、国民の政治道徳が低級であれば、幼稚にして低級な政治しか行はれないであらうし、また国民に国家の内外の情勢に対する正しい認識がないならば時勢に適切な政治も行はれ得ないことは明らかな事実である。それ故に立憲政治による国運の発展は憲政の本義と時局の正しい認識の上に立つた国民に依つて選び出された代表者の参与によつて行はれることにある。立憲政治が発達するか否か、立憲政治によつて国運の進暢が期せられるか否かは公民教育の普及徹底如何に存する。国民は立憲政治に適せる国民たるべく努力しなければならない。こゝに立憲国の民としての自覚を持ちて立憲政治の真精神を把握すべき公民教育の重要性が存するのである。
 総ての国民は立憲政治竝に地方自治に関し、今日の公民としての必要なる知識を養ひ、正しき時局認識と共に、公共的精神政治的道義心及責任観念を自覚し公民としての徳性を涵養しなければならない。それ故に現下の状勢はかゝる公民教育に関係ある教育者、有識者の奮起を促し積極的な尽力を求めてゐるのである。優秀なる公民教育の指導者の蹶起、輩出を望むことは今日に於ては我国の与論であると云はざるを得ない。而してこれ等一般国民の師表たる指導的地位にある人々は親らよく時局を認識し公民教育に関する理解と智徳とを兼ね備へ、立憲国民としての模範的人物たる事を躬を以て示さなければならない。公民的智徳の涵養、就中正しき選挙観念の養成と徹底に、各種の職責に応じて関係方面と大いに協力して貢献せられんことを切望するのである。

   四 国民の務としての選挙

 我が帝国議会は 天皇の御親政を翼賛せしめ給ふ大御心により設けられたものであることは申すまでもないことである。而して帝国議会と立憲政治とは実に密接不離な関係に置かれたるものにして、こゝに一君万民の精神が議会を通じて如実に顕現せられるのである。国民は 聖旨を奉体して、議会をして真に国民の意思を代表する機関たらしめなければならない。それには議員の選出が公正な選挙に依つて行はれ、見識人格共に立派な人物を議会に送ることが大切である。
 それ故に立憲政治運用の根柢は選挙にあると云ひ得る。国民は選挙に依つて始めて大政翼賛の神聖なる務を果すことが出来る。選挙は立憲国の精神を貫くべきを目的として生命を有する。憲政の運用を正しくせんと欲せば則ち選挙をして真に正しく行はしめなければならない。
 我々は既に過去五十年に近く立憲国の国民としての生活を営んで来てゐる。憲法に基いて国政は運用され、憲法を大綱として諸法はその下に編まれ、そこに国憲を重んじ国法に遵つて我々国民の生活が営まれてゐる。故に立憲国の国民として深く反省すべきところがなければならない。国民に立憲政治を理解し、これを愛護する熱意と訓練が欠けてゐては、到底実際的効果を挙げることは出来ず、寧ろ幾多の弊害を生ずることになる。それ故に国民は常に立憲国の国民としての誇りを自覚してその資質の向上に留意するところがなければならない。国民は総選挙に於て皇国に我が赤誠を奉るべき重大なる時なることを自覚しなければならない。これは職業年齢を問はず陛下の亦子として立憲の大道を通して皇国に奉ずるの途である。我々は選挙に依る国民の意思の反映が如何に国運の伸張に重大なる関係あるかを考へなければならない。我々が選挙権を行使するに当つては良心の命ずる儘に公明正大に行つて行くのが我々の最大の務であり又刻下の急務である。
 誠にこの際は、「忠義の心選挙に移せ」である。我々が如何に皇国に御奉公する念があつもそれを実践に移さなければ無意味である。選挙に於て清き明き心を以て己が一票を投ずることに皇国に奉ずる実践があるのである。
 明治天皇が国民に深き信頼を寄せ給うた「此ノ負担ヲ分ツニ堪フルヲトヲ疑ハサルナリ」の御言葉を畏み国民としてはこの負担に堪拭へて皇恩に報いる覚悟を期せなければならない。国民は与へられた選挙権を適正に行使しなければならない。これは単純なる権利にあらずして皇国に奉仕する務を伴うたものである。
 我々国民は相戒め、相励まし、憲法治下、天業翼賛の責務の重大なるを思ひ、諸弊を革正して憲政有終の美を済すやう努めなければならない。而して今回の総選挙に当つて明き正しき選挙権の行使をなす事に依つて、国政を伸張し、日に維れ新なる皇国日本を益々生成発展せしめ、以て彌々天壌無窮の皇運を扶翼し奉らねばならない。